調和の精神
February 29 [Wed], 2012, 15:32
自分自身や人や大自然や物質や大宇宙と「一つに繋がる」ことは素晴らしい人生です。
それまで、上手く絡まなかったエネルギーがピタっ!!と一つに繋がるのですから物事がスムーズに進んでゆきます。
そういった「調和」の選択をした時に・・・・・ついツマヅイテしまうのは
過去の身に付いた「競争心」や「対立」が「調和」を邪魔してしまうことです。

電車に乗っていて、大声で騒ぐ人がいるとついムカついてしまいます。
けれど「調和」を選択したから怒る訳にもいかない・・・・・
色々考えた挙句・・・・・ヘッドホンの音楽のボリュームを大きくして大声を聞かないようにしてしまい・・・・・・・・
あるいはひたすら我慢してその場を過ごそうとしたりします。
「調和」というものはそういうことではなさそうです。
自分と大声で話す人と噛み合わないその現状を「調和」するには、音楽のボリュームを上げることでも忍耐強く我慢することでもないのだと僕は思っています。
電車内の空間に自分だけではなくその他大勢も「大声」を出す人に対して嫌悪感を持っている時のその「場の空気」はピリピリしたものになってしまいます。
ピリピリ感やイライラ感やジッとこらえるエネルギーがその場に渦巻き、場としてのエネルギーは最悪です。
その場は決して「調和」とは程遠いものです。
そういった瞬間、一体どうすれば「対立の空気」ではなく「調和」がもたらされるのか??
ホ・オポノポノを実践した人ならもう分かると思いますが・・・・
その瞬間瞬間に出来れば心を込めて「愛しています」「ありがとう」という言葉を心で発し続けることが「調和」へと場の空気を変えてしまいます。
誰にでも苦手なタイプに人や苦手な環境があります。
近所や職場などでも苦手だったり嫌いなタイプに人は誰にでもあると思います。
けれど人はそれを顔に出したり態度にそうやすやすと出したりしません。
それが大人だと言われます・・・・・・・・・が・・・・・・・・・・・・・・

その我慢が爆発することもあります。
世間一般では「大人」の態度かもしれませんが、「調和の精神」かと言えばそうではなさそうです。
その場を良好にするために誰かが「我慢」しています。
それは自分かもしれません。
文句を言えば争いになるし・・・・・・我慢すればストレスになって体調不良などを起こす・・・・・・
けれど「調和」の道を歩みたい・・・・・・・
そういう時にこそ「ありがとう」「愛しています」「感謝します」という言葉や念を沢山使うことで忍耐という苦痛ではなく、「調和のエネルギー」が流れ込み清々しい場へと変容してゆきます。
全ての人の中に「調和のエネルギー」があります。
無職の人、借金を抱えている人、不幸な人生を歩んでいる人、病気の人、孤独な人、重い過去を抱えている人・・・・・・全ての人の中にその「調和のエネルギー」があります。
ただ・・・・・それを使っていないことで「調和」出来ず、自分がこの世に居ても仕方がないように感じているだけです。
嫌いな人から逃げたり、嫌いな状況から逃げたり・・・・・・・・または、嫌いな人と闘ってみたり、拒絶してもそれは自分自身を苦しめるだけのものになってしまいます。
仮に相手を打ち負かしたとしても・・・・・・その闘いは永遠と続き・・・・・いつかは自己破滅していまします。
闘わずに・・・・・地獄のような我慢をせずに・・・・・・自分も相手も傷つけず苦しめない方法。
それが「調和の精神」です。

「調和」「一体感」へと意識がシフトしている人はきっと過去に苦しい体験があったり、競争に勝ち・・・・・競争に勝ったけれどそこには空虚感しかなかったことを経験していたり・・・・・・
勝ったけれど「空虚感」を感じ、苦しい目に遭い傷つくことを学んだことによって「調和」「一体感」へと変容していると思います。
苦しみをもう「終わらせたい!!」という想いがあったからこそ、新しい生き方を選択しています。
それを終わらせることが出来るのは「自分自身」だということは中々気付きません。
けれど、その不穏な空気を変える力があるのは自分自身の中にあります。
人それぞれ「苦しい状況」や「苦手な状況」は違うと思いますが・・・・・・・苦しみを終わらせるやり方は同じだと思っています。
僕たちは「調和」するために面と向かって話し合ったり、何か特別な作戦が必要だと思い込んでいます。
しかし、それでは解決しないこともあります。
「調和」のために、心の中で「ありがとう」「愛しています」「感謝します」など・・・・の言葉を念じることで先ほども言いましたが「その場」を調和へと変容させることが出来ます。
大事なことは「調和」が実現するまで言い続けることです。
それは凄い業だと思います。
その場を「ああ、嫌だ」「ああ、ムカつく」「我慢、我慢」「レベルの低い人は相手にしない」「相手は魂年齢が低い」「ネガティブなエネルギーが自分に移らないように気を張る」などなど・・・・・・・
そんな「調和」とかけ離れた言葉や念を発していれば「調和」など実現するはずもありません。
その場をしのげたとしても、同じような場面が繰り返し繰り返し起こり・・・・・・大事な学びのチャンスを自分自身で失ってしまうことにもなります。

実はそういう「時」こそ新しい自分へと変容するチャンスです。
自分と繋がっている「スピリット」の力を発揮し体現するチャンスです。
スピリットの力を放出するのも阻止するのも自分自身です。
どんなに苦しい状況でも「愛しています」「感謝します」「ありがとう」など・・・・シンプルですがそういう言葉を心で発することで「スピリット」の力が自分を通じて流れ出し・・・・・・
自分も相手も、その場の全てのものが自分から流れ出した「スピリットの調和のエネルギー」によって一つに繋がってゆきます。
誰からそれを発するかだけの問題です。
今、「調和」や「一体感」「スピリット」に目覚めて、その道を選択した人はきっとスピリット・神があなたに「調和・一体感」を望んでいるのは間違いないと思います。
過去の歴史や、自分の人生を振り返っても一目瞭然ですが、僕たちはまだ「調和」や「一体感」を体験していません。
一人一人は素晴らしい存在なのですが、「調和」出来ていないことで上手く絡み合わず、人生を苦しいものにしてしまっています。
「調和」は誰から始めるのか???
それは自分からです。
だから誰にでも始められるシンプルなものです。
この「調和」の力がどんどん発揮されれば、それぞれの個性や能力が一つとなって素晴らしい状況を生み出すのは間違いありません。
まるで日本の企業のようです。
それぞれの企業は素晴らしいノウハウや技術を持っているけれど「調和」の力が流れないから一体化していない。
調和の力は学者や天才しか持っていないのではなく、誰にでもある力です。
見た目に惑わされずに、古い価値観に惑わされずに宇宙の意識を感じ取ってゆくことが大切です。
調和が求められている時に、対立している場合しているようではいつまでも苦しみから抜け出すことは出来ません。
それぞれが自分の価値を信じて日々「調和の精神」を実践することで、生まれてきて本当に良かったと言える瞬間が訪れ、何故??自分という存在が創造されたかを理解できます。
世界を変えられるのは「あなたしか」いません。
世界を変えるのは「特別なこと」をするのではなく、もの凄くシンプルです。
それまで、上手く絡まなかったエネルギーがピタっ!!と一つに繋がるのですから物事がスムーズに進んでゆきます。
そういった「調和」の選択をした時に・・・・・ついツマヅイテしまうのは
過去の身に付いた「競争心」や「対立」が「調和」を邪魔してしまうことです。

電車に乗っていて、大声で騒ぐ人がいるとついムカついてしまいます。
けれど「調和」を選択したから怒る訳にもいかない・・・・・
色々考えた挙句・・・・・ヘッドホンの音楽のボリュームを大きくして大声を聞かないようにしてしまい・・・・・・・・
あるいはひたすら我慢してその場を過ごそうとしたりします。
「調和」というものはそういうことではなさそうです。
自分と大声で話す人と噛み合わないその現状を「調和」するには、音楽のボリュームを上げることでも忍耐強く我慢することでもないのだと僕は思っています。
電車内の空間に自分だけではなくその他大勢も「大声」を出す人に対して嫌悪感を持っている時のその「場の空気」はピリピリしたものになってしまいます。
ピリピリ感やイライラ感やジッとこらえるエネルギーがその場に渦巻き、場としてのエネルギーは最悪です。
その場は決して「調和」とは程遠いものです。
そういった瞬間、一体どうすれば「対立の空気」ではなく「調和」がもたらされるのか??
ホ・オポノポノを実践した人ならもう分かると思いますが・・・・
その瞬間瞬間に出来れば心を込めて「愛しています」「ありがとう」という言葉を心で発し続けることが「調和」へと場の空気を変えてしまいます。
誰にでも苦手なタイプに人や苦手な環境があります。
近所や職場などでも苦手だったり嫌いなタイプに人は誰にでもあると思います。
けれど人はそれを顔に出したり態度にそうやすやすと出したりしません。
それが大人だと言われます・・・・・・・・・が・・・・・・・・・・・・・・

その我慢が爆発することもあります。
世間一般では「大人」の態度かもしれませんが、「調和の精神」かと言えばそうではなさそうです。
その場を良好にするために誰かが「我慢」しています。
それは自分かもしれません。
文句を言えば争いになるし・・・・・・我慢すればストレスになって体調不良などを起こす・・・・・・
けれど「調和」の道を歩みたい・・・・・・・
そういう時にこそ「ありがとう」「愛しています」「感謝します」という言葉や念を沢山使うことで忍耐という苦痛ではなく、「調和のエネルギー」が流れ込み清々しい場へと変容してゆきます。
全ての人の中に「調和のエネルギー」があります。
無職の人、借金を抱えている人、不幸な人生を歩んでいる人、病気の人、孤独な人、重い過去を抱えている人・・・・・・全ての人の中にその「調和のエネルギー」があります。
ただ・・・・・それを使っていないことで「調和」出来ず、自分がこの世に居ても仕方がないように感じているだけです。
嫌いな人から逃げたり、嫌いな状況から逃げたり・・・・・・・・または、嫌いな人と闘ってみたり、拒絶してもそれは自分自身を苦しめるだけのものになってしまいます。
仮に相手を打ち負かしたとしても・・・・・・その闘いは永遠と続き・・・・・いつかは自己破滅していまします。
闘わずに・・・・・地獄のような我慢をせずに・・・・・・自分も相手も傷つけず苦しめない方法。
それが「調和の精神」です。

「調和」「一体感」へと意識がシフトしている人はきっと過去に苦しい体験があったり、競争に勝ち・・・・・競争に勝ったけれどそこには空虚感しかなかったことを経験していたり・・・・・・
勝ったけれど「空虚感」を感じ、苦しい目に遭い傷つくことを学んだことによって「調和」「一体感」へと変容していると思います。
苦しみをもう「終わらせたい!!」という想いがあったからこそ、新しい生き方を選択しています。
それを終わらせることが出来るのは「自分自身」だということは中々気付きません。
けれど、その不穏な空気を変える力があるのは自分自身の中にあります。
人それぞれ「苦しい状況」や「苦手な状況」は違うと思いますが・・・・・・・苦しみを終わらせるやり方は同じだと思っています。
僕たちは「調和」するために面と向かって話し合ったり、何か特別な作戦が必要だと思い込んでいます。
しかし、それでは解決しないこともあります。
「調和」のために、心の中で「ありがとう」「愛しています」「感謝します」など・・・・の言葉を念じることで先ほども言いましたが「その場」を調和へと変容させることが出来ます。
大事なことは「調和」が実現するまで言い続けることです。
それは凄い業だと思います。
その場を「ああ、嫌だ」「ああ、ムカつく」「我慢、我慢」「レベルの低い人は相手にしない」「相手は魂年齢が低い」「ネガティブなエネルギーが自分に移らないように気を張る」などなど・・・・・・・
そんな「調和」とかけ離れた言葉や念を発していれば「調和」など実現するはずもありません。
その場をしのげたとしても、同じような場面が繰り返し繰り返し起こり・・・・・・大事な学びのチャンスを自分自身で失ってしまうことにもなります。

実はそういう「時」こそ新しい自分へと変容するチャンスです。
自分と繋がっている「スピリット」の力を発揮し体現するチャンスです。
スピリットの力を放出するのも阻止するのも自分自身です。
どんなに苦しい状況でも「愛しています」「感謝します」「ありがとう」など・・・・シンプルですがそういう言葉を心で発することで「スピリット」の力が自分を通じて流れ出し・・・・・・
自分も相手も、その場の全てのものが自分から流れ出した「スピリットの調和のエネルギー」によって一つに繋がってゆきます。
誰からそれを発するかだけの問題です。
今、「調和」や「一体感」「スピリット」に目覚めて、その道を選択した人はきっとスピリット・神があなたに「調和・一体感」を望んでいるのは間違いないと思います。
過去の歴史や、自分の人生を振り返っても一目瞭然ですが、僕たちはまだ「調和」や「一体感」を体験していません。
一人一人は素晴らしい存在なのですが、「調和」出来ていないことで上手く絡み合わず、人生を苦しいものにしてしまっています。
「調和」は誰から始めるのか???
それは自分からです。
だから誰にでも始められるシンプルなものです。
この「調和」の力がどんどん発揮されれば、それぞれの個性や能力が一つとなって素晴らしい状況を生み出すのは間違いありません。
まるで日本の企業のようです。
それぞれの企業は素晴らしいノウハウや技術を持っているけれど「調和」の力が流れないから一体化していない。
調和の力は学者や天才しか持っていないのではなく、誰にでもある力です。
見た目に惑わされずに、古い価値観に惑わされずに宇宙の意識を感じ取ってゆくことが大切です。
調和が求められている時に、対立している場合しているようではいつまでも苦しみから抜け出すことは出来ません。
それぞれが自分の価値を信じて日々「調和の精神」を実践することで、生まれてきて本当に良かったと言える瞬間が訪れ、何故??自分という存在が創造されたかを理解できます。
世界を変えられるのは「あなたしか」いません。
世界を変えるのは「特別なこと」をするのではなく、もの凄くシンプルです。
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