友人に誘ってもらい、
横浜美術館の「束芋 断面の世代」を観に行って来ました。
音と色彩とコマ送りのアニメーションで綴られる世界は、
ちょっと不気味で懐かしくて、ざらりつるりとした触感。
ぞくぞくと楽しい時間を過ごしました。
まだの方は、是非、足を運んでみてください。
たぶん昭和50年代、1970年代生まれの人なら、
「ああー、なんかこの感じ、なんかわかる・・・」となるかも。
束芋さんの作品を観た後、常設展示館へ移動。
とある作品をみつけました。
椿君之肖像。
作者は誰だか忘れたのですが、どうやら友人の「椿君」なる人物を
油彩で描いたものらしいのですが、肝心の椿君は、モデル慣れを
していないらしく、みるからに汗だく張り切りすぎテンパリ気味の表情。
突然、友人に西洋画のモデルを頼まれ、
「描いている間はなるべく動かないでくれ」と言うのを真に受けて、
呼吸すら我慢していたのでしょう。
きっと、生真面目で、写真と絵画は正面から写してもらうもの!!という
思い込みの激しい青年だったんだろーなー。
そうやって観ていると、日本の西洋画初期の頃って、なんとなーく、
モデルとなっている人々がみんな覚束ない顔だったり、テンパってたり。
「え!?なに、私が西洋画のモデル!?何、どうすればいいの!?
何もせんでいいの?本当に?ちょっとまだ動いたらイカンの?
え、まだまだ?どれどれ、私にも見せて・・・え、動いたらダメ?
はーあ、あほくさ、やってられんわ。あーしんどくさ・・・」
って感じがビシビシと伝わってきます。
掛け軸に、西洋画を製作してる人とかもいて、
そこには、眉間に皺を寄せた老女の正座している絵が描かれておりました。
「頼むよー、おばあちゃん、二時間くらいだけだから・・・。
ほかのみんなは忙しいだなんだって、ぜんぜん相手してくれないんだ」
って、おばあちゃんを説き伏せて、モデルになってもらったんだろうね。
***椿君之肖像について***
ググッてみたら、椿君之肖像、かの岸田 劉生さんの1915年の作品でした。
麗子像の高名画家さんですね。
ちなみに、この椿君、岸田劉生さんのお弟子さんで、椿貞雄さんという画家。
じゃあ、もう、あれ、
「先生!!ぜひ私を描いてください!!」という興奮のための表情だったのか。
名のある評論家さんあたりは、こぞって椿君之肖像の生命の躍動が云々…とか
褒めちぎっておりました。
ははは。