岩手の友人

March 14 [Mon], 2011, 23:34
大船渡市に友人が一人います

大学のバレー部の友人です

毎年年賀状ありがとう

無事でいれば、きっと避難所で教え子たちらを支えることに奮闘している小学校の先生です

どうか無事でいてください

私の住所もわかなくなったかもしれないから、年賀状はいいです

とにかく無事でいてください

術後半年経って

January 10 [Mon], 2011, 15:26
開腹手術。。。
一度すっぱりお腹を切ったことで
腹直筋は長さが変わったためか
たまに突然つることもあり
しかし、少しずつ、身体を動かすことで
変わっていくであろうと。。。
ウエストは
術後1カ月時点 89cm
    5か月後 69cm
6ヶ月後の現在 74cm
これは完全に年末年始のつけ

なんとかしなくちゃ。。。

子宮筋腫も産んで

July 10 [Sat], 2010, 16:24
流産の原因の一つであろう筋腫をとる手術を無事終えました。。。

思い返せば、長男妊娠時2cm、次男妊娠時5cmだった長い付き合いの筋腫。
今回3人目の妊娠時10cm。

流産後、筋腫に痛みがあり
先生から、急がなくていいけれど、前向きに筋腫摘出を。と。

なんとかもう一人・・・
そこで早々に決め、流産から1ヶ月半で筋腫をとりました。
手術から10日経ち、回復してきています。
麻酔の怖さ、手術への不安、家族への負担、仕事のことなど
考え出すときりがなく、しかし、お産は1日でも若い方ほうがいいだろう。。。

幸い、ここまで無事これました。
本当に、家族をはじめ病院の関係者の方々、
もっともっと重いつらい難病と戦っている同室の方々、
お見舞いに来てくれた友人、
職場で心配してくれる方々、
本当に一人じゃここまで来れなかった。。。
もう一度、妊娠できるような健康体に戻してくださり
感謝しかないです。
本当にありがとうございます。

初産同期の桜

June 07 [Mon], 2010, 23:50
初産の時に、一緒に日赤で頑張ってたママ友も
みんなお母さん5年生
久々に、新宿御苑で集まった。
残念ながら、近々外国へ永住する一番会っておきたい
母子は風邪でダウン。。。
これは小さい子供達がいる家庭ではいたしかたないこと。。。

気づけばみんな2児の母(最初から双子ちゃんで2児の母含め)

子供たちの会話や遊びっぷり、兄弟たちとの接し方
大きくなったな

お母さん5年生もなかなか板に付いてきました
みんなの励ましも嬉しかった。
筋腫の手術がんばります

体の中からぎっくり腰

May 30 [Sun], 2010, 14:22
子宮の痛みと入れ替わるように
これまで経験したことのない腰痛

筋肉の痛みではないと思い
時間外日赤で診てもらう。

痛み止めで少し落ち着く。

結局手術準備用のMRIから
腰椎椎間板ヘルニアらしき画像

痛み止めとビタミン剤

友人の紹介で あゆみ接骨院へ
筋腫が大きく、そこへ妊娠、
お城や政治と一緒。中から圧力がかかって、骨盤が不安定に・・・
という先生の言葉。ヘルニアは以前からなっていて、今回たまたま症状が出たのだろうと

とてもよくわかった。
要するに、体の中からぎっくり腰起こしやすい状態になっていったようなものだ。

流産を通じて、いろいろ考えさせられる

流産

May 17 [Mon], 2010, 16:50
「流産」・・・怖い響きです
現実におこりました

日赤の予約がなぜかうまくとれず
GW開けて2週目にやっと日赤受診

前日から黒い出血がちらりと。
受診日になって、鮮血が混じり。

胎児にもなっていない胎芽
8週になっていたのに
上の子たちと違って心臓がうごいていない
袋も大きくなっていない。
最初は信じられなかったです。

流産の処置手術の相談を家族としますと言って、病室をでました。
妊娠を確認してからたった10日あまり・・・
天と地ほどの落差。
慌てて、次の日の出張を先方にキャンセル。
上司に連絡。
妊娠を告げた人たちに連絡。
悲しみに浸る間もなく、まるでお葬式の段取りのよう。。。

旦那に連絡がつき、そのまま外来にもどって手術の相談。
そこで、2回のお産でとてもお世話になったベテラン助産師さんが
(産婦仲間では “マダム”と呼んでます。すいません)
出てきてくださいました。嬉しくって安堵の気持ちでいっぱいになりました。
やっと涙がでてきて、そこで、自然流産のことを伺い、1日様子をみることになりました。
1日たっても、進まない時には、夕方助産師さんに電話する約束で。

すると翌日、電話しようとした少し前に、出血がひどくなり
入院の準備をして、通りまでタクシーを拾いに歩きました。
タクシーの中で、流産という陣痛の無いお産は始まり、
あっというまにさようならでした。

結局、手術せず体に負担も少なく、出て行ってしまった子
母親思いのいい子でした。
あんまり子宮筋腫が大きくて、部屋が手狭だったんだろうなと。
ママは真剣に、筋腫と向き合って部屋を広げます。
もう一度、あなたに帰ってきてほしい。

あたりまえにならない

May 02 [Sun], 2010, 1:55
これまで切迫早産2回、でもお産自体順調にしてきた。

だから今回も、順調が「当たり前」にならないようにしたい。

過信はいけない

大事にしよう

息子たちの反応

May 02 [Sun], 2010, 1:48
長男は、買い物帰りの私に玄関で
「おなかの赤ちゃんは元気に帰ってきた
と、よくわかっている様子。
次男は、いまいちわかっていない気もするが、
お風呂の中で
私「妹と弟、どっちがいい
次男いもうと
私「なんで
次男「こうちゃんが弟だから」

赤ちゃんがえりもどんなふうにみんなあらわれてくるのか楽しみである

まずは母子手帳

May 02 [Sun], 2010, 1:29
なにはともあれ、連休中1日だけ役所のやっている30日平日、
朝一番にママチャリで近所の出張所へ行き、妊婦健診の用紙をどっさり(14回分)もらい
母子手帳と関連書類と、電車でよく見かけるマタニティーマークをもらった。

次に、買い物。
これまでのお産は6月7月と夏だった。
しかし、今回は順調にいけば12月、真冬である。
服がないと思い、伊勢丹で奮発して
出張に着ていける服を取り急ぎ調達。
・・・ラストお産だと思うと、お金を惜しまなくなっている自分に気づく。
マタニティライフを少しでも快適にしたい。
無印良品やユニクロで、インナー類をそろえ、
その日のうちに、着て生活。
まだ、おなかも差ほどでていないけど、
おなか周りを守られるようなインナーを着ると
すごく快適で「安心感」
初産のときにはわからなかった「安心感」
そして、「スタートしたんだ」とメラメラ気合が入ってきた。

ラスト ビバお産

May 02 [Sun], 2010, 1:03
とうとう念願の3人目妊娠
昨年末、不正出血し救急車のお世話になり、
品川の漢方ミュージアムに(長男を妊娠する前以来)行き、毎日煎じて漢方生活に入り、
1月にいつもの婦人科の花岡先生不在で、“橋本”先生という先生に診ていただいた。
「年齢も年齢だし、もう子供がほしくなければ、子宮摘出も前向きに考えてみては?」
と言われ、これでかなり焦り、気合が入った。そのおかげである。
4月末に、長男、次男のときにも妊娠確認してもらった花岡先生に今回も診ていただいた。
「筋腫(10cm)の横にがんばってくっついているよ」と胎芽(2cm)を超音波で確認。
それまでの経緯ももちろんご存知だったので、
「ごりっぱ!」といわれ、なんだか妙にうれしかった。

筋腫も長男のときも、次男のときも徐々に大きくなってきていたが、10cmは大きいということで
早々に日赤への紹介状を作成してもらうことになった。
・今年 41歳の高齢妊婦
・筋腫10cm
・2歳、4歳の子持ち(どうしても動きまわる)
そりゃあ、早めに日赤に行ったほうがよさそうだ。

これがラスト ビバお産であろう
P R