つづき3

2006年04月04日(火) 9時40分
藤井をみて、やはりお寺の子であった大淵諦雄をおもいだした。似たところがある。大淵は大きなやかんとギターを持っていた。学校をやめると、死ぬのだとうそを云って、セレベス行きの船に乗った。それきり、なんのたよりもない。章魚の脚のようなセレベスの島に、大淵諦雄はまだ生きているであろうか。歪んだタバコをポケットから出して、みだらなタバコじゃと、うそぶいているであろうか。大風のように、諦雄がなつかしい。駅を見ていると、むかしの友だちがなつかしくなってくる。
 帰り道、自転車のうしろの輪がぜんぜん動かなくなってしもうた。ひきずって帰らなくてはならぬかと思った。もんぺをはいた娘さんに、自転車屋ないかと聞いた。
 うちへこい、直してやると云った。おやじさんが出てきて、輪をはずして、大手術をやってくれた。ミリン玉がすりへって、欠けていた。
 娘さんは、始終そこにいて、ぼくの顔をまるで恋人でもながめるように、まぶしそうにながめていた。こいつ、ほれている。どう云うわけでほれたのか、なかなかむつかしくてわからぬ。外出したら、また来てくれとぬかした。

つづき2

2006年04月04日(火) 9時39分
 御奉公と云う。こと、この御奉公に関しては、どんなにえらい思想家も、小説家も、まるで子供と同じような意見しかはかない。
 それほど、このことは、ねうちのあることであろうか。
 まてまて、またろくでもないことを云いだした。なんにも知らないくせに、ろくでもないことを云うな。
 一体ぼくは、なにをすればよいのか。
 云うまでもない。忠実な兵隊になることだ。
 なれない。
 なれないとはなんだ。それはごくつまらないプライドでそう云うのだ。
 無名の一兵卒としておわるのがいやだと云う。
 無名の忠実な一兵卒、立派なことではないか。
 それはことばとして立派だ。
 立派と云われるときは、すでに有名の無名になっている。本当の無名と云うやつは、つまらない、まったくの下づみだ。ああと云う。しかしながら考えて見よ。お前は、無名の一兵卒はいやだと云うが、お前にはそれ以上のものであるだけの力があるか。お前なんて、そう大したものではないぞ。お前の詩を、お前は心ひそかに誇りたいのであろうが、なってないではないか。
 それは、軍隊へ入ってからばかになったからだ。
 うまいことを云うな。お前は、まえから詩も絵もへたくそであった!
 そう云ってしまえば、おしまいだ。『朝霧』を読みおえた。石坂はオッチョコチョイなところがあるが、この阿部はなかなかしっかりしているわい。と考えた。頭が非常につかれていた。これだけのことで、こんなに頭がつかれるとは、なんとそまつな頭だ。
 憲兵の軍曹が、入ってきた。
 汽車を待つ間、書類の整理をして下さいと云って、机にかけた。ぼくたちにも話しかけた。そのことばのていねいなのと、すこしどもるのと、その眼つきがやさしいのが気に入った。
 昨夜、この近所で人殺しがあったことなど話していた。女のことで、薪でなぐりころしたのだそうであった。
 

つづき1

2006年04月04日(火) 9時37分
 そして、そんなきびしい戦争をしておりながら、いまだにやみ取引や買いだしをやったり、工場のジュラルミンを盗んだりする奴は、なんと云うやつだろうと思うんだ。そんな奴らは、ぼくよりも新聞はよく読んでいるだろうし、戦争の様子はよく知っているはずだから、いったい、こいつらは、なんと云うばかものなのだろうと腹が立ってならないのだ。
 しかしながら、そう云うお前はどうだと云われると、ぼくはげっそりする。この日記をはじめから読んだ人はわかるように、ぼくは決して忠実な兵隊とは申されない。
 服装からしてなっていない。帽子をきちんとかむっていたことがあるか。ズボンのボタンをぜんぶはめていたことがあるか。そんなことは極末梢的なこととしてもだ。そのせいしんはどうだ。風やら雨やら、草やら花やら、そんなひと昔前の詩人がうたったようなことを、へたくそにうたい、一向にいさましい気にもならない。人のことに腹を立てる前に、じぶんのことを考えねばならないことになる。
 それなんだよ。
 きみたちが、いくら恋しがっても、もう昔のようにのんきな時代はやってこない!まっていても、いくら俟っていても、こない!
 ぎんざをなつかしくおもう。池袋のセルパンと云う喫茶店を、おもう。しかし、行ってみたまえ、東京には、ぎんざがあるであろうか。セルパンの蓄音機が、バイオリンコンチェルトを、今、うたっているであろうか。むかしのこと、むかしのこと。
 今、ぼくは、きびしく頭のきりかえと云うやつをやらなければならない。今にはじまったことではない。何度もやったができなかった。それほど、こいつはむつかしい。

御奉公と云う。こと、この御奉公に関しては、・・・

2006年04月04日(火) 9時32分
4月4日
 有請と云うのは、野球の方ではすこし名の知れた男だそうである。その方面にはぜんぜん興味のないぼくは、そんなことはどうでもよい。がんらい、運動家と云うものは、ぼくは、あんまり好まない。
 吉沼の神社のうらのたばこ屋へよって、なにか菓子はないかと云うと、はじめはないと云っていたくせに、五十銭ずつ、ビスケットのようなものを売ってくれた。
 途中の大砂と云う村で、米を五合買った。
 運送屋さんに着くと、すぐに、きのうの三冊の本を出してくれた。読みかけの『命ある日』はやめて、阿部知二の『朝霧』を読むことにした。
 機関銃をかついだ兵隊が走ってきた。汗びっしょりであった。弾甲をかついだやつもきた。駅前で状況が終わった様子であった。えらかろうなと思った。今はこんなにのんびりやっているが、決して対岸の火事ではない。もう一週間もすれば、足もとから火がついてくる。
 ぼくは兵隊なのです。
 新聞なんか読むと、よくそう云う気になるんだけどね。こないだも「印度流血史」と云う記事を読んで、とくにそう思ったんだけど、イギリス人やアメリカ人は実にひどいことをやるんだね。もしもこのいくさで、日本がまけたら、アメリカ人は、むかしイギリス人がインド人にしたようなことを、ぼくたちにもするにちがいない。わかりきったことだ。にっぽんの男は全部殺すと云っているのも決してうそではない。するにちがいない。
 そんな戦争だから、どんなことがあっても勝たねばならぬし、そんなことをするアメリカ人をやっつけなければならぬと思うんだ。
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