エネルギー 

May 07 [Mon], 2012, 13:47
毎日の生活の中でどんな場面で「エネルギー」を使っていますか??


 「仕事」の時に「最大限のエネルギー」を使ってますか??

 「子育て」に「最大限のエネルギー」を使っていますか??

 「スポーツ」に「最大限のエネルギー」を使っていますか??


 「研究」に「最大限のエネルギー」を使っていますが??

 「勉強」に「最大限のエネルギー」を使っていますか??




 または・・・・・「合コン」に「最大限のエネルギー」を使っていますか??


 「人の批判や中傷・・・・・・復讐」に「最大限のエネルギー」を使っていますか??


 あるいは「競争」に「最大限のエネルギー」を使っていますか??




 または・・・・・・「恐怖や悲しみに暮れること」に「最大限のエネルギー」を使っていますか??




 エネルギーは人それぞれの目標や目的や夢などによって使い方は様々です。





 暗く閉鎖的な人生から「脱却」して、ワクワク生き生きとした人生へ移行する!!と決めたものの・・・・・行動を起こしたけれど・・・・・


「また」その目標を邪魔する出来事が起こった!!という経験はありませんか??


 僕は何度も経験しました。


 何かを心を決めて始めようとすると「妨害」されるかのごとく・・・・・色んなトラブルが急に襲い掛かってくる・・・・・そんな出来事が沢山ありました。


 「妨害」をしているかのように見える相手に腹が立ったことも過去に何度もあります。


 その度に「頭が痛くなって」・・・・・どう対応していいのか分からなくなったりして疲れて・・・・・ドロップアウトしてしまったことが何度もあります。





 突き詰めて考えてみると・・・・・・子供の頃にそういった経験が何度もありました。


 目標を持つと邪魔をされる経験です。


 子供の頃に勉強を頑張っていると母親や姉に冷やかされバカにされる「変な家庭」で・・・・・勉強をすることはいけないこと・・・・・というような変なインプットが無意識にあったり・・・・・


 中学の時にスポーツで目標を持って頑張ると、他の選手はそこまで目的を高く持っていなくて・・・・・・集団で無視されたり・・・・・


 まるで空気の読めない「熱い人間」扱いだったのか??(笑)
 噛み合わないことが多々ありました。


 高校に入ってからは同じ高い意識を持った仲間との出会いで「最高の体験」が出来・・・・・・自分の中の「力」を最大限に生かすという体験も得ることが出来て素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。





 「能力」を最大限に発揮したい!!のに・・・・・・妨害をされる。


 若い頃はそういう風に思っていたかもしれません。



 けれど今は違います。



 人の責任にして「言い逃れ」や「誤魔化し」ていただけだと。

 誰かのせいで「止める」のではなくて、自分に制限をしているから「人が邪魔」をするような状況をつくって「人の責任」にしていただけだった。



 韓国ドラマみたいに・・・・・執拗に邪魔をするなんて・・・そんな人は多くありません。


仮に誰かがあなたの夢を潰そうと本気で思い・・・・・・それをしつこく実行したとしても・・・・・・最終的に夢を捨て諦める判断をするのは「自分」です。



突き詰めてゆくと・・・・・・誰かの責任ではなくて・・・・・・


自分自身との闘いだったと言えます。




自分が夢に向かって「最大限のエネルギー」を使うことを本当に阻止できるのは一体誰か???


 他人でも神でも悪魔でもなく・・・・・・本当の敵は「自分」です。

 「自分」が「自分」に「制限」をかけているのです。




 それを自分は認めたくなんてありません。


 だから人を使って・・・・・さも、邪魔をするように自分の人生に参加させているのです。





 本当に目的や夢があって・・・・・・邪魔をしたり・・・・・その夢を奪ったり・・・・・あなたを傷つけることが出来る人など誰もいません。



 過去に起こった傷ついた出来事は「嘘」です。

何が嘘かというと・・・・・・あなたは誰かに傷つけられ苦しんだのではなく・・・・・・・


 自分で自分に制限をしてしまったことで苦しんだのです。






 「制限」が自分の中にあって・・・・・・言い訳を作る為に「人を利用した」とも言えます。



 そして・・・・・誰かによって自分の人生は破壊されたと言います。


 だから「嘘」つきです。




 破壊や制限をしてしまったのは自分だということを認めない限り苦しみはいつまでも続きます。




 自分の人生が誰かのせいで「ぶち壊された」と一生言っているほうが努力しなくて済みます。


 いつまでも被害者の立場でいるほうが周囲の同情を引き・・・・・制限を越えようと努力しなくても周りから批判を受けずにいれるから楽です。



・・・・・・・が・・・・・・・僕はそういう人を何人も見てきたし、自分自身もその「手法」を無意識に使っていました。


 その手法は・・・・・いずれ自分自身を本当にどん底に突き落とします。



 結局最後は・・・・・・自分で作った罠から・・・・・・・自分自身で這い上がり乗り越え・・・・変化しなければなりません。





 自分を潰せるのは自分。

 潰れた自分を再生させられるのも自分。


 本当に自分を傷つけられるのは自分。

 自分の夢の実現を許すのも「自分」です。



 
 本当に自分が変わりたいのなら・・・・・・今までの嘘を反省し・・・・・もう二度と自分に制限を設けず・・・・・・達成・実現することを許すことです。



 過去の出来事はある意味「真実」でもあり「幻想」でもあります。
 「制限」という思考の体験です。


 「高い意識」から見れば、過去の体験は「真実」ではありません。

 自分で作った自作自演のドラマでも・・・・・・それを終わらせることが出来て・・・・・・「豊かな人生」の中で生きることが出来るからです。


 それと・・・・・誰もあなたの夢を奪うこと・・・・・傷つけることなど出来ないという点において「過去の出来事」は嘘だといえます。



 昨日、関東で竜巻がありました。

 けれど僕たちの夢は終わりません。

 竜巻の責任ではなく・・・・・自分の中の制限に目を向けるべきです。



 制限が悲劇を起こします。

もうダメだという制限が現象を創ります。


 制限もエネルギーです。



 自分の中の制限に気付き・・・・・それを取り払い・・・・・・高次の意識のエネルギーを活用することが何よりも大事です。

100%信頼を持って 

May 06 [Sun], 2012, 22:04
 ヒーリングコードやホ・オポノポノや瞑想を行なっているのに・・・・・

 以前と人生の問題が解決するどころか、状況が悪くなったりする人もいると思います。


 人生に問題があって・・・・それを改善・解決をしようと悩み・・・・方法を求めた結果・・・・・・ヒーリングコードやホ・オポノポノや瞑想などと出会い・・・・実践したと思います。



 その「選択」は正しいのに・・・・・問題が解決しないのは何故か??






 バシャールは「ワクワクすること」の大切さを訴え・・・・・「ザ・シークレット」では

「受け取る準備」の大事さを言っています。




 それは一体どういうことでしょうか???



 これまでの方法で問題が解決せず・・・・・努力を重ね・・・・・自分自身を反省しても状況が変わらず・・・・・・


 別の「選択」を知ったはずではなかったですか??



 それは「大いなる存在」や「ソース」(源)があって、自分自身と繋がっている・・・・・その「大いなる存在」は無限の力があって、その力に委ね(繋がる)ことで本来の自分に戻り「豊かで幸福な人生」となる。




 それを知ったから日々実践しているのではありませんか??




 なのに・・・・・問題は終わらず・・・・・悪化までしている。







 もう一度、冷静に自分が何故??それらの(ヒーリングコード、ホ・オポノポノ、瞑想など)をしているのか??



 それは自分の人生に「大いなる存在の力」が流れることを「許そう」と決めたからではありませんか??



 自分の人生に「大いなる存在の力」を巻き起こすために・・・・・・

「大いなる存在」とバラバラだった自分を繋げてゆくものが


ヒーリングコード

ホ・オポノポノ

瞑想など・・・・


そのツールを使って「大いなる存在」と繋がり・・・・・想像を超える(奇跡とも呼ぶ)力が流れることを「許し」たはずです。



 だから難病が治っても、借金暮らしから金持ちになっても、負け犬から成功者になっても・・・・・・


驚くことではないはずです。



 「大いなる存在の力」というものは人間では理解できない超越した力だから当然です。



 ヒーリングコードやホ・オポノポノや瞑想などのツールを日々実践している人は何をしっかり理解していないといけないのか??


 それはそういったツールによって「自分」と「大いなる存在」が一つになって・・・・・・「大いなる存在の力」が自分の人生に巻き起こり・・・・・

 超えられなかった壁や、解決できなかった問題が終わり・・・・・

 そして本来の「幸福」が実現する・・・・・・


 だから、瞑想をするときも「ワクワク」するし、ヒーリングコードなども同じことです。



 何もせず「大いなる存在」と繋がることすらしていなかくて「ワクワク」するのは??僕にはしっくりいきませんが・・・・・・・


 バシャールの本に紹介されている瞑想一つにしても・・・・・そのツールを使うことで「大いなる存在」と繋がって信じられないエネルギーが自分の人生に起こるんだ!!ということを理解して実践するものです。




 なのに・・・・・そういう信じられないことが「起こる」ことも、「大いなる存在の力」も想像していなくて・・・・・・ある意味「ボーっと」した状態や、「こんなことして本当に難しい問題が解決するんだろうか??」など疑っていたり・・・・・



 もう数ヶ月もしたのに何も変わらない!!とキレている人がいるなら・・・・・・・そんなに疑って信頼していないなら止めればいいんです。



 または信じられない力を目の当たりにして動揺したり「恐れたり」するのもみっともないです。



 だってそういう想像を超えた力が人生に起こることを分かっていてそういったツールを日々実践していたのではないですか??と僕は言いたいです。



 何故??ワクワクするのか??


 僕は「大いなる存在」と繋がり・・・・・その力によって問題が解決に導かれ更にワクワクすることが人生で沢山起こると信じているから「瞑想」が楽しくてワクワクします。



 瞑想をして状況が悪化するのならば、絶対にワクワクしないし・・・・・「大いなる存在」と繋がっても何も変わらないなら生きていても楽しくありません。



 きっと今まで人生が楽しくなかった人は、悪いことばかり起こって・・・・嫌な出会いばかりで最悪な人生で・・・・・・この先の未来に「ワクワク」など出来ず・・・・・だからといって大事な命を捨てることも出来ずに生きていたのでは??



 その人生を終わらせ・・・・・・バラバラだった「大いなる存在」と一つに繋がることで「本当の自分」になり「幸福」になれる!!と感じたからこそ実践しているはずです。



 だから「ワクワク」するべきです。
 「大いなる存在の力」が自分の人生に巻き起こり幸せになれると思っただけで興奮しませんか??


 自分の人生に「奇跡」が起こったとき・・・・・・もしかして感極まって泣きじゃくるかもしれません。

 「信じられない!!」と部屋中飛び回り・・・・・家族や友達にこうふんして電話を掛けまわすかもしれません。



 そのようなツールを日々実践していると誰でもそうなります。




 その心の準備は出来ていますか??


 あるいはそうなることを知ったうえでツールを日々実践していますか??




 間違っても「大いなる存在の力」が自分の人生に巻き起こってもビビッたり「恐怖」を感じないでくださいね(笑)



 だからしっかり心の準備をするようにとザ・シークレットでは言っているのだと思います。


 バシャールは「そうなる」からワクワクするでしょ??と言っているのだと思います。


 
 どんなにあがいても難しく超えられなかった壁が・・・・・・「大いなる存在」と一つになることで乗り越え・・・・・本当の人生を送る。




 もう一度冷静に見つめなおしてください。

 何故??今自分はそのツールを使い人生で何を起こそうとしているのか??

「高次の意識」を使う 

May 05 [Sat], 2012, 21:11
 「高次の意識」と「制限」のどちらかを僕たちは意識的あるいは無意識に「選択」しているようです。

 そして現在、「制限」の意識だけではなく「高次の意識」を誰でも使える段階になったと言われています。


 


 
そこでまず大事なことは「高次の意識」を受け入れ・・・・・・そして、その「高次の意識」が自分と繋がっている真実を認め・・・・・・

「高次の意識」を使って自由に「実現」することを「許す」・・・・・


そういったことになると思います。



「高次の意識」と自分の中に在る・・・・・・・ということを認める。

そしてその「高次の意識」と繋がり・・・・・この与えられた人生で活用し・・・・・・実現してゆくことを「許す」ことによって内面の変化が起こる。





 エネルギーは「平等」に与えられていますが・・・・・・現実的に多くの・・・・大きなことを実現する人と、力が無い人との違いがあるとすれば・・・・・この意識の違いだと思います。



 「制限」の意識を持って生きれば「制限の世界」が実現し・・・・・

 「高次の意識」を持って生きればその世界が実現する・・・・・




 それはどんなところでも顕著に出ていると思います。



仮に・・・・・収入が少なくて貯蓄が無い人のケースで・・・・・・家が古くて、新しい家を建て直したいという想いが出るとします。


 「制限」の意識を100%選択している人は・・・・・・・

収入やローンなどの現実の問題があって、新しい家を建て直すのは無理だからキッチンだけリフォームしよう・・・・・・


または、無理をせずに今は諦めよう・・・・などなど・・・・・・


「制限」の意識をベースにこのような「選択」があると思います。





もう一方で「高次の意識」を100%選択した人は・・・・・・・


同じ収入が無く貯蓄が無いケースでも・・・・・・



実現する方向を選択してゆく。





「高次の意識」を100%信頼し選択している人は想いを実現します。



「制限」を選択した人から見たら「凄い!!!」と思うことでも・・・・・
「高次の意識」を活用している人はそれを


「当たり前」だと思っていて何も凄いことだとは思わない。

むしろ「制限」をしているひとのことが分からなかったりしてしまいます。




 「高次の意識」を持った人と、「制限」を持った人とは混ざり合わなく感じるのはそういった意識のちがいかもしれません。



 「高次の意識」を持った人は毎日が楽しいと思います。

 思ったことを現実に次々と実現してゆけるからです。



もう一方で、「制限」の意識の人は人生が苦しく惨めになっていたりします。





 堤防沿いで生活をしているホームレスの方を「制限の意識で見ると・・・・・・


 この先の明るい未来が全く見えません。



しかし、「高次の意識」で見ると・・・・・・・


そのホームレスの方が大きなビルを建て「豊かな人生」になっても何も不思議でもなく・・・・・・

ホームレスの方が「制限」から「高次の意識」を自分自身に許すことでそれが実現するのは「当たり前」だと共通して思うでしょう。





 スピリチュアルな学びがある人はそういうことが起こることを受け入れていると思います。


 けれど自分自身にそれを「許していない」人は多くいると思います。



 自分も「高次の意識」と繋がっていてそれを現実に活用できることを「許した」ときにその世界が実現します。




 先ほど家の話を例えでしましたが・・・・・・ムチャして家を建てるということではなく・・・・・・・


自分の信念として「制限」を持っていれば、発想やアイデアもその基準のものが発生しますが、信念として「高次の意識」を選択すると発想やアイデアがその意識に沿ったものが流れ込んで「実現」するということです。




だから自分の信念としてどちらを選択しているかで、湧き出てくるアイデアも違って当然です。



どちらも良い悪いではなく・・・・・・・・
それまで平穏無事に人生を謳歌していたのに・・・・・・突然ネガティブな状況に追い込まれた時・・・・・・・それは新しい変化や「選択」のチャンスが訪れたのだということです。



それは誰かに操作されているのではなく・・・・・・・


自分が選んだものだと僕は思っています。


自分という肉体、親、国、環境、今というこの時代・・・・・・全ての人が「同意」の下で選択し・・・・・その集団が今この地上にいるのだと思うことは自然なことです。



その証拠に今世界中で大きな変化が起こり・・・・・・そして「選択」の余地があります。

「高次の意識」を選択するというものです。


それを選んでも選ばなくても自由です。

けれどそれをきっと選択すると僕は思います。




それは全ての人が望んでいることだからです。



僕は全ての人がその選択をすると信じています。



ある話では・・・・・「制限」を選択をした人の未来に声を掛けても何も反応がないという恐ろしい話があります。

僕は家族のすべて、友人、今生きている人すべて・・・・・・同じ「高次の意識」のなかで共に生きていたいと心から願っています。


誰一人「制限」のなかで留まって欲しくありません。
そうなったら本当に悲しいことで心から喜ぶことが出来ません。


そういった意味でも僕は「高次の意識」を選びます。

制限の意識の「限界」や「無理」・・・・・「仕方ない」という意識ではなく・・・・・・「高次の意識」の「出来て当たり前」を選びます。



これが今の正直な想いです。
みんなで同じ意識を選択して一つに繋がっていたいと心から思います。

「高次の意識」と「制限」 

May 05 [Sat], 2012, 10:33
 バシャールのメッセージのお陰で「なるほど!!そうだったのか!!」と納得することがありました。


 僕たちは今「高次の意識」を選択するか??

あるいは今までのように「制限」のある世界で生きることを選択するか??その2つの選択を自由に出来ることをバシャールは言っています。




 今日初めてこのブログを見たり・・・・・あるいは「高次の意識」など興味も無く生きている人は「は??」コイツ頭おかしいんじゃない??と思うでしょう。


 僕だけではなく、初めてこのブログを見て「高次の意識」に縁が無い人でも・・・・もしかしたら無意識に「高次の意識」を活用しているかもしれないし・・・・・・・・

あるいは「制限」の世界を当たり前だと何も疑うことなく生きているかもしれません。






 例えば「ザ・シークレット」などで、ほとんど植物状態の人が普通に生活できるようになったり・・・・・・癌が治ったり・・・・・・・あるいはどん底の人生から逆転して「豊かに」なったり・・・・・・・



 普通だと「諦めて」しまい「不幸の人生」だったはずが・・・・・「高次の意識」を選択することによって・・・・・・・ポジティブな状況を現実化したと言えます。


 
 僕たちは多くの「制限」の中で生きています。


 これは「誰かに制限」された・・・・・・ということではなく・・・・・・

 最終的に「制限」を自ら受け入れ選択したということなので「自分の責任」になり、誰かの責任には出来ないという原則のようなものがあります。





 例えば、子供が・・・・・「僕は医者になる!!」と親に宣言した時に・・・・・親が「あんたは私の子供で出来が悪いし、うちの家系に医者なんかいないし・・・・・・ましてやウチにはそんなお金が無い!!」と言われ・・・・・


子供はそこで「怒り」や「悲しみ」などの「感情」が起こり・・・・諦めようとしても諦めきれなくて・・・・・



その姿を親が見て・・・・・「一体いつまで引きずってるんだ!!もっと現実を見て生きなさい!!」と怒鳴られたとします。



その時に・・・・・・「本当の現実」は親の言う「制限」の現実なのか??

それとも子供が感じた「高次の意識」が現実なのか??





子供は自分が医者になるという「選択」を現実化しようとします。

けれど親の制限に苦しみます。


「高次の意識」と「制限」のどちらを選ぶかで心は激しく葛藤し苦しみます。






親の言う「制限」を受け入れ「選択」すれば医者にはなれません。


自分の内面から受けた「情熱」を受け入れ選択すれば医者になれます。



子供にとって「親」という存在は絶対的なので、親の制限を跳ね除け・・・・・・「高次の意識」選択することはもの凄く大変なことです。






このような「「高次の意識」と「制限」の選択は、僕たちが生まれてからずっと続いています。

生まれる前にも選択をしていたかもしれません。



「制限」を選択すると、苦しくなったり・・・・・・自分に対し・・・または他者に対し怒りがあったり・・・・・・


選択を間違っていなければそんな苦しみや怒りや悲しみなど起こるわけがありません。

仮に最初は起こっても・・・・・その選択で正しければ幸せな気持ちになれます。




人間の感情は素直だと思うし、もの凄いセンサーのようだとも思います。



本当の自分のあるべき状況ではなかったら「苦しい」のです。

それは生きる道が違うとかではなく・・・・・・・今の仕事が正しいとか間違いとかではなく・・・・・・・


今の夫・妻・・・・恋人が違うとかではなく・・・・・・・



じぶんの心が「今」・・・・・「高次の意識」を100%信頼しているのか??

それとも「制限の世界」を100%信頼しているのか??


ということのように思えます。



「高次の意識」・・・・・・物事は何でも自由に実現し叶えられるということを本気で100%信頼してそれが実現していると楽しく人生を送れます。





けれど「自分には才能がない」・・・・・・「自分には限界だ」・・・・・・という感覚があるときは「制限の世界」を100%信じている時なので「苦しい」状況の中にいます。



そんな中でも「高次の意識」を100%信頼した瞬間に・・・・・状況が大きく一転してしまう。




宇宙には「高次の意識」というものがあって・・・・・・その「意識」と繋がり一体となることで「本当の自分」になれる・・・・・・


というメッセージが今沢山発信されています。



そのメッセージを現在ではかなり多くの人が受け取っているけれど、まだ全ての人ではない。



メッセージを全ての人が「平等」に受け取り・・・・・・・そして選択をするのは「自由」です。


バシャールは「強く高次の意識と繋がることをお勧めします!!」という言葉でとどめています。






ある日誰でも目覚める時が来ると思います。



今まで当たり前だと思っていた「世界」だけではなく・・・・・・・別の世界があり・・・・・・それを誰もが自由に選択が出来るのだという真実を知る時が・・・・・・・





バシャールなどのメッセージを受け取るだけでは以前の世界と何も変わりません。



今、どん底の中で生きている人はそれが豊かに変えられる・・・・・「高次の意識」と繋がることでそんな作り話のような出来事が現実に自分の人生に起こることを「許してあげる」こと・・・・・・それを信頼すること・・・・・・・



ただそれだけ・・・・・





「制限」の世界になれた僕たちには映画のような話にしか思えません。

実際に、この地球上で「高次の意識」と繋がった人が沢山の現実を創っていても・・・・・・テレビ画面の中の出来事のようにしか見えなかったり・・・・・・・


お隣さんがそれを現実にしても・・・・・自分とは別の話だと思ってしまいます。




「制限」になれてしまって「眠っている」状態です。


けれど僕のようにある日突然「臨死体験」のような出来事が起こり・・・・・眠った状態から揺さぶられ「目覚め」のきっかけを起こすことも現実にあるのです。



僕たちは「眠ったまま」ではいられないようです。


だから「ネガティブ」な体験は「目覚め」の大きなきっかけにもなります。


眠った魂を揺さぶる・・・・・それがネガティブな体験。






抵抗をし続けるよりも・・・・・「高次の意識」を受け入れ信頼したほうがもっと物事がスムーズに進むのはきっと誰もが頭で分かっています。


それが頭では分かっていても実際問題まだ受け入れ切れていなくても大丈夫です。

自然にそうなってゆくのが全ての人の定めだと僕は信頼しています。




今、本当に凄い時代になったと思います。

自分が生きる世界を選択できる段階にあるということ。

選択する 

May 03 [Thu], 2012, 12:49
 世の中にはネット環境のお陰で沢山の情報があります。

生き方も様々な人が「自分らしい生き方」をしていて本当に面白いと思います。

ファッションの分野で仕事をしている友人もファッション界ではかつてのように「これしかない!!」という時代ではなく、色んな個性を好む人が多くなったといっています。


 そういう意味では「選択」が増え、自分らしさを表現しやすい時代になっていると思います。




 僕が今まで一番手こずったのは、体が思うとおりに動かないという「問題」です。


 「心」と「体」がバラバラな感じで・・・・・・「体」がまるで怠け者の「牛」のように「心」と繋がっていないような感覚に苦しみました。



 そこで選択したのは「スピリチュアル」の分野でその問題を解決しようとしました。

 普通は医者に見てもらって処方をして改善する・・・・・というものが一般的なのですが・・・・・・「心の問題」を心療内科の先生に任せることや薬で改善することを僕は選択しませんでした。


 それは過去に精神を患った人が・・・・たまたまかもしれませんが薬やカウンセリングで完全に改善していなかったからです。


 もっと別の方法がある!!・・・・・・そうして「スピリチュアル」を選択した・・・・・・




 

 みんなそれぞれの選択をして「今」があると思います。


その結果・・・・・ポジティブな状況だったり、ネガティブな状況だったり・・・・・


ポジティブな状況になりたくて「選択した」ことがネガティブな結果になった時・・・・・・・僕はもの凄く落ち込んでしまいました(笑)。



 ネガティブな経験も学ぶものがあって・・・・・ポジティブな経験も同じく学ぶものがある・・・・・・


 ただそれが自分に合っているかどうかが大事だと思います。



 僕はある日ひょんなことから・・・・・友達と会話している時・・・・

「体の疲労がなかなか取れない・・・・」と僕が言った言葉に友達が

「レッドブルがいいよ」と言われ・・・・・・・僕はすぐにはそのエネルギードリンクを飲みませんでしたが・・・・・・


数日経って・・・・・・やはり体がキツくて仕方が無い時に・・・・・その友人の言葉が浮かびました。


その友人は趣味で「自転車レース」に参加していて活動的なので・・・・僕はその活動的な友人の言葉を信じ選択しました。


 今年から徐々に運動量を多くし、現在は週6日ジムとランニングを取り入れていて・・・・・疲労が無くならずどうしたらいいのか??・・・・・やめる選択がなかったので困っていたので早速飲んでみました。



 僕の体にピッタリ合ったのか??・・・・・驚くほど疲労が無くなってしまいました。


 逆にビックリしてネットで成分や効果や副作用など心配になって検索しました(笑)。カフェインや添加物が入っているのでそこは今後良質ものを探そうと思いますが・・・・・・・友人のさりげない言葉にとりあえず問題を解決できました。


 それと「イミダペプチド」も飲み始めていて・・・・・「イミダペプチド」は脳の活性酸素を除去する効果があることなどから・・・・・脳をクリアに出来たらと飲んでいました。



 正直なところ・・・・・「レッドブル」はすぐに体に反応したのでどうしても疲労が取れず気持ちが塞いでしまう人は一度試してみるのもいいと思います。

僕はローソンで購入しています。200円と270円がありますよ。



 「レッドブル」が効かない人もいるみたいです。


 本当に人それぞれで、スピリチュアルな学びも食べ物もスポーツも仕事も付き合う人などなど・・・・・・・


自分にとって何が合うのかは・・・・・・・失敗を恐れずに試してみることも大事だと思います。



 自分が興味があって信頼しても・・・・・実際には合わないことなど沢山あります。



 誰かがそれを選択して良かったからといって誰もが良いわけでもなく・・・・・・・



自分に本当に合うものはしっくりきます。



何事もそうですが・・・・・自分の「選択したもの」がネガティブな結果であっても「諦めない」ことが大事だと思います。

 そこはスピリチュアルの言葉を借りれば・・・・・


諦めずに行動してゆけば「宇宙がサポート」してくれる・・・・・


僕はそう感じています。


実際に苦しい時に・・・・・・諦めずに行動すればきっとサポートしてもらえると心から思ったし・・・・・行動をやめ意志を捨てればサポートは来ない!!と思っていました。



 ある意味思った通りになっただけですが・・・・・・




 いつも「偶然」はないのだけれど・・・・・ある日NHKを見ていたら鶏が卵を温めていて・・・・・・ヒナが卵に殻を必死に割って誕生する番組がありました。


 ヒナは誰に教わった訳でもなく・・・・・・自然に殻を口ばしで割って卵の殻から出てきました。


 卵の殻を破れないヒナがいるのかどうかは分かりませんが・・・・・

もし割れなかったら・・・・・・・・


そんなことを思いながら・・・・・・殻を破るヒナと自分を重ね合わせ・・・・


心の内側から・・・・・・殻を破ることは自然なことなんだ!!と感じました。




その日当たりから殻を破ることは自然なことというイメージを「選択」して・・・・・・結果的に一つの問題が解決しました。



 今は「心と体」の一体感があるので自然に行動もスムーズにゆきます。


そうなってくると・・・・・苦しい状況の時に120パーセントの力でヘロヘロに生きていたつもりだったのに・・・・・・


自分は3パーセントの力しか使っていなかったのだと思いようになりました。




手を抜いたりいい加減に生きていたつもりはないのですが・・・・・・まだ90パーセントの「余力」があると感じた時に胸にあった重いものが軽いもの・・・・・むしろ何の重みすら感じなくなりました。



 その100%も実はもっと無限なのだろうと思っています。


けれど今のところは100%だったものが3%程度だと思え・・・・・残りの90%以上を焦らずに1日1日パーセンテージを上げていこうと自然に思えます。



もしかして、優秀な医者と出会ってすぐに解決したのかもしれません。
解決しなかったかもしれません。


それは分かりませんし、それが遠回りだったのかも分かりませんが・・・・・


それが自分の「選択」だったから後悔はしません。






それと・・・・・・数日前・・・・・・・


自分は本当は「弱い人間」だったと思いました。

過去に自信を得る経験があったので「自分が強い」とずっと勘違いしてきたのですが・・・・・・・



 子供の頃、バスケットの厳しい指導から逃げては父親や母親に寮に送り返され・・・・・・・僕が自信を失っていた時に両親や友人やコーチに背中を押され・・・・・そして素晴らしい経験が出来て・・・・・その後の進路も得ることが出来た。




 けれど僕はそれをすっかり忘れて傲慢になっていたと思います。



今回もそうですが友人の一言が死にそうなくらい辛い慢性疲労を解決し・・・・・・そういったさりげない人との支えあいがあって自分はこうしていられる。



 鏡に映った自分を笑顔にするには・・・・・・・自分が笑顔でいること。

 世界を平和にしたいのなら・・・・・・・自分が平和でいること。






 世界は自分の選択次第でどんな世界にも出来るしそれぞれが自由です。



 平和な世界を求めるなら・・・・・・・自分が平和でいること。



 僕は幼い頃からきっと「平和」を探していたのだと思います。

 「平和」や「愛」がどういうものか??本当にわからなかったのだと思います。




 だから苦しかったけれど・・・・・・イエスやブッダ・・・・・スピリチュアルで「平和」や「愛」を学んできたし・・・・・・それが自分の「選択」だったのだとも思います。



 その証拠にどんなに辛くても苦しくても「愛」や「平和」ではない選択は心から恐れていたし、その恐れがあったお陰で「愛」や「平和」を選択し続けれたとも思います。



 「恐れ」が無かったら僕はもう死んでいたと思います。

 けれど「恐れ」があったから、健康のことを考え、仕事のこと、人間関係のこと、生きることを考え「選択」してこれたと思います。

ワクワクすること 

May 01 [Tue], 2012, 10:46
今日は2度目のアップです。


僕は今、「ワクワクすることだけ考える」ことにしています。
かなり意識的に・・・・・ほぼ強攻策的にそうしています。


何故なら気が付いたら「ワクワク」しないことを無意識に考える「習慣」が身に付いているからです。



ニュースなどでネガティブな報道を見たとたん・・・・・・気が付いたら「ネガティブな思考」になっています。

「ワクワクすること」が習慣づくようになるまで繰り替えしやり続ける必要を感じています。



仕事のこと、ワークアウトのこと、人間関係のこと・・・・・・ワクワクすることを考えているとそれだけでも今までとは人生が大きく変化していることに気が付きます。



今までそういった考え方がなかったことにもビックリします(笑)。
なんて暗い人生だったんだろう・・・・・と(笑)。



ワクワクすることに専念すると自然と意識が拡大してゆきます。


仕事でも苦痛を感じていたものがそうでなくなったり、失いかけた(諦めていた)目標を思い出したり・・・・・・・忘れていたワクワクするイメージを思い出したり・・・・・・・



収縮して縮こまっていた自分がムクムクと大きくなって解放されていく感覚があります。


けれど習慣とは恐ろしいもので、ちょっとしたことで「癖」が出てきてネガティブな選択へと戻ろうとします(汗)。



そういった意味ではワクワク暦は新人みたいなものだから、今は謙虚にワクワクが身に付くまで粘り強く楽しんでやっていこうと思っています。



それぞれの人が「想像力」を与えられています。
僕はこの「想像力」をネガティブな方面に使っていたことを今回思い知らされました。


「想像力」は誰もが自由に制限無く使えます。


まるでドラマのようです。

恋愛ドラマを創造したり、悲劇のドラマを創造したり・・・・・・そんな感じで、暗く悲しい人生を創造したり・・・・・・暖かく楽しい人生を創造したり・・・・・・・・



僕の創造した過去の人生は「暗く」「重く」「苦痛」のものでした。


けれどここからが面白いと思います。


そういった「暗く」「重く」「苦痛」なネガティブな人生を・・・・・どうやってポジティブな人生に変えるか??

それはきっと「ワクワク」のエッセンスなのだと思っています。



まるで苦くマズイ料理に・・・・・・あるものを混ぜると驚くほど美味しい料理に変わる魔法のようなエッセンス。


誰から何を言われようと・・・・・僕のこれまでの人生はマズイ料理でした。

本人が一番それを分かっています。


そのマズイ料理を美味しく変えられるのは自分しかいません。
だから美味しい料理になるまで沢山のワクワクが必要だと理解しています。





僕は「お金」に関してこういった観念がありました。


過去にそれは聖書を読んで・・・・・イエスの言葉で「何も持たない」やマザーの言葉で「お金は恐ろしい」というものによって「お金」という観念がネガティブな方向へと向かっていきました。


それは決してイエスやマザーの責任にしているのではなく、僕が幼い頃、「お金」によって不幸に見舞われたという「観念」あり、その後のいろんな言葉によってそれがネガティブな方向へと強化されていき現実になったということです。



実際、生きていて「お金」があるともの凄く助かります。

持ち余すお金があれば人にも与えることが出来ますが・・・・・・・


そこでまた「人」に関してネガティブな観念があることも発見します。


「他人」という存在は自分を苦しめる・・・・・・という「観念」を僕は持っていました。

「他人は敵」だと本気で思い込んでいたのです。

信用できる人間はごく一部だけ・・・・・・・・悲しい人生です。




他人は敵・・・・・・お金は汚いもの・・・・・・そんな「観念」が人生を現実にする中・・・・・・・・愛を与えること・・・・・・・お金に関してポジティブに思うことは僕にとっては信念を揺るがず驚異的なものでしかありませんでした。



けれど・・・・・本当に有難いことに・・・・・ネガティブな「観念」からきっと宇宙のサポートを得ることによってポジティブな人生へと変化しているのだと思います。



神(大いなる存在)は僕たち一人一人を「幸せ」になるために創造したと言われています。



ネガティブな輪廻を数多く経験して・・・・・・・多くの洗練を受け・・・・・・ネガティブからポジティブへと変換する「技術」を高めているようにも感じます。



現在も多くのネガティブな現状がありますが・・・・・・僕たちが「技術」を磨くことによってそれは変容で出来るのは間違いないと思います。



ネガティブな現状で諦める選択も出来ます。

けれど諦めてしまったらそこで成長が止まって停滞してしまいます。

宇宙には停滞することはないのと思うのでそれが歪を生みます。


宇宙と調和するための方法として「ワクワクする」こと・・・・・そのエッセンスこそ「調和」の鍵なのかもしれません。



かもしれない・・・・・という表現を使っているのは、僕がまだ「ワクワク暦」が数日程度だからです。

もっと確信が取れるまで実践が必要だと思っています。




僕はこのワクワクするという概念がもの凄く好きです。


YOU TUBUのバシャールを見たときももの凄く大好きだと思いました。


ただ・・・・・あまりにもポジティブすぎて怖くなってしました(笑)。



「この人は恐れがないのだろうか??」
「こんなことを言っていて責任が取れるのだろうか??」などなど・・・・


けれど本を読んでその不安などが無くなりました。


むしろ、誰かに聞きたかった一つ一つがそこに書かれていました。


ネガティブなものを恐れずズバズバと言っているのは、そこにネガティブなものの捉え方や転換の方法を知っているから恐れがないのだとも理解できました。





一番の恐れは、自分があのキャラになってしまったら一体どうなるんだろう??ということかもしれません(笑)。


けれど、あれだけポジティブでハキハキして、時には人のネガティブな発言をかぶせるようにしてポジティブな発言で飲み込む姿はなりたい自分かもしれません。


あの人には「ネガティブ」は一切通用しない!!
ネガティブな言い訳など相手にしない!!その姿に爆笑して爽快になりました。




きっと誰でもバシャールのような爽快・明快なエネルギーがあるのだとも思っています。


けれど、そう出来ない「観念」がただあるだけで、ワクワクすることで本当の自分を取り戻し、バシャールのようなポジティブなエネルギーになるのだとも思います。




実際に会って見たいです。



ワクワクすることは「自由」で全ての人の特権です。

なのにワクワクすることを禁じられて生きているのは本当に滑稽です。


本当の自由を体験するためにも「ワクワク」は人生に必要です^^

BASHAR(バシャール) 

May 01 [Tue], 2012, 8:53
 前回のブログから今日のブログまでの間にBASHAR(バシャール)の本を読んでいました。

 
 バシャールは何度かYOU TUBUなどで見ていたのですが・・・・・その時は「何てウルトラポジティブなんだ!!!!」と、まるでコメディのように見えて思わず爆笑をしてしまいました。

面白い人だなぁ・・・・・・と感じていただけでしたが・・・・・・・


TM(超越)瞑想を続けていくうちに、やたらと気になってしまい・・・・・今回本を購入して読み・・・・・実践しました。





TM瞑想を1日2回(朝・夕)各20分を続け、溜まりに溜まった「想念」の大掃除をして脳をクリアにする作業を毎日行い・・・・・・その中のバシャールに対する自然な興味が働いたので・・・・・・そのプロセスを信頼してバシャールの言葉に耳を傾け集中しました。



 「鏡の法則」についてまずシンプルだけれど衝撃がありました。

鏡に映る自分を笑顔にしたいなら・・・・・まず自分に笑顔がないと鏡に映った自分にも笑顔がない・・・・・・・


当たり前のことですがもの凄く重要なことだった。



鏡に映った自分が笑っているのに・・・・自分が笑っていなかったらオカルトですよね。


鏡の自分に笑顔をもたらすなら・・・・・・自分から笑顔を発すること。




怒った顔を「選択」すれば、鏡の自分も「怒った顔」になる。

悲しい顔を「選択」すれば、鏡の自分も「悲しい顔」になる。


人生も同じで、「ネガティブな選択」をすれば、ネガティブな人生になり、「ポジティブな選択」をすればポジティブな人生になるだけ。



僕の場合・・・・・ネガティブな体験や選択を沢山こなしてきましたが・・・・・・


ポジティブな選択は驚くほど少ないことを受け入れました。


ポジティブな選択とは・・・・・・その選択することについて「ワクワク」することです。




最近、よくワクワクする・・・という言葉をテレビでも使う人が多いですが、それを聞くたびに・・・・・・・ネガティブな感情を押さえ込もうとしてそういった無理やりポジティブに「ワクワクする」と言っているようにしか見えませんでした。


なので「ワクワク」という言葉が白々しく思えていたのです(笑)。



けれどバシャールの本を読んで心が変わったのが・・・・・・


自分流に解釈をすれば・・・・・・どんなに究極なネガティブな状態でも「自分の意志」で「ポジティブな選択」が出来・・・・・それも簡単に変えられる・・・・・・


僕はイエスが好きなので、イエスが病人を治したあの「奇跡」は一体どんな力が働いたのか??それをもの凄く知りたいのでバシャールの言っていることに強く惹かれました。



イエスの行いで信じられないのが、死人を生き返らせたことです。

病気や死というものは一般的には「ネガティブな体験」です。


例えば、ある人が体調が悪くなって検査したら・・・・・・先生から


「あなたは末期の癌です」と言われ・・・・・余命3ヶ月です・・・・・と言われた時・・・・・・普通なら「ネガティブな体験」となります。


そしてその後に・・・・・自分が死んでしまうというその現実を受け入れられず葛藤し苦しみます。



バシャールはそういう時、まずそのネガティブな体験を受け入れ・・・・・余命3ヶ月だということを認め・・・・・・・そのネガティブな体験を受け入れ・・・・・・そしてポジティブに転換してゆく・・・・・・・



僕はそういう風に今のところ捉えています。



 ある男性が「自分は自信が無い」という心の「選択」をした結果・・・・・・

仕事は失敗続きで・・・・・・さらに自信を喪失し・・・・・・そして休職に追い込まれ・・・・・・・そして家庭が破綻する。




そういった意味では、その男性は100%の力を発揮して、選択した「自分は自信が無い」心を実現したことになります。

その家庭が破綻をするプロセスをネガティブな体験と言います。





バシャールは「ポジティブもネガティブ」もどちらも重要ではないと言います。

100%全ての人に同じエネルギーが流れ続け・・・・・その選択の「フィルター」にエネルギー(光)が注がれ・・・・・・光がフィルターを通って「現実」として映るだけ・・・・・・・だと言います。


だからその現実を変えたいのならば、フィルターを簡単にいつでも自由に変えられるんだよ・・・・・と教えてくれます。




 僕の仲の良い友人は昔はガリガリに痩せていました。


本人は「自分は太れない体質だからきっと無理だ」という「選択」をしていました。


けれど僕はこう言いました。


「筋トレしてプロテインを飲めば体質は分かるよ」と。



その友人はそれまで「自分はきっとガリガリのままだ」という選択をしてきたのでガリガリの体型のまま人生を送っていました。


けれど友人は僕の「プロテイン飲んで筋トレすれば体質が変わる」という言葉を無意識にでも最終的にはその言葉を選択しました。



その結果、古い「自分は一生ガリガリのまま」という選択を捨て、「体質は変えられる」ことを選択し見事に筋肉質の体質へと変化しました。



結果・・・・・・本人曰く・・・・・・ガリガリの時は「ネガティブ」だった。けれど筋肉質に変わって「ポジティブ」になったと。

結果論ですが・・・・・日常で言えばこんなことだと思います。



良くも悪くも「思い込み」が100%・・・・その「選択」が現実を創ってしまう・・・・・・というバシャールの説明は分かりやすくて人気があるのも納得です。




だから自分には「能力がない」という「選択」をすればそういう人生になるし、「ワクワクすることを選択」すれば100%そうなる。


もの凄く単純でシンプルですが・・・・・・・多くの人がつまずくとしたら・・・・・


きっと「ワクワク」することが思いつかないことだと思います。



僕は偶然にも超越瞑想で過去の「ネガティブ」な想念を大掃除しているので比較的ワクワクすることを選択することが難しくありませんが・・・・



まだ、そういったすべて自分で選択した結果・・・・・という思考がない人にとってはそのバシャールが言う「ワクワク」という概念は響きません。
かつての僕のように(笑)。



自分の「観念」をそう簡単に変えられない!!という「観念」を100%信じきっているのでそれが現実として成立していることすら理解できません。





けれど「BASHAR2006」の本に書かれていることをしっかり読んでいれば、それも簡単に手放し「ワクワク」を選択出来ます。



人生すべて自分の選択で、その選択したことを自分自身が体験するのでどちらでも本人の自由ですが・・・・・・・


ワクワクする体験を選択したほうが楽しいに決まっています。



けれど、悲しいかな(笑)僕もそうですがネガティブな体験を沢山してしまいます。

そしてワクワクすることや楽しいことが分からなくなって「病んで」しまいます(笑)。



けれどそれも悪くはありません。
善と悪、光と闇、ポジティブとネガティブの両面があるのがこの世界だと認めれば葛藤も無くなります。





僕たちが欲しいものは・・・・・・・ネガティブをポジティブに変換する装置だと思うのです。


どんなにネガティブなことが起こっても、それを自由自在に変換できることが出来れば人生楽しくなります。



それがバシャールのメッセージにふんだんに書かれていることはラッキーです。


問題が起こってもその解決法が必ずあるという安心感は心の乱れを落ち着かせます。



ネガティブな選択をまず受け入れて、そしてポジティブ選択へと自由自在に変えてゆく。



人生でやはり大事なことは、その選択だと思います。

その選択が現実となるので、それは誰の責任でもなく自分の責任です。



そういうことが分かってくると、自分の人生を嘆いている人・・・・・あるいは自分の人生の責任を人のせいにしている人を気の毒に思います。



そういうやり方ではワクワクする人生にはならない。


自分がネガティブな選択をしていたことを「受け入れ」「認め」・・・・・・そしてポジティブな選択をする・・・・・・


このプロセスは確実にワクワクする現実を生み出すと確信しています。



「あーあ・・・・今日も憂鬱な1日だ・・・・」という選択も現実となります。


良い人生にしたいなら常に「良い選択」を責任を持って行なうことが大事です。


今人生が最悪な人は、信じられないかもしれませんがそのよからぬ選択を100%自分が信じていることを認めなければなりません。



子供の頃に「あんたはダメな子」だと例え母親に言われたとしても、最終的にそれを信じたのは「自分」です。
それを信じた結果・・・・・・ダメな人生を現実にする。


だからこそ、今、もし最悪でも変えることが出来るのです。


自分にはそんなことは出来ないと大体の人が言うかもしれませんが、その母親の言葉を信じ現実にしてきた実績があります。

ということは、誰にでも良くも悪くも信じたことを実現する能力があるのです。


「選択は自由に簡単に変えられる」


その言葉を聞くと激しくこう言うでしょう・・・・・・・「そんな簡単に変えられない!!」と。



けれどさっきのガリガリの友人のように、変えられない!!という強い思い込みを実現していることを自分自身にも当てはめれば、自分が「変えられない」という選択をし・・・・・・ネガティブな体験をし続けていることが分かるでしょうか??




もう実現しているのです。




ネガティブな経験を実現できるように、ポジティブなワクワクする現実も実現できるということです。


どっちでもいいのなら僕は楽しい人生のほうが好きです。

再生と挑戦 

April 10 [Tue], 2012, 10:06
「超越瞑想」を始めて一ヶ月近く経過しました。

「超越瞑想」を始める前に「「超越瞑想」マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー著を読んで「超越瞑想」とはどんなものだろうか??ということを知って、瞑想の指導を受けました。


瞑想の「技術」(鍵)を渡され、瞑想中に起こる「想念」に対しての正しいアドバイスを受け・・・・・・その後は自分で毎日2回習慣になるように実践してきました。





まだ一ヶ月近くですが、こんなことを感じています。




今まで、親の言動や、環境、歩んできた人生などなど・・・・・それが当たり前でこんなものだと思って生きてきました。


世の中はこんなものだ・・・・・・とか、社会ってこんなものだ・・・・・・とか・・・・・自分ってこんなものだとか「思い込んで」いました。



けれど「超越瞑想」を実践していると、今まで「不自然に」生きてきたのではないか??という感じ方が起こりました。



「自然」に生きること・・・・・・「自然な自分」というものは、まだ瞑想を始めて日が浅いのでハッキリとは分かりませんが・・・・・・


今までの人生や環境や影響を受けてきたものが自然なものではなかったような感覚が起こりました。





それはきっと生まれてからこれまでに「五感」を通じて、色んな体験をし・・・・・・自分の外側の世界との触れ合いで蓄積してきたものが「自分」という風になっていたのだと思います。



ある家庭の「味噌汁」は、その家族にとって「家庭の味」です。

味が薄くても、味が濃くても、その味(味覚)に慣れてしまえばそれが「当たり前」の味になってしまいます。


けれどよその家庭でご馳走になった「味噌汁」を飲んだ時、ダシも効いていて味のバランスもよく、自分の家庭では入っていない具材を食することによって「こんな美味しい味噌汁があったなんて!!」と、美味しいものに出会うとその味の虜になってしまいます。




子供の頃に、愛情を持った親に育てられ「正しい心」を持った親に「正しい心」を学んだ子供達は幸福です。


けれど、「正しい心」を知らない親に育てられた子供は、その後に「心が混乱」し、幸福ではありません。



「虐待」など、どう考えても「虐待」を受けた子供が「正しい心」でいられる訳がなく・・・・・・大きな葛藤と苦悩をもたらして当然です。

そんなものが「幸福の役に立つ」ことはあり得ません。




けれど、不幸なことにそういった「心に悪い影響」で育った人は、もう二度と「純粋」な心を取り戻すことが出来ないでしょうか??



それが僕が今まで問い続け探し求めていたものです。


服や家具や電化製品が故障して新品同様に再生されるように・・・・・・何故??心は再生が難しいのか??という大きな疑問がありました。


精神的な問題を抱えている人が多く、心療内科では一ヶ月待ちの病院も沢山あります。


けれど、治療を受ければすべての人の心が「再生」されているのかと言えば現実はそうではありません。






「超越瞑想」はそういった「不自然」に育ち、「正しくない」ものに大きな影響を受けて習慣となってしまった「心」(脳)を根本的に再生させ、本来の



「自然な状態の自分」(本当の自分)へと変化させる「技術」だと感じています。




「瞑想」で何が行なわれているのかと言えば、人間の心が「真我」に向かうという習性を「瞑想」は利用しています。

意味を持たないマントラを唱えることで、それが可能となっています。

水という言葉を使えば水をイメージできます。

けれど「真我」(神意識)とは「存在」があるけれど「形や意味」を持たないものなので意味を持たないマントラが有効です。



僕が今何をやっているかといえば、瞑想によってこれまでの経験で蓄積したものから「離れて」、心をクリアにして「本当の自然な状態の自分」へと変化しようとしています。



それを変化させられる・・・・元の本当の自分に変化するのは「真我」に触れ一つになるということが確実に実現する方法だと言われます。



生活の中で朝と夕方の2回(各20分)・・・・・・・・


朝の瞑想で「真我」と一つになり・・・・・・瞑想から離れて日常の生活を送り・・・・・・・夕方の瞑想で「真我」と一つになる。



この毎日の繰り返しによって・・・・・・瞑想以外のときにも「真我」と一つでいられる状態を築き上げてゆきます。


「真我」を瞑想の時も、日常生活のときも、睡眠の時も「心に」同一させるように瞑想は続けられます。



瞑想で焦らずにじっくりと無理をせずに「真我」を自分の心と同一させてゆくことで「自然な状態の自分」で生きることが可能になります。



全然話は違うかもしれませんが、住み着いている猫ちゃんが赤ちゃんを産みました。

誰に教わることなく子猫を産み、そして母乳で育てます。
子猫たちも自然に母乳にしゃぶりつき成長してゆきます。

僕が手を貸しているのは餌を与えることと清潔な水を与えること、そして体を撫でて声を掛けることです。




まだよくは分かりませんが「瞑想」も何だか似ているような気がします。

「心」を「自然な状態」にするために、「瞑想」をし「心」の手助けをすることで「心は自然と再生し」「成長」するように思えるのです。


自分自身のことなのに「手を貸す」という言い方は変ですが、僕が「瞑想」することで心が「真我」に触れることが出来て、「真我」によって僕の想像も理解も出来ない「知性」で心が「再生」されている感覚があります。




「心が壊れた人」・・・・・・・「心が毒された人」・・・・・・・そういった人は一生そのままで生きなければいけないのか??



僕はそうは思いません。





最近知ったマザーの言葉です。(今まで大概マザーの本を読んだのですが知りませんでした。このタイミングでこの言葉を知れたのは幸運です。)





人生はひとつのチャンス。

人生からなにかをつかみなさい。

人生はひとつの美  人生を大事にしなさい

人生はひとつの喜び  人生をうんと味わいなさい



人生はひとつの挑戦   人生を受けてたちなさい

人生はひとつの責任   人生をまっとうしなさい

人生はひとつのゲーム   人生を楽しみなさい


人生は富   簡単に失わないように

人生は神秘   そのことを知りなさい

人生は悲しみ   それを乗り越えなさい

人生は冒険   大胆に挑みなさい

人生は幸運   その幸運をほんものにしなさい

人生はかけがえのないもの  こわしてしまわないように



人生は人生   立ち向かいなさい








人生は冒険だというのは本当です。



僕にとって「超越瞑想」で「真我」に触れることは「冒険」であり「挑戦」です・・・・・・が、そんなに気合を入れなくても「超越瞑想」は誰でも簡単にというのがモットーです(笑)。



けれど、自分が歩み育ってきた人生は「汚れ」そのものだったので、そんな人生の自分が「真我」とひとつになって「至高の状態」になれるかと??という疑問もありました。


けれど、いつかは越えなければならないものだということも強く感じていました。


僕たちは「出来ない」「出来ない」ではなくて、いつかはそれぞれの壁を乗り越えなければなりません。



マザーの言うように、自分の人生に立ち向かわなければいつまでも後回しになってしまいます。


僕はたまたま「心の問題」という大きな壁でしたが、皆、それぞれに今乗り越えるべきものがあると思います。


結果や失敗を恐れず、自分の人生ととことん向き合い味わいつくすことも人生だと励まされます。

放棄 

April 06 [Fri], 2012, 19:06
「超越瞑想」によって自分が新たな試みを実践していることを日々実感しています。


「瞑想」中は一切何も考えません。

期待も一切持ちません。



「期待」や「願望」を一切持たず・・・・・・何も「考えない」という行為自体今まで経験したことがないので始めてからかなり「違和感」がありました。



「普通」は、自分の頭で考え、経験から学び、行動し・・・・・・そして、日々の生活で「五感」を満たそうとします。


心に「興味」「欲求」が湧いたら行動し・・・・・・・それが実現したり・・・・実現しなかったり・・・・・・満たされたり・・・・・欲求不満を覚えたり・・・・・・・



日々の体験によって、嬉しかったり・悲しかったり・苦しかったり・怒ったり・・・・・・そういった心をコントロールしながら試行錯誤しています。



「思い通り」にいけば爽快ですが、「思い通り」にいかなければストレスを感じたり・・・・・・





そういったことが日々当たり前なのですが・・・・・・・「超越瞑想」はそういった「五感」や思考から「離れる」ことによって・・・・・・本当の「至福状態」を得るということを実現する「技術」です。



人間は正直な生き物だと思います。


どんなに辛くても「美味しい料理」を食べれば一瞬で気持ちが上がるし・・・・・・どんなにハッピーでも悲しい出来事が起こればどん底の気分になります。



悲しさを埋めるために「楽しい場所」や「人」を探したり・・・・・・満たされない想いをセックスで満たそうともします。


要は・・・・・・「至福の状態」を味わえば誰でも心から満足を得ることが出来るのです。



それを「麻薬」や「酒」などで得ようとしても絶対に無理です。


僕たちの生きるこの物質世界には・・・・・その本物の「至福状態」を得ることは出来ません。






普通ならその「欲しいもの」を手に入れたいならどうするでしょうか??



どうしたら「手に入るのか??」深く考えたりするでしょう・・・・・・

あるいは欲しいものを手に入れるために身を粉にして必死に働くでしょう・・・・・・・


または・・・・・・・何かを捨てて何かを得ようとするでしょう・・・・・・

時には心を捨てて鬼になろうともするでしょう・・・・・・





それでも本物の「至福状態」は手に入りません。






「至福状態」に至る方法は「瞑想」にあります。


瞑想をすればそれが叶うのでもありません。




「瞑想」の時に・・・・・・・全てを放棄します。


考えることを止め・・・・・・・瞑想中に浮かぶ「想念」にも一切反応せず・・・・・・・思考を働かせず・・・・・・・・



そして一切の期待を捨てます。




この瞑想によって全てが変化する!!!!!という期待も一切捨てます。






これまでのやり方とは「正反対」です。






強く望めばこの物質世界ではその対象を実現できます。

そればお金かもしれないし、権力かもしれないし、好きな相手かもしれない。


それを引き付けたら「本当の至福状態」になるのであれば、もう何も望むものが無いはずです。



なのに・・・・・・手に入れたのに・・・・・・時間と共に「心に穴」が生じて満たされなくなってゆくってことは誰にでも経験があると思います。




「超越瞑想」を実践して、「超越瞑想」「超越瞑想と悟り」マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー著を読んでいると・・・・・・・


今までに経験したことが無いことを実践しているのだと気が付きます。






これまでの本にも「手放す」「委ねる」ということは書かれていました。


僕は理解が鈍いので、それまでの本で理解していれば良かったのですがそう上手くはいかず・・・・・・・・



「手放す」や「委ねる」という感覚が深く理解できませんでした。

というか・・・・・・今までの自分の生き方にはそういったやり方が無かったのでもの凄く馴染めませんでした。



何かを手に入れるには、努力して学び・・・・・行動し・・・・・実現する・・・・・・・という思考が当たり前でした。

でもそれは「仕事」での成功だったり・・・・・「お金」だったり・・・・・・車や家だったり・・・・・人脈だったり・・・・・・・





「平和」はそういうやり方では実現しない!!ということをこの瞑想によって日々学んでいます。





今はもの凄く「スピード」を生活で求められます。

「スピード」に追いつけない人は、社会からつまはじきにされます。

24時間落ち着く暇もありません。


それで「満足」を得て・・・・・心からの「至福」を得られれば迷う必要の葛藤もありませんが・・・・・・・本当に「平和な状態」を感じているかと言えばそうではありません。



ここ最近特にそうですが・・・・・・疲れている人が多いです。

何のために生きているのか??

仕事も家も、それなりの地位もあり・・・・・家族もいながら「心に大きな穴」があり・・・・・それを埋められずにいる。



それは大きな「企業」の社長さんも同じで「不安」を持っています。





何かが「欠けている」・・・・・・・「満足」が出来ないでいる・・・・・







「超越瞑想」ではその得られないもは何なのか??そして、自分が何を求めているのか??それがどうやったら楽に実現できるのか??を2冊の著書に書かれています。



本来ならば「宗教」がその「技術」を教える役割だったそうです。

が・・・・・うわべだけの教義に陥り・・・・・多くの人がその技術を学べずに悲しい時代を過ごしました。




だから宗教を嫌う人とは「正常」だと言われています。
僕も同感です。

求めるものを提示してくれくれませんでした。




大昔は、その技術がどの宗教にもあったと言われます。
それが失われたことは本当に悲しいことです。



本来ならば「瞑想」で「至福状態」を得て、日々の生活を送ることが「正常」です。



世界を見ても・・・・・・自分自身を振り返っても・・・・・・隣人を見ても・・・・・・・明らかに僕たちの生きる時代に欠けているのは


「至福状態」です。





「平和」はどこから始まるのか??


それは自分の中からです。





今はそれが「霧」かかって見えていませんが、その「霧」が無くなれば誰にでも「至福状態」は感じられます。




僕の周辺で「超越瞑想」を学びたいけれど金額的に厳しい・・・・という人は多くいます。


そういう人はネットでマントラの言葉を自分で選び、それを口に出さず心で唱えて瞑想します。


20分間です。


その時に、色んな映像・過去の映像や昨日見た映画の映像などなど・・・・・出てきたりしても心を動かさず反応せず見過ごしてください。

ポイポイと捨ててください。


椅子に坐って背筋を伸ばしてやってください。
緊張せずにリラックスして。




そして「瞑想」したからといって一切何も期待しないで下さい。

その方がいいんです。



今までのように考えたり、悩んだり、葛藤したり・・・・・・そのやり方は「瞑想」には一切合いません。


それは瞑想以外のときに考えたりしてください。



とにかく続けてゆくこと。
効果など無くてもやること。

朝と夕方の二回です。




お金と時間に余裕がある人は指導を受けたほうがいいと思いますが、現状が厳しい人は何もしないよりはきっと良いと思います。



ネットでマントラの言葉を捜すときは、意味など知ろうとしなくていいです。
意味が分からない短いマントラでいいです。

意味が分からないから「至福状態」に進んでいけます。
それと途中でマントラの言葉がいきなり分からなくなっても大丈夫です。

僕も未だに何だったか忘れます。
けれど気にせず瞑想を続けます。大した問題ではありません。

強い心 

April 05 [Thu], 2012, 8:45
 先日の春の嵐は凄かったですね。

穏やかな日々であって欲しいけれど、嵐の日もあります。


自分の人生に「困難」が起こり・・・・・絶体絶命の状況になり・・・・・それが長く続くと人は弱ってしまい「諦める」気持ちが強くなってしまいます。



幸せになりたいのに、それを阻む「大きな壁」があり・・・・・全身全霊で超えようとしたのに力尽きてしまう人生もあります。



窮地に立たされ・・・・・それも長い期間その状態でいると「病んで」しまいエネルギーが衰退します。



そんな状況でいながらも「前向き」で「高い意識」でいられる「強い心」でありたいと僕は思います。





あのマザー・テレサでさえ、何度も「窮地」に立たされました。

貧しい人を救済するために「ヒンズー教」の施設を借り、その場で行き倒れた人を手厚く看護している時に、ヒンズー教徒から囲まれ

「あいつを殺せ!!」となじられ、命の危険が生じる事態が起こりました。



ヒンズー教徒はマザーが行き倒れたヒンズー教徒をキリスト教に改宗させようと目論んでいると思い込んでいました。



けれど、ヒンズー教の数人が施設の中に入り・・・・・・シスター達の同じ同胞であるヒンズー教徒に異教徒であるキリスト教のシスター達が手厚く看護している姿を見て・・・・・・・・暴動は治まりました。


自分たちが見てみぬふりをしてきた仲間を、異教徒で敵であったクリスチャンが心を込めて接している姿に「心を動かされた」のです。




マザーは何度も「窮地」を経験しています。


けれど、マザーは常に「前進」していました。

状況がどうであろうと、祈り・・・・・行動を続けました。




祈りはマザーの精神を「向上」させました。

「向上した精神」とマザーの体が一つとなって「奇跡のような」出来事が数多く実現されました。




僕は、そこに心を奪われました。


結果も素晴らしいのですが、「精神」と「体」が一体となることの神秘を知りたかったのです。




「精神」と「体」は誰でも一体です。


「体」は人種の差や体格の差や性別の差などの違いはありますが、近年では女性も男性を圧倒するような働きを多く実現しています。


なので、男女の「体の作りの違い」はあっても、そう大きな差はありません。






「精神」が違うのです。









僕たちは「高い精神」に惹かれます。


何故??誰もが諦める状況でもコツコツと前進することができるのだろうか??



嵐の中でも「平常心」を保ち、「強い心」でいられるのだろうか??



「低い精神性」の僕には、もの凄く「脅威」に感じ・・・・・・同じ人間には思えず・・・・・・・そこに「神」を見ました。



そういった高い精神性の人々は、その人を通じて「神」を映し出します。




誰でも「高い精神性」を持つことが出来る・・・・・・・。



僕たちは「低い精神」でも「高い精神」でも自由に選択することが出来ます。




「高い精神性」とは宇宙意識や純粋意識や神意識や「真我」です。


「低い精神性」とは「自我」や執着心です。




この「低い精神性」から「高い精神性」へと僕たちは人生を通じて「成長」します。



何度も生まれてきては失敗して、今度こそは!!と「成功」を目指します。




 
そういった意味でこの今の世界状況を見ると、高い精神性へと移行するチャンスに見えます。




「高い精神性」を持った人が多くなればなるほど、全体が高まってゆくと多くのスピチチュアルな指導者が言っています。


「低い精神性」の人を批判しても、それは何の解決にもなりません。


マザーが示したように、言葉よりも「行動」のほうがより相手のためになります。




なので、自らが「精神性を高める」ことが大事になってきます。



精神性を高めるには「祈り」や「瞑想」や「ヨガ」などが代表的ですが、仕事や日々の生活のなかで「人を支援する」精神を持って生きていることで「祈り」や「瞑想」「ヨガ」などしていなくても「精神性は高く」なります。



「スポーツ」でも同じです。





僕は「瞑想」を生活に取り入れていますが、生活の中に「高い精神」へと繋がる「技術」を導入することは自分にとって有益です。




そういった技術を導入することで「特別な何か」が出来ると言うような期待はやめたほうがいいです。


そうではなく、乱れた心を「究極に鎮める」、あるいは「究極の静寂」に心を一致させる・・・・・・・


そういったことで心の乱れが小さくなり、動揺も減り、混乱した思考も落ち着きを取り戻し・・・・・・精神が落ち着くことで体の緊張が減少し、体が本来の機能を発揮するということが起きます。



それと、もう一つ・・・・・・・そういった精神と体の落ち着きが・・・・・・宇宙との調和・・・・・つまり物質世界との調和が起こり・・・・・・物事がスムーズに進んでいくといった側面もあります。




人生で何か目的を持っていても上手くいかないのは「心が乱れている」からです。


「心が乱れている」ということは「低い精神」です。

「高い精神」とは「無」(究極の静寂)です。


心が乱れず「究極の落ち着き」を取り戻したら、自然と物事が上手く動きます。



けれど飢えた獣のように「焦り」「イライラ」していては、目標はいつまでたっても実現しません。

仮に強引に上手くいったとしても・・・・・それは家の基礎がもろいように崩れ去ります。




「瞑想」を続けていると全てを委ねるという空気を感じます。


頭であれがしたい!!これがしたい!!と日常はいつも無意識に思っているのですが、瞑想するとそういった思考も「粗大なゴミ」だと分かってきます。


そして、あれやこれやと溢れ出る願望や想念を気前よく捨てます。


出来ているかどうかはまだ分かりませんが・・・・・・・そういった雑念が無くなって「無」の状態の「純粋状態」になったときに・・・・・・・・

生活の中で自然に物事が達成されるのだと僕は感じています。






先日のように嵐が起こったり・・・・・何が起こるか心配な現代ですが・・・・・・


だからこそ自分の中で「技術」を持ち、心を乱されないことが真の成功だということを知って幸せでいたいです。


物事を良い方向へと考えるなら・・・・・・動揺していては良い結果は来ないでしょう。

嵐が起ころうと、何が起ころうと動じず「心を静寂」に!!が、本当の力でいられます。