恥ずかしくても人は死なない
2014.02.02 [Sun] 12:14

寂しいなあとたまに思う。
好きな人はいるし好きな人は自分を好きだと言ってくれるし夢はあるし世界が崩壊するような予兆もない。
満たされていると思う。
幸せだと思う。
それなのに何故だか寂しくなるのだ。たまに。
床に目を向ける。植木がうつ伏せになって漫画を読んでいる。
「なあ」
「んー?」
ページを捲りながらののんびりとした返事。
「ぎゅーってしてくれへん?」
「ん?」
「なんかちょっと寂…いや、やっぱなし。なんでもあらへんし気にせんといて」
言っている間に恥ずかしくなってきて佐野は途中で言葉を打ち切った。柄にもないことを言ってしまった。顔を上げた植木も何言ってんだという顔をしている気がする。
顔を見るのも見られるのも恥ずかしくてついつい視線を反らしていた佐野は、目の前にぬっと現れた人影に気付くのに遅れてしまった。人影は誰であろう植木だったので問題など何もないが、驚いてびくついた姿を見られたことがさらなる失態のように感じる。
「な、なんや」
植木は両手を佐野に伸ばして――そして何故か頬を掴んで引っ張った。
「ぎゅー」
「……」
それは戦慄すら覚える程のボケっぷりだった。
「どうだ」
「な、なにがや」
「ん? ぎゅーってしたろ。だから、」
寂しくなくなった?

声が届いていたことに悶絶するついで、ドサクサ紛れに植木の頬をぎゅーっと引っ張る。
確かに寂しさなんてどっかに行っていた。

時計
2013.07.28 [Sun] 17:53

なんでかしらないけど大切な人というものが実質的に世界から消え去った日から半月だか一月だか経った今日。
今日、私は掃除当番だ。しかも人気ワーストの階段掃除。面倒臭い。
隣を通ったクラスメイトが植木の話をしている。班員が少ないから掃除の分担が増えて大変だそうだ。
植木というのは行方不明になっているクラスメイトだ。どうして行方不明なのかは誰も知らない。どうやら変な奴だったらしく、男子内では普通に会話はするものの特別仲の良い人もなく、その上女子にはむしろ嫌われがちだったようで、親しい人は誰もいない。だから誰も彼の行方を知らない。
だが幸いにと言うべきか、中途半端な存在だったお陰でほとんどの人間に覚えられたままである。
私は、そいつを忘れた貴重な人間の一人だった。こいつを忘れた他の人間にはあったことがないからもしかしたら世界でただ一人かもしれない。
感慨などない。何しろ記憶がなくなったときにはすでに行方不明だったものだから、顔すら知らないのだ。そんな人間に対してどんな感情を持てというのだろう。
私は掃除用具入れから一本だけ残っていたモップを取り出した。水を張ったバケツにジャブジャブと乱暴にひたす。
今頃行方不明くんは一体どこにいて、何をしているのだろう。植木、と意味なく呟いてみる。馴染みのない響き。
別に、忘れてても何も困らない。それこそ掃除の分担が面倒になる程度で誰も困らない。私は班も違うからもっとどうでもいい。
どうしてこんなにも何の違和もないのだろう。大切だったはずなのに、それを忘れてなんの支障もきたさないそれこそがこの世界の最大で些細な違和感。

まあ、どうでもいいのだけど。

君の瞳に星がある
2013.07.23 [Tue] 10:23

目の中には宇宙がある。誰からかは忘れたがそう聞いた。
普段から人の目を見るようにして話してはいるけれども、宇宙を垣間見たことはない。それはそうだ、目はとても小さいし、いくら見ているといっても距離がある。人の宇宙を見るためには相当至近距離でないと無理だろう。
それこそ鼻が触れる程の。
「この体勢の、理由がそれ?」
体の下で窮屈そうに植木が身をよじる。
「あかん動くな。よう見えへん」
つんつん撥ねる緑髪を両手で押さえて濃緑の瞳を覗き込む。真っ黒な瞳孔を縁取る虹彩は、よく見ると波状や放射状の線が不思議な立体感を持っていくつも這っていた。金属光沢にも似た、しかしそれよりももっと複雑で奥行きのある輝きは色んな色を放っている。
なるほど、宇宙にも似ているかもしれない。宇宙を見たことはないけど。
「ホンマ、宇宙みたいに綺麗やな」
そう言うと、植木が下でけらけら笑う。
「なら、佐野の目は宇宙より綺麗だぜ?」
こいつはなんて恥ずかしい奴なんだ。
自分のことを棚に上げ、佐野は植木に噛みついた。

いつかまた
2013.07.18 [Thu] 22:37

行儀悪くも人が食べているものを横からちょいと拝借し、その予想外のしょっぱさに苦言を呈した己に降って来たのはさらに想定の外にある言葉だった。
「味覚なくなってるからわかんないんだよな」
閉口どころか目も口もぽかんと開きっぱなしになっていただろう。
「……えっなんやそれ初耳やねんけど」
「だって言ってないし」
「言えや」
「言ったら心配するだろー」
当たり前だと首根っこを掴んで揺さぶりたい気持ちを抑え、代わりに自分の頭をかきむしる。そんな奇行を呑気に笑われて寧ろ壁に頭を打ち付けたくなった。
だけどどうせ。どうせこれもアレが原因なんだろう。自分の知っているかぎりでは、こいつはなんでもうまそうに食う奴だっから。
「大丈夫だって」
沈んでいく思考を掬い上げるのはやはり呑気な彼の声。
「お前の手のあったかさもわかるようになったんだ、味覚だってすぐ戻るって」
箸を口に運びながらなんてことないように彼は言う。
いつもそうだ。彼の言葉は救われたような騙されたようななんとも言えない気分になる。もやもやを抱えたまま、ひとまず健康を害しそうなそのしょっぱい皿を取り上げることにした。

たまにはこんなメガサイト妄想
2012.09.13 [Thu] 01:06

「メガサイトとやらはどうなったんや」
振り返ったその顔は、少し笑っていたように思う。
「アレはな、段々小さく縮んでたんだ。気付いたのは60年……いや80年くらい過ぎてたのかな。結構経った後だったよ。行ける場所が少なくなって、動けなくなってって、最後に完全に重なったと思ったら戻ってた」
「……消滅したってことか?」
「さあ。どっちかっていうとメガサイトが俺に吸収されたのか、俺がメガサイトになったのか、だな。まああんま変わんねーけど。俺が死んだ時、初めてアレは消えるんだ」
そう言った彼は、やはり小さく笑っていた。その笑みの理由がわからないということは恐らく、幸いであるのだろう。

一方その頃、こんな夢を見た
2011.05.16 [Mon] 10:22

「鳥の夢を良く見たよ」
「鳥?」
久しぶりにとか言って駄菓子屋で買ったシャボン玉を膨らましながら緑頭がぽつりと呟いた。
「なんの鳥とかわかんねえし、そもそもあそこ、俺達しかいなかったから多分あれ夢だけど」
むしろそれは幻というんじゃないかと思ったが口にはしない。
「ふよふよ飛んでは数年置きくらいには墜落してさ。まあ落ちたっぽいところ探しても何もないんだけど。で、気付くとまたふよふよ飛んでるんだ。何回くらい繰り返したかなあ。また落ちて、もう出なくなった」
吹き出したシャボン玉がくっついては沈んでいく。
「なんでか俺、それが最後だって知ってた。だからじっと見てたんだ。真っ白いのが――あ、白い鳥だったんだよ。まっさかさまに尾を引いて落ちていく白色が目に焼き付いて、暫く消えなかった。でもすぐそれも消えちゃって、空に何も見えなくなった時、ほんとに悲しかったなあ」
無感動な詠嘆が、空に昇ったシャボン玉が弾けるのを見送った。
夢のような話だけど、こいつにとっては現実だったんだろう。
緑頭はふっと視線を下げた。地面で半円を保っているシャボン玉を見て、少しだけ笑う。
「最近は、もぐらになった夢をたまに見るよ」

多分彼も同じく
2010.04.01 [Thu] 00:33

「あ、でもお前は連れていかないぞ、絶対」
あそこは寒くて寂しくて、誰かと一緒にいられるんだったらどんなに嫌いな奴だったとしても喜んで一緒にいただろうな。そうしみじみ呟いた彼は、しかし返す言葉でこちらをばっさり切り捨てた。
そんなに嫌われるようなことをしたかと首を傾げると、彼は笑ってこう言った。
「だってお前、寂しいのも寒いのも苦手だろ。あんなところ行かせらんないよ。お前を連れてくくらいなら、俺は一人であそこにいるよ」
笑ってはいたがおどけてはいないその言葉は、おそらく本心からだろう。これも思いやりという部類に入るものなのだろうか。嬉しくないといえば嘘になる。だが、そうというにはそれはあまりに重すぎた。

笑うか泣くか迷った時、どうやら俺は笑うらしい。

リビングデッド
2009.07.15 [Wed] 09:03

「なあ佐野。佐野は三大欲求って知ってるか」
「おお、知っとるで。生きてくのに必要な三つの欲求のことやろ」
「さすが佐野、よく知ってんな。俺は昨日初めて聞いたよ。一つは食欲だっけ」
「せやな。食わんとどんな生き物も生きていかれへんからなあ。二つ目は睡眠欲やな」
「寝ないと駄目なのか?」
「うーん、やっぱ寝ないと疲れて死んでまうやろ。俺はニ徹くらいでもうぼろぼろや」
「ふーん」
「最後が性欲な。これはまあなくても生きていけるけど」
「じゃあなんで入ってんだ?」
「生きるのに必要不可欠ではないけど、そもそもどんな生き物もなんのために生きとんのかっちゅう話になったとき、結局子孫を残すためってなるからなあ」
「へえ。で、つまりそれってどういう意味?」
「ようするに、生き物が生きる理由っちゅーとこかな」
「ふーん…」
「どないしたん、急にこんな話して」
「じゃあさ、性欲がない人間って生きてる理由ないのかな」
「え?」
「何日寝ないでも死ななかったら。何年食べなくても死なない人間がいたら」
「おい、何の話…」
「そもそもそんなの生きてるっていえるのか?」
「……植木」
「ん、」
「誰の話を、しとるんや」
「んー? さあ。誰だろうな」

あれ、それってどういう意味?
2009.05.17 [Sun] 21:44

「植木植木、俺実は超能力持ってんねんで」
「へえ。どんなん」
「手繋ぐと相手の考えとることが読めるんや」
「ふーん」
「なんやそのやる気ない返事は。あ、さてはお前信じてないんやろ」
「いや、別にそんなことはないけど。超能力みたいなのなら俺だって持ってたんだし」
「いーや信じてないな。俺にはわかる」
「まだ手も繋いでないのに?」
「それ以前の問題なんや! しゃーないここはいっちょ実践で見せたる。ほら、手ぇ貸し」
「ほい」
「…………」
「…………で?」
「ん?」
「いや、超能力は?」
「…ああ、うん。ちょっと待て」
「お前、手繋ぎたかっただけとかか?」
「し、失礼なこというなやお前。いいか聞いて驚けー。植木さんが今考えとったことはつまり!」
「うん」
「俺と手ぇ繋げて嬉しいな!」
「…………」
「…あれ、なんやその冷たい反応。俺ちょっと寂しいんやけど」
「ふーん」
「あ。やっぱ違っとった? まあ当たらんわな普通」
「なんだ、嘘だったのか」
「…………ん?」

理想が溢れる
2009.03.14 [Sat] 22:28

「大人って思ったほど大人じゃないよ。怒るし失敗するし我侭だって言う。完璧なんかじゃない。俺たちと同じように怒るし笑うし泣くし、勝手なことをする。俺たちとおんなじ。だからそれを責めるなんてお門違いだ。それくらいわかってる。
 それでもさ、俺たちにとっての大人って、いつまでたっても大人じゃん? 俺が、コバセンと同じ年になったとしても、そのときあの人のようになれてるとは思えないし。あの人はいつまでたってもあの人で、俺のずっと上にいる」
「あのセン公、おまえがそこまで陶酔するほどの人間たぁ思えへんけどなぁ」
 うっかり本音が口をついて、佐野は慌てて口をつぐんだ。恐る恐る植木の方に目を向けてみると、意外なことに彼は笑ってさえいた
「そうだろうな。あの人すげー我侭だし。自分勝手だし。めちゃくちゃだけど」
 でも、と困ったように、嬉しそうに、楽しそうに破顔一笑。
「尊敬とか理想なんてそんなもんじゃん。思い込みだよ。刷り込みなんだ。いいじゃん、それで。俺があの人を尊敬してるのは本当。好きなのも本当。俺はそれでいいよ」
「……おまえってええ子やなぁ」
「……は?」