恋愛系:01-E 

2005年10月19日(水) 22時29分
01:誰が為に花は咲く-E

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お前が死んで立ち直れるわけないだろう。
配偶者が亡くなった老人はそのショックですっかりぼけてしまうことも多いそうだ。過去の話だけを壊れたレコーダーのように繰り返す、それはきっと、彼や彼女にとっての未来が消えてなくなってしまったからなのではないだろうか。
ほんとうは、心の底では永遠を疑わない。だからこそ枯れ落ちたその時思い知る。

夏が終われば庭の向日葵はいつものとおりすっかり茶色く枯れて、しまいには地面に消えてしまうのだろう。世話をしていたのは俺だ。咲いた時一番喜んだのも慈しんだのも俺だ。それでもこの花は俺のために咲いていたわけじゃない。誰の為でもなかった。だから、簡単に全てをおいていく。

咲く花を愛でることはやめない。
いつだってお前の為に生きているなんてエゴイズムをのうのうと口にできるのも、バカみたいに尻尾振ってお前が喜ぶからだよ、九治郎。
沈黙が流れる。問いかけるような目で九治郎が俺を見る。
ワンって鳴いてみろよと耳元でささやくと頭の悪い俺の犬は一回鳴いて、御主人様〜と悪ふざけの口振りはやめずに強く強く俺を抱き寄せた。


恋愛系:01-D 

2005年10月19日(水) 22時26分
01:誰が為に花は咲く-D

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「ゆり、」
声、と衝撃。同時だった。うぁ、とおかしな悲鳴が小さく口からもれた。俺がぼんやりしているうちに九治郎は起きてしまったらしい。反撃の余地もなく畳の上に組み敷かれる。いっぽんとったりー、と言って、笑ったのだろう、その顔が窓から差す太陽の光のせいでよく見えない。
強い陽射しをまともにうけて、視界がちかちか点滅する。表情が分からない。ゆりと、と確かめるようにもう一度九治郎が呼びかけた。ああ、何、何、まぶしくて見えないんだ。
「ゆり、岼人、」
どこ見てんだおい、おまえさ、お前おかしいだろ、おい、聞いてんか、お前。

「まずな、」
「おれとお前が、」
「離れる理由がわかんねえよ」

ソーシソーアイでおさななじみでホモカップルじゃん、ぜってーもう他に相手なんていねーって。てか誰も相手してくんねーって。
九治郎の腕が畳に倒れたままの俺をゆっくり抱き起こす、
「岼人が死んだら、おれ廃人になっちゃうかも」
ああ、やっぱりだ。予測していた答えだ。もっとちがう、予想外の答えを求めていたはずなのに。なのにこんなに嬉しいことはない。正常に戻った視界の中心に据えられているのは曇りない黒い瞳、忠誠を誓え、誓ってくれよバカ犬。
そのままでいてくれ。お前がそうだから、俺はいつも救われているような気になるんだ。
「お前はどうなの」
「愛してます」
へへへへへーそうかそうかー。嬉しそうな九治郎は質問の答えになっていないということにすら気付いた様子はなく満足げに頭をかく。俺はそのゆるんだ頬に口付ける。何度でも頭を撫でて口付ける。

恋愛系:01-C 

2005年10月19日(水) 22時24分
01:誰が為に花は咲く-C

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(もしも俺とおまえが、)
黒一色に染まった古い日本家屋の門周りは騒々しく、賑やかな印象すら与えた。各々の表情がどうあろうとそれは、今も刻々と風化していく日常の一部だった。あの老婦人以外の人間にとっては。
(俺とおまえが将来会うこともなくなって、)
立ちつくす彼女の暗い瞳の中、その洞。それを理解するには俺はあまりにも幼い。老婦人が例えば少女であったとしても同じだっただろうか。何年経ってもそれに実際触れてみることがなければ、わからないのだろうか。触れてみたってわからないかもしれない。共有することのできない感情。
その洞。
痛みでも苦しみでも悲しみでもない、ただのがらんどう。
彼女にとって彼は未来そのものだったのだろうか。
(何十年も経って、例えば俺が先に死んじまったら、)
(そのことを誰かから聞いたお前は、)
(お前はいったいどれくらいの時間をかけて立ち直ると思う?)
ぽたりぽたりと蛇口から落ちる水滴が、いつしかバケツを溢れさせるように。
日に日に体がその感情に侵食されていく。肺までうまったそれが呼吸を阻む。
いつしか俺にとっての彼は未来そのものになってしまった。
でも、俺とお前がずっと一緒なはずないじゃないか。いつか袂を分かつ日が来る。きゅーちゃん、九、俺はどうしたらいい、九。

恋愛系:01-B 

2005年10月19日(水) 22時16分
01:誰が為に花は咲く-B

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「・・・お前、それ、ケンカ売ってる?」
ちりんちりん、と片付け忘れた風鈴が九月の風にゆられて鳴る。
縁側の見える四畳間は涼しく、夏の休日になると勝手に現れる幼馴染みとゲームをしたり本を読みながらだらける。それはもうずっと何年も前からの決まり事だ。
俺がきゅーちゃんに喧嘩売るわけないでしょ。というと九治郎はますますふてくされた顔をして黙った。きゅーちゃんそれは可愛くないな、とからかえば、おれは可愛くなくていいの別に、とむくれて今度は畳の上にうつぶせになって顔を隠す。結局ふてた顔は見られたくないのだから難儀な男だ。頭をなでてやると片手を持っていかれて遊ばれる。指を引っ張られたり、手相を見られたり。生命線長いなー!と感心する声には曖昧な相槌をうつ。にくまれっこよにはばかるってやつだ!とますます感心する声には、体罰で答える。
「いた、いた、ごめ、ゆりと、ごめ」
首に回した腕を緩めてやると、手を軽く噛まれた。
高校生のすることじゃない。仔犬と遊んでいる気分だ。図体ばかり大きくなったこの犬は五歳の頃から変わらない無邪気さを持って俺に接する。
あついぃー。つぶやいて、久治郎は畳に体を倒したまま寝てしまった。
頬は柔らかなまま。髪はしなやかなまま。寝顔は無防備なまま。変わらない。
ふと気付く。質問の回答は?
(ケンカ売ってる?、か)
どう受け取ればいいだろう。穏やかに風鈴の音が響く。
残暑の気配が縁側から漂ってくる。手入れされない庭に不規則に咲く花々。陽炎がゆれる。そのたびにあの日の葬列も視界でゆれる。

恋愛系:01-A 

2005年10月19日(水) 22時11分
01:誰が為に花は咲く-A

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夏の終わりの蜃気楼のような葬列が俺を我に帰らせた。
如雨露でかけた水がぱらぱらと葉から滴る。
庭の隅にならぶ向日葵の花びらの向こう、通りを隔てて黒い人だかりがあった。
髪を結い上げた女性が顔に白いレースのハンカチをあてて泣いている。スーツを着た青年はずっと空を見つめている。仏頂面の少女が眉間に皺を寄せたまま制服の襟を直す。やたらと顔を近付けて話す中年の女性が三人、四人。静かに法衣を翻らせ年老いた僧侶が現れる。
ざ、ざ、ざ、ざ、霊園に続く一本道を草履を履いた僧侶が歩く。黒い人々がそれに続く。それぞれの感傷の重さが違い過ぎるせいか、ざわめく空気はアンバランスな不協和音を奏でている。
列の先頭には静かな目をした老婦人がいた。彼女の手にある黒い額縁の中には目鼻立ちの整ったうつくしい老紳士の写真があった。
幾重にも年輪の刻み込まれた顔に白粉が浮いている。老婦人の目に涙はなかった。ただ周囲の喧噪から切り取られた空間の中で、俯き加減に老紳士の写真を見つめていた。

世代系:01-C 

2005年09月19日(月) 18時14分
01:徹夜明け、伸びかけの髭(C)

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 午前六時

 呼び鈴を一回鳴らしてから黙ってドアを開ける。この時間じゃさすがに近所迷惑だ。
 仕事部屋をノックするが、返事はない。先生は机に突っ伏して眠っていた。その下には僕が取りに来た原稿、それを先生の下からゆっくり引き抜く。するとぱらり、と小さな紙片が落ちた。不審に思って拾い上げると、そこには僕の名前と短い言葉。
 「今回のことは気にしないで下さい。無理をしないように。」
 しないように、あたりからは字がよれて読みづらくなっていた。相当眠かったのだろう。無理をしないように、なんて一体誰に向けて言っているのやら。
 ゆっくりと先生の髪に触れる。なぜそうしたのかは分からないけれど、その時僕はそうせずにいられなかったのだ。
 僕がそれをポケットにしまって帰ろうとすると、先生がゆっくりと起き上がって不思議そうにこちらを見ているのが目に入った。
 先生は僕を見つめたまま、何も言わない。髭はうっすらと伸びていて、少し長めの髪はぼさぼさだ。それがいつもの精悍さに拍車をかけているようで、僕はどきっとしてしまった。
 もう三十も後半だというのにこの色香。僕が先生に見とれて立ち尽くしていると、先生はゆっくりと口を開いた。
 「頭、触った?」
 ぼそっとそう呟く。僕が何て答えていいかわからないでいると、先生は僕に近づいてきてこう言った。
 「俺も、触ってみていい?」
 一瞬なにを言われたのかわからなくなった僕は、ただ頷くのが精一杯だった。先生の手ががゆっくりとの髪に触れ、そしてそれが背中に降りて、それから優しく抱きしめられる。ああ、やっぱり先生って背高いなぁ。俺が七十五だから、八十五は難いなぁ。
 そんなことを考えているうちに先生の体は離れていき、頭上から低くて優しい声が響いた。
 「おやすみ」

世代系:01-B-02 

2005年09月19日(月) 18時11分
01:徹夜明け、伸びかけの髭(B-02)

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「………。」
 なんだ。無言電話か。まったくもう。もう受話器を置くのすら億劫だぜ。
 「…先生?」
 ああ、やっぱあいつか。そうだ、先生だよ。
 「先生?生きてますか?」
 死んでたら電話出れねぇよバカじゃねぇの?
 「聞こえないんですか先生ー??」
 あーもーうるせぇ。聞こえてるよ。
 「なんでしゃべんないんですか先生、どうかしたんですか?!」
 …あ、そっか。俺が口開かないから会話成立しないのね。なるほど。これも眠気のせいか。
 「なんか用。」
 ようやく出てきたのはかすれた低い声。ワイルドっちゃあ聞こえはいいけど、俺のそれは人の怖がる類のものだ。
 「ああ、よかった。別に大した用じゃないんですけどね、明日…ってか今日か。今日の十時に原稿上げてもらわないとマジで間に合わないんですよ。もうホント申し訳ないんですけどね。で、僕は何時に原稿取りに伺ったらいいでしょうか。」
 あーもう、会話するのも面倒。こいつなんでエスパーじゃないんだろう。
 「先生…?せーんーせーいーーー!!」
 うっせぇ。受話器を耳から遠ざけながらそう思う。なんでこいつこんなに元気なんだ。
 「六時には上げる。ポスト入れとくから適当に取りに来れば。」
 これは締め切り云々よりも俺の健康に関する問題だからな。うん。六時は譲れない。連続四十時間労働は人として危険だ。
 「六時ぃ!?先生本当に人間ですか、だって先生書き始めたの日付変わってからでしょ!?」
 ああそうだ。俺は脳みそもんじゃのスーパーコラムニストだからな。
 「じゃあ俺六時に伺いますんで。こうなったの俺の責任だし…」
 あ、別にいいのに。俺今脳みそもんじゃだから会っても茶とか出せないよ。
 「先生?聞いてますよね。じゃあ六時に。」

世代系:01-B-01 

2005年09月19日(月) 18時06分
01:徹夜明け、伸びかけの髭(B-01)

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 午前四時

 眠気からか、もはやモニター以外のものは視界に入らなくなっていく。この文章を本当に自分が打っているのかどうかも曖昧だ。パソコンが勝手に書いてくれちゃってるんじゃないかという気さえする。俺、そろそろやばいかも。
 脳みそはたこ焼きを通り越してもんじゃ焼きだ。惰性で成り立つこの空間に、それを破るような音が響いた。最初は何の音かわからなかったが、それは紛れもない電話の着信音であって、こんな時間にかけてくるのはやはりあいつしかいないのであった。電話までは三メートル。できれば椅子から立ちたくない。ベルが五回なった後、ようやく俺は椅子を立った。ずっと同じ姿勢だったせいか違和感を感じる腰を反らして、それからゆっくり受話器を取った。

世代系:01-A 

2005年09月19日(月) 10時28分
01:徹夜明け、伸びかけの髭(A)

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 午前二時

 あーもうっ。なんで締め切り間違うかなぁ。
 でもナイス人選だぜ人事サン。あいつは編集者の鏡だ。普段笑顔を絶やさないあいつが、目に涙を溜めて謝りに来たら俺なら書いちゃう。一晩で一か月分の仕事だって上げちゃうよ。
 というわけで一応売れっ子コラムニストの俺は明日までの締め切りの仕事を三本抱えることになってしまった。二本でも死にそうなのに、三本だ。解散だ総選挙だと騒がしいこの時期、政治のコラムを書く仕事をしている俺は過剰なまでの労働を強いられる。まぁ稼ぎ時って言っちゃそうなんだけど、もう二日寝ていないとなるとそろそろ自分の体の心配もしなくてはならない。
 そう思いながら機械的にキーボードを叩いていく。資料分析に思わぬ時間を取られてしまったので、書きあがるのは少なく見積もってもせいぜい六時。
 でもこれで最後の仕事なので、これが終わればぐっすり寝れるわけだ。眠いのを通り越して脳みそをたこ焼きのようにくるくる回されている気分の今となってはそれがキーを叩く唯一の原動力だ。てかさすが物書き、今の脳みそたこ焼き現象はナイス表現だ俺。

はじめに 

2005年09月07日(水) 0時16分
こちらでは、耐熱/温度計のつることはとこが配布のお題をもとにショートでショートなストーリー達を産み落としていきます。

やおい、JUNEの言葉の意味を知らない方、またはそれらの傾向に嫌悪をおぼえる方の閲覧はご遠慮ください。

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