埼玉県圏央道沿いの桜の名所!北本市の石戸蒲ザクラ 

2018年04月07日(土) 0時09分
 
今年の冬はいつになく寒いと思ったら、あっという間に桜散る暑さ。どこに花見に行こうかと悩む暇もありませんでした。

そこで今季は比較的近場にしようと考えた結果、埼玉県北本市の「石戸蒲ザクラ(いしどかばざくら)」を訪ねることにしました。日本に数ある桜の名所のなかでは残念ながらあまり知られていないかもしれませんが、この石戸蒲ザクラは日本五大桜の1つなのです。





と、偉そうに言いつつ、五大桜の1つというのは、実は行ってみて初めて知りました。私が今年の花見にここを選んだのは、1つはこの桜が自然交配による「石戸蒲ザクラ」という固有種で、自生しているものはこの1本のみというところにあります。具体的にはエドヒガンザクラとヤマザクラの交配種で樹齢はおよそ800年、国の天然記念物に指定されています。

私自身は桜にさほど詳しいわけでもないので、実際に桜の花を見たからといって「うむ。これは他にない独自の桜だ。」などとは分かりません。が、小ぶりながらツンとした形の、白に近い淡い花びらが印象的な桜でした。



もう1つの理由は交通の便です。石戸蒲ザクラは、圏央道桶川北本ICから5分と走らずに到着する東光寺の境内にあります。麓には無料の大型駐車場も完備されていて、よほど下手な時間でなければ並んだり待ったりということはありません。


駐車場にも桜並木


さらに圏央道というところがミソで、東名や関越、東北、中央自動車道など外行きの高速道路は、ただでさえ週末は渋滞必至。ところが圏央道はなぜか渋滞にまで至ることがほとんどありません。私は下道を少し長めに走れば圏央道にダイレクトに乗れるところに住んでいるので、このおかげで車の混雑や駐車場待ちに遭うことなく、快適に素晴らしい桜を拝むことができたわけです。

さて、石戸蒲ザクラの少し先には城ヶ谷堤という江戸時代に造られた堤防があり、その上もまた桜の名所として知られています。さらに両者の間には埼玉県自然学習センターという無料の自然公園があり、谷戸の湿原の爽やかな木立のなかを散策できます。


城ヶ谷堤の桜



自然学習センターの散策路


都心からもアクセス抜群のうえに、固有種で天然記念物で五大桜とさまざまなタイトルを保有していながら、知名度は意外と高いとはいえない石戸蒲ザクラ。ソメイヨシノの千本桜に囲まれての宴も良いですが、たまには貴重な一本桜を愛でる花見もいかがでしょうか。

 

東日本大震災から7年 

2018年03月11日(日) 21時14分
 
東日本大震災から7年が経ちました。

首相のお友達の大学はあっという間にできるのに、仮説住宅はなくなりません。

政府が打ち出すのは、大規模造成事業と大仰なスローガンばかり。

再来年には、「復興」を掲げてオリンピックが開かれるそうです。

ゴールデンタイムに特番が組まれることはなく、いつも通りのバラエティやドラマが並んでいるあたりに、時間の流れを感じます。
 

愛媛松山の港として栄えた三津浜の町並み 

2018年02月27日(火) 11時15分
  
四国松山の観光名所といえば、道後温泉は外せないでしょう。その本館のすぐ近くに、道後公園があります。中世の湯築城の跡で、かつて動物園がありましたが、今は発掘調査に基づいて建物が復元されたり資料館が設置されたりしています。あまりにアクセスが良いので、私のような城跡好きでなくとも行ったことのある人は多いのではないでしょうか。


毎度おなじみ?道後温泉本館


伊予国の守護大名河野氏は、南北朝時代から豊臣秀吉による四国平定まで、250年近くにわたってこの湯築城を居城としてきました。河野氏の軍事力のアドバンテージは、強力な水軍の存在にあったのですが、湯築城は海から5km以上離れています。


湯築城址の復元建物


そこで、湯築とは別に河野水軍の本拠地となったのが、松山市街の北西の三津浜です。最寄りは松山市駅から6駅の伊予鉄道高浜線三津駅。湯築から、すなわち松山市中から最も近い入り江です。松山市の外港として、とくに江戸時代から戦後しばらくまでは大いに栄えていたそうです。今では、フェリーなど大型船の船着場は北の高浜に移り、南の工業地帯と総称して松山港と呼ばれているようです。

残念ながらかつてほどの賑わいはありませんが、釣り船は今なお多く出入りしているようで、釣具店がちらほら見られます。また、銀天街と呼ばれた目抜き通り沿いを中心に、昔の港街の風情が残っています。


三津浜のメインロード「銀天街」
明け方なのでひっそりとし過ぎてます(笑)





どことなく風情ある港町の風景



江戸時代からの旧家河野家



同じく山谷家



整備された共同井戸跡


さて、三津浜で名物になっているものに渡し船があります。河野水軍の惣領が町場と対岸の湊山城を行き来するために、文明年間(1469〜86)に設けたのが始まりとされ、実に550年ほどの歴史をもっていることになります。乗船時間はわずか5分ほどの短い渡し船で、向こう岸にいるときは船着場のブザーを押して呼びます。


三津の渡し船



向こう岸にいるときはブザーを押せば、





こうして来てくれます。


この三津の渡しの特徴は、行政上は市道に分類されるため、公道ということで渡し賃が無料ということです。朝7時の一番乗りで、黎明の港と城山の景色を楽しみました。対岸にはお城跡のほか、小林一茶が句会を催したという洗心庵の跡があり、その先に伊予鉄道の港山駅があります。


渡し船から見た湊山城跡



洗心庵跡


ところでこの前の晩は、三津駅から歩いてすぐのところにあるドミトリー(木賃宿)に宿泊しました。民泊とならんで近年急速に増えているドミトリーですが、お遍路さんの需要を見込んでか、四国でもかなり浸透しているように思います。私が泊った日は、女性と男性のお遍路さんがいましたが、どちらも個室にお泊り。私はいちばん安い大部屋だったのですが、10数人分の2段ベッドが並ぶ部屋にこの日はなんと私一人でした。とっても得した気分でした。

まだ春休み期間中のこととてオフシーズンというわけではなかったと思いますが、おそらく松山市街からは少し離れていたせいでしょう。ですが、三津浜は上述の通り松山市とはまた違った魅力と見どころのあるところなので、松山が初めてでないという人はぜひこちらに足を延ばしてみてはいかがでしょうか。
  

木蝋生産で栄えた商家の町並み:愛媛県内子町 

2018年02月22日(木) 0時05分
 
愛媛県大洲市の東隣にある内子町(うちこちょう)は、江戸から明治にかけて和紙と木蝋の生産で栄えたところです。とくに木蝋は、最盛期には全国生産量の3割を占めたといわれています。江戸時代の大洲藩の首府はもちろん大洲城にありましたが、経済の中心はむしろ内子にあったといえます。

内子には当時の商家の町並みが残っていて、1982年という早い時期に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。こちらも、以前紹介した脇のうだつの町並みと同じく、城下町とは異なる商人町の趣を味わうことができます。

私が訪ねたときはすでに午後4時を回っていたため、少々駆け足での観光となりました。以下、とりあえず写真を掲載していきます。




豪商本芳賀家住宅





大正時代に建てられた歌舞伎劇場の内子座



鉤の手に折れている箇所



蕎麦料理屋になっている下芳賀邸


天気がぐずついていたのと、午後4時を回っていたので写真があまり明るくありませんが、とてもよく整備されていて楽しめる町並み観光スポットです。

唯一の難点は駐車場がやや分かりにくいことで、北の町外れの高昌寺の麓にあります。駆け込みでやって来た私に駐車場の方は親切に対応してくれて、5時で営業は終了するけど出口は開けておくのでゆっくりしていって良いとのことでした。

内子は、ドイツの有名観光都市ローテンブルクとの交流が深いというだけあって、日本の町並み観光の草分けともいえる存在。大洲からすぐなので、南予を旅行するなら両方セットで立ち寄ってみると良いと思います。
 

高知県最古の酒蔵と小さいながらも活気溢れる大正町市場(高知県中土佐町久礼) 

2018年02月15日(木) 1時15分
  
高知県高知市から県西の中核都市である土佐中村(四万十市)までは、直線距離で60kmほどあります。その間平らな土地は少なく、昔は行き来が大変でしたが、今では高速道路が7割方開通しています。この道中で私が立ち寄ったところの1つに、中土佐町の久礼(くれ)という街があります。リアス式海岸に臨む湾口の港町で、お目当てはいつもの趣味の久礼城跡でした。ですが、ここでは城跡のほかに2つほど面白いと思ったところがあったので、ご紹介します。

1つは、JR土讃線土佐久礼駅から歩いて10分ほどのところにある西岡酒造です。何気な〜く前を通ったのですが、ふと脇を見ると「高知県最古の酒蔵」の文字が!ただでさえ酒豪県として知られる高知で最古の酒蔵とあっては、訪ねないわけにはいきません。



創業は、江戸時代中期の天明元年(1781)だそうです。どう考えてもっと前から酒造業者はいたと思いますが、現在まで続いている高知県内の酒蔵のなかでは最も歴史が古いということなのでしょう。伝統ある酒蔵らしく白壁土蔵造りの建物が目を引きます。

他方で、主力銘柄の名前が「純平」というのが、最古の酒蔵という歴史の深さに比べてなんというか、ちょっと違和感を覚えてしまいました^^;とはいえせっかくの出会いですから購入しないわけには参りません。車なので味見はできず、直感で純平ちゃんともう1つ、その名も「久礼」という純米酒をいただきました。お酒は嗜好品なので主観的なことはあまり言いたくないのですが、どちらもとくにクセなどはなく、すんなりと飲めるお味でした。

もう1つの見どころは、港の近くにある久礼大正町市場です。アーケードのある朝市といった感じで、規模が大きいというわけではありませんが、活気があります。その日帰りの旅だったら、あれもこれもといろいろ買いたいところだったのですが、長の旅路とてそれもかなわず。とりあえず夜のおかずにと、おかみさんが目の前で次々と三枚におろしていく鰯の刺身を数百円分いただきました。すると、気っぷの良いおかみさんによって氷やらショウガやらいろいろ付け合わされ、あれよという間に数千円分のお買い物のような包みになりました(笑)



ちょうどお昼過ぎだったので、市場のなかにある食堂に入りました。海鮮丼や刺身定食など定番もありましたが、面白かったのが、市場で好きな魚介を買って、店では焼き網とご飯とみそ汁だけを用意してくれるというもの。さっそく干物をみつくろって焼いてみました。写真を撮っていないのが残念ですが、おそらく想像される通りの素朴なおいしさです。



最初に述べた通り、高知市から四万十市までは結構な距離があります。高速道路が全線開通すればひと息で行けてしまうようになるかもしれませんが、それでもせっかくですからどこか1か所くらいは寄り道しないともったいないでしょう。酒蔵と魚屋市場が名所の久礼は、そんなときちょっと立ち寄るのにちょうど良い街だと思います。

  

杉の大杉と本山の高知屋旅館(高知県大豊町・本山町) 

2018年02月11日(日) 21時25分
 
高知県と徳島県の境目付近の観光地というと、やはり祖谷や大歩危・小歩危が有名ですね。ですが、ここでご紹介したいのは高知県側にある「杉の大スギ」です。八坂神社の境内にあるスギの巨木で、推定樹齢はなんと3000年以上!確認されているなかでは日本最大の杉の木とされています。

高知県長岡郡大豊町の杉という地区にあるから「杉の大杉」なのですが、おそらく大杉があるから杉という地名になったのでしょう。しかも、JR土讃線の最寄り駅が大杉駅というからなおややこしい。駅からは歩いて10分ほどで行けます。車なら、高知自動車道大豊ICを下りてまもなくです。







デジカメ写真だとなかなか大きさが伝わりませんね^^;2本あるように見えますが、根本でつながっているのだそうです。ぐるっと1周50mは軽くあるんじゃないかと思います。この周囲だけ空気が違っているような、神々しさと清澄さを感じました。流行りの言い方をすれば超パワースポットだと思うのですが、幸運なことに私しか参拝客がいませんでした。

さて、杉の参拝口を出て少し上ると、美空ひばりの「遺影碑」というのがあります。美空ひばりさんは、まだ無名の少女歌手だったころに高知巡業の途上で事故に遭い、ここ大豊町で療養したのだとか。そのときにこの大杉に「日本一の歌手になれるように願掛けをし、後に見事スターになると、お礼参りに訪れたそうです。



そんな遺影碑の脇にはボタンが3つあり、押すと3つの歌が流れるようになっています。とりあえず1つポチっとなしてみたところ、想像をはるかに超える大音量!夕焼けチャイムのようにひばりさんの歌が谷間に響き渡って、どうしようかと心底たじろいでしまいました(笑)大杉の受付の人に聞いてみると、人家もそんなにないしみんな慣れっこだから大丈夫とのこと。とりあえず近所迷惑には当たらないということでようやく安心しました^^;

杉の大杉のもう1つの見どころは、どぶろくです。すぐ近くに直売店があり、自家製どぶろくを販売しています。数量限定で季節ものですから常にあるわけではないのでしょうが、運よく1本購入することができました。甘くなく少しサワーで、とっても「生きている」感のあるお酒です。道中ひと晩ずつチビチビ飲んでいたのですが、持ち運んでいる間にも少しずつ発酵が進んでいるようで、日ごとに味が変わっていくようでした。

そして、この日泊ったのは大豊ICから西に入った本山町。もう少し行くと、四国の水がめ早明浦ダムがある山間の小さな町です。なぜこの町を訪ねたかというと、戦国時代に長宗我部氏と土佐中部の覇権を争った本山氏の本拠地だったからです。趣味のお城の話はこちらでするとして、ここで取り上げたいのはお世話になった旅館「高知屋」さんです。



本山町で唯一昔から続いている旅館だそうで、中庭を囲む2階建てのかなり立派な建物は、随所に大正・昭和レトロが漂っています。



とくに私が泊った部屋は、かつてはダンスホールだったそうで、ここが町の娯楽の中心だった時代もあったのだと思うと、とても貴重な建物のように思いました。



結構大きな旅館なのですが、老夫婦お2人で切り盛りしておられます。この日は私しか宿泊客がいなかったようで、夕食も朝食も3人で卓を囲んでいろいろなお話をうかがいました。

昔ながらの旅館の一夜を楽しめましたが、いかんせん本山は正直にいって観光資源に恵まれているとはいえない地域なので心配です。ダム好きや戦国史好きの方には、ぜひふるって訪ねてみてもらえればと思います。
 

脇町の「うだつの町並み」(徳島県美馬市脇町) 

2018年01月20日(土) 0時05分
  
徳島県を西から東へまっすぐ流れる吉野川は、県内でほぼ唯一の平野を形成しています。そのちょうど真ん中に、「うだつの町並み」で知られる脇町があります。正確には脇町南町と呼ばれる500m弱ほどの通りを中心に、重厚なうだつの上がった白壁の家々が連なっています。

 

 

うだつ(卯建)とは、重層家屋の両サイドの壁を庇の上に張り出させたもので、もともとは隣家からの延焼や、風で屋根が飛ぶのを防ぐ目的で作られていました。それが江戸時代に入るとただのお飾りとなり、とくに商家の財力を示す基準のように捉えられるようになりました。そのため、いつまで経ってもパッとしないという意味の慣用句「うだつが上がらない」の語源ともいわれています。

 
分かりやすいうだつの例(信州海野宿より)
2階両脇から塀のように張り出しているのがうだつ


そんな金持ちのステータスともいえるうだつが、脇町では当たり前のように見られます。吉野川の水運を使って容易に東西へ行き来できるほか、北に向かえば讃岐国にも出られる脇は交通の要衝でした。江戸時代初期は、徳島藩筆頭家老の稲田氏が預かる脇城の城下町でしたが、一国一城令でお城が廃止に。以後は商人町となり、阿波特産の藍の集積地として栄えたのです。ちなみに、脇城とそのすぐ西の岩倉城は、戦国時代に天下を動かすほどの大名に成長した三好氏の興隆の地とされています。

城跡めぐりが趣味の私は、武家屋敷を目にすることはしばしばあります。侍町を見慣れた私から見ると、この脇の町並みはかなり趣を異にしています。一言でいってしまえば「ゴージャス!」という感じ。現代のコンクリートジャングルと比べればなんてことありませんし、むしろ小ぢんまりとして見えるかもしれません。ですが、基本的に貧乏でなにかと質素倹約を求められる武家町ばかり見てきた身からすると、分厚い漆喰の白壁や、うだつに鬼瓦などの華美な装飾がとても目を引くのです。そう思って歩いていると、往時いったいどれだけリッチな街だったんだろうと、素直な驚きが得られます。

 

当然ながら豪華な商人屋敷といっても差があり、もっとも繁栄していた商家は、玄関が2つも3つもあったりします。客のランクによって使う玄関を分けていたそうで、ちょっと露骨なようにも思いました^^;あるいは余裕のある家は鬼瓦をいくつも乗せて、そのうち1つだけ笑った表情(だったかな)にするなど、見栄の張り合いのなかにも遊び心をしのばせていたようです。

 
大事な人用玄関


 
そこまででもない人用玄関


と、ここでちょうどお昼になったので、旧家を利用した食事処に入りました。このあたりの郷土料理という「そば米雑炊」を一も二もなくチョイス。蕎麦の実をそのまま挽かずにお米に混ぜた雑炊で、それだけでは現代の食事メニューとしては物足りないので、焼き餅を加えているとのことでした。そのため、どちらかというと蕎麦の実入りお雑煮という感じでしたが、蕎麦の実のパツンパツンという食感がとても面白い料理でした。味ももちろん、関西風の上品なダシ味でグッド!ただ、吉野川流域の谷戸は、おそらく阿波国では貴重な稲作好適地だったと思われるので、おそらく雑炊に蕎麦を使うのは、木屋平や一宇といった祖谷渓ばりの奥深い山村地域だっただろうと拝察します。

 
船着場跡


脇へは、高速バスか自家用車で直接行くのがおすすめです。商家を改築した道の駅に駐車して、そのまま町内を観光できます。駐車場はかつての船着場で、ここで荷の上げ下ろしをしていたそうです。

  

カーフェリーで行く、四国・九州の旅。 

2018年01月11日(木) 0時31分

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m

といいつつ、1年近く前の話題です。昨春、車ごとフェリーに乗って四国へ行き、1週間ほどかけてまわりました。もちろん、船は飛行機やバスや電車よりだいぶ遅いですが、一番の利点は自分の車で疲れることなく現地まで移動できることです。なので、車では渡れない北海道へは、今なおカーフェリーの需要が高いというわけですね。

私が利用した東九フェリーは、名前の通り東京と九州を結んでいて、お台場の有明埠頭と北九州の新門司港、そして徳島に停泊します。東京からは有明を夜に出発して、翌日の午後に徳島港に寄港、さらにもうひと晩かけて翌朝に北九州に到着します。九州までは正味で1日半ほどかかるので、これを長いとみるか妥当とみるかは人によりけりでしょう。

船体は当然ながらとても大きく、宿泊することになる訳ですから快適性にはこだわっている感があります。実は数年前にも九州まで利用したことがあり、今回は2度目の乗船だったのですが、その間に船がリニューアルされたらしくかなりグレードアップしていました。とくに寝床は1つ1つのスペースが広く、隔離性も高いボックスタイプになっていました。写真を撮っていればよかったのですが、忘れてしまいました^^;

1泊するわけですから、重要なのは食事ですね。船内にはカップ麺やサンドイッチ・おにぎりなどのほかに、チンする冷凍食品の自販機が充実しています。



こんな感じで、スパゲッティにカレー、ドリア、各種丼ものなどいろいろあります。個人的には、この自販機フードがフェリーの醍醐味の1つのように思っています(笑)

船というと、酔いが心配な人もいることと思います。海が穏やかなら、大きな船なのでまったく揺れることはありませんが、やはり長時間の航海なので船酔いしやすい人にはおすすめできません。いちど時化に当たったことがあったのですが、私は酔いはしなかったものの、寝付くのはちょっとたいへんで、周りには苦しそうな人もいました。一応船内でも酔い止めを販売していますが、おそらく気休め程度でしょう。ちょっと面白かったのが大浴場で、悪天候で閉鎖するというのでその前に入ったら、船が向こうへ傾くとお湯が全部そっちへ行ってしまい、逆にこちらへ傾くとすべてのお湯が自分の顔面目がけて襲ってくるというスリリングなアトラクション状態でした。


凪いでいればとってもおだやか


さて、有明埠頭を出発すると、まもなく東京ゲートブリッジをくぐります。そのあとは羽田空港や川崎の工場夜景を横目に見つつ南下。浦賀水道を抜けるころには就寝となります。



そして夜が明けるころには熊野灘を進み、9時ぐらいに本州最南端の潮岬を通過するので、「おはようございます」を兼ねてアナウンスが入ります。そのあたりでちょうど逆方向のフェリーとすれ違いに。このあたりはいちばん旅情を感じるところなので写真を撮っておけばよかったのですが、なぜか2度とも撮らずじまいでした…。

そんな船旅も今回は徳島で下船。今後しばらくは、趣味の城跡巡り以外の部分の四国旅行ネタをアップしていこうかなと思っています。
 

青いワイン「Gik(ジック)」 

2017年12月11日(月) 20時41分
  
前回の記事のワイン会では、もう1つ目玉商品を持って行きました。それが、表題にもある青いワイン「Gik(ジック)」です。ただ青いだけなら、白ワインにブルーハワイでも投入すればできそうですが、このジックはとても完成された感のある清冽な青色をしていて、まるでエーゲ海のような澄んだ鮮やかなブルーが目を引きます。



一昨年スペインで開発され、昨年から販売が開始されたらしいのですが、さすがにワインに詳しい人たちの集まりだったので、知っている人もいたのがちょっと残念でした(笑)。青色のもとはというと、ブドウの皮の色素のうちポリフェノールを除去してアントシアニンを抽出し、それに天然由来の藍色顔料を混ぜてできるのだとか。さすがに自然にできる色ではないようですが、青の正体がブドウ由来というなら、単純な着色ワインとも言い切れないでしょう。



さてお味はというと…ちょっとワインでは舌にしたことのない甘〜いドリンクです。清涼系飲料だと思えばまぁ甘くて美味しいのですが、ワインだと思うとちょっと最初はびっくりするかもしれません。アルコール度数も低めなので、カクテル系が好みな人や女性には喜ばれるのではないでしょうか。見た目通り、パーティー向けのお酒というのは間違いないでしょう。

その前にグリューワインを作った勢いで、ちょっとお燗も試してみることに(笑)。青く生暖かい不思議な液体ができて、グリューワインや甘酒のようにスイートで温まる飲み物になる…かと思いきや、なぜかだいぶ予想と違う甘みに変化してしまいました^^;



私自身はドイツの記事を読んでこのワインを知ったのですが、それによると肝心のヨーロッパでは、ワインの定義に当てはまらないということでワインとしては販売できないのだそうです。とすると、酒税も余分にかかってしまうことになるので、生産元としては採算が取れるだけ売れるかどうか心配だったのでしょう。目下の輸出のお得意先は日本をはじめとするアジアなのだそうです。ボジョレーが何かを知らずに毎年お祭りができるくらいですから、たしかにうってつけですね。そして結局それにつられた1人なのですが(苦笑)。

青いワイン「Gik(ジック)」は、売り切れてさえいなければ、普通にネット通販で購入できます。今のところ、だいたい2400〜2800円くらいが相場のようです。

  

うじょう流グリューワインの作り方 

2017年12月06日(水) 2時05分

突然ですが、グリューワインをご存知でしょうか?ドイツ語ではグリューヴァイン、フランス語ならヴァン・ショーといい、ひとことでいえば甘く味付けしたホットワインです。縁日の甘酒のように、ヨーロッパの寒い地域でおなじみの冬の飲み物です(アルコールはしっかり入ってますが)。

材料はシンプルに赤ワインと砂糖、それにシナモンやクローブ、ナツメグなど風味付けのスパイスのみです。輸入品店などでは、これらを混ぜて温めるだけの出来合いグリューワインも販売されていますが、そういったものは甘さがきつすぎるのが相場です。それほど難しいものでもないので、やはり自分でお好みの甘さに仕上げるのに越したことはありません。

ネットなどでは、たいていワインに材料を投入して煮るだけカンタンみたいに書いてあります。それでも別に悪くはないのですが、無駄に煮詰めてアルコールが飛んでしまったり、材料同士の反応で味がおかしな方向に変化したすることがままあります。そこで、私がドイツ語を習っていたときのドイツ人の先生の1人に教わったのですが、砂糖と香料はワインとは別に水で煮出すのがベター。その後でワインと一緒に温めれば、風味を損なう可能性を抑えられます。加水することになって味が薄くなってしまうと思うかもしれませんが、砂糖と香草で味はお好みに調節できるのでまったく無問題です。

うじょう流(要は我流w)はここにさらにひと工夫を加え、ワインはあらかじめマグカップなどに飲む分だけ分けて、電子レンジの「お燗(お酒)」機能で温めます。その方が、確実にアルコールが飛ばない温度で止めてくれるので確実です。そこに、香草と砂糖の煮出し水をお好みで注げば、味も香りも温度もうまい具合に仕上げられます。熱さや甘さは、煮出しの方で調節します。ワインをそのまま鍋に入れてしまうと、余ってしまったり飲み切らなくなったりしますが、私の方法ならそんな心配もありません。

さらに、うじょう流は香草にもひと工夫加えます。クローブだのシナモンだのは、日本人にはおなじみとはいえない材料なので、普段から容易に手に入るとはいいがたいところ。欧州ではティーパックにひと通りのスパイスが小分けにされたものがあり、輸入品店で売られていますが、わざわざグリューワインのためだけに買うのも面倒です。そこで、私はいつも柚子の皮で代用します。柚子なら普段から家にあるという人も少なくないでしょうし、なければ最寄りのスーパーなどでいつでも買えます。

柚子の皮を剥いて煮出せば、日本人にはおなじみのホッとする香りの、ジャパンテイストのグリューワインができあがります。ちょうどワインの会があったので、うじょう流グリューワインを披露してみたところ、ワインに詳しい人たちからもたいへん好評でした。柚子と砂糖とワインさえあればいつでもできるこの和風グリューワイン、よろしければぜひお試しください。

ちなみに、ヒレ酒などと同じく、グリューワインに使うワインはあまり良質のものだともったいないです。「ちょっとこのワイン、そのまま飲むのはあまり美味しくないな…」などというときに、グリューワインにするのがおすすめですよ(笑)。

  
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