赤羽にて
2007年01月15日(月) 1時18分
赤羽で漫画家になった友達と飲んだ。
そのとき自分は漫画家として人生であと何冊本を世に出すことが
できるんだろうって言う話をした。
単純計算で、月間連載を持ち、月々30ページのペースで
かいていけば半年でようやく単行本1冊分、年間では二冊。
現役生活がどのくらい続くかはわからないけれど
仮に25年だとしたら50冊くらいしか形にはできないって。
一生で50冊。
一生という言葉と比べれば、人生を賭けて残せるものだと考えれば、
思った以上に少ない数字だっていう印象だった。
それだって順調にずっと描きつづけてのことで。
本当だったらきっともっと少なくなる。
週刊誌なら200冊くらいにはなるけれど、週刊でやっていく体力とか気力とか
手の早さ、ネタの多さ、そういうの考えたらやはり難しい。
もしも一生で残せる本が30冊だとしたら。
やっぱり描きたいものを描きたい。
表現したいとおもってしまう。
そういう話を聞いていろいろと思う。
作家として、表現する立場の人間として、
自分はその友達と比べるとずいぶん多くのもの見失ってしまっている。
伝えたいものがあるからこその表現だと思うし、
だからこそ価値があるんだろう。
絵はサービス業とはちがう。
これから先、描くことそのものに価値を見出していけるようになれればと思う。
そのとき自分は漫画家として人生であと何冊本を世に出すことが
できるんだろうって言う話をした。
単純計算で、月間連載を持ち、月々30ページのペースで
かいていけば半年でようやく単行本1冊分、年間では二冊。
現役生活がどのくらい続くかはわからないけれど
仮に25年だとしたら50冊くらいしか形にはできないって。
一生で50冊。
一生という言葉と比べれば、人生を賭けて残せるものだと考えれば、
思った以上に少ない数字だっていう印象だった。
それだって順調にずっと描きつづけてのことで。
本当だったらきっともっと少なくなる。
週刊誌なら200冊くらいにはなるけれど、週刊でやっていく体力とか気力とか
手の早さ、ネタの多さ、そういうの考えたらやはり難しい。
もしも一生で残せる本が30冊だとしたら。
やっぱり描きたいものを描きたい。
表現したいとおもってしまう。
そういう話を聞いていろいろと思う。
作家として、表現する立場の人間として、
自分はその友達と比べるとずいぶん多くのもの見失ってしまっている。
伝えたいものがあるからこその表現だと思うし、
だからこそ価値があるんだろう。
絵はサービス業とはちがう。
これから先、描くことそのものに価値を見出していけるようになれればと思う。


