70代大学闘争を振り返って

August 03 [Fri], 2012, 19:52
70年代の大学闘争から・・・・当時の闘争を新左翼の「共産革命闘争」と思っている人がいますが、日大闘争の場合は「古田会頭の独占支配の問題、経理問題など」、「まともな経営しろ」という処から起こった闘争です。
当初共産革命なんぞとは全く関係なかったのです・・・東大闘争は、医学部の封建的体質・インターンの過酷な労働条件から起こったのです。
これもまた、新左翼の「共産革命」とは全く関係なかったのです・・・・。
わたしがいた法政大学においてもそうでした。
「助手の解雇」が問題だったのです。
現在社会問題にまでなっている非正規社員の問題の先取りとも考えられます・・・。
三里塚闘争も同様です。
「天皇様に食べてもらっている良質のお米をつくっている田んぼをなぜつぶす」と言うところから闘争が起きたのです・・・。
これら一連の闘争について、当時、各政党は支援せず、沈黙を保ちました。
なぜか、日本共産党もそれを支持する学者連中も封建的大学利権にどっぷりとつかっていましたし、票に結びつかない三里塚闘争を支援する必要はないと考えたのです・・・・。
そこで、新左翼の登場となったのです。
各大学闘争でも同様です。
「進歩的知識人の沈黙」が新左翼を表舞台に登場させたとも考えられます。
助手を3年も雇っていたのに突然解雇すれば、労働法では「違法行為」になります。
しかし、それを日常的に権力的に「慣例的に」大学側がやっていたとしたら、当時は「慣例法」重視の風潮でしたから「合法」となったのです。
解雇された方の負けです。
法とは「善悪」ではなく、どちらを選ぶか、その「時代の雰囲気」が大きく作用します。
非正規雇用者が多くなり、彼らの生活問題が深刻になった現在では「慣例法」重視ではなくなりました。
その判断は、裁判所だけでなく、検察も感じ取って、「対応」していくわけです。
ホリエモンが逮捕されました。
当り前。
しかし、多くの粉飾決算をした大手銀行の頭取たちは逮捕されなかったのです。
ホリエモンだけが「犠牲」となった形で終わりました。
一時「偽温泉」問題がありました。
どこの旅館の経営者も「詐欺罪」で逮捕されなかったのです。
日本国中の温泉の経営者を逮捕したら、温泉街の疲弊に拍車がかかるという検察の想いが働いていたからです。
設計技師が手抜きの設計図をつくった「あねは事件」ですが、手抜き工事なんぞ、阪崇W路震災の時に新幹線工事の手抜きがあらわになっているのです。
しかし、新幹線建設会社の技師の逮捕者はひとりも出ていません。
多くの人々は長くこういう裁判体質の中にいること。
マスメディア・大学の学者も含めて「グル」になっている構造を知らされず、また知ろうともせず、今をむかえました。
当時、大学闘争が激しくなり、東大や当時の筑波大東京教育大は入試を中止しました。
それくらい燃えても、大学を含めて権力側は「弾圧」に精を出しただけ。
何も態度を変えなかったのです。
今回の「反原発」デモ・集会を見ても、本質的には何も変わらないでしょう・・・。
権力側・大学側は「弾圧体制」を強化していくだけでしょう。
当時、歌手加藤登紀子の旦那さんは東大闘争の「首謀者のひとり」ということで「ブタバコ」に入れられました。
彼は出所後、何をしたか・・・・。
国会包囲デモ・反権力集会・街頭闘争に燃えたでしょうか。
21世紀を見つめ生きる「主体」として、「萩ニ生産」を「核」とする「建設的道」を選択しました。
今日いう「自然萩ニ」「有機萩ニ」の道です。
わたしは「マンガ」「絵画」という「拠刀vをつくることにしました。
世間で言うところの「気持ち悪い絵」に精を出すこととなったのです・・・・。
「売り絵」「売り音楽」なんぞいくらやっても「権力」とは闘えません。
同様に原発も止められません。
しかし、「世間から相手にされない絵や音楽に燃えている」と、それは「権力と闘う拠刀vとなり「原発を止める力」になると思われます・・・・。
「脱原発」を主張する最近の小出裕章先生の「音楽でも絵画でもいい。
好きなことをやっていれば原発は止められる。
」という言葉もそういう意味で発したのであれば理解できます・・・・。
わたしは「心の拠刀vだけでなく、今回の原発事故に対しては「場所としての拠刀vが必要との立場です。
西日本に「拠刀vが必要です。
加藤登紀子ん旦那さんじゃないけど「生産」「生活共同」の「拠刀vをつくることを重視したいのです。
日本の子どもたちの将来を考えて・・・・。
こうした「拠唐テくり」「建設的行動」の後に、その地でのデモや集会をすべきと考えます。
いつ直下型大震災がくるかもしれない、南関東ガス田の真ん中、放射能の値の高い、危険な東京なんぞで、若い人たちはデモや集会をすべきではないという立場でもあります。
大学闘争をしてきた者の一人として、当時を振りかえって、いろいろ思います・・・・何魔法騎士レイアースもかわらなかった。
と、言うよりも、その後、時代は大量の「非正規雇用者」を生みだし、過酷な労働条件のもとに働く者たちが増加して、「過労死」が問題になったのです。
その結果、最近になって裁判所も検察も「労働者側」に有利な道を選び始めた・・・・。
今回の原発事故を見ても裁判所・検察の態度も同様でしょう・・・・大量の被爆者・大量の低線量被ばく者が出てから、動きだすでしょう・・・。
多くの大学・マスコミもそれまで沈黙を決め込むだけとみていいでしょう。
70年代当時同じ助手で「非正規雇用」のくせに大学側にこびへつらって「出世」をねらい、いろいろな問題に沈黙を貫いてきた者たちが多くいました。
今じゃ何人かは立派な「先生様」になっています。
バカバカしい。
わたしからみれば単なる権力の手先でしかありません。
その証拠にそいつらは今回の原発事故に対して見事に沈黙しているではありませんか・・・・。
自分たちの大学の放射線量を明示して生活上の注意を言っている大学がいくつありますか。
学生疎開なんぞ主張する訳がありません。
学生の命よりも「大学経営」が大切なのです。
てめえのオマンマのことしか考えていない愚民根性をさらけ出しているのです。
そこに多額の授業料を払う親は実にトンマです既成政党のトンマぶりもすごいものです。
これだけ深刻な放射能汚染の中にあって、・・・福島の子どもたちの学童疎開を言いません。
関東での子どもの学童疎開どころか、体育・部活動・遠足などについて学者と連携して具体的に提言しません。
学童疎開すると母親もつきそうことが想像され、選挙区の人口が減るからでしょう。
これまた自分のオマンマ、利権しか考えていないのです。
愚民根性丸出しです。
一連のバカ・トンマ・キ印・意志薄弱の「巨大な塊」の中にあって、いかに「建設的に」「具体的に」「拠盗Sと場所の拠刀vをつくっていくか、それしか道はない現在とみていいと思っています。
デモや集会どころではなく、若い人たちはそちらに酔oをむけるべきと信じます。
いろいろ書いてきましたが、わたしの場合、貧乏が続けば、動くのは難しいので「場所の拠刀vは八ヶ岳南麓と定めるしかありません。
福島原発再事故の時は、「前線基地」として関東の人々を救う覚悟の人生となりましょう。
また、相模原や東京にいる時に再事故が起きたら、「最前線基地」にいる一員として活動するか、事故の大きさによっては死ぬということになりましょう。
それもまた、覚悟の上です。
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