選択

June 05 [Sun], 2011, 8:14
クリーニングが先週よりももっと理解出来るようになりました。

そんな最中、教え子から電話があって夜会ったのですが・・・・・

クリーニングが苦しくてたまらない!!と、会っていきなり涙涙・・・・


話を聞いていると、「選択」という言葉が浮かんできました。
教え子はクリーニングが苦しくて・・・・・・最終的には

「自分はダメな人間だ」
「きっと周囲から嫌われている」
「自分は頭が悪い・・・・・勉強が出来ない」などなど・・・・


会社での人間関係である女性の同僚との関係が良くなったと思って良かったと感じていたら、今度は男性の上司のことで悩んでいました。



そんな状況で、一日の大半が

「自分はダメな人間だ」
「きっと周囲から嫌われている」
「自分は頭が悪い・・・・・勉強が出来ない」などなど・・・・

無意識にずっとその想いにとらわれていることに気が付いていないことを感じました。



教え子はかなり小さい頃からその想いを何度も何度もすっと今まで心の中で抱えていたと言います。


そんな想いを一日中繰り返し・・・・数年前に心身に影響が出て、今回、ホ・オポノポノと出会ったけれど、これまでの思考・想いの習慣


「自分はダメな人間だ」
「きっと周囲から嫌われている」
「自分は頭が悪い・・・・・勉強が出来ない」などなど・・・・

から

「ごめんなさい」
「許してください」
「ありがとう」
「愛しています」

に「選択」を変え始めたけれど、過去の思考の習慣はそう簡単に変わるものではなく徐々に・・・・・時間をかけて・・・・・


というスタンスが無く、一気にこれまでのパターンを変えようとして・・・・・・・

今回、会っていきなり涙涙・・・・・・・だったのだと思いました。





誰でもそうかもしれません。

苦しい状況にいて、それを変える方法があると知れば、すぐに取り掛かって「劇的」な変化を期待するものです。


「劇的」に変化する人もいると思いますが、僕はそうではありませんでした。なので、教え子の苦労は痛いほど理解できます。


教え子は、人間関係で何らかの引き金で強烈なネガティブ状態になったときに、クリーニングが出来ないことを悔しがっていました。

頭では「今ここでクリーニングのチャンス!!」とは理解していても、潜在意識の情報に「支配」されて、顕在意識がのまれてしまう・・・・・



何もないときは気持ちよくクリーニング出来る様で・・・・

僕はその話を聞いて、きっと上手くいくと感じました。



一番苦しい時に、クリーニングを「選択」出来るようになったときに、僕達は潜在意識の「支配」から脱却して、顕在意識が「支配」する状況になる。


僕の経験では、無意識にネガティブな感覚に襲われ「不安」や意味も分からない「恐怖」や極度の「憂鬱」な状況は潜在意識の「過去の情報」に顕在意識が支配されている状況だと分かってきました。


そのまま苦しかったり意気消沈すれば潜在意識の過去の情報に支配されたままですが、ここで「クリーニング」を辛くても「選択」出来、クリーニングを行なうことが出来たとき「自由」になります。


潜在意識の過去の情報で苦しむことも出来るし、クリーニングを選択して過去の情報を「消去」することも出来る。



最近は、ほとんど「クリーニング」の選択をしているので、自分で選択できることで「公正」さのようなものを感じています。



教え子には、苦しい時にクリーニング出来るようになったら「もう何も怖くないよね」と言いました。

本当にそうだと最近思います。

今まではキツイときはひたすら耐えるしかなかった。

けれど、クリーニングは今までの思考パターンを変え、物事が上手くいく言葉を繰り返すので、確かに最初は苦しいけれど、同じ苦しくてもクリーニングの苦しみは「変化」がある。


僕は最初、同じ苦しむならクリーニングを「選択」すると決めました。

そう教え子に伝えると、本当に苦しい時にクリーニングできる自分をまずは目標にすると決め


楽なときにクリーニングするし、苦しいときにもクリーニングする・・・・
昨日はクリーニングしたけれど、今日はしていない・・・・
ではなくて

毎日、クリーニングをしてゆき・・・・一番自分がクリーニングできない厳しい状況でもクリーニングが出来るようにまで成長する


ということを教え子は決意しました。



クリーニングを曖昧な姿勢でして苦しむよりは、毎日、毎日、どんな状況でもクリーニングする!!とザックリ決めたほうが実は楽だと僕は思っています。


最初は、クリーニングして効果があるのだろうか??・・・・とやってもいないのに疑っていたり、苦しいからとクリーニングしなかったりと続きましたが・・・・・・それでもやめなかったから以前よりもクリーニングできるようになって、気が付いたらクリーニングを始めた頃より格段に状況が良くなっている・・・・・・


今では良くなっているということを確実に感じているからクリーニングに拍車がかかってきているのだと実感しています。




それと今までのように「考え」ることはしなくなりました。

考えるよりも「クリーニング」するほうが状況が好転するからです。

所詮、考えたところで過去に得た情報の繰り返しなので「新しさ」が無いことも分かってきました。


何も考えずにクリーニングするやり方に最初は戸惑いがありましたが、これまた不思議なものでクリーニングしかしていないのに物事がこれまでよりもバッチリ進んでゆくというのは何でだろう??と・・・・

ついついそのことを考え始めてしまった時も、クリーニングに切り替えています。



だから自分がするべきことは、ヒューレン博士が言うように「クリーニングを選択」することだけなのかな??とも感じ始めています。



いずれにしても、自分が「ダメ」だなんて一日中心で思っているよりも、クリーニングの

「ごめんなさい」
「許してください」
「ありがとう」
「愛しています」

を繰り返したほうが、健康になるし、人間関係は良くなって怒ることも無くなるし、行動も活発になってゆく。



この段階でも、これまで何で自分の状況が悪かったのか理解できます。教え子と同じで、僕も本当に無意識に


「生きるのが嫌だ」
「もう疲れた」
「エネルギーがなくなってしまった」
「人と会うのも嫌だ」
「頑張って生きても仕方ない」などなど・・・・


そんなこと毎日毎日思っていれば誰だって最悪の状況になって当たり前だと。




前回、抜粋した中に「富」のことがありましたよね。

それと貧困のことも。



僕はこれまで「貧困」の状態だったと自覚しました。
クリーニングをすることでその逆の「富」に確実に変わると思います。


その裏付けは、毎日


「生きるのが嫌だ」
「もう疲れた」
「エネルギーがなくなってしまった」
「人と会うのも嫌だ」
「頑張って生きても仕方ない」などなど・・・・

という貧困の言葉の繰り返しではなく

「ごめんなさい」
「許してください」
「ありがとう」
「愛しています」


「富」(幸せ)の言葉の繰り返しだからです。


自分が何故心も含め「貧困」になったのかのプロセスが分かったので、その逆のプロセスを行なえば

「貧困」が「富」に変わる。

だから実は複雑なことではなく、すごく単純なことなのだろうと。


言葉というものは世界や人生を形成する重要な要素なので、言葉の「選択」をしっかりしたいと思います。

2010年2月3日

February 05 [Fri], 2010, 23:48
先週、健康診断に行った時、ふとした先生との会話でこれまでの不思議な体験の話になってしまいました。

最初はその話を僕が拒もうとしたのですが、先生は自分でよければ全て話してくださいと言われ・・・・・

その時、改めて「臨死体験」のことや中学生の時の上空の大きな光の体験など・・・・・自分ですっかり忘れてしまったことやその話を蒸し返す何だか恥ずかしい気持ちである程度のことを先生に話したら

「そんな体験をすると本当に大変でしたでしょう」と言われた一言で「やっぱり大変な体験だったんだ!!」とホッとした言いがたい安堵感のようなものを感じました。


本当に今更という感じの内容の話だったけれど、この一週間これまでのことを深く見つめ返す貴重な時間を得ました。


それとそれを機に、ずいぶん読んでいなかった聖書をもう一度読み返しました。


初めて聖書を読んだのは28歳だったと思います。
そのときは、イエスの言葉が謎で・・・不思議で・・・・数多くの奇跡に仰天して!!・・・・・・

全てはそこから始まったんだと・・・・・


13年経って、その間、色んな本に出会ったお陰で随分聖書の言葉の意味を理解出来るようになったと実感しました。


けれど、親や兄弟よりも神を愛しなさい、という箇所に激しい抵抗を感じたので、その部分の感情に集中しました。

何故??激しい抵抗があるのか??

その言葉の真意は何なのか??


するとイエスの言葉に一貫性を感じました。


全てが「神」なのです。


神を愛することの大切さを説いているのです。



僕が成功を愛したり、洋服のブランドを愛したり、誰かを愛したりするとします。


成功した場合、その境遇や様々な引き寄せを与えてくれた神に感謝します。

ブランドの服を手に入れることが出来ても同様です。

誰かを愛したらその出会いに導いてくれた神に感謝します。



同じ努力をしても大きな差が人生で起こるのは、自分が何を一番大切にしているか??だと。


神から離れるということは「感謝の念」からも離れてゆくことです。

感謝の念から離れるということは「不平・不満」恐怖・不安の領域に入ってゆくことです。


その領域のお陰と体験で正気を取り戻し、正しい法則に人は立ち返るのだと。



僕の大きな間違いは「父親」と絶縁関係にあったことだと今は認めています。

先日、叔母とまた話す機会があって、弟が春に結婚をするのですが、今まで葬式など父親と出くわす場には頑なに出席しませんでした。
弟の結婚式も出席しないと叔母に告げたところ、

叔母のこれまでの経験では結婚のスタートで兄が出席しないということが後々それが弟の結婚生活の陰りとなって現れるということでした。

皆に祝福された結婚と、誰かが良くない感情を抱いているものではそのような結果が出ていると言われました。


弟の結婚は僕自身の大きな人生の転機になると叔母に言われたときに自分の間違いを認めることが出来ました。


家族の誰かが家族の誰かを恨んでいるとその家族は崩壊します。

最近では兄弟間で恨んでいるケースを目の当たりにしたとき、その恨みの念は確実にその兄弟を追い込んでゆくこと事実を知ったことで、自分も父親を拒絶してきて、その行為が何たるかを思い知りました。


愛は家族からはじめるとマザーは言っています。


本当にその通りだと今は分かるのです。


僕は結婚式に出席することにしました。


そう決めたとたん、素直に父親に感謝することが出来ました。


これから間違いなくウチの家族や兄弟は繁栄してゆくと心から強く感じています。




謎の体験もありました。
苦しい出来事もありました。


多くの苦しい体験は感謝に至る道だと認識しています。



心にわだかまりが無くなるとサイクルが戻ってくる感覚を感じています。

もう逃げも隠れもしなくていい。
攻撃的に身構えなくていい。


心から平安を感じます。


今自分の心に刻みたいのは「感謝」する心を絶対に忘れないことです。



不平・不満を続けていくとそれが「不足の信念」となってしまいます。
下の負のスパイラルの一途を辿ります。


二度と陥りたくないから絶対に感謝の心を忘れないと誓いました。



家族を拒むということは本当に愚かなことで自分自身を死に追い込む行為だと思います。


あきらめないという精神

December 12 [Fri], 2008, 7:14
今月25日に配布される「月刊ぷらざ」の原稿も出来上がり、ほぼ初期の作業が終わりました。

 来客が100名となって「えっ!!いつの間に!!」といった状況で、毎日慌しくてゆっくり動向をみることが出来なかったので驚きました。


 お客さんの様子や声を活かして細々とした点を改善しています。

細かい作業なのですが意外と時間と労働力が必要で頭と体を使ってバテバテの状態です(汗。。。。)


 けれどようやく大きな第一段階を越えたと思います。

 今後は「畑」を貸してもうらうことになって、「玉ねぎ」の栽培などに取り組むことになりました。一日の時間配分と体力(笑)と相談しながら無理なく取り組まなければなりません。



 朝からお店の改善・買出し・仕込み・開店して調理という状態で「考えること」が多く、体も使うので朝7時から夜12時までそんな状況だったのでかなりきつい状態でしたが・・・・・・・・

 今後は午前中に絵の作業に専念して、午後は買出しと仕込みをして引継ぎになるのでもっと集中出来るので嬉しいです。

 クリスマス用のアートの製作に取り掛かっているのですが忙しくて進まないので「ストレス」がありました。
 
 時間が無いことがこんなにストレスを感じるのだと・・・・・

けれどこれで時間配分も落ち着くと思うので一安心です。



もう12日です。今年もあとチョットだけになりました。

 世界的な不況で、身近にいる建設業の人たちは仕事が無いと本当に困っています。政府が迅速に対応することを祈っています。


そんな最中、お店を訪れて頂いて本当に感謝です。




 昔のお客さん以外にも毎日新しいお客さんと出逢っています。
広告が出たらどんなことになるだろうかとチョットびびっています。が、今回は僕以外にスタッフが揃っているので、以前のように全て1人で切り盛りするわけではないので心強いです。



 人は苦しい時、「夢」を持ったり想像力を持ったり、アイディアを駆使したりすることを忘れてはいけないと思います。


 「夢」や「アイディア」は苦しい時に希望をもたらしてくれます。

どんなに苦しくても「あきらめない」という意志があればきっと扉が開かれると思います。



 全ては心次第と言います。


僕はこの期間に自分が今までどれだけ「簡単」に物事を諦めてきたのかを思い知らされました。


 「あきらめて」しまったら全てが終わります。
 
「ネバー・ギブ・アップ」の精神は本当に尊いと思います。



「きっと出来る」と自分に暗示をかけることで物事は動きます。
けれど「自分には無理だ」とか「限界だ」と本気で思ってしまったらその心の状態が現実となってしまいます。



苦しくても「きっと出来る」。
やり始めたことを絶対にやり遂げる。
イメージを実現するんだという意気込み。



現実は心をへし折られることばかりです。
世界不況も心に暗闇をもたらします。


けれど歴史を見ても、人々は乗り越えてきました。
心がへし折られて自ら退散した人もいますが、その苦境を乗り越えてきた人たちも大勢居ます。


 みんなでこの状況を乗り越えるんだ!!という気持ちがあれば大きな力になると思います。


 諦めてしまったら全てが終わり、きっと出来ると思うとエネルギーが動き働く。



その選択は一人ひとりの自由意志に任せられています。


良い選択を。

考え方を変える??

October 04 [Sat], 2008, 8:14
「平穏」で「平和」な日々を・・・・・・と願っていても、日々変化があり変化への「対応」を迫られます(汗。。。。)


昨日は、アパートの入居者が10月からの契約で話を進めていたのですが、何か事情があるのか??足踏み状態で、自分の作業がここ数日ストップしています。


三階のロックバンドカップルが結婚をすることになって新居を新しく構えるということで出ると昨日聞きました。

明日、今後のアパートの事で改装するのか??立て直すのか??などなどの話し合いをすることになりました。


僕は改装するなら、部屋のデザイナーにそれぞれの個性的な部屋を作ってもらい、バスやトイレなども最新式にしたら・・・・・と考えています。


立て直すとしたら、入居者が出てゆかなければならなくなるので問題が発生します。


この一週間近く、何気にアパート経営??の勉強をしている、そんな感じです。


言い訳になるのですが(汗。。。。)良いことなのか悪いことなのか、このアパートに住んでいると色んなことがあって試行錯誤します。

防水の工事や外観の塗装などなど・・・・・改装がベターなのか??建て直しがベターなのか??判断を迫られます。



そんな状況で自分のやるべきことがなかなか進まないというジレンマを抱えています。


僕自身は毎日やるべきことを淡々とこなしてゆきたいので、時間やスケジュールを決めてひたすらこなしたいのですが、現実は突如色んなことが起こるので、その度に頭を使わなくならざるを得ません。


築年数がかなりなもので、何もアクションを起こさなければ間違いなく入居者がいなくなっていたと思います。


自分でも時々嫌になることは、何か使われていない土地やさびれたものを手直しする・・・・・・そんな避けたいけれど避けられない「運命」は大袈裟だけれど、そんな気がしてならないことがあります。


腎・肺・気

July 30 [Wed], 2008, 16:06
日曜日に甥っ子達を海に連れて行き日焼けして、次の日、普段どおりにジョギングをした後に食事が喉を通らなくなり「熱射病??」かと思い・・・・・ツバも飲み込めなくなり口は渇くけれど水も飲み込めず、夜10時くらいに日本赤十字病院へ駆け込みました。

が・・・・・・


血圧、体温、血液中の酸素などに問題は無いということで診断のみで終わり・・・・・・何とか徐々に水を飲めるようになりましたが不安な一夜を過ごしました。

昨日、原因が分からないので近くの佐藤神経内科(北下郡)へ行き、またまた何も問題はないことから先生が熱心にどんな具合なのか聞いてくれました。

そこでたまに食事が飲み込めなかったり、息苦しいことがあると答えたところ、先生は具体的にそういう時はどんな感じですか??と聞いてきたので、

「死んでしまうのではないかと不安になる」と答えた事から、これまでの人生の歩みなどを質問され・・・・・

「そんなに不安と緊張の連続だったから・・・・・凄く辛かったでしょ」と言われ、もし良かったらと勧められた薬がソラナックス0・4mg錠でした。

過去、食事中に喉が詰まる感覚や呼吸困難がトラウマになっていることを指摘され、緊張と不安を緩和することで改善できると。

僕は副作用に警戒したので質問すると、眠気が起こる程度だとの説明を受けました。


2週間分薬を頂き夕方さっそく飲んでみました。
すると喉の違和感や胸の重みや全身がリラックスしてきて、「これが緊張と不安が無い状態なのだ」と体感しました。

実は薬を飲んでみようと思ったのは、頭では愛や癒しを理解しても体の緊張感を指摘された時に頭と体がマッチしていないと感じたのでリラックスした状態を知っておきたいと思ったからです。


薬の効果はてきめんでした。が、それをきっかけに思い切って以前から興味があって実行していなかった本格的な漢方薬を実践してみようと。


今日、午前中に早速「ブンゴヤ薬局」という漢方を扱っている薬局に行ってカウンセリングを受けました。

漢方は弱まった箇所を治癒してゆくという考え方で、悪い箇所を治癒すれば連携する箇所も改善するという考え方に共感していました。


僕はやはり腸が弱く(漢方では肺と言います)腸を治癒してゆくことで、喉の詰まりや違和感が自然に改善されるということでした。

喉や胸は「気」の出し入れが重要な場所で(漢方では腎と言います)、カウンセラーの方も相談に来る病気を患った方と接していると気を遣い出るばかりで気力が減退してしまう・・・・・・と言われていて、それほど大事な箇所だそうです。

喉や胸の辺りの「気が弱まっている原因」は「恐怖心や不安」だということで納得のいく説明を受けました。


カウンセラーの方も気が弱まっていたらどうしても仕事や家事をこなすことが難しくなるのでケアをしっかりしていると言いました。

美と芸術

November 12 [Mon], 2007, 10:39
お早うございます!!
昨夜は風が強かったです。今朝は曇り空です。


一昨日、姉から連絡があって、昨日、姪のバレエ教室の発表会があるから観に来て、と。
何度も誘われていたけれどナカナカ行けず、昨日初めて観に行きました。
会場はグランシアタで観客も一杯に埋まり、正直、発表会でこんなに広い会場に観客が埋まっているとは思ってもいませんでした。


公演が始まって、オープニングに小さな女の子4人が天使のように愛くるしい動きで演技していました。3番目にソロで姪が登場したのですが、普段の男の子のような雰囲気ではなくメイクと衣装で立派なバレエリーナになっている姿を見て思わず感動して涙が出そうになりました。


その後、生徒と先生による3部構成でステージが進んでゆきました。

中学生の女の子たちはとても洗練されていて、バレエの美しさを表現していて・・・・・

その姿に「芸術と美」を感じました。



バレエを観ながら・・・・・・「もっと早く観ればよかった」と正直思いました。
それと・・・姪っ子に感謝しました。姪がバレエをしていなかったら下手をすると一生バレエの公演を見に行くことはなかったかも知れなかったからです。


率直に・・・・バレエを見たとき・・・・・自分は美しいものを今まで見てきていなかった・・・・と。

バレエに限らずオーケストラやオペラなど興味はあったけれど、豪華に飾り立てて・・・・・と偏見が先立っていて・・・・・

しかし、今回のバレエの(生徒中心の発表会でしたが)で、その偏見が消え、美しい姿に・・・・・言葉では表現できない感動と癒しと解放と影響を感じずにはいられませんでした。


こんな美しさがあったなんて・・・・・



これまでのドロドロした人間関係や自分や他人の醜見の中で生きていて、バレエの世界によって「美の表現」や「美の世界」に触れ、

ただ・・・・醜い世界だけでは人間は病んでしまう・・・・・こういった美や芸術で影に光を与えることも出来るのだ、と。


公演を観終わっても心は軽く楽しく・・・・夜も気持ちがいいほどグッスリ眠れました。

自分が美の世界に強く惹かれていて、強く求めていたことを認める出来事となりました。

新たな出発

July 19 [Thu], 2007, 10:23
お早うございます(^。^)

昨日は友達に誘われてオシャレなカフェ???でランチをしました。
前に通っていたお店で今は店名が変わってしまっていたのですが、「久しぶりだなぁ〜」と思いつつお昼を過ごしました。


ランチを食べた後、すぐ隣に昔お世話になった花屋の先生と6,7年ぶりの再会をしました。先生は父親や父親の関係者との交流があるので、最近の出来事などの話で盛り上がりました。


そんな時間を過ごしている時、「大きな傷が癒された」・・・・今までの僕がこだわってきた・・・・癒したかった心の傷・・・・「ファイアー・ザ・グリッド」の祈りなのか、自己の内省を見つめ癒しを求めたからなのか・・・・・総合的な理由できっと「傷の癒し」が終了した・・・・そういう感覚がありました。


長い自分探しや、心の傷の癒しが終わった・・・。


長く逢ってない僕と父のことを思って、先生は「そろそろ、お父さんに逢いに行ったら??きっと喜ぶわよ!!」と。


流れ・・・・流れは決まっているんだ。


僕は何かに逆らって反発して・・・・孤独な旅をしていた。
その旅で失ったものもあれば得るものもあった。


今その旅が終わろうとしている。



終わりがあれば別れもある。
昨日それを感じた。


これから癒しの旅へ向かう人。
その旅を最後まで続けて欲しい。



傷は・・・・傷は癒され完治するまで「傷のまま」でいる。
それをいくら覆い隠しても繰り返し繰り返し同じパターンで再発してしまう。


今「傷を抱えたまま」の女性が気になる。
「傷を抱えて」いる人は周囲の人を次々に傷つけてゆく。

彼女は「傷」を覆い隠す為に仕事の量を増やす。
家庭があって幼い子供もいるのに・・・・。

家庭があって・・・・子供がいて・・・・生きてゆく為に困らない経済力があれば普通は幸せを心から感じる。



彼女は一体何を求めているのか???


その仕事もズサンな状態で足元がほころび始めている。


仕事で目標を成し遂げようとしているならばどんな小さなことでも丁寧な作業が求められる。仕事は勢いだけでは続けられない。


うつ病

June 14 [Thu], 2007, 11:30
お早うございますww
大分はすっかり梅雨入りです。
しっとりした空気に癒されますww


先月からカウンセリングの資格を取得する為に勉強を始めました。
僕は感覚人間ですが今回は基礎学問や知識をしっかり踏まえようとトライしました。

勉強していくうちに・・・・まず自分のカウンセリングに対する大きな偏見に気が付きました。

前のブログにも書いたのですが、僕はカウンセリングは「傾聴」が大事と・・・・傾聴が最大の目的だと勘違いしていて

話を聞いただけで何の問題解決になるのだろう????

そういった表面的な事しか見えていませんでした。


しかし、本当の目的は相談者(クライアント)が自己解決する能力がある、というスタンスで専門的な療法を用いてサポートする。


僕は「自然治癒力」というものをS先生から知り、今回、「自己解決する能力」という言葉が自然と重なってゆき、心理学の世界へ自然と入ることが出来ました。


僕の中でお医者さんやカウンセリングなど・・・・心の問題、精神的な問題を本当に解決することなど出来るのだろうか???という漠然とした疑問や疑いを常に抱き続けていた。

というのは、幼い頃住んでいる地区に精神病院があって窓には鉄格子があり「監禁」というイメージがあって、入院している人は息苦しいのでは・・・と子供の頃思っていました。そして、どうしてそういったことになってしまうのだろうか???という疑問もありました。


臭いものにフタをしている・・・・そんな印象しかありませんでした。


しかし、成長していくうちに精神的な不安定を自分自身が体験し、そういった人と出逢って・・・・・そういう症状に苦しむ人、その症状の人と接する人の両方の気持ちが体験できました。


ここでうつ病についての簡単な説明を紹介します。


うつ病とは


うつ病を病気ではなく、気の持ちようだと思っている人もいます。
うつ病はれっきとした病気です。

「気分がひどく落ち込んだり何事にも興味を持てなくなったり、おっくうだったり、なんとなくだるかったりして強い苦痛を感じ、日常の生活に支障が現れるまでになった状態です。」


1.強いうつ気分
2.興味や喜びの喪失
3.食欲の障害
4.睡眠の障害
5.精神運動の障害
6.疲れやすさ、気力の減退
7、強い罪悪感
8.思考力や集中力の低下
9、死への思い

うつ病は自覚しにくいし、まわりで見ていても分かりにくい病気です。
しかし、治療すれば良くなる病気ですので、早めに見つけて治療することが大切になります。




自殺などの背景にうつ病があるそうです。
自殺する以前にその症状は「地獄」のような体験をします。

僕は思います。

その体験や自殺などは本当に必要なのか???と。


心理学を学んでいくうちに、薬での治療のことも知ってゆきます。
脳内の物質の減少や低下を薬によって正常化し必要がなくなればそこで終わり。

一流と高い意識

May 07 [Mon], 2007, 8:24
お早うございますww
ゴールデンウィークも終わり今日からまた気分を新たに頑張りましょう!!

昨日「情熱大陸」でジャニーズの二宮君が取り上げられていました。
ご覧になりましたか??

放送の中で「プロのアイドル」という言葉を聞いて「ジャニーズ事務所」の意識の高さを感じました。
僕の番組の内容に対する見方は、「ジャニーさんは一流の人を選別する達人なんだ」というものです。

タレント自体にも高い意識は当然あるのだと思いますが、若い世代のタレントを育てていく為に意識の高い人物(監督・キャスト・スタッフ)と接することでタレントを向上させていくという考えを感じました。


テレビを見ながら「確かに一流の人って存在するよなぁ・・・」と、今までを振り返りながら番組を見ていました。



一流や二流・三流ってスポーツの世界でイヤと言うほど耳にしました。
一流の監督・・・一流の選手・・・・一流の学校・・・・一流であること・・・・

そういった世界で生きているとウンザリすることがあります。
「一流って何??」と。

これは自分の勝手な解釈ですが、以前、ジャニーズに所属していた田原俊彦さんはジャニーズ事務所を出て他の事務所に変わった後、色んな軋轢のあったかと思いますがあらためてジャニーさんの力を知ったのではないかと思います。

自分の周りに一流のスタッフばかり居たことが当たり前になってしまって、事務所を出ても自分の力でやっていけると思いきや失敗した・・・・。

きっと一流の人間の「力の結集」とはどういうことか知ったと思います。
あくまでも予測ですが。


ジャニーさんは感性が高く時代の移り変わりや人の力を見抜く鋭さを兼ね備えている方なんだろうな、と。

タレントの成功の影に多くの一流の人物がいることを忘れてはいけません。




TVを見た後、「やっぱり一流っていいものだ」と正直シミジミ思いました。
「妥協しない」姿勢に襟元を正される思いで見てて気持ちがいいし刺激になる。

一流と言われる人の生きかたは「妥協」を許しません。
自分を律することが出来る人たちです。

体調管理、仕事への追求・・・・目的意識・・・粘り強さ・・・意志の強さ・・・・あらゆることにパーフェクトを追求しています。

昨年行ったマドンナのライブで、マドンナがライブの前に
「世界1のショウをする為に、世界1努力するわ!!」と公言しました。

結果、公言通り「世界1のショウ」と絶賛され興行成績も女性アーティスト歴代1位という結果を出しました。ちなみにマドンナは48歳です。
ショウを見た多くの人は「あと10年はやっていける」と感じたほどパワーを感じました。



世の中には、そういった1流といわれる人もいればギャンブルに溺れ借金まみれになる人もいる。虐待もあれば優しい人も存在する。病人もいれば健康をもてあまして遊び呆ける人もいる。

色んな意識レベルが混在しています。


正直、僕は迷っています。


どの意識レベルが一番素晴らしいのかと。



極論ですが、某ブランドに勤めている友人の生き方や姿勢に学ぶことが多いし、極貧の中で清く生きている人に「強さ」を感じ圧倒され学ぶ。
どちらにも一流の哲学がある・・・・。

ただ、僕がどうしても分からないのは「中途半端」な人です。

僕が思うに1度は1流の世界は「体験」するべきだと思うのです。
そういった「体験」が無い人は評論家のように口先だけでモノを言います。

実際その世界に中に入るともう大変です。
それは「競争原理だ!!」と反発されそうですが・・・

「人が10努力していたら、自分は11努力する。人が15努力するなら自分は20努力する・・・・」

イイか悪いかという問題ではなく、人が人に刺激を受け学び向上する構造です。切磋琢磨し磨かれいわゆる1流といわれるようになります。
そういった世界では

「ライバル」の存在が不可欠だしむしろ「ライバルを探せ」と言われます。

「ライバル」は自分より上の人でなければいけません。
自分より下の人を選んでも優越感に浸ってばかりで何の向上にも繋がりません。

タフ

April 30 [Mon], 2007, 15:40
こんにちはwwゴールデンウィークいかがお過ごしですか??
先日は2012年12月23日に起こるフォトンベルトのことを書きました。
インターネットではあらゆる情報が流れているので確かな情報かどうかの判断を個々に委ねられます。


生きていると色んなことに遭遇します。
先日書いた巨大な光、人間関係のトラブル、不思議な体験、辛い出来事などなど・・・・・。

楽しいことばかりが起こればそれが一番幸せなのですが思いもよらぬ出来事が起こると人は「何か特別なもの」にすがりたがる傾向があります。

僕が人生で一番不可解だった・・・2つかな・・巨大な光と臨死体験・・・。
その意味を知りたくて様々な場所に行きめぐり合った本を読みました。
そんな最中チベット仏教のダライ=ラマと逢いますます人生がミステリーになりました。

振り返ってみれば本当に不思議なことだらけでした。

今日初めて言いますが1999年にインドへ行った際ダライ=ラマの秘書の方からお釈迦様のお骨を見せてもらったことがあります。小さな包みのようなものに大切に保管されていました。

ダライ=ラマに会った時、「平和の為に共に頑張りましょう」と言われた時、
「自分は一体何を出来るのだろう!!」と必死に悩みました。

自分は一体何者なのだろうか???
それを知りたくて自分を探しました。

何故出逢ったのかそれは今でも分かりません。

今まで正直生きた心地が無いまま人生を送ってきました。
彷徨って迷って生きている間に多くの彷徨う人と出会いました。
理由はどうであれ本質は同じでした。


多くの人は幼い頃や青年期での家庭内での辛い経験でした。
それは自分も同様だったので心から理解出来ました。

子供の頃のトラウマは簡単には消すことが出来ません。
誰もそれを消せませんでした。

過去の辛い経験を背負ったまま皆生きていました。
心が晴れることのないまま。