「クニ」@。 

2006年10月24日(火) 11時37分
 「あっ!ほら、何か見えてきたよ!!」
 キラが嬉しそうにくるくる飛び回る。見上げると道の先に大きな建造物が見えた。
 「きっと『シロ』だよ!『クニ』があるよ!」
 建物は、インドのタジマハルのような、典型的な宮殿だった。
 「『シロ』って何・・・?」
 「あ、そっか。一緒に、ヒトがいそうなところに来れたのは、初めてだっけ」
 おどけるように、キラが言う。
 「コホン、それではこれから『キラちゃんのお勉強講座』を開催しまーす」
 キラはわざとらしい咳払いをすると少女の周りを3回ほどくるくると回って少女の目線の先に止まった。少女は周りを見渡し、一息つけそうな場所を見つけて腰を下ろす。これは、二人が出逢って以来の、無言のルールだった。

 「そもそもヒトが建物を建てて住むということはご存知のとおりですが、・・・」
 少女にものを教えるときのキラの癖だった。胸を張り(小さくてよくは見えないが少なくとも少女にはそう見えた)、少しえらそうな口調で話す。話はまどろっこしくてわかりにくいことがほとんどだったが、少女はいつも文句一つ言わずに真剣に耳を傾けた。
 「わかったかね?」
 講義が終わると、キラはいつもこの質問をした。
 「うん。その地域で一番偉くて、一番重要な仕事をしているヒトが住む家なんだね?」
 「そゆこと!」
 少女は頭がいい。キラの説明をいつでもすぐに理解した。
 「じゃあ『クニ』は、そのヒトを一番と認めている範囲のこと?」
 「そゆこと。それじゃあ、予習が済んだところで行ってみようか」
 少女は深く頷き、腰を上げた。草を払って歩き出す。見上げると『シロ』が、さっきより堂々として見えた。

理由。 

2006年10月13日(金) 17時03分
 「そんなことより、そろそろお腹が空いたんだけど。」
 「うん。行っていいよ。この辺で、休んでいるから。」
 少女が言い終わるか終わらないかのうちに、そのムシは飛び出した。2mほど進んで、回りをキョロキョロと見回したあと、まっすぐ東へ飛んでいった。
 「さて・・・。」
 誰にともなくつぶやくと、少女は道の脇にあるだだっ広い野原に身を任せた。季節のせいか、可憐な花の一つも咲いていない。殺風景な緑だけが広がっていた。
 まぶたを閉じて、風を感じる。日差しはかなり厳しいものがあったが、そのおかげで風の心地よさを感じられる。瞼越しに受ける太陽の光は小さな子供が描く太陽のように、赤々としていた。

 少女がこんなところを歩いているのには、それなりに理由があった。
 彼女は、物心ついた頃には一人だった。もちろん、彼女を産んでくれた母親がいるはずだし、彼女に命を宿してくれた父親も、物理的には存在するはずで、彼女が一人で自分の生理現象を支え、欲求を満足させることができるようになるまで育ててくれた人もいるはずだった。それでも、彼女は物心ついた頃には一人だった。自分を育んでくれた、そういう人たちの記憶は、砂粒ほども残されてはいなかった。それどころか、周囲にはヒトの姿すらなかったのだ。彼女は、ごく自然に、―そう、本能的に、誰かを、何かを、探すことになった。物心ついたとはいえ、幼い少女の心は、孤独と恐怖とを無意識の中で感じ、また、無意識の中でそれらを拭い去ろうとしていたのだ。
 それ以来、もう何年になるのだろう。彼女はずっと、誰かを、何かを、探し続けていた。理由は、ただそれだけ。目的は、あるようでないような、ないようであるような、そんな旅だった。

 「もう!また寝てる!」
 「眠ってなんかいないよ。」
 「寝てたよ!もうっ、ちゃんと何か食べたの?食べるのは、一番大事なことだよ!」
 「ふふ、キラは・・・」
 『母親みたいだね』、そう言おうとして、少女ははっとした。柔らかな表情を、一瞬こわばらせた。
 「なにさ?」
 キラも、少女の変化に気づいたのか、さっきまでの剣幕はない。
 「なんでもないよ。さぁ、行こうか。」
 少女は小さくため息をつき、目線を上げて、まっすぐに歩き出した。
 少女は、母親の記憶がないから、母親の持つ雰囲気も知らない。まして、物心ついた頃には一人だったから、『ハハオヤ』という言葉さえ、キラから教わったものなのだった。そんな言葉を比喩に使おうとするなんて、自分も知ったかぶりになったものだ。・・・少女はそう思った。

ふたり。 

2006年10月10日(火) 16時11分
 「ねぇ、どうしちゃったの?さっきからぼーっとしてさ?」
 小さな、虫のようなものが、少女の周りを飛び回りながら尋ねた。
 「思い出してたんだ。」
 「なにを?」
 間髪いれずに次の質問が飛んでくる。少女は、微笑とも苦笑ともつかぬ、微妙な表情をした。
 「今、自分が、どうしてここにいるのかを。」
 「なんだ、そんなこと!」
 『ムシ』は、急に興味がさめたように、おとなしくなった。飛び回るのではなく、連れ添うように、彼女の目線の先についていく。
 「『そんなこと』か・・・。」
 少女は空を眺める。さっき通った飛行機のあとが、今にも空に吸い込まれそうだった。
 「『そんなこと』だよ!」
 少女は目線を落として微笑した。
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