ハロー 

February 11 [Wed], 2015, 22:48
見てくれているあなた
ありがとう。

華と詩(うた) 

May 20 [Wed], 2009, 23:54
詩を「うた」と読むのが好き。

先輩とかなよさんの講義で、
ワークショップで詩を作った。

二人一組になってお互いの何か大切なものを一つ、
交換してそれをみながら、
詩をつくる。

自分は名刺入れを、一緒に組んだ女性からは携帯電話を。

取材もOKだったけど、
自分はあえてせずに、
ディスプレイがシンデレラ城であることを教えてもらった。

相手も一つか二つの質問で終わり。
名刺入れに入っているものを見ていいよ、言って渡す。

発表するとき、
びっくりするぐらい緊張している自分に驚く。
相手の女性に告白をするんじゃないかってぐらい緊張していて。

膝がガクガクしてた。

彼女が作った詩は素敵だった。
彼女の名前も素敵だった。

最後にお互いが書いた詩を交換する。

許可ももらったのでお互いの詩をのせる。



きくなら木ぼりのリスに さく わたし


傷の少ないボディはキレイな赤

ディスプレイは赤色に照らされたシンデレラ城

そこにきて素朴な木ぼりのリス

リスよ

持ち主はどんな人なのかわからないよ

情報は赤と城とリス

赤が好きなのかい?

ワインが好きなのかい?

リスよ

大切にされているのかい?

そもそもリスよ

君はどこからきたんだい?

どうしてそこにぶらさがっているんだい?

木ぼりのリスに赤いボディと赤い城

城の下には"Eメールあり"

リスよ

メールだよ

誰からだい?

リスよ

君の持ち主はどんな人なんだい?

クルミばかりたべてたらわからないよ。





名刺入れ さく 華


くたっとした皮

毎日彼と一緒にいるのであろう黒い皮

中にはたくさんの名刺

彼が今まで出会ったのであろうたくさんの人の名前

それは、手にもつとすごく存在感がある

ずっしりとした厚みがある

私より7つ年上の彼

今までどれだけの人と出会い

どんな日々を歩んでるのだろう

かなよさん 

May 20 [Wed], 2009, 23:25
先日、明治学院大学の授業に出て、
話を聞き、詩を作った。

明学の講師が先輩(ブログでは先輩とよぶ)で、
ゲストが一昨年から先輩経由で知り合った詩人の方。

上田假奈代さん 

闘う詩人、詩業家
ブログ:日々。生きる現代文学
http://booksarch.exblog.jp/

自分から見るとアーティスト以上に、
ウォーリアー。

ことばに魂と意思を吹き込むことができる人なんだと思った。
とてもとても素人意見でおこがましいけど。

話をしたり、ことばを聞いていると、
なぜだか分からないけどいつも泣きそうになる。

ことばに魂をのせるとこころの一番弱い部分に響くのかもしれない。

かなよさんの大阪での活動も、日々の闘いも、
自分を奮い立たせてくれる。

早く、できるだけ早く、
私はこの人たちと同じ土俵で。
闘える戦士になりたい。

先輩とかなよさんのやり取りを見て、
このときに書いたメモ。


そばにいるすごい人が

遠くのすごい人と話をしている

それを多くの人が聞いている

ときに熱が、ときに線が、ときに言葉が

浮いて、落ちて、響いている

普段もそうだけど

今日この熱も空気も時間もが

やっぱり作品なんだと思う

作られた頭 

May 13 [Wed], 2009, 22:34
先日帰宅すると、

同居人の部屋の前に帽子をかぶった丸いものが落ちている。
先日、同居人が手がひらひらと出していたところに。

普段、玄関に出ている靴の数で、
同居人が居るかいないかをまず確認している。

この日も、靴が一組ないので、
同居人はどうやら外出しているのだと思った。

ところが、ふすまの前に丸い物体ににっとの帽子をかぶったものが、
落ちている。

あたま?にしては小さすぎる。

え?もしかして驚かせたかったの?

横から見ると、少し開いているふすまの前に、
フットサル?のボールにニットの帽子が被されている。

はっきり言ってネタなのか、
偶然なのかわからない。

一瞬気味が悪く、その後失笑というもので、
狙いが曖昧でどうしたらいいのかわからない。

彼はいったい何がしたかったのか。
それとも偶然か。

偶然にしてもボールは帽子被らないし。


その後、「あれ、どうでした?」

とボールを持って聞かれ、

「別に」

といった返答を返すと、

「せっかく、作ったのに」

と言っていた。

相変わらず奇妙な行動の同居人。

それでも話し相手がいてうれしい。

やっぱり狙ってたんだ。

ケジメと甘え。腰痛と睡魔。同居人はもさっとしていた。 

May 12 [Tue], 2009, 13:50
最近ひどい腰痛で、
まるでおじいさんのような声が出たりしながら椅子から立ち上がる。
「よいっしょ」はまだいいほうで、「ふがぁつ、うえっ」
と顔をゆがめて声を発しているから、
周りが怪訝な表情をしてこちらを見る。

自分としては仕方がないと思っているので、
気にしないが、なんにしても動きが悪い。

高校の特に腰を悪くして以来、
何かにつけて足を引っ張る腰痛だけど、
腹筋、背筋を鍛えて安定させるしか方法がないので、
筋トレをするんだと思うと気が滅入る。

悩まされているのは腰痛だけでなく、
またこの季節特有だが、
眠気が取れない。

ぐっすり寝ても眠気は取れないし、
ぐっすり寝ないと今度は寝たら起きられない。

ついに昨日自分が就職した後の夢を見て、
大寝坊の大遅刻をする夢を見た。
あまりにリアルで、汗をかいていた。
こんなことじゃあ社会人になるなんて出来ないのかもしれないと思った。

あまりに気持ちがいい。
この季節がとても好きだけど、
もうすでに暑くなってきている。

こんな春の陽気に今日も同居人は夜勤明けで、
大変眠そうにしながらも慌てて家を出て行った。
あまり言葉を発しないので、
ジャングルでぬっと現れる大男を髣髴とさせる。

もさっとした感じで、
会話を二言、三言交わしてあわただしく家を出て行った。

その後、先輩と電話でプロジェクトの申請について話をして、
その後、畑の仲間と用件で電話。

最近先輩や親しい仲間に気にはして、
気をつけているつもりだったが、
甘えが出ているようで、
よくお叱りを受ける。
付き合いが長くなるにつれて、
糸がほつれることはよくあることだから、
目的のために粛々と関係を良好にしておくことが大切。

気心がしれても、
ケジメとメリハリをしっかりしなければいけないと、
改めて自覚し、戒めとして先輩からのメールを読み返す。

奇妙な生活と奇妙な同居人 

May 11 [Mon], 2009, 1:18
これをあいつが見ているかと思うと、
また調子に乗られていやだなぁと思うが、
まあ、記録をつける。
書かなければ始まらない。

四月から大学に残り、
あまりに家賃が高く、狭く、使い勝手の悪い部屋から、
極貧生活を覚悟して引っ越す。

知人の伝で部屋を安く借りることが出来たが、
3LDKのシェア。

昔はシェアなんか考えられなかった。
赤の他人と生活をともにするという感覚がまったく理解できなかった。
でも、なれや訓練は恐いもので、
畑に行くようになってからあらゆるハードルは下がった。

生活も意外と時間的にすれ違いが多く、
ストレスを溜め込むこともない。

自分よりだいぶ若い青年で生活力もまだまだだと思うが、
そもそも自分もだらしがないところがあるので、
自分に対してもいいメリハリになっている。

一人暮らし生活が7年目になると思うと、
ずいぶんいろいろとできるようになったと思う。

ただ、やはり一人は寂しいもので、
いろいろ出来ても話し相手がいるのとでは違う。
誰かと住むというのはいいものだと改めて感じた。

私が帰ってくると、
彼は自分の存在をアピールしたいのか、
ふすまを少し開け、
玄関から見えるところに手を出しひらひらさせる。

見た目気持ちが悪いのだが、
いますからと無言で訴えられているようだった。

リビングに隣接している彼の部屋だから、
リビングまで入れば隙間から彼の部屋が見えそうになる。
すると、すっと手を引っ込めてふすまをしめる。

いったい何がしたいのか。

家を早く出るときも、
じゃあ、先出るからと声をかけると、
手がひらひらと出てきて、
無言のいってらっしゃいをやっている。

あまり話すのが恥ずかしいのか、
黙ってればクールでかっこいいと思っているのか知らないが、
自分も相当変だが、
奇妙な同居人と奇妙な生活を四月から送っている。

静かに時は経ちにけり 

May 08 [Fri], 2009, 11:35
生き急げども 行き急げども

あっ。
気づいたら5月である。

桜は散った、緑が映える。

いろいろ大変だったと理由をつけて本を読まない、
忙しいと言って本を読まないのは、
本を読む気がないからだよ。

昔付き合っていた人の明言。

きっと今は、
私:忙しくてブログかけませんでした。
昔付き合っていた人:書く気がないからだよ。
こういうだろう。

ちくしょう。
そんな気分でこっそりテラスから。

昨日は午前から昼過ぎまで、
用事を済ませて夜から(途中仮眠あり)、
今の今まで編集作業。

作業場は人の家なので、
住人が帰ってきたり仕事に行ったりしている。

編集作業といっても、
下っ端の打ち込みと文字校。
それでもなかなか時間がかかってはじめて使うソフトに苦戦しながら、
自分の技術へと変えていく。
こうしていろいろと身につけていくんだと思い、
状況や環境の教育力を知る。

途中住人と話をしたり、
息抜きにリラックマと話している先輩を見て心を和ませる。

いろいろな人に気をかけられながら、
成長していける環境にいることに感謝しながら、
一人残されたテラスでしみじみと感動。

与えられるばかりでは駄目だと、
同居人や指導係を任された大学一年生や家庭教師の中3の教え子を想う。
もっと厳しくしよう。

学校、そして教育の意味が問われる 

March 11 [Wed], 2009, 15:15
畑で共に働くハルヒコが4年の在学を経て、
単位習得が出来ないために卒業が出来ないと言われている。

はじめからわかっていたことなのであれば、
そもそもでは、なぜ4年前にしっかりとした取り決めがなされなかったのか。
負担するのも、これからの人生を背負っていくのも、
本人や家族、また、それを支える人たちである。

その支える人たちの中には、
仕事で教育に関わる、学校に関わる人たちは入っていない。

なぜか、仕事であるが故か、
法律、決まりがそうさせているからか、
面倒だからか。

そもそも学校が存在する意味、
教育が存在する意味はなんであるのか。

今、問われた存在意義は、音を立てて崩れていくような気がする。

以前も書いたが、教育の存在はその意義はなんであるのか。
そもそも排除構造を作り出す装置ではないのは確かだと思う。

小学校で、中学校で、高校で、大学で、
それ以外の教育機関がめざすものはなんであるのか。

国や政府がめざす主張を受け入れることは、
是とも非とも言わずに状況を受けいれればいいだけである。
教育の場で、その自由がないのであれば、
常に状況を受け入れることになるからである。

はっきり言いたい。
彼に対するこの処遇は当然教育として、
学校として非なることである。

自治は人、国も人であり、
彼はその人である。
民主主義の多数決でことを済ませるだけなら、
平等も正義も語る言葉はない。

もっと共に生きること、
共同、共生の意味を教える前に、
考えたほうがいいし。
さらに言えば、考えるまでもなく、
行動にしめして欲しい。

私たちは問い直さなければならないものがある。

追伸 友達と仲間 

March 11 [Wed], 2009, 15:05
あとは、友達のような馴れ合いは、
仲間に非礼しかねない。

マナーを守ることで相手に敬意を払えれば、
それがいいと思う。

馴れ合いが相手への非礼を招かないように、
自分の通したい筋はそこだと思う。

友達と仲間 

March 06 [Fri], 2009, 23:44
納得してくれる人は少ないかもしれない。

でも、友達と仲間を私はまったく分けている。
区別している。

当然、人の営み、集まりであるから、
友人関係になったり、何かを成し遂げる仲間になったり、
様々な人との関係は生まれると思う。

自分にとって明確な線が引かれたのはやはり、
学校の友人、サークル、部活の友人、仲間であるのか、
または、社会における活動での仲間かという点にある。

当然、仲間が友人となる場合もあるし、
その逆もまた然りであると理解している。

特に友人が仲間になるなんてことはよくある。

ただ、自分にとって仲間が友人になるということは、
非常にハードルの高い、むしろ敷居が高いものになっている、
むしろ意図的にそうしている。

こう言うぐらいなので、
仲間から恋愛感情の発展なんていうものは、
自分にとって(別に他の人は好きにすればいいと思う)、
あってはいけないものになっている。

すべては意図的に。
なぜかを数日前に問われた気がするので少し整理する。

そもそも、自分にとって価値判断として、
重きが置かれているのは、
友人ではなく、仲間にある。

経済上における仕事の上での同僚などは、
金銭を基盤として形成した仲間であり、
そこに意思の有無は二の次になる。
先ほどから述べている仲間とは、
そういった意味での仲間をさしてはいない。

むしろこういった関係は割り切ってつながっていける、
その心の冷静さ、冷徹さぐらいは持っている。

では、なぜ仲間なのか。
そこには、金銭での基盤を持たない、
純粋な意味でのボランタリーの状態の中で、
社会における課題や問題に対して、
理解を共有し、しごとの分担して、
時に共に戦う仲間となるからである。

その中に妥協を生み出したくない、
仕事しての質を保つということが必要だと考えるからこそ、
馴れ合いなんかしたくない。
高い次元で勝負する仲間として、
切磋琢磨する相互の関係を維持したいと思うからである。

ジェンダー的にはなかなか理解されないかもしれないし、
むしろ、それが男であるからと述べることに問題があるのであれば、
一つの思考傾向としてみるべきなのかもしれないが、

自分は、私たちがただ単に存在できないと思っており、
ときに戦う仲間が必要であり、
そのときには苦楽を共にし、
面白いことには笑いあい、
うまい飯や酒を酌み交わす仲間であってほしいと願うからこそ、
下手な馴れ合い、同情でのつながりであってほしくないと思っている。

友人なら許せることも、
仲間では許されないことがあると思っているのは、
排除の構造を生み出すかもしれないが、
それでも、高い次元で存在していたいと思うことで、
仕事の質を保つことができるなら、
友人と仲間を分けるということを
自分は強く意識していこうと思う。

意味を見出そうとするから動くのであって、
その基礎、基盤を基にするから意味をくみ上げられるのであって、
その意味が消費や、個人主義に向かうのであれば、
それはもはや社会に対する行為ではなくなってしまうと思うから。

そんな感じなのかな?
だから、しごとはしごと、
遊びは遊び。
でも、壮大な意味でこのしごとは大きな遊びなのだと思う。
だってすげー面白い。

だから、いつも誘ってくれる友達に悪いなぁーと思いながら、
私にとってのしごとを続ける。
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