社長、もうついていけません…… 

2007年10月03日(水) 19時21分
■「ネガティブ」転職は危険?

 団塊世代の大量退職、少子化の進行など、優秀な人材の確保が企業にとって重要なミッションとなっている現在。空前の「売り手市場」の中で、転職希望者も増加傾向にあるようです。もちろんITエンジニアにおいても同様です。

 ITエンジニアは、何を期待して転職を目指すのでしょうか。よりスキルを磨ける環境を得るため、これまでできなかった経験を積むため、年収をアップさせるためなど、前向きな理由を持つ人は多くいます。

 一方で、人間関係が劣悪、会社の雰囲気にどうしてもなじめないといった、一見後ろ向きな理由で転職を考えざるを得ない人も少なくありません。

 こういったネガティブな理由での転職は、望ましくないものととらえられる場合が多々あります。同じ理由での転職を繰り返し、自身のキャリアに傷を付けてしまうリスクが高いからということのようです。

 しかし、いわゆる「ネガティブ転職」は本当に危険なだけのものなのでしょうか。今回はあるITエンジニアの転職動機と解決策を通じて、このことを考えてみたいと思います。
■カリスマ社長に賭けたキャリアアップの夢

 小塚沙織さん(仮名・30歳)は、従業員100人弱のシステム開発会社にて、クライアント企業のWebサイトの構築に携わるITエンジニアでした。

 社内の雰囲気はとても良く、仕事の内容や条件面もそれなりに満足できるものでした。しかし小塚さんは、周囲の友人たちがさらなるキャリアアップを目指して次々と転職していることに対して大きな焦燥感を覚え、漠然と「チャンスがあれば、私ももっと大きな仕事がしたい」と考えていたとのことです。

 そんなある日のこと、以前同じ職場にいた先輩から「折り入って相談がある」との連絡が。なかなか優秀だと一目置かれていた先輩で、現在はベンチャー企業の技術部長を任されているとのことでした。小塚さんはちょっとした好奇心から、会いに行ってみることにしました。

 すると先輩から「ぜひわが社に入社して、開発セクションの一翼を担ってほしい」との熱心な誘いがあったのです。

 先輩が所属する企業は、社長が長年構想を練っていたという金融機関向けのあるWebシステムの販売を事業の軸としており、社員数はまだ十数人とのこと。小塚さんは説明を聞きながら、「これは相当リスクが高いな」と感じたそうです。

 しかし説明の中で、社長が以前、大手のシステム開発会社にて「金融システムのカリスマ」とうわさされるほどのスーパーエンジニアだったことを聞かされました。必ず成功して急成長するという夢のようなストーリーが、ずっと「大きな仕事がしたい」と考えていた小塚さんにとって、とても魅力的なものに感じられたのです。

 誘いを受けた後にタイミング良く(悪く?)、学生時代の友人が大手システム開発会社に転職を成功させたとのうわさを耳にしたこともあり、1週間ほど悩みぬいた末に転職を決意。業務の引き継ぎも順調に終了し、期待と不安で心をいっぱいにしながら新しいスタートを切ることになりました。
■あまりに厳しい現実。そして……

 企業が命運を賭けていたシステムは、金融業界にあまり詳しくない小塚さんでも「何となくスゴそう」と思えるもので、社長のITエンジニアとしての名声も上々。社長にあこがれて集まった少数精鋭のITエンジニアたちも優秀なことこの上なく、学べることも多くありそうでした。入社直後の生活は、いたって順調に滑りだしたように思えました。

 しかしその後、小塚さんは徐々に企業の中に重大な問題があることに気付き始めます。それはズバリ、社長の「暴君」ぶりでした。

 システム開発チームは社長直下の部隊だったのですが、社長の気が向けば、夜中でも休日でも突然の召集命令がやってきます。一度、デート中に呼び出しコールを無視したところ、翌日は小塚さんだけでなくチーム全員が、社長の説教を正座で聞かされることに……。その日から小塚さんは、常に携帯電話の着信音におびえ続けるようになってしまいました。

 その後も、気に入らない発言をしたITエンジニアに数時間にわたって罵詈(ばり)雑言を浴びせたり、朝令暮改どころか数時間おきに開発仕様の変更を命じたり、カリスマ社長のわがままはとどまることを知りません。

 そして小塚さんに決定的なダメージを与えたのが、「愛人」とうわさされる派遣社員を社長が正社員として引き抜き、人事部長のポストに大抜てきしたことでした。人事の経験もなく給与計算さえままならない女性が、社内の業務に何かと口を出すようになり、さすがの小塚さんも我慢の限界。

 入社の誘いをくれた先輩に相談し、退職も考えていることを告げたものの、「前の転職からわずか数カ月後の、しかも職場の人間関係などというどこでもあり得る理由での転職なんて、絶対に成功しない。考え直せ」と、冷たく突き放されてしまったのです。

 確かにインターネット上の情報を調べても、「ネガティブな理由での転職は成功しない」と書かれていることが多いのです。キャリアアップを願っている小塚さんは、自分の経歴に消えない傷が付いてしまうことが怖く、どうしても転職に踏み切れなかったそうです。

 しかし、どうにか仕事に集中しようとしても、社長が社内で公然と、人事部長とのアツアツぶりをアピールする始末。精神的にも肉体的にも疲れ切ってしまった小塚さんの様子を心配したお友達からの紹介で、私は小塚さんに会ったのです。

「ネガティブ転職は悪」なんて、誰が決めたの?

 小塚さんとの面談では、「なぜネガティブ転職はダメなのか」というテーマが中心になりました。

小塚 ネガティブな理由で転職すると、それが癖になってしまって、ちょっと気に入らないことがあると、またすぐに退職したくなってしまうからだと思っていました。

高野(筆者) 皆多かれ少なかれ、いま働いている企業や組織に対して不満があると思います。すべての不満をなくすことが目的になってしまうと、確かに転職を繰り返すことになるでしょうね。

小塚 やっぱり、ネガティブな理由での転職は避けた方がいいんですね……。

高野 それは違うと思います。自分自身が大切にしたい、仕事に求める価値が実現できているなら、多少の不満があってもその仕事は続けた方がいいでしょう。でも、仕事をする意味を得られないのであれば、続けること自体がリスクになってしまいます。

小塚 えっ、続けることもリスクになるんですか?

 私は、「社長の個性」という小塚さんの努力ではどうにもできない問題が原因で、小塚さんが一番大切にしたかったキャリアアップへの意欲が奪われてしまっている点を指摘しました。

 無理をして長く働き続けても状況が好転する見込みが低く、後からやはり転職をしなくてはいけなくなる場合を考えれば、いまの仕事にかけている時間は「もったいない時間」になってしまうと思ったからです。

高野 重要なのは、転職した先の企業で頑張れるよう、できる限りの準備をすること。ネガティブな理由も、次の会社で頑張るためのエンジンとして利用したらいいんですよ。

小塚 それであれば私は相当、高性能なエンジンを手に入れたと思います(笑)。でも、面接のときに転職理由を質問されたら、やっぱりネガティブなことを話すのは良くないんですよね?

高野 確かにそれは避けた方がいいと思います。口にした不満が、面接を受けている企業でもあり得ることだとすれば、入社をしてもまたすぐに退職してしまう人だと判断されてしまうかもしれませんので。不満は心の中のエンジンにしておいて、転職活動はポジティブに進めるのが成功の秘けつだと思います。

小塚 キャリアアップを目指したい、そのために最適な環境を見つけたいというのはずっと変わらない目標です。ポジティブな目標もちゃんと大切にしていれば、ただのネガティブ転職にはならないんですね。

 このやりとりを通じて、小塚さんの手の中に、転職という選択肢が戻ってきました。
■小塚さんの大胆な戦略

 小塚さんの転職活動は、スタートから意外な展開を見せました。

 前回の転職から短期間での活動となることに不安を感じていた様子から、私は小塚さんが以前に所属していたシステム開発会社と同様の規模の企業を中心に提案しました。しかし小塚さんからは、もっと規模の大きい、大手から準大手に該当する企業にチャレンジしてみたいとの逆提案があったのです。

 「面接の場で『いまの会社では規模が小さすぎる、もっと大きな仕事がしたいんです』といえたら、私自身がすごくポジティブに話ができるような気がするんです。そのためには本当に大きい会社でないと……」

 小塚さんのネガティブなエンジンが、突然ポジティブなジェットエンジンにバージョンアップした瞬間でした。険しい道のりだとは感じましたが、まずは一緒に乗ってみようと私は思い、名のある企業にどんどんチャレンジしてみる戦略へと変更しました。

 初めのうち、結果は散々なもので、書類選考すら通過しないことがほとんどでした。しかし小塚さんは決してへこたれることなく、前向きな気持ちで転職活動を継続してくれました。

 すると、20社を超える応募企業の中で1社だけ、スキルはまだまだとしながらも、小塚さんの成長意欲を高く評価してくれる企業が現れたのです。従業員数は現職の50倍にもなります。

 小塚さんは、みごとその企業からの内定を獲得。現在、レベルの高い業務に追いついていくのに四苦八苦しながらも、充実した楽しい日々を送っています。
■肝心なのは、ネガティブ転職の「その先」

 小塚さんは、ネガティブな理由でスタートした転職活動を、ポジティブな転職へとつなげることに成功しました。

 この例からも分かるように、肝心なのは、転職に至ったきっかけが何であれ、そこから自分の目標を実現する推進力を得られるようにすることだと思います。

 そのためには、冷静な気持ちで現在の環境を客観的に分析し、自分の求める目標は実現できそうなのか、これから先の見通しはどうか、自分の力でできることはないか、そして転職した方がいいのか、手持ちの選択肢をじっくりと検討してみることです。

 もし、1人で整理するのが難しいようなら、ぜひプロのキャリアコンサルタントを利用してみてください。きっと新しい可能性を見いだすお手伝いができると思います。

理由はネガティブでも、転職はポジティブに考えなきゃいけませんね。
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