got a new call 

2006年10月29日(日) 11時38分
Coming back to JA got a new call.

Please note and will be glad to meet you again soon.

de JE1RZR

UK/JI2MED CL 

2006年07月23日(日) 17時18分
思い返せば2000年8月、事務所の立ち上げのため一人でタシケントに赴任して以来、はや6年弱の月日が流れました。妻と知り合い、娘が生まれたウズベキスタンをこの25日に離れます。無線は2001年2月からオンエア。コンテストを含め、のべ3万6,000局あまりと交信しました。ざっとCWが7割強、残りがSSBほかデジタルモードでした。

JAの方々とはお空の上で、またブログを通じて、本当に多くの知り合いができました。ウズベキスタンをはじめ旧ソ連のハムとの交流も大変印象に残るものでした。自作機を作った時はトラブルシューティングのためメーリングリストで最後まで教えていただいたり、部品をタシケントまで届けていただいたこともありました。そうして出来上がったQP-7とダイレクトコンバージョン受信機のトランシーバで初めて交信できた時の感動は忘れることができません。

いつぞやのハムフェアではeQSO経由で会場の方とCWで交信しました。翌年のハムフェアでは一時帰国にあわせ実際に会場を訪れ、大変な刺激を受けました。数10メートルのビニール線の被覆をカッターナイフで取り、大雨の中、一人でクワッドをあげた苦労も、今となっては懐かしい限りです。ご近所さんとのTVIをめぐるトラブルもありました。

思わずニヤリとさせられる電信の英文平文でのQSOや、コンディションに恵まれ思いもかけず長話となった2WAY QRPのQSO、ギリギリのコンディションでなんとか成立したスケジュール、蒸し風呂のようなシャックでひたすらPCにログインしつづけたコンテスト、お互いの健康を祈りながらファイナルを交換した海外のJA局同士のQSO、ヨーロッパやロシアからの無秩序なパイルアップ、エトセトラエトセトラ。

QSOしていただいた皆さん、ブログをご覧いただいた皆さん、アイボールしていただいた皆さん、いつも惜しみないサポートをしてくれたタシケントのハムの皆さん、そして何よりも、趣味に没頭する夫を黙って見守り、常に最大の理解を示してくれた妻に、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。次はJAのお空でお会いしましょう。

いよいよ。。 

2006年07月11日(火) 17時24分
アンテナ撤去の日取りが決まりました。軍用アンテナ伸縮マストはUK9AAフョードルにプレゼントすることにしました。彼の別宅シャックで引き続き活躍してくれることでしょう。16日の日曜日に引き取りに来る予定です。したがって、UK/JI2MEDも事実上15日までの運用となります。

K2再生! 

2006年07月10日(月) 21時43分
エレクトロデザインさんからK2とKPA100の修理が完了したと連絡がありました。誘導雷にやられたと見られるK2はファイナルのTrのうち一つがショート、KPA100はリレーのひとつを半田ごてを当てて溶かしまったことによる不調だったそうです。

修理代も勉強していただけるそうで恐縮してしまいました。木下社長、本当にありがとうございました。

修理が完了したことはもちろんですが、原因が判明したのがうれしいです。と、同時に自分ではリレーの不調を最後まで見つけられず、技術力のなさを痛感しました。

帰国後は元気になったK2でオンエアするのが楽しみです。KPA100は新規に開局するまで、もうしばらくお預けです。

フルーツ天国 

2006年07月05日(水) 17時21分

一日の寒暖の差とさんさんと降り注ぐ太陽のおかげで、ウズベキスタンの果物は本当においしい!!

紫色はスモモ、日本のと同じ桃、そして小ぶりのオレンジ色はアプリコット。どれも甘味がギュッと詰まっています。アプリコットは今までそんなにおいしいと思わなかったのですが、今年は特別に美味い。そこらじゅうに生えていて、子供が石を投げて落としてはおやつにしています。バザールでもキロ数十円。

リンゴはいまひとつ、私は日本の「かじると歯茎から血が出るような」固いのが好きです。

スイカやドゥイニャ(ハミウリ)も出回り、食後のデザートとして娘も大のお気に入り。

「日本帰ってまったら、もう食べれーせんで。今のうちにぎょーさん食べたってチョーよ」

外野がとやかく言うことではない、と? 

2006年07月05日(水) 16時50分
午前中はUNDP主催の Tax reform in Uzbekistanというプレゼンに出席してました。商工会議所会頭や経済省次官なども出席。ウズベキスタンのような計画経済から市場経済への体制移行国では、少なからずこの税体系をはじめとするLegislative issueが問題となっていて、国際機関や二国間のバイで支援が行われています。日本もJICAが法整備支援の専門家を派遣して協力しています。

ウズベクの夏 

2006年07月04日(火) 22時07分
今日は日中気温が38度まで上がりました。その時間に外出しましたが、やはり暑い。激辛のカレーのようなストレートな暑さ。

湿度がないので日本の夏よりは楽ですが、日射病・熱射病には要注意。観光で来る人は、あれも見なきゃ、これも見なきゃと、知らず知らずのうちに体力を消耗します。

夜は気温が25度くらいまで下がり、風が通ると快適そのものです。

ガレージセールとBBQ 

2006年07月03日(月) 12時48分
帰国も近づき、余ってしまった日本食品や日用品、日本から携えてきた蔵書の類を知り合いの在留邦人へ放出しました。
よーい、ドン!皆さん目の色が違います。。。

プロフに思う 

2006年07月03日(月) 12時35分
知り合いのウズベク人の娘さんが嫁がれることになり、そのお祝いのプロフに行ってきました。プロフというのは羊とニンジンの炊き込み御飯で、ウズベク料理の最も代表的なものです。ウズベキスタンでは冠婚葬祭、ハレの日にプロフは不可欠です。

プロフ。上に乗っているのは羊の肉と脂肪。

2006年も半分が過ぎ 

2006年06月30日(金) 23時24分
ついこの前新調したと思った手帳が、もう折り返し地点。そしてこれから加速度的に時間が経つのが早くなることが目に見えている。

にもかかわらず、相変わらず机の上は散らかり放題だし、やらなきゃいけないと分かっていることも、なかなか手がつかない。夏休みの宿題は8月25日を過ぎてから取り掛かる悪癖が残っているせいでしょう。

引越し、引継ぎ、新しい仕事。。。面倒くさいことは置いておいて、想いを巡らせるのは新居となるであろう、築30年以上の狭い公団アパートの寮に、いかにシャックとアンテナを設けるかばかり。

そうそう、入院中のK2との対面や、国内某所への家族旅行もワクワク、楽しみ。今回はCWのできる相棒も忘れずに。大学時代と就職後の東京勤務時代には、アクティビティゼロだった自分を本当に不思議に思う今日この頃。