将棋ソフト不正使用騒動雑感 

2017年02月05日(日) 17時35分
  
昨年の竜王戦に端を発した、プロ棋士によるスマホ将棋ソフト不正使用疑惑は、ついに谷川浩司会長の辞任という事態に発展した。第三者調査委員会による審査の結果、被疑者である三浦弘行九段は、ソフトを使用したと裏付ける証拠がないとして「無罪」となった。

こうして疑惑を免れた三浦九段については、裁定以降「可哀そうだ」とする擁護のまなざしが世間から向けられている。他方で、疑義を呈した渡辺明竜王には、非難が集中しているようだ。しかし、私はこの一辺倒な世論の流れについてはひとつ異議を申したいと考えている。

第三者委員会の発表にしたがえば、三浦九段は「使用したとは認められない」とはなったものの、「使用しなかったものと認められる」となったわけではない。この点については、おそらく委員会も意識して発表したものと推測される。つまり、シロとまでは言い切れないが、クロとするに足る証拠がないと断じたに過ぎないのだ。最も穿った言い方をすれば、もしかしたら使ったのかもしれないが、それを証明できるものがないというスタンスだ。

ここで、たとえは悪いが、時を同じくして話題となったASKA氏の薬物使用問題を思い出してもらいたい。警視庁捜査員は、ASKA氏の採尿に際してトイレまでは付き添ったものの、手元までは把握していなかった。そのため、逮捕後に「あれは用意していたお茶を入れたもの」と主張されると、本人の尿であると確定できなかったために、「有罪とはいえない」という意味での不起訴となった。

今回の将棋の件についても、問題の根はほとんど同じであると私は考えている。実際に三浦九段がソフトを使用したのかどうかは、使ったという証拠が得られない限り「どちらともいえない」のだ。事実としてあるのは、プロから見て不正をしているかもしれないと疑われるような行動があったということだけなのである。現時点では、白か黒かをこれ以上議論することに、たいして意味はない。

今のところの論調では、疑った渡辺明竜王の方が非難される方向に落ち着いているようだ。だが、タイトルを賭けた真剣勝負なのだから、お互い相手の一挙手一投足が気になるのは当然のはずだ。そのようななかで、疑うに足るような理由があり、疑われるに足るような挙動があったのだろう。

むしろ、今回の件で重要なことは、スマホソフトという新しい不正の可能性がにわかに浮上したことだ。その使用を許さないのはもちろんのこと、使用したのかもしれないという疑いを生じさせない仕組みづくりが、新たに必要となった。それが確立されていなかった以上、今回のような問題は、遅かれ早かれ起こるべくして起こったといえる。どちらがどの程度悪いと自動車事故のように非難合戦をするよりも、疑いの余地のない体制づくりを急ぐのが先決なのではないだろうか。

具体的には、離席時にはスタッフがぴったり同行する、あるいはどうしても独りになりたいときにはボディチェックを入念に行い、疑いを生じるような機器についてはすべて預けるといった措置が考えられるだろう。さらには、対戦時の服は本部が用意するというのも1つの手かもしれない。

いずれは起きたであろう問題の被疑者となった三浦九段には、まったくもって不運な災難となった。「証拠なし」と裁定が下った以上、三浦九段の名誉は速やかに回復される必要がある。だからといって、返す刀で疑った渡辺竜王を責めるのも、正しい反応とはいえないと思っている。

ちなみに、私は将棋についてはど素人だが、近年囲碁に傾倒し始めている。勉強のためにコンピュータと対戦することもしばしばだが、たいていソフトにやり込められてしまっている。ついこの間までは、コンピュータソフトが囲碁でプロ棋士に勝つのはまだ数年先などと言われていたが、アルファ碁の登場によりあっさりと覆された。将棋の次は囲碁、明日は我が身というわけで、囲碁サイドの方でも、対岸の火事というわけにはいかないだろう。

  

謹賀新年・初日の出 

2017年01月04日(水) 0時28分
  
明けましておめでとうございます。本年もよろしく叱咤・ご鞭撻のほど、お願い申し上げますm(_ _)m

今年は元日に早起きをして、宮城県の七ヶ浜町に行ってきました。七ヶ浜は松島湾の湾口に突き出た半島の町です。メインの目的は正月早々趣味の城跡めぐりだったのですが、高台の公園から初日の出も拝んできました。考えてみると、まともに初日の出を眺めたのは人生で初めてかもしれません。





太陽っていうのは、昇りはじめたら意外とどんどん上がっていくものなんですね。んでもって、昇りきってしまうと皆さん蜘蛛の子を散らすように、あっという間に帰って行ってしまいました(笑)

このとき、居合わせた地元の方と少しお話をしたのですが、以前は浜辺からご来光を拝んでいたとのこと。ですが、東日本大震災のあと防波堤ができたので、浜から日の出を見ることはできなくなったのだとか。

私もそれから浜の方へ下りてみたのですが、確かに真新しい高々とした防波堤が伸びていて、浜辺の風景を眺めることはできませんでした。それどころか、平地部はようやく区画整理が終わったところといった感じで、寒々とした更地が広がっていました。



ようやく復興のスタートラインに立ったばかりの、こうした場所がまだまだ数多くあるのだと、身につまされて感じる元旦でした。

  

多摩センターの冬季イルミネーション 

2016年12月26日(月) 0時45分
  
今年はクリスマスが3連休と重なったので、ご旅行に出かけられた方も多かったのではないでしょうか。かくいう私は、人々がこぞって街に繰り出しているであろうところ、ひとり山の中を歩き回っておりました(笑)

なので聖夜の話ではないのですが、拙宅に近い多摩センターで忘年会があった際、駅前のイルミネーションを軽く見てきました。近年かなり大規模にやっているイルミネーションで、クリスマス時期のデートスポットなどとしてだいぶ有名になってきているようです。

多摩センターのイルミネーションが優れているのは、駅前から丘の上の複合文化施設「パルテノン多摩」まで、広く真っ直ぐな遊歩道が続いているところです。駅に向かって緩やかに下っているので、電飾が続いているようすが奥行きをもって感じられるんですね。





んでもって、このイルミネーションのシンボルの1つが、十字路の真ん中に置かれている本物の樅の木のクリスマスツリーです。



なぜかアップの写真を取り損ねておりましたが、この中央にある三角錐の光がそれです。多摩市と友好都市関係を結んでいる長野県富士見町から贈られたものだそうで、間近で見るとかなり迫力があり壮観です。

このツリーが毎年の風物詩となる前は、かの佐野研二郎氏が教鞭をとる多摩美術大学の学生の作品が、何年かにわたって飾られていました。ところが、どうにも不評続きだったようで、ある時を境にこのツリーに変わり、以後今日まで至っています。

そんな創意工夫を重ねながら進化を続ける多摩センターのイルミネーション。都下周辺にお住まいの方は、ぜひ来年見に来てみてはいかがでしょうか。

  

来年2017年の大河ドラマ『おんな城主 直虎』について:一抹の期待 

2016年12月19日(月) 0時30分
 
今年の大河ドラマ『真田丸』が終わりました。私の総視聴時間は、およそ15分といったところでしょうか。私をはじめ、周囲の人間には「あれを視るなら『真田太平記』の方が良い」という意見が多く、実際にDVDボックスまで買った輩もいました。

さて、来年の『おんな城主 直虎』についても、女性であれば何でも良いという昨今のNHKの姿勢が如実に出ていますね。戦国時代では珍しい女性当主ということで取り上げられた井伊直虎ですが、最近では実は男性で他家からの養子だったという説も出ているほど、実際にはどういう人なのかよく分かっていません。

というわけで、この話をどうやって一年引っ張っていくのか、早くも鈍色の雲が立ち込めているように思います。ですが、個人的には2点ほど、来年のドラマにはちょっと見てみたい気になるところがあります。

1つは、おそらく半分くらい、短くとも前半3分の1ほどは、ドロドロに暗い展開が続くであろうことです。直虎および井伊家には、『おしん』の如くこれでもかと辛い出来事が降りかかります。

そもそも、何故に女性の直虎が(当時の慣例に反して)家督を継がざるを得なかったのか。話は、直虎の父直盛のころに遡ります。井伊家当主の直盛には直虎以外に子がなかったため、叔父直満の子で従兄弟の直親を養子にします。ところが、これに不満をもった家老の小野和泉守道高(政直)という人物が、井伊家の主君にあたる今川義元に讒言し、直満とその弟直義を自害に追い込んでしまいます。

直親は難を逃れて信州に落ち延びましたが、ほとぼりが冷めたのか、成人すると帰郷しました。と、桶狭間の戦いで今度は直盛が討ち死に。直親が家督を継ぎますが、ここでも家老小野氏が暗躍します。和泉守の息子但馬守道好(政次)がやはり今川氏に讒言し、直親は弁明に向かう途中を襲われて殺害されます。

男子不在の井伊家をまとめるべく、隠居の身であった直盛・直満らの祖父(つまり直虎の曽祖父!)の直平が老体をおして御家存続に奮闘しますが、こちらも同年中に陣没ないし毒殺。めぼしい成人男子が本当にいなくなってしまいました。


井伊氏の詰城、三岳城からの景色


そこで、協議の末にピンチヒッターとして登場したのが、直虎というわけです。当時井伊家には直親の子虎松がいましたが、まだ生まれたばかりの赤ん坊でした。なので、虎松が成人するまでの中継ぎとして、直虎の家督相続が実現した訳です。

しかしながら、不幸はまだ続くのです。翌年には、井伊家の後見を買って出ていた中野直由(井伊氏の分家)と新野親矩(直虎の母祐椿尼の兄)が揃って討ち死にしたため、井伊家は後ろ盾を失ってしまいます。ついには、小野道好によって居城の井伊谷城を逐われる事態となりました。


井伊谷城跡を望む


このころ、お隣の三河国では徳川家康が勢力を伸ばしていました。そこで直虎は家康に接近し、その麾下に収まることで発言力を回復します。家康の命をもってようやく、奸臣小野道好とその一族を滅ぼすことに成功しました。

とまぁ、このように直虎の半生は臥薪嘗胆の字の如く、耐えに耐えて虎松の成長を待ち続けるというものでした。どうあがいても明るいストーリーにはしにくい井伊家の混乱をどう扱うのか、とくに絵に描いたような小悪党の小野親子を誰がどう演じるのかは、少々見ものなように思うのです。

さて長くなってしまいましたが、もう1つの気になる点は、打ってかわってラストです。

直虎は、本能寺の変の起きた天正十年(1582)に亡くなります。この年、虎松は元服して井伊直政と名乗りました。直政はその後、徳川四天王のひとりに数えられるほどに武功をたて、彦根藩の初代藩主となります。ですが、そのような華々しい活躍がみられるのは全て直虎の死去後のこと。ドラマが直虎の死までを描くのであれば、直政の立身出世には触れられずに終わることになります。

そうなると、「井伊家の戦いはこれからも続く!」みたいな、少年ジャンプの打ち切りのような最終回になってしまう訳で、ここをどうするつもりなのかが、何となく楽しみではあるのです。

とはいえ、例年のごとくそこまで期待はしていないので、熱心な視聴者になるかどうかは、ひとえに小野親子の活躍ぶりにかかっているといったところでしょうか(笑)。

  

北陸新幹線、小浜ルート仮決定についての雑感 

2016年12月17日(土) 1時35分
  
北陸新幹線の敦賀〜京都間のルートについて、いわゆる「小浜ルート」でほぼ決定したというニュースがありました。計画段階で紛糾していたこの区間については、小浜ルートのほかに、京都府舞鶴を経由するルート、米原で東海道新幹線と合流するルート、そして早い段階で脱落したらしい琵琶湖の西岸を走る湖西ルートの4つが候補に挙がっていました。

私はこの中ではもともと小浜ルートがもっとも合理的かなと考えていたので、今回の決定は少々意外でした。というのも、東北新幹線が青森まで延伸した際には弘前を経由するルートを、北海道新幹線では室蘭・苫小牧を回る経路を想定していて、いずれも見事にハズしていますので(笑)

小浜ルート推しの理由はいくつかありますが、ひとまず米原ルートと舞鶴ルートは、私のなかでは論外と思っています。まず舞鶴ルートについては、単純に遠回り過ぎます。北陸と大都市圏を結ぶのが目的なのに、わざわざ舞鶴1つのために北陸を遠くしてしまうのは、費用対効果に見合わないでしょう。もし舞鶴が高速鉄道をどうしても欲するのであれば、むしろ山陰新幹線を誘致すべきでしょう(実現はかなり困難でしょうが)。

米原ルートについては、建設費がかなり浮くというメリットはあるのでしょうが、ただでさえ超過密な東海道新幹線に北陸新幹線をさらに滑り込ませるなど、ちょっと無謀というものでしょう。首都圏のほかに仙台しか百万都市のない東北新幹線だからこそ、上越に山形に秋田に、そして長野・北陸と滑り込ませることが可能なわけです。

残るのは湖西ルートと小浜ルートというわけですが、後者が前者よりベターだと思うのは、途中駅の関係です。湖西ルートであれば1駅、小浜ルートであれば小浜〜京都間にもう1駅つくることになると思われます。

湖西ルートの場合、おそらく高島市内に「新高島」駅なりなんなり設けることになるのでしょう。高島市は水清く風光明媚なところで見どころも多く、個人的には観光にもおすすめのエリアなのですが、実際のところ京都から在来のJR湖西線に揺られていってもそれほど時間はかかりません。駅ができたからといって、新幹線で高島(湖西)に出かける人がどれだけ増えるかというと、ちょっと疑問です。

それに対して、小浜〜京都間には茅葺の集落が残る里山観光地として名高い南丹市美山町があります。「日本の農村の原風景」と謳っているだけあって山深いところにあり、現在のところ鉄道からも高速からも、いささか離れた場所にあります。ですが、小浜ルートは経路上この美山町を貫通することになるので、ここに新駅を設ければ、競合するもののない唯一無二のアクセス手段となることができます。

舞鶴ルートは主に地元自治体のほかに京都府が求めていたといわれています。ですが、上述の通り小浜ルートでも、京都府はじゅうぶん恩恵を被ることができるはずです。滋賀県には、私が「バケモノ電車」と呼んでいるJR在来線の「新快速」があるので、それほど新幹線が必要とも思われません。

以上の理由から、今回の北陸新幹線小浜ルートの仮決定は、妥当なのではないかなと思う次第なのです。

津波と初雪の11月第4週 

2016年11月27日(日) 20時48分
  
先週は福島県沖の地震に続き、東京では54年ぶりという11月の初雪が降りました。

仙台港では1.4mという高さの津波が観測され、大震災から5年が経過した今でもこれだけの余震が起こり得るということに驚きを覚えます。たしか震災当時は、10年ほどは余震が発生する可能性があると言っていたかと、ふと思い起こしました。

津波警報のサイレン、繰り返し非難を呼びかけるアナウンサーの強い口調、逆流する河川の映像、そして地震後の冷たい雪。いずれをとっても震災当時を思い出させるには充分で、胸が詰まってしまうのを禁じ得ませんでした。

被災地に住んでいたわけでも、まして住環境を失ったわけでもない私でもこうなのですから、東北沿岸部の方たちの思いは如何ばかりかと。そんなことを考えた一週間でした。

 

米大統領選のトランプ氏勝利に思うこと。 

2016年11月15日(火) 19時05分
 
ヒラリー・クリントン氏有利の下馬評をひっくり返し、大差で勝利したドナルド・トランプ氏の大番狂わせ。その逆転劇の裏にあるのは、メディアの調査では浮かび上がらなかった、相当数の「隠れトランプ票」であるといわれています。

なかでも興味深いのは、新クリントンではなくても反トランプであるとされる女性層や黒人層、新規移民層などでも、トランプ氏支持がクリントン氏支持を上回ったとする報道です。この点について、とくに女性の間ではトランプ氏以上にクリントン氏が嫌われていたとする見解もあるようですが、それは「トランプ氏は望まれていない」という前提に拘りたいがための無理手だと思います。

私はむしろ、男女平等や差別撤廃、あるいは世界平和などといったお題目よりも、自分の身の回りの生活が第一という切実な心情の現れではないかと考えています。”Love trumps hate(愛は憎しみに打ち勝つ)”とカッコ良く謳ったところで、それも他人に愛を分け与えられるだけの生活の保障があってこそ。「憎しみが愛に勝った」のではなく、「生活が理想に勝った」といえるのではないでしょうか。

では、このアメリカ国民の投票行動は、世界に恥ずべき特異なものかというと、私はそうとも思いません。すでにイギリスのEU脱退、いわゆる”Brexit”でも表出しているように、今や先進国の間にも実生活に対する不満が蓄積しています。首相制のイギリスやドイツでは、いきなりトランプ氏のような急進的な人物がトップに躍り出る可能性は低いですが、フランスやオーストリアのような大統領制の国では、次期選挙で極右政権が高い確率で誕生し得るともいわれています。

そして日本でも、太平洋の向こうの国の話では済まされない同じ状況にあると言えるでしょう。途上国からお客さんがやってくるたびに、国民のお財布から出たお金をお土産にポンと持たせて帰す。それで成果だとご満悦に語られても、共感できる人はどれくらいいるでしょうか?現状で日本が直接投票で政権首班を選ぶとなったとすれば、おそらくやっぱり橋下徹さんのような人が当選するんじゃなかろうかと思っています。

今回の米大統領選であぶりだされたのは結局、国民と政治、そしてメディアや知識層との間の乖離であると言えるのではないでしょうか。この点について、余裕のない国民の側が譲歩するのは不可能ですから、政治・メディア・知識層の側が、もっと世論の内面に目を向け、歩み寄っていかなければならないという警鐘であると受け止められるべきと考えています。

 

雑談テイスト、「雑感」カテゴリ追加のお知らせ 

2016年11月15日(火) 19時00分
 
気が付けば今年も年の瀬が迫ってきてしまいました。このところどうも更新が滞っていましたが、何故と考えると、ちょっと大きな記事を書こうと欲張りすぎていたのかなと感じています。近年は頻度を下げてでも、意見としてまとまったものをというベクトルでこのブログを続けてきたのですが、あまりにも放置では存在意義がなくなってしまいます。かといって、ツイッターのように短すぎる発言の羅列でも、個人の意見を披歴するツールとしてはどうかと思っているので、今後はその中間あたりの内容を「雑談」として発信していこうかなと考えています。

どうしてこんなことを急に言い出したかというと、先週のトランプ氏のアメリカ大統領選勝利がきっかけです。世紀の大番狂わせといわれる同選挙の結果については、もちろん私も思うところはあるけれど、偉そうに発言するほどの根拠も裏付けもあるわけではありません。そこで、あくまで雑感・感想というテイストで書いていく味を残していかないと、あまりにも牛歩なブログになっていますと考えた次第です。

なので、これからはそうした「雑感」カテゴリーの記事を増やしていこうと思いますが、こちらについてはそこまで確信をもって書いている訳ではないということをご承知おきいただければと思いますm(_ _)m

思えば、12年前のドイツ留学の際に、日々のよしなしごとを書き留めておくために始めたブログが、手を変え品を変え、こうして今まで続いてきました。その間、新たなツールとしてミクシィが現れ、スマホが普及し、ツイッターが登場し、NAVERまとめ形式が流行するなど、世の中の情報発信のありかたも絶え間なく変化し続けています。

そんななかで、(一応)試行錯誤を繰り返しつつも、中身はさして変わらず継続している化石のようなブログですが、今後ともお引き立ていただき、よろしく鞭撻いただければ幸いであります。

 

高齢者用電動カートの交通事故についての考察 

2016年09月21日(水) 0時04分
 
もう先月のことなのですが、高齢者用のいわゆる電動カートに乗った老人が自動車に追突されて死亡するという事故がありました。死亡した高齢者は道路の中央を走っていたということで、ネットのコメントでは当然ながら被害者が認知症だったのではないかという憶測が大勢を占めていました。

ですが、私はその事実だけでこの高齢者を認知症とみるのは早計と考えています。相応の老人であれば、誰でも電動カートで摩訶不思議なところを走りかねないものだからです。

どんなに「危ないからやめて」と懇願しても聞き入れてもらえないご老人、あなたの周りにもいませんか?私の近親にもいます。人というものは、歳を重ねると長い人生経験を基盤とした裏付けのない自身が高まっていく生き物のようです。さらには、視力や聴力が衰えることによって周囲の具体的な危険が目や耳に入りにくくなります。

結果として、「自分は大丈夫!」という頑固で絶対的な自身が生まれ、周りを顧みることがあまりなくなっていきます。中学生ぐらいのころに「自分は死ぬはずがない」と感じて行動するようになる時期があると聞きますが、まさに思春期のころに逆戻りしてしまうわけです。

そこへスイッチひとつでスイスイ動く電動カーに乗れば、機械に対する信用と安心から、自信はさらに増幅されます。「後ろから自分が轢かれたり追突されたりしてしまうかもしれない」などという推測は、つゆほども頭に上ってはきません。したがって、路側帯から半分はみ出ていようと、信号もない道路を横切ろうと、中央分離帯の上を走っていようとも、本人には危険だという意識は働かなくなってしまうわけです。

都市部の混雑した道路ではほとんど見かけませんが、地方に行くとこちらがヒヤヒヤするようなこういった方々に遭遇します。さすがに道路のど真ん中はまだありませんが、路側帯と道路本線の間をフラフラしながら走行している電動カートには幾度となく出会いました。

電動カートのご老人を見かけたときは、いつどこにハンドルを切るか分からないという気持ちで、常に緊張して運転しています。轢いてしまいたくなければ、残念ながら後方の運転者が気を付けるしかないのです。

この問題は、電動カートのハンドル操作も機械に100%委ねられるようにならない限りは、解決されないでしょう。ドライバーのみなさま、非都市部の道路を走行される際にはくれぐれもご注意ください!

  

スマホ人間工学 

2016年08月22日(月) 2時02分
  
世間の風潮には逆らえずスマホを持つようになってはや1年か2年くらい。今でもたまに忘れて家を出てしまうこともありますが、無いと焦るくらいには身近になりつつあります。とはいえ、スマホでは通話もメールもしないので、あくまで屋外のネット端末として使用しています。通話とメールは、未だにガラケーを通り越してPHSを愛用しております(笑)。

さて、そんなスマホをいじっていて、ふと気づいたことが1つ。小生は左利きなのですが、両手で使用する時はスマホを右手に持って、左手の人差し指で画面を操作することになります。片手で扱う場合は、左手に持って左手の親指を使います。右利きの方は逆に、右手の人差し指か親指で操作しているはずです。

で、文字入力の場合はあまり問題にならないのですが、画面を盛大に左右にスクロールするときなどに、自分が送りたい方向と逆に画面が動いてしまうことがしばしばあるのです。自分は右に画面を送りたいのに、なぜか左に動いてしまう、といった感じです。

これは何故だろうと考えると、あくまで推測ですが、右利きの人を念頭に置いた人間工学が埋め込まれているのではないかと思い至りました。

人間が指を左右に動かす場合、真横に直線を描いて動かすことは、実はかなり困難です。指の付け根ないし手首またはひじのあたりが支点となるため、これを中心にどうしても弧を描いてしまいます。

たとえば右手の指で右から左にスクロールさせようとすると、どうしても左下にやや下がる形になります。逆に左から右にスクロールさせる場合には、右上にやや上がることになります。これが液晶プログラムに組み込まれていると考えると、左右の動きプラス下に指が動いていれば左スクロール、上に動いていれば右スクロールと判断していると推測されます。

ここで、左利きの場合はこれが逆になりますので(さっきから逆、逆と煩いですが^^;)、左から右へ指を送れば下がり気味になり、右から左に指を動かすとやや上に向くことになります。したがって、本人は右へスクロールしたいのに左へ動いてしまうという現象は、指の軌跡が下がっているために右利きの人が左へスクロールしようとしていると誤って判断されてしまっているのではないかと、勝手に推し測っています。

もしこれが正しければ、スマホ液晶は人間工学についてかなり突きつめられた、日本らしい素晴らしい技術であるといえるように思います。反面、小生のような左利きの人間には少々問題が生じてしまうわけで、せっかくですから「右利き」と「左利き」で切り替えができるようにしていただけると、さらに扱いやすくなるのではないかと考えている次第です。

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