4月に読んだ本

May 02 [Mon], 2011, 0:28

イデオロギーとユートピア/カール・マンハイム
青い花/ノーヴァリス
脳はいかにして“神”を見るか/茂木健一郎
図解雑学 仏教/廣澤隆之
インド哲学 七つの難問/宮本啓一
まともな人/養老孟司
朝には紅顔ありて/大谷光真
行人/夏目漱石
あなたへの社会構成主義/ケネス・J・ガーゲン
ドリアン・グレイの肖像/オスカー・ワイルド
ロードサイド・クロス/ジェフリー・ディーバー

読み途中

ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか/入不二基善


漫画

彼女のひとり暮らし 1巻/玉置勉強
テルマエ・ロマエ 1〜3巻/ヤマザキマリ
銃夢 全9巻/木城ゆきと

戦後、日本で行われたこと

April 29 [Fri], 2011, 21:09
内村鑑三著「代表的日本人」では、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮の五人が取り上げられています。
ケネディもこの本で上杉鷹山を知り、尊敬していたようです。もちろんこの5人だけが日本を代表する人物な訳ではなく、誰もがこの何倍もの偉人や聖人を思い浮かべることができるかと思います。

日本には、数多くの尊敬すべき人たちがいました。そして昔の日本人の高潔さ、偉大さを思うにつけ、戦後日本人が失ったものの大きさを無念に思います。

なぜ日本人は変わってしまったのでしょうか。

日本人の精神を荒廃に追いやったのは、戦後の日本弱体化計画でした。

日本弱体化計画の中心になったのは、GHQのユダヤ人たちでした。しかし皮肉なことに戦前の日本が彼らユダヤ人の理想とする国であったことを知るに及び、その日本精神を破壊してしまったことを後悔し、日本人が昔の心を取り戻すように願ったのも彼らなのです。

ユダヤ教の長老(ラビ)、モルデカイ・モーゼはGHQで日本弱体化計画を立案した一人ですが、
その著書「日本人に謝りたい」で自らの過ちを深く詫び、戦前の日本精神に立ち返ってほしいと訴えています。

同じくユダヤ人のマーヴィン・トケイヤーは、「日本人は死んだ」他で、かっての日本人の姿に深い敬意を表すとともに、日に日に心を失ってゆく日本人に対して、限りない無念の思いを述べています。

著名なコラムニストであり投資アドバイザーであったマイケル・アームストロングは、「米国の対日戦略の真実」で、ルーズベルトが日本を戦争に引きずり込むために仕掛けた様々な罠について述べており、日本の戦争を、自衛のための戦いであったと位置付けています。

今回の記事は、日本人としての独善を避けるため、この3人が書いた本、そして、85人の外国人識者が語る連合国批判「世界が裁く東京裁判」を参考にします。

・・・・・

日本はドイツと違ってポツダム宣言を条件付きで受諾したにもかかわらず、マッカーサーは日本が武装解除した途端に、あたかも無条件降伏をしたかのように服従を命じました。

「連合国はいかなる点においても日本国と連合国を平等とみなさないことを、日本国が明確に理解するよう希望する。
日本は文明諸国間に地位を占めることを認められていない。敗北せる敵である。最高司令官は日本政府に命令する。交渉はしない」

日本弱体化計画のために行われたのが3S・5D政策でした。

3S(スリーエス)政策とは、スポーツ・セックス・スクリーン(映画)に夢中にさせることによって、日本人を短絡的、享楽的にさせる政策です。スポーツの中には、パチンコや競馬などのギャンブルも含まれています。

5D政策とは、非工業化(Dis-industrization)、非軍事化(Dis-miritarization)、非集中化(Dis-centrarization)、非民俗化(Dis-nationalization)、民主化(democracy) です。

非工業化政策により、自動車やアルミ、ニッケル、マンガン製造に到るまで、軍事への転用を恐れて解体されました。
非軍事化は、憲法に戦争放棄の条文を入れて確実なものとしました。

戦争が悪であることは言うまでもありません。しかし、悪人がいれば警察が必要だと考えるのに、なぜ諸外国の横暴に備える軍隊を否定するのでしょうか。「日本が戦争を放棄しても、戦争は日本を放棄しない」との言葉もあります。

現在の憲法は、ケ−ディス他3人のユダヤ人によって、ワイマール憲法を下敷きにわずか2週間で作られたものですが、
占領国によって被占領国に恒久的憲法を押しつけてはならないとの国際法を無視したものです。
ちなみにドイツは占領軍の憲法を占領基本法と認識し、独立を遂げたあとに自主憲法を制定しています。

非集中化によって財閥は解体され、全国を統括していた警視庁は東京だけの管轄になりました。現在の警察庁との軋轢はこの時に生じたものです。国家管理であった電力は、全国9つの電力会社に分割されました。

非民俗化(dis-nationalization)は3S政策と併せ、日本的精神を破壊するためのもので、民族的歴史教育を検閲し、武道を禁止し、歴史上の英雄を否定しました。

民主化(democracy)によってアメリカ流のデモクラシーを押し付けられ、日本人は権利のみを主張する国民となりました。
天皇を戴く日本の歴史は、民を主体に考えるデモクラシーでしたが、階級闘争史観を持ち込むことによって、権力による搾取や封建支配の歴史に置き替えられました。

欧米流の考え方に和の精神は無く、権力による「支配するもの・支配されるもの」、という二元論でしか民主主義を捉えることが出来ず、欧米人にとって、日本的な君民共治の世界があるなどとは想像もできなかったでしょう。

・・・・・・・・・・

3S・5D政策を実行するために、昭和20年9月、GHQは検閲指針を発表ました。

1.連合国最高司令官への批判。
2.極東国際軍事裁判(東京裁判)への批判。
3.連合国最高司令官が日本国憲法を起草したことへの批判。
4.検閲制度にたいする言及。
5.アメリカ対する批判。
6.ロシアに対する批判。
7.英国に対する批判。
8.朝鮮人に対する批判。
9.中国に対する批判。
10.他の連合国に対する批判。 
13.連合国の戦前の政策の批判。
20.大東亜に対する宣伝。
22.戦争犯罪人の正当化、弁護。

この他にも17項目の検閲指針があり、ポツダム宣言で「言論の自由の尊重」を謳いながら、これらは検閲制度への批判を禁じた上で実施されました。

大東亜戦争は欧米列強からアジアの植民地を解放する戦いであると位置づけていましたが、東京裁判とそれに続く洗脳政策により、大東亜戦争は太平洋戦争と言い換えられ、欧米列強が正義に、日本が悪となってしまいました。
見事に光と影を反転させたのです。

厳しい検閲に慣らされた日本の政治家やマスコミは、正しい発言や報道をする勇気を失い、現在も反日政策を実施する中国や韓国に対して、何らの反論もできないままです。
中国や韓国が日本の侵略戦争を言いたてるのは、それが国益に繋がるからなのですが、日本人が真実を知らないままそれに同調しているのが残念です。

無条件降伏をしたドイツは教育権を死守しましたが、日本は戦前からの心の教育を禁じられ、○×式教育を受け入れ、さらに日教組の支配が強まるにつれ、教育は崩壊して行きました。

モルデカイ・モーゼは、「強大な超国家的勢力による心理戦が行われており、それは人間獣化計画を行うものである」との言葉を紹介しています。

「人間獣化計画」とは、
愛国心の消滅、悪平等、拝金主義、過度の自由、道徳軽視、3S政策、事なかれ主義、無気力、無信念、義理人情抹殺、俗吏俗僚の横行、否定消極主義、自然主義(本能への回帰)、刹那主義、国粋否定、享楽主義、恋愛至上主義、家族制度破壊、民族的歴史観否定などです。

現在の日本の有り様そのものです。

・・・・・・・・・・・

マイケル・アームストロングの「日本人に感謝したい」の最後に、日本への警告として驚くべきことが書かれています。
この本は1881年に出版されたものですが、
「国際金融資本は1980年代の後半にかけて突然トリックを仕掛けて日本を襲うだろう。そのショックは空前絶後の経済ショックとなる」
と書かれているのです。

この警告の意味がバブルの仕掛けであったことが、今にしてわかります。
バブルが国際金融資本によって仕掛けられたことは、その後明らかになっています。
日本の工業力が世界を圧倒し、アメリカ経済が凋落して行く中、死角の見えない日本経済の生命線であったのが金融でした。

バブルの仕掛けとして、国際金融資本は丁半博打のように、上がる下がるだけを売り買いする裁定取引を認めさせ、さらにコンピュータによるプログラム売買を認めさせました。
これがどのような意味を持つのか、当時想像できる日本人はいなかったでしょう。

日経225銘柄の内、浮動株の少ない銘柄(買えば上がりやすい株)を中心にコンピュータにプログラムし、3時の株式市場が引ける直前に買いを入れます。どの銘柄をいくら買えばどれだけ日経平均が上がるかは、すべて計算されていました。
こうした作業を繰り返してバブルを膨らませ、ガンガン膨らませたところで売りを浴びせ、一気に株を暴落させたのです。

この時に主要な役割を果たしたのが、ソロモンブラザースとメリルリンチで、数兆円規模の利益を上げたと言われています。
バブルの警告をしたマイケル・アームストロング自身も莫大な利益を上げたはずです。

農耕民族である日本人は罠を仕掛けることに罪悪感を持ちますが、狩猟民族であった欧米人は獲物を獲るために罠を仕掛けるのは当然のことと考え、罪の意識はありません。
陰謀論などというものではなく、立派な戦略・戦術です。

今、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)という罠がしかけられており、日本はさらに深い泥沼に落ち込んでいくのではないかと懸念します。

日本の最大の敵は、今や洗脳された日本人そのものとなっています。
しかしネットの普及により、若い世代を中心に、戦争と戦後の真実が知られてきました。

あと20年か30年経って、私たちの世代が日本の中心になってきた時に、日本の長い呪縛がようやく解けるのではないか、そうなったらいいな…と思います。

東京裁判

April 29 [Fri], 2011, 19:45
日本の戦後病理をもたらした最大の原因は、アメリカの占領政策にあります。
前々回の日記に下記のコメントを頂き、占領政策によって日本人が心の拠り所を失っていることを再認識しました。
東京裁判とそれに続く洗脳政策が何であったかを知ることは、日本の戦後病理を克服するために重要なことです。

コメントを頂いたのは、hiro1oo3さんです。

・・・・・・・・・・・・・・・

 僕は本質的には戦後の教育制度が今の歪んだ社会(僕にはそう見える)を作り出したと考えています。僕の小学生の時に教師はストライキを初めました。子供を教育すること、より「自分たちの権利」を主張したのです。これは教育委員会という化け物集団のせいでもありますが・・まあエセ左翼の毒に侵されたわけですな。(このストライキに反対した教師が僕の担任の先生でしたが、その後の教師間による「いじめ」および強制的な転任先の選択はひどいものがありました。) 中学生時代には「学級崩壊」している学校がたくさんありましたし、僕の中学もそれに近い状態でした。僕自身は10代の半ばから、いわゆる「反抗期」の世代というのは非常に大事で、既存の価値観やら「大人のずるさ」に大いに「異議申し立て」をするべきだと思います。 さて、この世代が「親」になっていったのが20年ほど前からでしょう。で、「モンスターピアレンツ」なる言葉がでてました。でで、教師は「いかにして責任追及から逃れるか」を必死に探して行動してきたわけです。その結果、「揚げ足をとって、糾弾して、追い詰める」ことが正義だと勘違いして育ってきた人間が増えたと思います。その大政翼賛と呼応するように、反対の方向ではネットが発展して個人での発言(匿名ですが)も盛んになってきました。が、バーチャルな世界でもう一人の自分の人格を形成している人がたくさんいるように感じます。この悪い方の具現化例としては「就職難」として現れています。「やりたい仕事」と「自分の実力」が乖離しすぎています。夢を持つのはいいことですが、「今の自分の実力」を正面から向き合って正視することができていません。実力に裏打ちされないプライドのみが存在する、という奇妙なことが起こっています。 

(全文は「父性について」のhiro1oo3さんのコメントをご覧下さい。 
赤字部分は私が付けたものです。)

・・・・・・・・・・・・・・・

なぜ日本人が反日的、自虐的な歴史観を持つに至ったのか、その理由は東京裁判から始まる戦後の占領政策にあります。
占領政策は日本が再び欧米にとって脅威とならないために、日本人のバックボーンである道徳観や武士道精神を否定し、国への誇りや貢献、つまり愛国心を奪い取るものでした。

東京裁判が国際法に違法することは、GHQ自体が認識していました。
アメリカ憲法の第一条に書かれている、「法なければ罪なく、罪なければ刑なし」は刑法の基本であり、事後立法を禁止するものですが、ドイツを裁いたニュルンベルク裁判と東京裁判においては、
それまで国際法になかった「平和に対する罪」「人道に対する罪」を事後立法し、戦争犯罪を裁いたのです。

東京裁判の11人の判事の中には、法律さえ知らない人間も多く、法律の専門家はオランダ代表判事のレーリンク博士と、国際法の専門家であるインド代表判事のパール博士だけでした。

パール判事は「日本は国家として戦争犯罪をおかしておらず、また平和に対する罪など国際法上存在していない」として、日本人全員の無罪を主張しました。

パール判事の法理論上の批判に対抗できないGHQは、パール判事の法廷における意見書の朗読を禁じました。

レーリンク判事が到達した結論も、日本の戦いはアジアを西洋の植民地から解放しようとするものであり、開戦前の日本は連合国によって石油輸出禁止措置を取られていたため、戦争を回避して石油の在庫が底をついてから連合国の言いなりになるか、戦争に自国の命運を賭けるか、どちらかしかなかったと述べています。

連合国最高司令官であったマッカーサーは昭和26年にアメリカ合衆国上院の軍事外交合同委員会で次のように答弁しています。

「日本は絹産業以外には固有の産物がほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油が無い、錫が無い、ゴムが無い、その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれらの一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もしこれらの原料の供給が断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。従って、彼らが戦争に飛び込んで行った動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。(東京裁判「日本の弁明」p564〜565より引用)

東京裁判で東条英機元首相などをA級戦犯として死刑に処したマッカーサーが、日本の戦争は自衛の戦いであったことを公の場で告白しているのです。

東京裁判の任を終え、レーリンク博士が日本を去る時に、GHQの参謀第二部長であったウイロビー将軍を訪問した際、ウイロビーは
「この裁判は有史このかた、最悪の偽善であった。日本が置かれていた状況と同じ状況に置かれたならば、アメリカも日本と同様、戦争に訴えたに違いないと思う」
と述べています。

東条英機なのどA級戦犯が、重大な戦争犯罪人の如くに扱われています。しかしB級戦犯は交戦法規違反、C級戦犯は直接実行した者であるのに対し、A級戦犯とは国際法に無かった「平和に対する罪」「人道に対する罪」によって裁かれた者です。

「法なければ罪なく、罪なければ刑なし」に照らし合わせれば、パール判事が無罪を主張するのは当然のことであり、勝者による敗者への、違法な復讐裁判であったことは明らかです。

GHQ内部からも東京裁判を批判する声が高まったため、日本人に裁判の正当性を納得させ、敗北と戦争責任を叩き込む
「War Guilt Information Program(日本人洗脳計画)」が実施されました。

それは見事に日本人を洗脳し、精神性を骨抜きにし、様々な戦後病理を生み出しました。
それについては次回に書きます。

3月読んだ本

April 01 [Fri], 2011, 21:53
襞〜ライプニッツとバロック〜/ジル・ドゥルーズ
蛇/吉野裕子
くじけないで/柴田トヨ
論語知らずの論語読み/阿川 弘之
生命のニューサイエンス/ルパート・シェルドレイク
「覚り」と「空」/竹村牧男
入門 哲学としての仏教/竹村牧男
親鸞/笠原一男
意識と本質/井筒俊彦
平成攘夷論/小林よしのり
朝日のようにさわやかに/恩田陸
盤上のアルファ/塩田武士
チェルノブイリの祈り/スベトラーナ・アレクシエービッチ


読みかけ:
イデオロギーとユートピア/カールマンハイム
ロードサイド・クロス/ジェフリー・ディーヴァー


漫画

虫師1〜10巻
水域1〜2巻
ソウルイーター19巻
ヨルムンガンド9巻
BLOOD ALOON7巻
DARKER THAN BLACK〜漆黒の花〜4巻

父性について

March 30 [Wed], 2011, 2:56



※先にTwitterでのつぶやきを読んでください。
それの続きです。



神戸の連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇が逮捕されたとき、
斉藤学さんという心理学者が独自の意見を述べている。
斉藤さんは、酒鬼薔薇の犯行を「父性なきゆえの犯罪である」と主張しました。
そして、
「少年は警察に逮捕されてやっと心の安らぎを感じているのではないでしょうか。なぜなら彼は、初めて警察権力という父性と向き合えたのだから」
と述べました。

この意見を読んだとき、私は少し驚きました。
なぜなら、知らず知らずのうちに私自身「父性と出会いたい」という欲求があり、それを克服するまで心が荒んだりもしたからです。

中学の頃、私の父は地方へ単身赴任していてほとんど家にませんでした。
父が不在の家庭は波風もなく穏やかでしたが、なんとなくのっぺりとしていて、捉えどころがなかったものです。なんとなくいつも漠然と不安でした。
母も働いていたので、家では何をしても好き放題でした。それは家庭というより下宿で、お互いの未来や展望もなく、ただ安らかで平坦な日常だけがありました。
父が帰ってくると波風が起きます。それは迷惑ではありましたが、変化でもありました。「こうあるべき」という奇妙な価値観を持っていて、それを無理強いしてきます。
それに私はもう反発していました。

高校の頃は色んなバイトをして、今現在もユニクロでバイトをしてますが、どの職場でも根底にあったのは母性でした。
よほどひどい事をしない限り職場の上司は優しかったし、甘やかしてくれて、個人責任を追及されることもありませんでした。
それは私が学生バイトで正社員ではなかったかもしれませんが、だからその頃の人生観は「どうにかなる」「困った時は誰かが助けてくれる」でした。
その人生観は必ずしも悪いとは思いません。楽観的に生きることができるというのはある意味良いことだと思います。
しかしそんな環境で過ごしていると、私は許容力のない人間になっていました。
つまり、「父性的な出来事」に出会うと拒否反応を起こすのです。

長いこと権力と呼ばれるものを嫌っていました…。
政次嫌い、右翼嫌い、ルール嫌い、怒られるの嫌い、注意されるの嫌い、規律が嫌い… などなど。
しかし、それらのものを自分が嫌いな事に明確な理由はありませんでした。ただ単に嫌いだったのです。なぜ嫌いかについては検証したことはありません。意味無く嫌っていた。

でも、今はなんとなくわかる。それは父性に対する苦手意識です。父性を行使する人と出会うと、「嫌な人だ」と思いました。偉そう、とか。
その苦手意識は、長いこと私の物を見る目を曇らせていました。
意味もなく毛嫌いするものがある限り、自分は偏っていると自覚すべきなのです。今はそう思います。

父性無き日々を生きていたとき、イライラしていました。あのイライラはなんだったのでしょう。
自我が確立しようとする時に、人は戦う相手が必要になりますが、それは母性ではない。母性は無尽蔵に与えてくるから戦いにならない。
自分が自分であること、それは自分以外が他人であることをモロに感じることです。
自我が形成されるとき、自我は自らを浮き上がらせるために「明確な他者」が必要になります。
それこそが父性なのではないかと思う。

父性とは秩序、ルール、規律、道徳、思想、あらゆる局面で自我とぶつかり、ぶつかることによって自我は自分を確認します。
それが無いとき、自我はどうなってしまうのか。
恐らく、自分の中に妄想の秩序を組み立て、その秩序の中で自分を確認しようとするのではないか…と思います。酒鬼薔薇のように。


・・・・・

以下はDMに対するお返事です。↑のも返事みたいなものですが…。

Twitterで呟いているとDMが来ました。
まとめると、
・いまさら軍国主義の世の中を誰が望んでいるものか
・みんなの事を考える優しい社会こそが未来に望ましい社会だ
・過去に逆戻りの発想だ
…といった感じの意見を頂きました。

かつて軍国主義日本が戦争をしたという事は、私にとってとても嫌な事だった。
戦争にまつわることはすべて悪いことであると信じていて、それを再検討しようとも思わなかった。
しかし、ある出来事をきっかけとして、勉強し直し、自分の中の核と照らし合わせ、
その認識が多くの魂を苦しめていること、もっとちゃんと理解しなくてはいけないと、その大きさを感じています。
そのきっかけの出来事とは…、あまりに長すぎるので割愛します。機会があったらまた書くかもしれません。

しかし、十分な知性と感受性さえあれば、私はどんな過去からも学ぶものがあり、それは決して危険ではないと確信しています。
もっと父性を持ちたいと思う。
ただ、はたして私は全体の為に何かを切り捨て、厳しい選択ができるか。たとえ非難されても大のために小を犠牲にできるか。自分の感情を殺して合理を行使できるか。冷徹になれるか。他者のために嫌なやつになれるか。かつて自分が嫌いだった事をできるようになるだろうか…。
父性を持つ人間になること、それは人生最大の難関でもありますが、目標でもあります。



・・・・・・・
参考文献・HP

父性の復権 林道義著
母性社会日本の病理  河合隼雄著
「真相箱」の呪縛を解く 櫻井よしこ著

「母性社会日本の病理」河合隼雄・父性原理と母性原理の考察で現代を考える。 http://vorstellung.at.webry.info/200609/article_6.html

父性の創造--知性と感性の間
http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/father/index.html

母性社会と父性社会
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nobu-nisi/soudan/kyouasu_boseitofusei.HTM

「父性の復権」を読んで
http://foster-land.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_66bd.html

受難と祈り

March 27 [Sun], 2011, 17:27
東北地方太平洋沖地震にて

被災された方へ

心よりお見舞い申し上げます。


平和に暮らしていた善良な人たちが、なぜこのような大災害を受けなくてはならなかったのか、
日本が、なぜこのような大災難に遭わなければならなかったのか、

いくら考えても答えは出ず、今は分からない、何か大きな目的のための受難であったと考えるしか、この大災害を受け入れることができません。

自室で黙祷を捧げている時、多くの方々の笑顔を見ました。
その後、祈りをするたびに現れます。
亡くなられた方々は、肉体の苦しみを去り、此処ではない場所で安らかな時をすごされていると信じています。


テレビをつけると、
ご主人と子供たちを失った女性が、
「みんないなくなった。これからどうして生きていけばよいのか」
と、静かに絶望に耐えていた姿が忘れられません。

被災地に降りしきる冷たい雪を見て、宮沢賢治の「永訣の朝」を思い出しました。
宮沢賢治の透明な哀しみの言葉が、ようやく東北を襲った悲しみを代弁してくれたように感じました。

引用します。

・・・・・・・
  
この雪は どこを えらばうにも

あんまり どこも まっしろなのだ

あんな おそろしい みだれた そらから

この うつくしい 雪が きたのだ

(うまれで くるたて
 
 こんどは こたに わりやの ごとばかりで

   くるしまなあよに うまれてくる)

おまへが たべる この ふたわんの ゆきに

わたくしは いま こころから いのる

どうか これが兜率(とそつ)の 天の食(じき)に 変わって

やがては おまへとみんなとに 聖い資糧を もたらすことを

わたくしの すべての さいはひを かけて ねがふ


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