今日はいよいよ帰る日である。

2006年04月16日(日) 9時52分
4月16日
 非常呼集のラッパが鳴った。けれども、こちらは状況外であるので、寝ていた。起床ラッパが鳴っても寝ていた。
 今日はいよいよ帰る日である。
 そこには、絶えず、銃や剣ががちゃがちゃなっていた。そこには、絶えず、怒声があった。そこには絶えず、勤労があった。そしてすべてが活気よく、ワッワワッワと音を出して、規則によって動いていた。
 その音が、飛行場をよこぎり、麦畑をわたって、ここまで流れてくる。その中へきょう帰る。ぼくは、目をとじる気持ちであった。飯もうまくなかった。その飯が、この上もなくうまくなった。
 又、電報で西部の部隊に天然痘が出た。「カクリヲナオ一ソウゲンカクニシ、二九ヒマデヤレ」と。二十九日までここに居ることになった。
 そこへ、小林曹長が来て、すぐ帰れと云った。なにをまぬけたことを云っているのであろう、と思った。そのことを云うと、困った顔をしていた。ざまみろと思っていると又来て、軍医大尉どののゆるしを得てきた、お前らはここに居ても、もう用事はないのだから、帰れと云った。ぼくは、ふたたび、目をとじた。
 吉沼村に移動演劇隊の慰問が来ていた。米の供出が特別よかったからとのことであった。それを見ながら、ゆっくり帰ろうではないかと曹長が云った。見たくもなかったが、たとへ一分でものびた方がよいので、よろこんだ。
 帰り途、畑にはたらいている娘さんがあった。その様子が、とおくから見ていても、非常にきれいであった。曹長は、なかなか女好きと見えて、なにやら冗談を云いながら近寄った。ふりかえった。その首にちかりと光ったもの。銀の十字架であった。
 とうとうと流れている水も、ながめているとなかなかものすごいが、飛び込んでみると、さほどでもない。と同じことで、中隊のわずらわしさも、さほど苦にならぬ。
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