カゼヲミロ*4 

July 17 [Thu], 2008, 12:35

練習が終わって、
同じ一年の男子と談笑する佐崎。

確か同じ時間に授業があって、
一男ふたり、一女ひとりで毎回練習に遅刻してくる。
三人はとても仲がよさそうに見える。
男子ふたりは男子校出身で女子に慣れていないのだけど、
佐崎が無邪気に接しているから、
ふたりとも安心しきってる。
佐崎が無邪気に差し出す弓や荷物を、
これが当たり前とばかりに持っているふたりが、
なんだか滑稽で、
なんだか。



今日の練習でたった一週間巻藁をひいていた佐崎を、
俺は佐崎の指導に入る。
毎日休まずに練習に来ていただけあって、
もともとひどかった筋力に関してはかなり成長していた。

「もっと開けよー、大きく大きく開けよー」

声をかけながら両手を掴んで開いてやる。
佐崎の額から汗が流れる。
離れた瞬間、キンと音がする。
巻藁には、真っ直ぐきれいに刺さった矢。
佐崎が満足そうな顔をした。

その横顔が幼くて、
でももっと見たかった。

「佐崎、もう1本巻藁ひいたら的前入れるから」

一瞬ぽかんと口を開けて、
俺を不思議そうに見つめてくる。
そして佐崎は、あわてて大きな返事をした。

月曜日にある1、2年練習では結構自由にやっているらしく、
佐崎はそこで巻藁を初体験したようだった。
はじめての巻藁、はじめて矢を番えて、矢を射るということは、
きっと忘れることはない。
そのくらい重要な体験だ。
しばらくしたら、2年はあいつを勝手に的前に入れるだろう。

だから、
どうしても、俺の管理下で的前に入らせたかった。
今。
このきれいな横顔の佐崎を。

ほんのり青みがかったシャフトと、
薄い桜色をした美しい矢を握りしめて俺の後ろにぴったり並んでいる佐崎を、
俺は的前に入れる。
佐崎の指が震えていた。

「大きく引けよ、巻藁と何も変わらないからな」
「はいっ」
「いつもどおり引け」
「はいっ」

佐崎の首筋をつたう汗が、胴着の中に滑り落ちる。

「狙いは俺がつけてやるから」
(大丈夫だ、俺がお前を)

お前を一人前にしてやるから。

俺は佐崎の一番近いところで、
佐崎の的前入りを経験させた。
俺が。

佐崎の細い腕から、俺の腕の補佐を受けて、矢が的へと討たれた。



「的前行ったじゃん」
「あ、見てた?ありがと…」

そう答える佐崎の横顔には、
恥ずかしそうに、かすかな嬉しさが滲んでいた。
俺がつくったその笑顔。
俺が。

俺の前では絶対に見せない笑顔。
俺の前ではきりりとした表情しかしないけど、
けど、
俺がつくったその笑顔。
俺が。

ふと気づいて、俺は顔を背けた。

カゼヲミロ*3 

June 30 [Mon], 2008, 21:46

練習中目に入ると佐崎を指導していることに気づいたのは、
五月も終わりに近づいたときだった。
気づいたというよりは、
伝えられたわけだけど。

「シュショー、最近佐崎のこと見すぎじゃないですか?」
「え」

練習後のコーヒーショップ、神埼がフルーツジュースを前にむくれる。

「意識ないんですか?」
「そんなに教えてなくない?」
「えー、一女には佐崎にしか指導してないじゃないですか!」

言われるまで気づかなかった。
無意識に佐崎に目が行ってる自分はわかっていたけど、
そんなに態度に出ていたとは。

思い出せば俺は、
非力な佐崎の両腕をつかんで、
全ての動作を補佐していた。
佐崎のシャンプーのにおいがわかるくらい側にいた。
しかも、確かに佐崎にしか指導していない。

神崎がむくれる理由も分かる気がした。

「でも佐崎、筋良いと思います。姿勢が良いですから」
「まぁな、あとちょっと胴作りと手の内なんとかすれば巻藁かなー」
「佐崎が的前入るの楽しみだなぁ」

むくれてみても、もともと素直な神崎は、
嬉しそうに後輩の成長を喜んでいる。
きれいな横顔を見ながら、笑ってしまった。

「何笑ってるんですかー」
「お前、嫉妬してるのか喜んでるのかわかんねぇから」

そう言って、薬指の指輪をなぞった。
去年、俺があげた金色のリング。
神崎と付き合って6ヶ月が経った。



大会も近づき、一年の指導をしている暇もなくなっていた。
的中のあがらないことに焦りを見せる神崎の指導をしつつ、
試合に出る一年の男子へも目をかける。
自分の的中だってひどいものだった。
何もかもが忙しかった。

佐崎が仕事中にミスをしたのは、そんな練習のさなかだった。
看的で射場を間違えるという、仕事の完璧な佐崎らしくないミスだった。

「ちげぇだろッ!」

俺が安土に向かって声を張り上げると、
佐崎はからだをはねらせてこっちを見た。
自分の間違を探して目で周りを確認し始める。
焦っているのは、目に見えた。

「最初っからやれよッ!」

佐崎の肩から怯えが見える。
イライラしたついでに、大声で怒鳴り散らしていた。
道場内はピンと空気が張り詰める。
佐崎はこっちを真っ直ぐに見て、声を張り上げる。

「失礼しました! 第1射場 大前一中!」

目を潤ませながら、しっかりとした足で走る佐崎を見て、
俺はもとの作業に戻った。
(こんな面倒なところでミスりやがって)

そのあとすぐに、
次の当番の一年に頼み込んで、
同じ仕事をしに駆けて行った佐崎を見た。
完璧に仕事を終わらせて帰ってくる彼女の目は、
負けん気でいっぱいだった。

(あいつ後輩のくせに、俺にリベンジしかけてるな)
そう思うと、無性に負けられない気がした。

カゼヲミロ*2 

June 08 [Sun], 2008, 17:31

新入部員が、袴を着る日がやってきた。
男子部員の着付けをチェックして、道場に送り出す。
最後のひとりを終えて、俺も道場に向かう。
そこで女子の更衣室から出てくる佐崎を見た。

ひとつに結ばれた黒い髪を、
黒いゴムでしばり終えると、青色の髪留めをつけた。
それは、蝶の形をしていた。

(遠田、そっくりだ)

そう思った。
練習中も、その機敏な動き方がそっくりで、
面白いほどそっくりで、何かと気になって見ていた。

そして、手出しはしないつもりだったのに、
俺は彼女の指導に向かっていた。
佐崎は筋力がないのか、うまいことひけない。
それを補佐してやろうと、両腕をつかんで開いた。
一生懸命それに答えようとしている顔を見るたび、

「頑張れ、もっと開け、頑張れ頑張れ」

そう言って佐崎の腕を開いた。
半ば無理矢理に開いた腕を戻すたびに、佐崎はつらそうだった。
けれど、その凛とした返事は、意志の強さを感じさせる。
(そんなところも、遠田にそっくりだ)

俺はいつしか、一年指導もするようになっていった。



女癖が悪い、なんて時々、いわれる。

一年のときに、弓道部のひとつ上の先輩と付き合った。
自然消滅した二年、同学年と付き合った。
その子とは、なんだかうまくいかなくて、俺から別れを切り出した。
そして今、ひとつ後輩の神埼、部活一美人の神埼。
ふたりの仲は、何かあるんじゃないかとうわさにもなるらしい。
神崎は、恥ずかしそうにその話を聞いていた。

実際の俺は、新歓で女子には声もかけられない。
見学に来た子にも、うまい話もできない。
とりあえず適当に話をして、つまらないこと言って、おしまい。
確かに軟派かもしれないが、そんなもの。

部活が終わって、同学年の幾野とふたりで道場を出る。
弦をとった弓に右近をかぶせて、事務連絡をしあう。

一年生が荷物を持って道場から出てくる。
その中に佐崎を見つける。
目が合う。
すぐに離す。
最近はその繰り返し。

荷物を床に広げながら、一年生同士で他愛のない話をしている。
練習中の真剣な表情を崩して、
佐崎は無邪気に笑っている。
そんなところも、遠田にそっくりだった。

遠田光流。
同級生には、ヒカルと呼ばれていた。
練習中の真剣な眼差し。
あの無邪気な笑顔。
黒いポニーテール。
「河島先輩」と呼ぶ凛とした声。

俺が一人前に育てた、唯一の後輩。


「河島さん」
「おっ」

目の前に突然現れた佐崎に、驚いて俺は懸けを落とした。

「うあ、失礼しましたっ」
「あ、…うん」

拾い上げて俺を見ているその目が、
やっぱり遠田に似ているなぁと思いながら、
受け取った俺は、目を離して横を見た。
少し悲しそうな顔をして立ち去る背中を、
しばらくしてから横見する。
ぴんと伸びた背筋が、やっぱり似ているなぁと思いながら、
俺は弓を包み終える。

カゼヲミロ*1 

June 08 [Sun], 2008, 16:45

その風が
その道を決める
一瞬の風を起こすのは
自分の指と腕だから

それをお前に
俺が教えてやるよ

俺がお前を一人に飛べるような
凛とした蝶にしてやるよ


カゼヲミロ


今年も春が来て、道場の横には桜が咲いている。
俺は的前に入って、じっと前をにらんだ。
袴の裾を風が通る。
指を離す。
矢が的を貫く音がした。

「よしっ」

部員の声がして、俺はそこを立ち去る。
弓道を始めて、6年目の春。
俺は大学の体育会弓道部で、主将になった。
後輩には、たぶん人気はない、好き勝手やってるから。
けれど、俺くらいしか毎回部活に出れるヤツがいなかった。
それだけだ。

今年は良く、女子の見学者が来る。
道場を眺める私服の見学者に目を向ける。
二年の新入生担当が、部活について熱心に説明していた。
それを真面目に聞いている見学者。
その中のひとりが、ゆっくりと的のほうを向いた。
風がその黒い髪をなびかせる。

その横顔に、見覚えがあった。
(遠田…?)

俺は一瞬、ぐっと胸をつかまれるような錯覚がした。
俺の声に反応したのか、そのひとりが俺を見る。
風にからまる前髪を押さえるようにして。
目が合う。

「河島さん、指導お願いします」

副将に声をかけられて我に返る。
すぐに目を離して、副将とともに巻藁まで移動する。
しばらくしてみると、見学者達はいなくなっていた。

(…どうみたって別人だ)

なにせあいつは関西の大学に行ったんだ。
どうして今更、思い出す。
俺は弓を持って、速やかに的前に向かう。

それでも俺は、その一人の名前だけ新入生担当に聞いた。
彼女の名前は「佐崎碧」
どこにでもいるような名前だった。



しばらくして、ちらほらと一年生が入り始めた。
二年生が指導を請け負うため、最初は何も気にせずにいたが、
その中に、佐崎の姿を見つけた。
副将に基礎から習っているその姿はまだジャージで、
袴を着ていない佐崎の姿は、まるであいつには似ていなかった。
ただその物見の横顔に、少しだけ面影はある。
俺は極力、それを見ないようにつとめた。

「河島さー、少しくらいは一年指導に行けよ」
「はぁ? めんどくさい」
「ったく、じゃあ私が行ってきます」

河島って後輩指導は一部を除いて嫌いだしな。
女責の石川は、まっすぐ佐崎の方へと向かう。
俺は的前に入った、神崎の指導をはじめた。
神崎は二年の女子で、
うちの部にはめずらしい茶髪の美人だ。
俺は基本、神崎にしか指導しない。
石川によると、二年や三年にはよくそんなことを言われているらしい。
神崎と俺は仲も良いから、なおさらだ。
それでも、俺は構わない。
神崎は俺の指導を一生懸命聞くから。

「はいっ」

神崎の返事を受けて、俺も的前に入った。

少女S少年*22 

January 07 [Mon], 2008, 17:07

学校が秋休みに入り、俺はいつもの電車に乗ることもなくなっていた。
秋休みとは言え、塾はあったけど。
10月は、そんなふうにだらけて過ぎていった。

あれから俺は、一度もけやきの下に立ってない。
そしてあの封筒は、俺の机の引き出しに眠ったまま。
家では勉強しない俺は、さらに机から遠ざかった。
引き出しから、封筒の寝息が聞こえるようで、近づけなかった。
自分で行動しておいて、つくづく馬鹿だと俺は思う。

彼女には、聞けずにいた。
以前、高田と付き合っていたこと。
そのせいで圭太と高田がもめたときのこと。
圭太のことを、きっと、今も好きなこと。
聞きたいことはたくさんあった、全部全部聞きたかった。
でも俺は、今日もこうして彼女と一緒にいるのに、聞かない。
彼女は黙々と、参考書の吟味をしている。

「陶智君、それとって」
「えー、届くでしょ。このくらい」
「うるっさいな、届かないから頼んでんでしょ」
「小さいなぁ」
「いいわよ、自分でとるわよ!」

鼻息荒く俺の腕をよけて、背伸びして本に手をかける。
でも、取れそうで取れない。
彼女の制服のスカートが、足のぎりぎりのところで揺れる。
俺は彼女を制して、本を取ってあげた。

「んもう、とれるって言ったのに」
「はいはいごめんね」
「思ってないのに言わないの、腹立つ!」
「思ってるよ」
「うそつき」

彼女はしかめっ面をして、早足でレジに向かった。
あわてて俺もそのあとを追う。

「あ」
「うわっ」

急に止まった彼女、その拍子で、俺は彼女に覆いかぶさってしまった。
誰もいない本屋のフロア、時が止まったような状態になった。


「…」
「う、あ、ごめん。ごめんごめん!」

焦って離れようとして、俺はカバンを放り出す。
そして俺は、彼女を見た。

彼女は、まるで怯えた弱い動物のように、全身を一生懸命縮めて、身を守っていた。
俺はそんな警戒した姿に、思わずショックを受けた。

「ご、ごめん…」
「え、あ、うん。大丈夫よ」

はっとして、全身から力をぬいた彼女は自分の落とした参考書を拾う。
俺も、落としたカバンを拾って、彼女の顔を見た。
困ったような、怒ったような、ひどく落ち着かない面持ちをしていた。

「あの、ごめんね…」
「や、あのね、別に、あなたに触れられて吐きそう、とかじゃないのよ」

俺の不安を的中させるような言葉が出てきて、またショックを受ける。
あわててとりなす彼女の目が、そこらじゅうを泳ぐのをぼんやり見ていた。

「だから、だからね、私ちょっと驚いただけで、別に違うのよ!」
「いやいいよそういうフォローは…」
「確かにちょっと気持ち悪かったけど」
「ほらー…」
「だから、そういうんじゃなくて」

――― ダメなのよ、後ろから触られるのは。
私にとって、特別な意味があるから。

彼女は切羽詰った表情で、そうこぼした。



少女S少年*21 

October 01 [Mon], 2007, 13:44

「ん?どうしたー」
「あのね、今日ね…」

彼女の悩みは、仲の良かった友達からの拒絶だった。
最初の頃は冗談程度に話していた話だった。
その友達と、今日話ができたのだという。

「それでね、私泣いちゃってね、馬鹿だよね…」
「そっか」
「でもね、本当にね、不安だったんだ」

拒絶って今まで、こっちからしか、したことなかったの。
だからね、こんなに辛いものだなんて、知らなかったの。

「だって、自分からしちゃえばこんな思いしなくていいんだよ」
「そ、うだけど…」
「だから、される前にするよ。私は」

受話器の前で、微笑んだように思える声だった。

「あのね、本当あなたはすごいよ」
「へ?」
「だってね、私あなたみたいに人に優しくなんかできない」
「そー?」
「私だったら電話なんかかけない。メールも無視しちゃうかも」
「…」
「だからね、あなたはすごいと思うよ」
「ふーん」

「そういう優しいところが好き」

不意な言葉に、俺は一瞬心臓が焼ける思いがした。
反応を待たずに、彼女は言葉を続ける。

「好き好き、好きー」
「はぁ…」
「あ、ねぇ好きだから、本買ってきて。この前私がほしいっていってたあれ」
「へ?やだよ面倒くさい…」
「やだ、買ってきて」
「やだじゃない!」
「あはは、お母さんみたい」
(お母さん…ですか)

「ありがとう、元気になったよ」
「うん、良かった良かった」
「あ、思ってないでしょ」
「そんなことないよ!」
「ふふ、嘘つき。でもいいの。じゃあね」
「うん、じゃあね」

(俺は優しくなんかないよ)
机の奥、赤い宛名の手紙を前に、俺は自分を嘲笑した。



「蒼葉様ってさ、変わってるよねー」
「うん、それはうちの学校のヤツなら皆知ってるよね」

俺の質問に答えながら、山井は目をこすりながら単語カードをめくる。
のんびりと次のことを続けた。

「だいたい、圭太と付き合ってたんだから変わってるでしょ」
「そうだよねー。まぁ」
「てーか何いきなり、菅井って蒼葉様と仲良いの?」
「んー、…普通だよ」
「そー。いきなり菅井から言い出すから驚いた」
「まぁね」
「そーいや、蒼葉様って俺らの学校のヤツでは有名だしね」
「んー」
「まぁ元彼ふたりもうちの学校だしね」
「…ふたり?」
「あれ、知らなかったっけ。蒼葉様とタカつきあってたよ」
「え…?」

驚いて山井を見るが、山井は何事もなかったかのように作業を続ける。

「知らなかったんだ、意外」
「え、だってはじめて聞いたし。そんな話」
「んー、まぁそんな長くなかったしね」
「…そうなんだ」
「しかもさー、あれだよ。圭太と三角関係だったの」
「…それ本当?」
「ここでウソついてどうすんだよ」

山井はのそのそと筆箱からペンを引き出した。


圭太とタカ、そんとき仲良かったから、大変だったよいろいろ。
もともとはタカと蒼葉様は付き合ってて、で別れて。
で、タカが蒼葉様を圭太に引き合わせたんだ。
女好きの圭太はさっさと惚れたよ、黙ってれば蒼葉様も普通だし。
で、蒼葉様も圭太のことはそれなりに気に入っててさ、付き合い出したわけ。
それで、気づいたんだねタカ、自分がまだ蒼葉様が好きだったってこと。
タカってそーいうの、我慢できないから、そのまま告っちゃったんだよ。
で、三角関係突入。

俺はその真っ最中の頃に蒼葉様とは知り合ったけど。
皆でいたときに、蒼葉様ってばさ、男だらけのとこで爆睡しはじめて。
圭太がふざけて蒼葉様のこと抱きしめたりしてたのね。
で、だんだん本気になり始めて、ついにはずーっと離さなくて。
蒼葉様はガンガン寝てたんだけど、動いた拍子に圭太がキスしちゃってさ。
いつもは強気な蒼葉様が、寝てるのにちょっと笑ったんだ。
あれは、正直言うけど、すっごいかわいい顔したんだよ。
タカ、ヤバかった、そんとき。
圭太ひっつかんで、引き離して、寝てる蒼葉様にキスしたの。

それからさ、あいつら急に距離できたりとかして。
一時期は本当、ヤバいもめてたんだよね。
お互いのこと嫌いあったりとかして。
まぁふたりが別れてからは、そんなこともなかったんだけどさ。

しばらくして、ふたりとも別の人と付き合い始めてた。
圭太はその子に夢中だったけど、タカは違った。
蒼葉様のことが、全然忘れられてなかった。

「俺が知ってるのは、そんくらい」

山井は、じゃあ俺トイレ行くから、と言って席を立った。



昨日の電話で、彼女は言っていた。

「私ね、元彼にはね、好き、とか言えなかったんだ」
「はぁ?変なの」
「だって、『蒼葉様、好き〜っ!!』とか言われたら、焦っちゃって…」
「じゃあ誰に言うんだよ」
「だって、恥ずかしくって言えなかったんだもん」

好きすぎて、言えなかったんだ。
圭太のことを言っているのだと、すぐにわかった。

少女S少年*20 

September 27 [Thu], 2007, 22:04

外灯に照らされて、けやきがさらさらと音をたてる。
今日もそこにいる、Sの姿が見える。
Sは座り込んで、けやきの根元に何か置いた。

「また来たのかよ、お前」
「お、お前だってまたいるじゃん」
「俺はこの事件の加害者なんだから」

何も言えない俺のことなど知らん顔で、Sはけやきを眺めている。
そして、俺に視線を移すことなく立ち上がる。

「待てよ、俺はお前に聞きたいことが山ほど…っ」
「赤の他人に話すことなんか、ない」

そう言ってすたすたと去っていく。
俺は距離をつめられずに、また見送ってしまう。
(意気地なしだ)
視線を落とすと、ふと根元においてあるものに目がいく。
ちいさな花束や飲み物、お菓子の間に、それはそっと隠れていた。
それは手紙だった。
白い封筒に入れられて、凛とそこに存在している。
俺はそっと手を伸ばして、それを拾い上げる。

高田オサム様

それは赤い宛名で、手書きだった。
裏をめくったが、差出人の名前はない。

(これは、たぶんSが書いたんだ)

独特ながら達筆な、赤い宛名。
俺は好奇心の中、その手紙を握り締めていた。
(中が見たい)
(でも、それは許されるべきじゃない)
(それでも、俺は知りたい。高田を死においこんだ理由を)

(違う、俺が知りたいのは…


俺は、その手紙をそっと元に戻した。



「圭太さー」
「あー」
「やっちゃいけないのにしたくなることってあるよね」
「は?レイプのことか。そりゃまずいですよ菅井君」
「お前ねぇ…」

雨のせいで屋上にいられない俺達は、屋上前の階段に座っていた。
もうじき俺は予備校のためにここをどくけど。

「俺ぁそーいう趣味はねぇな。恥ずかしがってるのにってのは好きだけど」
「聞いてねぇよ。死ね」
「お前にそんな趣味があったとはな」
「違うから」
「何だよお前、ゲイネタは乗ってくるのに」

圭太は眺めていた携帯を放り出す。

「で、何なんだよ」
「いや、見ちゃいけないけど見たいものがあるの」
「エロ本くらいお前も持ってんだろーが」
「だから…何で全部下に持ってくかな…」
「いんじゃね、見れば」

こともなげに、圭太は言う。

「だってお前見たいんだろ、見りゃいーじゃねーか」
「でも…モラルに反するっていうか」
「モラル?お前バッカじゃねーの。見たいなら見ろよ」
「…」
「後悔してもいいなら、モラルが守りたきゃ、そんなら見んな」
「…後悔ね」
「あ、あれだ。何か見てまずいことになってもいいっていう覚悟もあればな」
「…」
「覚悟なくって最後に誰かに責任擦り付けるならやめろ」
「…後悔と覚悟か」
「あー、俺なんか真面目に答えちゃってるよ。痛いな」

俺は馬鹿キャラなのにな。
そう言ってかかか、とアホそうに笑った。

「俺、そろそろ予備校だから行く」
「おー、あ、俺もあいつらんとこ行かなきゃだ」

ズボンからだらしなく出たシャツをしまい、圭太も立ち上がる。



予備校帰り、俺はひとりけやきの下に立つ。




[ 話を聞いて、陶智君。 ]

ご飯を食べ終わって携帯を開くと、一通のメール。
俺はあわてて返信を打つが、三時間経っても返事がない。
電話をかけると留守電につながる。
(どうしたのかな…)

着信後数分で、彼女からの返事が返ってきて、
俺は急いで電話をかけた。

「もしもし?」
「と、陶智君…」

か細い声は、いつもの彼女とは少し違っていた。


少女S少年*19 

September 26 [Wed], 2007, 21:07

すさまじい勢いでマシンガンのように喧嘩を終えたふたりは、
それぞれの席について出てきたメニューを黙々と食べている。
俺はどちらにも視線を配りながら、ふと彼女に目をとめる。

(泣いてる…)

抹茶フロートをすすりながら、彼女は一点を見つめていた。
そうしていないと、涙がこぼれてしまうんだろう。
俺は気づかないふりをして、圭太に視線を移した。
もちろんこっちはそんなことお構いなしに、だらしなくスプーンを握っている。

図ったかのように勘定を俺に差し出したふたりは、
タイミングをずらすようにしてさっさと外に出る。
俺は会計をすませて、ふたりに続いた。

帰り道は、俺ゲーム見て帰るわ、と唐突に言い残し、
圭太はさっさとどこかへと消えていった。
俺の肩の下のほうから、ため息が聞こえる。

「疲れた…、すっごい疲れた…」
「そー」
「あいつ、嫌い。大ッ嫌い!!」

言葉のひとつひとつにエネルギーを感じる。
これは正なのか負なのか。
受験で化学を使う俺の中で、ふとそんなことが浮かんだ。
ふとバイブの音がして、彼女が俺にキャリーケースを投げつける。
あわてて受け取った俺の目の前で、彼女はカバンをあさり始めた。
携帯を取り出して、ランプを一心に見ている。
信じられないという風に、携帯をゆっくり開く。
キーを押す左指が、カチカチ、と音をたてる。
俺も横から覗く、彼女は拒否しない。

[お前、菅井とそんな仲良かったんだな。知らなかった]

またこんなしょうもないメールを、別れたばかりなのに。
そういうだろうと思って、彼女に笑いかける。

彼女は、泣いていた。
我慢しているその目から、今にも涙が落ちんばかりで。
手を伸ばして、俺はそっと元に戻していた。
俺の視線に気づいた彼女は、視線を落とす。

「ごめ…」
「な、何であなたがあやまんの?何もしてないのに」

気丈に言葉を発したつもりで、彼女はミスをした。
感情の抑えが利かなくなって、顔をゆがめる。

「あおちゃ…」
「見ないで」

そう言って顔をそむける。
俺は手を伸ばすことも、近づくことも出来ずに、そこに立ち尽くす。
しばらくして、目を赤くした笑顔で、彼女は振り返った。

「ごめん、待たせたね」
「いや、いいけど…」
「何でもないから。ちょっと涙腺弱くなってただけだから」

そう言って、にっと笑う。
俺のあいまいな表情に不服そうに、ふくれっつらに変えた。
そして手を伸ばして、俺のほおをつまんだ。
気にくわないことがあると、彼女がする、いつもの動作。

「全く。何て顔ですか?」
「…」
「私といるときに、そんな顔はしないで」

泣いたばかりの目を潤ませて、そう笑う。

「さぁ、帰ろうか」
「うん」



(泣いてた…)

勉強の合間に、くたびれてベッドに横になる。
彼女の残像がよみがえる。
彼女は泣いていた。
喧嘩の後、メールの後、精一杯我慢して。
しゃくりあげそうになるのを、必死でこらえながら。

(どうして泣いたんだろう)

寝返りをうつと、握っていた数学の教科書が転がった。
俺は拾うのもおっくうで、そのまま目を閉じる。

しばらくして、俺は携帯のバイブで目が覚める。
わけもわからず開くと、着信。

真鍋だ。

「も、しもし?」
「よー、菅井」
「…久しぶり」
「おー。ごめんな、シカトしまくってて」
「うん、まぁ」
「俺さー、また月曜から学校行くから!!まぁ今週と来週は許せ!」

今さ、俺ばあちゃんちにいるんだわ。
そう言ったのは、いつもの、今までの真鍋だ。

「心配かけたろ、悪かったな!!」
「本当だよ。俺が着信残すなんてありえないんだから」
「おー。嬉しかったぜ!」

俺さ、今親戚の結婚式のために屋久島にいるんだわ。
すっげぇぞ屋久島!マジすげぇの、お前にも見せてやりたいよー。
親戚が、デキ婚でさ、今おなかに赤ちゃんいるのな。
触らせてもたらったらさ、蹴ったんだよ、お腹。

俺さ、こっち来てから元気になったよ、本当。
命ってさ、すげぇ簡単になくなるんだよ。
でもさ、生み出すのにはすっげぇたくさんの力が要るんだ。
命って、そう簡単にさ、捨てられるもんじゃないんだよ。
俺ができるのはさ、それをちゃんと知っとくことぐらいしかなくてさ。
でも、それって、大切なことだと思うんだよ。

真鍋はそう言って、受話器越しに鼻をすすった。

その後俺と真鍋はくだらない話をして、電話を切った。
直後に、Sについて聞くべきだと思った。
だけど、やっと前を向きはじめた真鍋には、聞けないと思った。
再来週に帰ってきたときに、聞けばいい。

そう思って、携帯をおいた俺は、また目をつぶった。

少女S少年*18 

September 24 [Mon], 2007, 15:34
夢を見た。

目の前にいるのは、俺と同じ制服の少年。
髪は黒く、やわらかそう。
(触りたい)
そう思った俺の中の思考の声は、少女の声だった。
手を伸ばす俺の腕に引っかかる袖は、黒い冬服のセーラー。
顔に触れた長い黒髪を左手でかきあげる。
ブレザーの袖をそっと掴む。
振り返る少年、拒絶を恐れる少女の気持ち。
その指に、少年は自分の指を絡めて、ふたりは手を握り合う。
少年の手は、俺の腰にまわり、引き寄せる。

世界が暗転する。

少年の唇が俺の唇に触れる。
少女の思考は、安堵と快感と、そして背徳で満たされる。
我慢できずに声を上げる、それでも少年は離さない。
(好きなの)
少年の腕が、俺のからだを抱きしめる。
(好きなの。愛しいの。離さないで)
華奢なのに、包み込まれるようなその体温に、泣きそうになる。

世界が反転する。

誰かの唇が、首を伝っている。
俺は浴衣を着て、後ろから誰かに抱きしめられている。
長い前髪をかきあげて、横目に後ろの誰かを見る。
さっきの少年ではない。
嫌がって身をよじる、でも逃げられない。
(離して。あなたがほしいのは私じゃない)
俺は背中を反らせて、誰かを突き飛ばす。
振り返ると、そこにはまた、同じ制服の少年。

「違う…。俺がほしいのはお前なのに」
(お前がほしいのが、俺じゃないんだ)

少年は、そのまま消えていく。
浴衣の裾を直しながら、俺は少年と正反対の方向へ足を踏み出す。
乱れた髪を、酷く冷静に戻しながら。

世界が逆回転する。

乱れた制服のまま、少年に覆いかぶさっている。
リボンをほどくその手が、そのまま襟の奥へと伸びる。
とっさに拒否する俺の手を、少年は掴んだ。
その手をほおに当てて、楽しむように目をつぶる。
俺はその白い顔に、もう片方の手をそわせて、自分の顔を近づける。
唇が触れる。
少年は、自分の鼻で、俺の顔をなぞる。
くすぐったさと恥ずかしさで、少年のブレザーに顔をうずめる。

「どうしたの?」
「…恥ずかしい、から」

しかし少年は、俺のあごを少し傾けて、また唇を重ねる。
顔にかかる長い黒髪を、優しくかきあげて。

「かわいいよ」
「うるさ…んっ」

反論する前に、口内に舌を入れられて、感覚が麻痺する。
何も見えない不意の怖さで、俺はブレザーを握り締める。
その手をほどいて、少年はまた指をからめる。

「あなたは、俺の物だから」
(誰にもあげない)

そうしてまた、俺は少年に抱きしめられる。
心臓の音が、どうか彼にも通じたらいい。
いっそ、心臓も通じてしまえば良いのに。

「私は、」
(あなたと、ひとつになりたい)

それは冷たい少女の感情の中、異質なエネルギーを放った。
青白いその光に、俺は ―――――――――――――


目が覚めて、俺は空虚感で満たされていた。
何もかも、あの少年に奪われていた。
その少女の思考の欠片が、まだ俺を支配していた。

しばらくして、やらかしたことに気づき、俺はベッドから急いで起き上がった。



顔を洗ってタオルで顔をふく。
目の前の鏡に映っている自分の顔、確かに男だ。
でも夢の中で、俺は女だった。

(あなたと、ひとつになりたい)

あの強い、暗闇の中の眩しい思い。
そして、あの少年だけに感じていたあの安堵と快感と、背徳。
(昨日、恋愛系の小説読んで寝たからかな…)
俺は洗濯機の中のものを思い出して、げんなりした。
(俺、男にキスされて…それで…あー…)
今日はなんだかよくない日だ、絶対よくない日だ。

「あーっ!!」

叫ぶと、姉が洗面所を覗いてひいていた。



「すーがーいーくんっ」
「うっ」

模試の会場で、俺は圭太に抱きつかれた。
いつもの俺なら抱擁のお返しくらいはするけど、今日はダメだ。
…思い出す。

「何だよ、いつものお前らしくゲイに行こうぜぇ」
「今日はダメ、どうしてもダメ」
「何だ生理か」
「 そ う だ よ ッ !!」

俺は模試にだけ集中して、夢を忘れることに成功した。
帰り、圭太とふたりで駅まで向かう。

「今日俺らの後ろの後ろの隣の右横の子、かわいかったなー」
「誰だよ、わかんないし」
「まぁお前はゲイだからな、知らなくてもあたりまえだ」
「じゃあお前は何なんだよ」
「バーカ、両刀だよ」

そう言った圭太の声にかぶるように、俺は後ろから衝撃を感じた。
驚いて振り返ると、にこにこと嬉しそうな彼女の顔。

「同じ模試受けてたんだねっ」
「あ…ソウバ様」
「んあ?」

圭太も遅れて振り返ると、彼女は驚いて手を離した。
真っ直ぐと圭太を見つめてる。
圭太がそんな彼女を見て、にやりと笑った。

「じゃ、私行くね、ごめ…」
「おいお前、何ビビってんだよ」
「な、ビビッてなんかないわよ!!私は…」
「どーせ暇なんだろ、来いよ」

そう言って、圭太はそのままずんずん歩き出した。
俺が彼女を見下ろすと、彼女は心底困った顔で俺を見た。

「ど、どうしよ、陶智君…」
「…行きたくないならいいんじゃない?」
「で、も、馬鹿にされるっ」

そう言って、俺のカバンをつかむと、圭太を追って歩き出す。
俺はされるがまま、彼女の歩幅に合わせて歩いた。

喫茶店でそれぞれがメニューを見ている。
彼女は迷うことなく俺の隣に座る。

「俺いちごパフェー」
「俺は…。あ…ソウバ様は?」
「ん、もち抹茶フロート」
「じゃあ俺コーヒーフロート。すいませーん」

緊張した面持ちで、彼女は視線を一点に固めている。
それを横目に、圭太はメニューで思いっきり彼女を殴った。

「いった…な、何すんのよこのド阿呆!!」
「るせー。何かお前、鉄仮面な顔してる」
「鉄仮面って…あ、あんたに言われたくないわこの童顔ッ!」
「イケメンに向かってブスが文句言うな、ブース」
「な、ブスっていうなーッ!!」

これはなんていうか、
(あきらかに痴話喧嘩だ)
俺は早速やってきたコーヒーフロートをすすりながら見ていた。



少女S少年*17 

September 23 [Sun], 2007, 22:54

Aと俺はお互いの顔が確認できないぎりぎりの距離で対峙した。
Aはうつむいてはいるが、先ほどの焦りを感じない。
胆をすえたように、仁王立ちながら、緊張感を放ってる。

「君なんだね。高田を、精神的に殺したのは」
「精神的に…」

まだ声変わりをしてない、ボーイソプラノ。
俺はたたみかけるように言葉を続けた。

「そうでしょ?君が高田の首に縄をかけたわけじゃない。
 君が壊したのは、あいつの心なんでしょ?
 君は何をしたの?あいつが死にたくなるような、何をしたの?」
「…うるさい、お前に僕の何が分かるんだ…」
「し、知らないから聞いてるんだよ」

小さいからだから、殺気を感じる。
押し殺したみたいにちいさい声だけど、よく透ってる。

「僕は何もしていない。あいつが悪いんだ」
「…高田が何をした?」
「面倒なことばっか。あいつがほしかったのは、僕じゃない」
「…」
「だから、突き放しただけだ」

長い前髪の下、一瞬外灯に反射した瞳が光った。
それは、ホラー映画のような印象を受けるほどの。

「僕のしたことは、犯罪か?」
「それは…」
「答えろよ、僕は罪を犯したか?」
「…」
「僕は、悪くない!!」

問い詰めるような鋭い声に、俺は視線を下げる。
その瞬間を見計らって、少年はすばやく走り出した。

「ま、待ってよ。逃げるなよ!! 君は…」
「Sだ。お前なんかに名前は、教えてやらない」

グレーのブレザーは、暗闇に消えた。



「俺さー」
「んー」
「何か、最近、現実生きてるようで生きてない気になるの」
「へー。菅井頭おかしくなったんじゃない」

山井は眠そうな目をこすって、ノートをめくった。
こいつの場合、眺めてても勉強になっていないはずだ。
山井は俗に言う、四天王のひとりだから。
そいつにおかしくなった呼ばわりされて、俺は言葉をとめた。
山井は気にせず、ノートをめくる。

「だいたいさ、自分の名前名乗るのにイニシャルっておかしいだろ」
「え?アニメかよ」
「だよね…」

俺はため息をついて、倫理の教科書を置いた。

「で、そのアニオタのせいで、菅井は現実を生きれてないのね」
「…まぁそんな感じ。あー、明日模試かー」
「俺はあんま関係ないや」
「だろうね。俺そろそろ行くわ」
「あ、予備校ね」
「うん。つーか、山井といると勉強する気失せるから」
「あー。誰かにも言われたわ」
「それは奇遇。俺そいつとは友達になれそ」

荷物を背負って、曲がったワイシャツを直し、俺は学校の自習室を出た。



「ねぇ」
「なーに?」
「あなた、疲れてる?」
「今日予備校だったし。最近面倒なこと多くて」
「この電話とか」
「そー」
「わー!腹立たしいっ」
(また怒った)

彼女の反応に、俺は笑う。

「受験やだー」
「はいはい」
「勉強してもしても受かんない気がしてくるの」
「受かんないかもね」
「うるっさいわね!受かるわよ!!」

彼女は、俺の反応してほしいとおりに反応する。
それが面白くて、それでいて。
受話器越し、声を出さずに微笑む。

「あなたって、優しいよね」
「へ?」
「私には無理だな、あなたみたいに振舞うの」
「何いきなり?」
「私、嫌いな人には露骨だから。すぐ、ペイッてしちゃう」
「だろうね」
「だから、あなたはすごいの。私からしたら」
「へぇー」
「はいはい、また興味ないですね、すみませんね」
「そんなことないよぉ?」
「はいはいご機嫌とりお疲れ」
「あいっかわらずかわいくないね」
「今更!」

「私ね、本当両極なんだ」
「ん?」
「ほしいものはほしいけど、ほしくないものはいらない」
「皆そうでしょ」
「違うの。人よりずっとずっと身勝手なの」
「まぁそうだと思うけど」
「…怒らないわ、話続けるわよ」
「どうぞどうぞ」
「…。とにかくね、いらなかったら、本当すぐ捨てるの」
「ふーん」
「しかも捨て方がねー、酷いっていうか」
「まぁ想像つくけど。元彼への態度とか」
「そりゃ説明の手間が省けるわ。優秀なのねー」
「はいはい、それで?」
「うん。だからね、敵ばっかりなのよね」
「あー、そういうことね」
「そう。あっちもこっちも敵、敵、敵!!」
「大変だ」
「うん。だからね、私の味方なんてあなたしかいないのよ」
「貴重だね。大事にしてよ」
「それは無理」
「えー?!」

「もう時間だから切るね」
「えー。いーやーだー」
「はいはいいつもお粗末様です」
「切っちゃうのー?」
「切っちゃう切っちゃう」
「やだー」
「うそつき」
「本当だってば」
「ふふ、ありがと。おやすみ」
「うんおやすみー」
「私は」
「「寝ないけど」」
「じゃあね」
「うん、バイバイ」

いつもどおりの電話。
俺は携帯を置いて、ベッドに寝転んだ。

2008年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
  • アイコン画像 ニックネーム:魚
読者になる
Yapme!一覧
読者になる