やるならやらねば!
October 28 [Wed], 2009, 21:53
ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!が
DVD化される。
内村さん、南原さんとは「夢で逢えたら」という番組で知り合った。
知り合ったと言っても僕は、カメラアシスタント。
そして何カ月か後には、
カメアシをやりながら、少しずつカメラをやらせてもらう事に・・・。
失敗続きの下っ端カメラマンの僕はいつも先輩に怒られていて、
「辻、早くしろ!」とか「お前待ちだよ!」とか言われ、
先輩や出演者さんに迷惑を掛けていた。
そんな状況の中、南原さんが僕の名前を覚えてくれた。
「辻、早くしろ!」と言って・・・。
そんな僕の名前を初めて覚えてくれたタレントさんである、
南原さんとその相方内村さんの番組に、
正式に参加することになったのは、
23〜24くらいだったと思う。
当時、ウンナンさんは、
「誰かがやらねば!」という番組を経て
「やるならやらねば!」という冠番組を持っていました。
僕は番組スタートから参加していたスタッフではありませんでした。
僕が、この番組に参加する事になったのは、
先輩カメラマンの退社がきっかけでした。
その方の穴埋めとして後輩の僕が抜擢されたのです。
そしてそのカメラさんは、
志村さんの番組「だいじょうぶだぁ」も担当されていて
そちらも、
僕が、1ランクアップを
是が非でもしなければいけない状況になった。
尻に火がつくと言うのはまさしくそういう状況で、
すみません・・・・僕には無理です・・・。なんて口が裂けても言えない。
自信なんかあるわけもない。
志村さんの番組では、チーフに
やっと怒られなくなってきたところの1ランクアップだった。
がむしゃらとか、わき目も振らずとかそういう感じです。
とにかく必死でした。
話は「やるやら」に戻します。
この番組では、いろいろと出会いがありました。
チーフカメラマンは、
当時所属していたニユーテレスの先輩でしたが、
セカンドカメラマンは外注カメラマンNさんでした。
ただ、このカメラマンさんから受けた影響は、
僕の大切な財産になっています。
現在はバラエティの世界ではなく、
音楽界のカメラマンとして大活躍されています。
わかる方にはわかるヒントを出します。
その方は、吉田拓郎さんの大ファンです。
このカメラマンさん、
一緒に仕事をし始めてからわかったのですが、
専門学校の先輩でした。
僕が、音楽番組に興味があることを理解してくれて
音楽系の仕事に時々誘ってくれます。
僕の音楽系の仕事は、すべてこの方きっかけです。
このカメラマンさんがやるやらの当時、こんな事を言いました。
「俺は若い頃、ニユーテレスの◎◎さんに、凄くお世話になったんだよ。
俺にとっては、心の師匠だよ。
だから俺は恩返しじゃないけど、
君たちニユーテレスの若い子達に、
会社が同じとか違うとかじゃなく
同じカメラマンという仕事の先輩として、
いろいろアドバイス出来たらな・・・と思うんだよ。」
僕は今、これと同じ事をいつも実行しようと思っています。
このカメラマンさんの
非常に前向きな姿勢をいつも手本にしたいと心がけています。
Nさんこそ、僕の心の師匠です。
そんなカメラマンさんと出会わせてくれたのも、
この番組。
そして、僕の人生で、この人と出会わなければ・・・・
という人がたくさんいるのですが、
その中でもかなりランキングの高いディレクターと出会います。
(出会いというか再会というか・・・)
めちゃイケ総監督(10月から企画統括)である、
片岡飛鳥さんと、本格的に
カメラマンとディレクターという立場で仕事をし始めたのが
この番組です。
もともと僕らは、社会人同期なのです。
’88年度、フジテレビ入社と、ニユーテレス入社。
年齢は僕の方が3つ下。
だから僕は「片岡さん」と呼ぶ。
同期の社員さんという事で、彼の存在自体は知っていた。
ただ、「オレ達ひょうきん族」という番組で、
AD、CAとして一緒に仕事はしていたのですが、
話をした事などありませんでした。
片岡さんは、「笑っていいとも!」などのADもやっていました。
片岡さんは伝説のADです。
タモリさんが毎日使う、
「今日は・・・・・ですね」と言うとお客さんが、
「そーですね!」というアレ。
さらに、タモリさんそしてさんまさんの使う
ワァ〜チャッ!チャッチャッチャッ!というアレ。
2つとも、片岡AD考案の前説ネタなんだそうだ。
凄いですよね。ADが考えたものを
タモリさんが毎日やるんですよ・・・本当にスゴイ。
そんな片岡さん、
この番組ではチーフADを経てディレクターデビューをする。
片岡さんの担当していたナンチャンを探せ!や
ナンバラバンバンは、好きでした。
なにせ、やってて楽しかったし、
放送されるものが毎週楽しみでしたから。
ま、楽しいとか面白いとかは、今でも健在ですが・・・。
僕自身は、3カメ代理から入って
正式に3カメに。
番組終了時は2カメをやらせてもらっていた。
僕がこの番組に入ってきたばかりのころ、片岡さんは、
「あの頃の辻に、物凄い同期感を感じたんだよなぁ・・・」と言っていました。
何か相通じるものがあったんでしょうねぇ・・・。
ま、本当に同期ですからね・・・。
やるならやらねばの後期、
内容によっては1カメロケもやらせてもらった。
「九州男児」や「トニーナンバラの出張メイク」など・・・。
「ウチムラセブン」というコントは、
このコーナーはお前がチーフをやれとチーフに言われ、
コーナーチーフまで・・・・。
この番組が僕にとって、
「志村けんのだいじょうぶだぁ」と並ぶ、
原点的な番組なんだと痛感します。
「だいじょうぶだぁ」では、バラエティのイロハを。
やるやらでは、
バラエティでのカメラマンとしての楽しさを勉強しました。
そんな番組のDVDが出る。夢のようだ。
良い時代になったものだとつくづく思う。
片岡さん情報によると、
出川さん(出川さんと出会ったのもこの番組だ)による
新録映像が、特典映像らしい。これも楽しみ。
この特典をまかされているのが、
当時のAD(黒子と言えば、わかる人はわかる)くんが担当。
彼は、とぶくすりチーフADを経て今は、
スマスマのディレクターに・・・。
そんな彼の演出も楽しみ。
ウッチャンナンチャンのやるならやらねばDVD
楽しみで楽しみで、仕方がない。
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