新たな一歩 

2007年04月20日(金) 20時49分
  長い間、ブログの更新なくてすみません。
この間、私生活にいろいろな変化があり、人生で大きな節目となる結婚をいたしました。無事に挙式を終え、生活も落ち着きを取り戻して、夫とともに新たな一歩を踏み出したところです(妊娠はまだです)。社会人となり、結婚し、20代っていろんな意味でさまざまな人生の節目を迎える時期かもしれません。
 お祝いしてくれたみなさん、ありがとうございました。
 今後もよろしくお願いします。
 ではまた、お会いしましょう。

「うるまの調べ」 ―前半20― 

2006年03月12日(日) 2時20分
石垣空港。
日本の空港の中でも滑走路が狭い。
飛行機が、地上に降り立ったとき、極度に急ブレーキが踏まれていることを感じる。
そういえば、小さい頃、お母さんによく飛行機を見に連れて行ってもらった。高く高く、空高く上がる飛行機。手を伸ばしても、きっと届かない。子どもの頃、飛行機にむかって「もどってこーい」って叫んだこともあった。
でも、心の中で思っていた。
いつか、飛行機に乗って、どこか遠くにいけるだろうか・・・って。
「あいかー」
私を呼ぶ声が聞こえる。直人だ。
「待ってたよ」
つぎの瞬間、直人が驚いた表情を見せた。
「髪、切ったのか」
「うん。当分、琉球舞踊はすることないだろうから」
直人が私の肩まで切られた髪を撫でた。
これでよかったのかどうか、分からない。でも、東京に行きたかった。こうするしか手段がないと思った。
ごめんなさい、直人。
アナウンスが聞こえる。
東京行きの便が、もう後30分後に出発する。
本当に、これに乗ってしまったらもう後には戻れない。
「じゃあ、行こうか」
直人が、搭乗手続きをしに歩いていく。
こんな時になって、迷いが出る。足が進まない。

「うるまの調べ」 ―前半19― 

2006年03月09日(木) 7時00分
 木綿の細帯のみんさー。5つ4つの縦模様。
お兄ちゃんに渡しそびれた、海色のみんさー織りの三線の帯。机の引出しから取り出して、今一度、手にとった。
この、海の見える窓のそばに立って、太陽の光にかざして帯びを見てみた。
この帯には、「いつ(5)の世(4)までも末永くお願いします」という女心が込められ、そして通い婚時代の「足繁くおいでください」という意味があるという。
いつの世までも・・・。
この意味は、現世のいつまでも、のようだけど、私にはそうは思えない。
いつまでも、いつの世までも、生まれ変わっても、いつまでも、末永く・・・。
陸はつながっていない。でも、海はつながっている。
この島は、東京にも、どこの国にもつながってはいない。でも、海はずっとずっとどこまでも、どこへでもつながっている。
前世も、現世も、来世も魂はずっと存在し続ける。
お父さんやお母さんの魂も存在してるって、信じられるなにかがあった。だからだろうか。なにがあったのか、いつからいなくなったのか、深く聞いたことはない。まわりも話したがらなかった、私も聞かなかった。
ニライカナイ。ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
いつの世も、誰かを思い、人の心と心はつながれていく。
この海のように。

「うるまの調べ」 ―前半18― 

2006年03月02日(木) 22時35分
「海、綺麗だね」
「そうですか」
「そう思わない?」
「確かに、綺麗だと思います」
木陰の下にある丸太棒に座って、佐藤先生とふたりで海を眺めていた。
「でも、私はこの海しか知らないんです。ここで、生まれ育って、よそに行ったことがなくて。本島に1度だけ、中学の修学旅行で行ったことがありますけど、それも、沖縄だし。よそから来た人はみんな、この海を綺麗だというけど、私はずっとここにいるから、『そうですか』としかいえません。そうとしかいえないんです」
 なごみの塔近くの診療所。佐藤先生によばれて来た。ちょっと、散歩しようと彼にいわれて近くの浜辺まで、ふたりで歩いた。
「髪、伸びたね」
「もともと、出会った頃から長いままでしたよ」
「そうだけど、以前より長くなった」
空が澄んで見えた。雲は、まばらにあるけれど、夏が間近にきていることを感じさせた。
「髪は高校3年間、踊りをしていたおかげで、ずっとロングにしてた」
浜辺に人の姿はなかった。ここは、観光客が車でガイドに連れて来られる場所でもないので、静かなものだった。
「4月末で、竹富島の滞在期間が切れる」
佐藤先生が私に、そう告げた。
「本当は、まだ滞在するつもりだったんだけどね」
佐藤先生は、苦笑いを見せた。
「東京の元いた病院から、帰ってこいって何度か催促があったんだ。迷っていたけどもう、俺の次に赴任する医師も決まっているようだから。これで安心して帰れる」
 背景にどういう事情があったのか知らないけど、佐藤先生がこの島から去ってしまうのは事実。島のどれだけの老人が寂しい思いをすることだろう。そして、寂しいのは私も同じ・・・。

「うるまの調べ」 ―前半17― 

2006年03月01日(水) 1時00分
それから数週間後の朝だった。いつもと同じ、変わらぬ朝のように思えた。
起きると置手紙があった。ただの白いうすっぺらい紙。でも、中身は忘れられない言葉。

「藍花へ
ごめん、やっぱり東京へ行きます。
おまえに反対されることが、なによりも辛かった。
こんな置手紙だけですまない。
何があっても心配しないでほしい。
東京での生活が落ち着いたら住所、知らせるから。

竹富のテルおばあを大切にしてほしい。
そして、自分自身を大切にして下さい。

誰よりも君の幸せを祈っています。
                   玲」
           
どういうこと。どうして、こんなことが・・・。お兄ちゃんがいないなんて。だって、ここにいるっていったじゃない、私のこと、残して東京に行けないって・・・。
 信じられない。
玄関の扉が、ガラガラッと開く音がした。
お兄ちゃん。
もしかして、戻ってきたの。
私は、身を起こすと、玄関へと走っていった。
「お兄ちゃん」
玄関を見た。そこに立っていたのは、鈴木可奈絵だった。
動揺してるのに、これ以上何が・・・。
「玲はどこ」
えっ。玲はどこって・・・。
「玲はいないの」
「玲はどこなのよ」
鈴木可奈絵がだんだん涙目にたっているのが分かった。
「あなた、玲の妹なんでしょう、この島で唯一の家族なんでしょう。玲の居場所知ってるんでしょう」
「そんなこと、いわれても・・・」
わたしの動揺はおさまらない。でも、少し、気を持ちなおして、
「可奈絵さん、あなた、お兄ちゃんの彼女なんでしょう」
鈴木可奈絵が私を睨むように見つめる。やり場のない、怒り、悲しみ、動揺。それをすべて私にぶつけるように。
「私より、あなたのほうが居場所知ってるんじゃないの」
冷静さを持ち直そうをして、そう告げた。
「でも、私、見たのよ」
私は、卒業式の後、見た状況を思い出した。

「うるまの調べ」 ―前半16― 

2006年02月26日(日) 19時50分
 波の音がずいぶんと鮮明に聞こえる。夜だからだろうか。いろんなものが見えにくい分、耳が敏感に何かを感じとっている。
沖縄は夜が明けるのが、一番遅い。八重山はなおさら。南の空を見上げて、南十字星が輝いているのが見えた。3月だから全景は見えないけど、十字の一番上の星なら今の時期でも、見ることはできる。南十字星といえば、「果てのうるま」波照間島が有名だけど、ここ竹富島からでも、十分に見える。    
星砂の浜。ここには、星のような形をした友孔虫の死骸がたくさんあり、拾うと幸せになるという伝説がある。私は、この海岸が好きだ。こんな夜更けにここにきたのは、きっと今日がはじめてだろう。
ついさきほど、佐藤先生と別れて、帰らずにまっすぐここに来た。「送る」と、言ってくれたけど、ひとりになりたくなって。でも、このまますぐにおばあ家に帰る気にはなれなかった。ここにくれば、なんとなく心を落ち着けることができる気がした。
一言でいえば、静か。
波の音が鮮明に聞こえてくる。耳を通じて、私の心の奥に迫ってくるみたいに。
さっきまでのことが、脳裏によみがえってくる。
 佐藤先生とキスをした。今になってしまえば、なぜ受け入れたのかよく分からない。でも、夕方のお兄ちゃんのあのことが、強く関係しているってことはよく分かる・・・。
 佐藤先生のことを男性として、意識している。彼に見つめられると、どきどきするし。でも、お兄ちゃんが私の心に常にいる。誰を見ても、誰と一緒にいても・・・。
 沖縄の海。私は、ここ以外の海は知らない。私がいるのは、すごく小さな世界だ。
どうして、兄妹なんだろう。どうして、兄妹で生まれてきたんだろう。他の誰かを好きになるなんて、できるんだろうか・・・。あなたを忘れるくらい、誰かを好きになるなんていつかできるんだろうか・・・。
もう、帰らなきゃ。おばあが心配する。

「うるまの調べ」 ―前半15― 

2006年02月19日(日) 0時15分
 竹富島にある診療所。佐藤先生がこの診療所の常勤になってから、くるのは3回目だ。夜に来たのは、はじめてかもしれない。昼間は、島の老人の出入りもあって、ざわつくときもたまにあるけど、夜は比べものにならないほど静かなものだ。
「じゃあ、これ。お願い」
佐藤先生から、シップを渡された。
「ありがとうございます」
佐藤先生からシップを受取った。その時、先生の手が少し触れた。先生を見つめた。先生も私を見つめていた。
こうして、男性を見つめるのはどきどきする。そして、それ以上に、女として見つめられるのはもっと・・・。
先生が、そのまま私の手を握った。だんだんと力強く。でも、加減しているのが分かった。私に、遠慮してるのかな。先生がふいに、私の手を離した。
「今日、卒業したんだってね」
言葉が出なかった。先生を見ることができないまま、私はただ、うなずいた。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
今日、私にこんな風にお祝いの言葉を掛けてくれたのは、お兄ちゃん、そして佐藤先生。
「卒業祝い、何にしようか」
卒業祝いなんて・・・。そんなの、思いもつかない。
「遠慮しなくて、いいんだよ」
そんなの、かまわないで。ほしいものなんて・・・。
「君に何か、してあげたいんだ」
ナニカシテアゲタイ?
「してあげたい、なんておこがましいけど、僕にできること、君にしたいんだよ」
ボクニデキルコト・・・。
「懸命に生きてる君だから」
懸命に生きてる・・・。そんなこと、いわれたの、はじめて・・・。
「いつから、そんな風に思っていたの」
佐藤先生を見続けた。
「いつから、私をそんな風に見ていたの」
あなたが、私をどんな風に見ていたのか、気づきはじめてた。
「『花ごよみ』で、踊る君を見たときから」
「花ごよみ」で、踊る私を見たときから・・・。
「自分でも、よく分からない。でも、確かに君に惹かれた」

「うるまの調べ」 ―前半14― 

2006年02月11日(土) 22時45分
「おばあ、大丈夫」
気づいてくれたのは、おばあ家の隣のとみ子おばあだった。おばあが、倒れたと聞いて私は、急遽、竹富島行きの船に乗って、駆けつけた。最終便に間に合ってよかった。
 今日はいろんなことが重なる。それもよくないことだらけ。よかったのは、最初の卒業式のときだけ、お兄ちゃんがあらわれてくれたときまでで、あとはもうボロボロ。幸いなことに、おばあの容体は安定していた。
「とみ子おばあ、ありがとう」
とみ子おばあが気づいてくれていなかったら、と思うと本当に怖い。
「佐藤先生ありがとうございました」
深く頭を下げる。おばあの容体を考えると、この島で佐藤先生は今のなによりの頼りだから。
「軽い打撲ですんでよかった」
本当に私もそう思う。おばあは、お外で窓掃除をしていて、脚立から誤って転落したらしい。いや、転落っていうより、宮古にきて話を聞いた印象では、転んだといったほうが、どうやら正しいようだ。
「とみちゃん、大袈裟よ」
横になっているおばあが、とみ子おばあにそういった。
「倒れておるんかと思って心配したさぁー。年寄りやし、いつ何が起こるかわからんしねぇ」
とみ子おばあが、少し苦笑いする。
「まあ、なにより発見してくれて助かりました。僕のほうからも、礼をいいます」
「とみ子おばあ、ありがとう」
でも、確かに一人暮らしの老人はいつ何があるか分からない。本当にそうだと思う。こういうとき、隣近所、地域の連帯はありがたい。
「腰にも、少し痛みがきたようですからね。今日はもう、安静にしていて下さい」
佐藤先生が、立った。
「テルさん、明日の朝にでも、腰、シップを貼りかえておいて下さい。藍花ちゃん、頼めるかな」
「はい」
「予備のシップが今ないので、診療所に取りにいって後で届けます」
「そんな、悪いですよ。私、取りに行きます」
そういって、私は立ち上がった。
「でも、そうしたらテルさんがひとりになるから」
「あっ、それなら私ここにいます」
脇でテルおばあを看ていてくれたとみ子おばあが、そう口にした。
「藍花ちゃん、おいき。後で、玲ちゃんがくるさぁ。それまで、いるさぁ」
お兄ちゃん・・・。
「えっ?もう、竹富島行きの最終便は終わったはずじゃあ・・・」

「うるまの調べ」 ―前半13― 

2006年02月06日(月) 23時10分
 午後4時。お兄ちゃんの午後の三線教室が終了する時間だ。
学校から帰ってそのまま家にいるつもりだったけど、なんか、会いたくなって教室に向かってしまう。
居酒屋「ぺぺ」。確か、3年前に市役所と道路はさんだ向かいの斜め前にできた。確か、そこのおじさんは、岐阜の出身だと聞いた。家族4人、奥さんと子どもふたりだったような。息子は、本島に就職したらしい。鈴木かなえ。そこの女の子は、21歳くらいだったかな。確か、ダイビングが趣味とか。
 いや、人のことなんて対して興味ないのに、お兄ちゃんとなにか関係あるのかと思うといろいろ詮索しまう。ましてやその人は、お兄ちゃんの彼女かもしれないのに。
 ただの噂なのだろうか、それとも・・・。でも、だとしたら、どうして一言もいってくれないの、お兄ちゃん。
 三線教室に着いた。三線教室といっても、お兄ちゃんが教室を持っているわけではない。ホテルの小さなお座敷で行われている。ホテルが観光客相手の企画を打ち立てて、講師として、お兄ちゃんがよばれている。どうも、ホテルの上の人と、「なんた浜」のマスターが知り合いのようだから。
 確か、二階。私は、ホテル、フロントの右にある階段を駆け上った。フロントの20代後半と思われる女性が、私をちらっと見た。
 どこだろうと、思ったとき、三線教室と、プリントされてあるA4の紙を発見した。どうも、奥にある、由布の間とかかれてある部屋のようだ。
 近づいていく。お兄ちゃんの声が聞こえてきた。入ろうとしたその時、誰か女性の声が聞こえた。習いに来た人?いや、もしかして・・・。若い女性の声だった。

 つい、のぞいてしまう。その時だった。一瞬、会話が途切れたような気がしていたら、お兄ちゃんとその、鈴木可奈絵はキスをしていた。

「うるまの調べ」 ―前半12― 

2006年01月29日(日) 7時37分
 卒業式。
3月の初日。時間なんて早いものだと思ってしまう。小、中、高と12年。今日で私の学生生活も終わり、制服ともさよなら。社会人になったら、エプロンが、待ってるよ。
「花ごよみ」のエプロンが。
 周囲を見渡す。ああ、やっぱり、みんな親が来てるね。でも、私は・・・。まあ、分かってたことだけど。
小学校の卒業式の時も中学の卒業式のときも、おばあが来てくれた。でも今年は、おばあは体調が良くないから無理させるのは良くない。お兄ちゃんが「行こうか」といってくれたけど、教室を休むことになるだろうから、「こなくていいよ」っていっちゃた。後悔はしてないけど、残念。
「あいかー、写真とろー」
真奈の声が後方から聞こえる。
「うん、今行くー」
私の気持ちを察してか、真奈がさっきから気遣ってくれる。友達とはありがたいものだ。その真奈とも、当分は会えなくなるかもしれない。真奈は、3月に大阪の短大の2次募集を受ける。受かるといいけどね。
真奈、私、佐織ちゃん、砂田さん、由美子ちゃん、それぞれカメラのレンズを見つめる。
今日は、アルバムに残しておきたい一日だもんね。
「受かったら、女子大生じゃん」
「そうだよー」
「でも、親、仕送り許してくれたんだ」
「うん、2年だけの約束でね」
「よかったじゃん」
「まだ、分かんないよ、受かってからいって」
「でも、自信ありそうだよ」
「ちょっとね」
じゃあ、またねー。メールする。方々から、そんな声が聞こえてくる。私たちも、バイバイと、手を振りはじめた。
「藍花、写真とろうか」
真奈が先ほどの、おじさんのカメラを持ってきた。
「あいかー」
校門のほうから、声がする。この声は・・・。
後ろを振り返った。
そう、まぎれもなく、玲さん。