社台に見放されキズナでの復帰まで
2014.05.19 [Mon] 16:24

競馬といえば何?と漠然とした質問を様々な人に聞いたとしたら、競馬ファンならば様々な応えが返ってくるでしょうが、あまり競馬に詳しくない人であれば、オグリキャップやディープインパクト等、競馬メディア以外でも大々的に扱われた名馬や、武豊と答える人がほとんどではないでしょうか?
ましてや、騎手に限定したら、武豊以外の騎手を知っている方などほとんどいないのではないかと思います。

そんな知名度も圧倒的に高い武豊、なぜ武豊が知名度が高いかといえば、圧倒的な勝率に勝ち数、愛嬌のあるルックスで若い頃からずっと活躍していたからですが、ここ数年低迷がずっと続いていました。

その理由としては現在競馬界を牛耳っていると言われる社台グループに見放されたことから有力馬への騎乗機会が圧倒的に減ってしまったためと言われています。

元来、武豊と社台グループは密接な関係を築いていました。そんな社台グループからなぜ武豊が嫌われることになってしまったのでしょうか?

はじまりは社台グループの生産馬で有力馬であったヴィクトワールピサの凱旋門挑戦での出来事。20頭立てで行われたレースで馬群にもまれたまま7着でのゴールといいところがひとつもなかった武豊のレースからはじまり、その年社台生産馬に乗る武豊が立て続けに不調を出しました。

デビューから20数年、不調なレースは少なくないけれど、不調がこれほど長く続くことがなかったことから、社台グループから「武豊の時代が終わった」と判断されることになったのでしょう。

とはいえ、そもそもヴィクトワールピサの凱旋門挑戦自体が、その年の3月に受けた骨折からの復帰直後ということもあり、勝負勘が取り戻せないままに迷走してしまった結果と言えるのではないでしょうか。

それから数多くの有力馬を抱える社台の生産馬に騎乗することができなくなった武豊はものの見事に勝率を落としていきます。

1990年〜2009年の間にリーディングジョッキーを逃した回数が3回でその内2回は年間2位、14位となった2001年は長期海外遠征のためほぼ国内のレースに出走せず、といった状況ですから、まさに圧倒的強さを誇っていました。

ところが、2010年は怪我の影響があるため14位としょうがないのですが、2011年16位、2012年19位、2013年8位と武豊としてはありえない成績を残してきました。

競馬ファンとしては社台との問題があるから仕方ないと思っていたものの、本当に力を失ってしまったのではないかと思った方もおおいのではないでしょうか?

そんな中、キズナでの騎乗で2013年ダービーを抑えた武豊の勝利者インタビューは忘れられません。
「本当にきょうはキズナを応援していただき、ありがとうございます。そして“僕は、帰ってきました!」

武豊は終わったと言われていたのは当然知っていたでしょうし、それに悔しい思いもしたでしょう。
このレースで、まだまだやれるぞ、ということを示したのではないでしょうか。

キズナとのコンビはまだまだ続きますし、2014年春天皇賞でキズナは故障した中4位になってしまいましたが、怪我が治ったあとはもっと成績を残せる馬でしょうし、武豊もまだ終わっていない。

ジョッキーとしては若く無いとはいえ、より一層の活躍を期待しています!

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