マックス体重への道(その参拾六) 

October 15 [Wed], 2008, 20:08
(今日の計測結果)

体重:73.5kg

体脂肪率:31.8%

ウエスト:78.9cm



退院して、実家での子育てが始まって数日がたったけど、相変わらず戸惑うことの連続。

抱っこはぎこちなくて、娘も、生んだはずの私が抱くと泣いて、母が抱くと泣きやむから、

「私って母親失格・・・?」とか「嫌われてる・・・?」とか悩んだりした。

今から考えれば、ぎこちない不安定な抱っこより、

安定感のある抱っこの方が安心するのは当たり前のことで、

身の危険を感じてSOSを発するのも、ごく当り前のこと。

でも、赤ちゃんとお母さんは生まれながらに以心伝心で繋がってる・・・

的なイメージを持ってたし、

この時は、こんな風に冷静に考えることもできなかったから、

とにかく些細なことが気になって、いちいちショックだった。



しかも、入院中はミルクをあげるとほぼ100%そのまま眠ってた娘が、

退院してきてからは、お腹がいっぱいになっても眠らなくなった。

とにかく、入院中がものすごくお気楽で、快適だったから、

退院後は、そのギャップがかなり大きかった。



それでも、抱っこなんかは、しばらく経つとだんだん慣れてきて、

娘に泣かれることもなくなった。

ただ、その代りというわけでもないんだろうけど、抱っこしていないと泣くようになった。

とくに夜は、抱っこしていると眠るけど、布団に置くと目を覚まして泣く・・・

というのがほぼ毎晩続いた。

あれは、今でも不思議でしょうがない現象。

ミルクをお腹いっぱい飲ませて、オムツも換えて、しばらく抱っこしてると、

必ずといっていいほどグッスリ眠る。

それなのに、そのまま布団に降ろすと、まるでセンサーでも付いてるみたいに、

10〜15分くらいで目を覚まして「抱っこしろ」と泣く。

この頃の私は、夜はいつも娘を抱っこして、壁にもたれたり、テーブルに頭を乗せたり、

とても安眠なんかできそうもない体勢で寝ていた。



しかもさらに不思議なことに、

夜はこんな感じで、「意地でも布団で寝るもんか」的な娘が、

朝の6時頃からは、抱っこしてなくても、布団でグッスリ眠る。

しかも長い時だと4時間くらい起きないこともあった。

昼間は、近所の人や親戚がときどき娘を見にやってきたけど、

いつも寝ている姿ばっかり見せてた。



夜は満足に寝られなくて、昼も細切れでしか睡眠時間が取れない生活。

この頃の私の1番の願いは、「3時間ノンストップで眠ること」だった。



しかも、それに輪をかけて、

以前から不安を感じていたことが、だんだん現実になりつつあった。

母がストレスでイライラし始めたのだ。

娘の泣き声で起こされるのは私1人じゃない。

とくに母は、毎晩帰りの遅い弟に食事をさせてから寝るから、

寝付いたと思ったら、娘に起こされることもしょっちゅう。

しかも、初めての子育てで何をやってもぎこちない私への苛立ちも重なって、

些細なことでも、何かと怒りっぽくなってきた。



ただでさえ、初めての子育てで不安でいっぱいなのに、母のイライラも重なって、

正直、里帰りしたことを後悔することも多くなってきた。

「もし次ができたら、絶対に里帰りなんかしない」

この時、私は心の中で決心した。



マックス体重への道(その参拾五) 

October 14 [Tue], 2008, 19:40
(今日の計測結果)

体重:73.4kg

体脂肪率:31.5%

ウエスト:78.5cm




次の日からもいろいろなレクチャーがあったり、

親戚とかが時々お見舞いに来てくれたけど、全体を通して入院生活はやっぱりヒマ。

でも、夜は娘を預かってもらえて、分からないことがあるとすぐに聞ける

入院生活は私的にはけっこう快適だった。

「5日間なんかじゃなく、もうちょっと入院してたいな〜」 なんて思ったりした。

正直、退院してから本格的に始まる子育てが不安だったし、母のイライラも心配だった。



それでも、どんなにそう願っても、快適な入院生活はあっという間に終わって、

退院する日がやってきた。



生まれて初めて、市販のベビー服を自分の子供に着せる。

着せ方は一応知ってはいたけど、実際にやってみるとなかなかうまくできない。

それでも何とか着せ終わって、自分の身支度や荷づくりも済ませて、

両親が迎えに来るのを待った。



昼過ぎ、両親が迎えにやってきた。

「なんか男の子みたいな服だね〜」

お腹にいる時は、最後までどっちか分からなかったから、

ベビー服もついボーイッシュなものや中性的なものが多かった。

まだ抱き方がぎこちない私に代って、母が娘を抱っこ。

まだ病院に残る同室のママさんたちや看護師さんたちにお礼を言って、病院を出た。



病院から実家までは普通だと車で約30分。

でもこの時は、父が娘にかなり気を使って運転してたから、もう少し時間がかかった。

両親が迎えに来る直前にミルクを飲んだ娘は、車の中ではずっと眠ったまま、

いたって静かに、そして平穏に実家に到着。



実家には普段は子供はいないから、当然、ベビーグッズなんかも無い。

それでも、私や弟が使っていた布団なんかはキレイな状態のまま残っていて、

入院中に買ったリクライニングチェアー(本当の名前は不明)にちょっと手を加えた、

特製のベビーベッドが用意されていた。

ちなみにこのベビーベッドは、現在は本来のリクライニングチェアーとして、

実家の家族が愛用している。



「あんたはまだ体が戻ってないんだから、横になって休みなさい」という母の指示で、

入院前と同じ布団に横になる。

・・・と、その直後、特製ベビーベッドに寝かされた娘が目を覚まして、

火がついたように泣きだした。

「ミルクは前にあげてからまだ1時間しか経ってないし、オムツかな・・・?」

でもオムツは濡れてない。今までグッスリ寝てたから、眠いわけでもないだろうし。

「ミルクでもオムツでも眠いんでもなければ、いったい何???」

今思えば、たぶん寝床が変わったのが落ち着かなかったのかもしれない。

でもこの時は、娘がどうして泣いてるのかが分からなかった。



母に、「おっぱいをくわえさせてみなさい」 と言われてやってみたら、

とりあえずその場は落ち着いたけど、この先がかなり不安になる出来事だった。

「はぁ〜、大丈夫かな・・・私・・・」

大丈夫も何も、生んだ以上は育てるしかないんだけど。

今から思えば、「何もあんなに深刻にならなくても、もうちょっとテキトーでもよかったな〜」

なんて気がするんだけど。

でも今は、元気に育った娘を見ているからそう思えるけど、

この時の私は、この先の不安でいっぱいだった。











マックス体重への道(その参拾四) 

October 09 [Thu], 2008, 20:03
(今日の計測結果)

体重:74.6kg

体脂肪率:30.7%

ウエスト:79.8cm




昼過ぎ、夕方の飛行機に乗るため旦那が病院を出た。

旦那とほとんど入れ違いで、父が娘を見にやってきて、

しばらく娘をあやした後、母が夕食の支度のために帰るというんで、一緒に帰宅。



いざ娘と2人きりになると、意外とどうしていいか分からない。

夕食の時間まで、まだ時間もあるし、とくにすることもないけど、

その日はとりあえず、娘を預けることにした。



次の日からは、少しずついろいろなレクチャーが始まる。

まず最初は、基礎中の基礎のミルクの飲ませ方やオムツ交換の仕方、

母乳のあげ方など。

母親教室で人形を使って練習したことはあったけど、

今度は本物の自分の子供が練習相手。

実際にやってみると、やっぱり人形とは全然違うし、緊張する。



ここで驚いたのが、母乳をあげる時、

おっぱいに吸い付いてもらうまでが最初の関門だということ。

それまで私は、お腹が空いてる赤ちゃんにおっぱいを差し出せば、

自動的に吸い付くもんだと思ってた。

でもここは、なんとか娘に頑張ってもらってクリアしたい。

ここがクリアできて母乳で育てられれば、

娘の健康にもいいし(実際はミルクでも元気に育ったけど)、

ミルク代がかからないし、自然とダイエットもできる。

前日、母がミルクを飲ませてると、たまたまやって来た顔見知りの看護師さんが、

「この子、なかなか吸うの上手だと思ったけど、あなたのお孫さんだったの〜」

なんてことを母と話してた。

「これならおっぱいも吸い付いてくれるかな〜?」なんて思ったけど、

やっぱり最初からそう簡単にはいかない。

それでも、入院室に戻ってから、お腹を空かせて泣きわめく娘に

根気よくおっぱいを差し出し続けた。



そんなことを何度か繰り返して「もうミルクでもいいかな〜?」なんて思い始めた頃、

また娘がお腹を空かせて泣きはじめた。

一応、またおっぱいを差し出すけど、やっぱりなかなか吸い付いてくれない。

それでも口のそばに持ってって、なんとか口に含んでくれるようにしてみる

・・・と、諦めたのか、理解したのかは分からないけど、

娘がおっぱいを口に含んで吸い始めた。

「おお〜〜!えらい!やった〜〜!!」

第一関門をクリアしてくれた娘にまずは感謝。



ところが、今度はいつどうやっておっぱいから離していいのかが分からない。

「え〜と、たしか3分て言ってたよな〜」、「でもどうやって離したらいいんだろ〜?」

たしかその時は、半ば強引におっぱいから離したような気がする。

左右のおっぱいを交代で飲ませるとも聞いてたけど、頭を右側にするとすごく抱きづらい。

それでなくても抱っこ自体に慣れてないのに。



娘は頑張って第一関門をクリアしてくれたけど、

今度は私の方が次々出てくる問題にちょっとパニック状態。

「大丈夫かな〜?」

自分で自分がかなり不安になった。







マックス体重への道(その参拾参) 

October 06 [Mon], 2008, 18:13
(今日の計測結果)

体重:74.4kg

体脂肪率:31.0%

ウエスト:80.5cm




分娩台で休んでたら、母が到着。

初めての孫を見て、「おぉ、元気だね〜」と一言。

その後、娘を看護師さんに預けて入院室へ。

その日は出産直後の休息日ということで、

体重測定と診察があるくらいで、とくにすることもない。

適当に休んで疲れがとれたら、新生児室に子供を迎えに行って、

自分のそばに置いておくのは自由だったけど、

絶対にそうしないとダメというわけでもなかった。



次の日からは、オムツのはかせ方、おっぱいの飲ませ方、お風呂の入れ方、

赤ちゃんに義務付けられてる病気の検査、退院後に気をつけること、その他モロモロ・・・

いろいろなレクチャーが待っている。

もちろん、1日で全部やるわけじゃなく、5日間の入院期間で少しずつ教わるんだけど。



入院室に移って少しすると朝食の時間になって、旦那が朝食をとって来てくれた。

私が食べてる間、母と旦那も食堂へ朝食を食べに行った。

2人が戻ってくる前に食べ終わって、自分で食器を戻す。

ベッドでテレビを見てたら、2人が帰ってきた。



「今日の夕方の飛行機で帰るから」と旦那が突然言い出した。

直属の上司がわがままなで、自分は簡単に休みをとるくせに、

他人(とくに旦那)が休むと文句を言う人だということは前からよく聞かされてたし、

実際、彼のおかげで我が家の予定が狂わされたことも何度もあった。

しかもこの上司、仕事面でもかなり無能らしく、

実際の仕事は部下の旦那が切り盛りしていて、

彼にまかせっきりにしてたら、現場が動かないとか・・・。

そんなこともあって、母と食事中も仕事のことばかり気にしてたそうだ。



でも子供が生まれることは、会社の人たちみんなに前から言ってたことだし、

有給もたまってるから、生まれる時は3日くらいなら休めそうって言ってたのに・・・。

しかもこの後、旦那が娘に会えるのは3ヶ月後。

「仕事と私とどっちが大事?」なんて、

超バカげた愚問をぶつける女にはなりたくないけど、

この時ばかりは「仕事と子供とどっちが大事?」と言ってやりたい気分だった。



でも、こんな時にもめるのも嫌だったから、

納得はできなかったけど「分かった」と言うしかない。

3か月間、娘を見れなくなるのは私じゃなく旦那。

その旦那が、自分で決めたことなら、しょうがない。

旦那だって本当は娘のそばにいたいんだろうし・・・。



本当はもう少し休んでから娘を入院室に連れてくるつもりだったけど、

しばらく会えないお父さんと少しでも一緒に過ごさせてあげるために早めに迎えに行った。



今の旦那と娘を見てると、「別に無理して早く迎えに行くこともなかったかな〜」

なんて思ったりもするけど、この時は初めての出産を終えたばかりで、

ちょっと感傷的になってたのかもしれない。



それにしても、子供が生まれる時でさえも、

快く休ませてくれない日本の企業っていったい・・・ 。

「アメリカ人だったらよかったな〜」なんて、この時は心の底から思ったっけ。

マックス体重への道(その参拾弐) 

October 04 [Sat], 2008, 20:59
(今日の計測結果)

体重:74.1kg

体脂肪率:31.5%

ウエスト:80.5cm




先生と看護師さんたちに周りを取り囲まれたことで、

なぜか、「あぁ〜〜、もう大丈夫だ〜」とちょっと安心した。

と言っても、相変わらず「まだいきまないで!」

「深呼吸して、いきみたいのを逃がして!」と言われ続けてて、

「出したいのに出せない」苦しみからは解放されてなかったんだけど。



「深呼吸して」と言われても、こっちはそれどころじゃない。

呼吸なんて、駆け込み乗車した時みたいにゼエゼエ、ハアハアするので精いっぱい。

「まだかよ〜〜〜」

とにかく、この苦しみから解放されたい!その一心だった。



「全開大、いきんでいいよ〜」と言われた時の気持ちは、

まさに「待ってました〜!」 の一言だった。

分娩台の両脇の、握り棒(本当の名前は不明)をつかんで、

「これでもか〜〜〜!!!」 ってくらいいきむ。



「声出さないで!アゴ引いて!」横の看護師さんから声が飛ぶ。

「そんなこと言われても〜〜〜!!」って感じだったけど、それどころじゃない。

声はなんとか出さないように頑張ったけど、どうしてもアゴが上がってしまう。

すると旦那が、アゴが上がらないように後ろから頭を持ち上げて支えてくれた。



いきむ→休む→いきむ→休む、を何度か繰り返してたら、

先生から「もういきまなくていいよ〜」との言葉。

「じゃあ、大きく深呼吸して」と言われて、言われたとおりに3〜4回深呼吸。

スルッと 何かが出ていく感触があった。

その数秒後、足の間から鳴き声が聞こえた。



「女の子よ〜!」

先生のサポートについていた看護師さんが教えてくれて、

テレビでよく見るシーンみたいに私の顔のそばで見せてくれた。

苦しみから解放された嬉しさと、無事に生まれた安心感と、

それ以外にもいろいろな気持ちがごっちゃになって思わず号泣(汗)。



第一印象は、「あ〜〜、やっぱり髪薄いな〜」。

義母と義姉は、女性だけど髪が薄くて、

義姉の子供たち(2人姉妹)もあまり髪は多くない。

私は母の遺伝子を受け継いで髪が多いから、それに期待するか〜なんて考えてた。

まあ、髪の量はどうあれ、無事生まれてきてくれて感謝♪



すぐに私は、その後のモロモロの処置をしてもらい、

娘は体についている物をきれいに拭いてもらって、体重測定。

娘の足首に名札を付けて、おむつをはかせて、とりあえずは一段落。



2時間くらいは、そのまま分娩台の上で休憩。

娘もおむつだけをつけて、裸のまま、

横の新生児用のベッド(本当の名前は不明)に寝せられた。

しばらくは泣き続けてたけど、そのうち泣き疲れてウトウトし始めた。

すると、眠ったかと思ったらくしゃみ。

「生まれたばっかりの子でもくしゃみするんだ〜」とちょっと驚いた。

自分のくしゃみにビックリして、目を覚ましてまた泣きはじめる。

これを横で見ていた旦那は、けっこうウケてた。

始めてみる自分の子供は、なんとも不思議で、驚きがいっぱいだった。





マックス体重への道(その参拾壱) 

October 02 [Thu], 2008, 21:13
(今日の計測結果)

体重:74.5kg

体脂肪率:31.3%

ウエスト:80.3cm



分娩台に乗ってしばらくすると、お腹の張る間隔もますます短くなった。

それと同時に、今までの張りとは比べ物にならないくらい、張り方が強くなってきた。

まるで体を雑巾みたいに絞られてるみたいな・・・

生理痛を数十倍、いや、数百倍強烈にしたような・・・

なんとも例えがたい苦しみ。

よく「痛む」とは聞いてたけど、私は「痛い」というより「苦しい」という印象が強い。



分娩台に連れて来てくれた看護師さんは、その後すぐにいなくなって、

私はまた1人になってた。

「もし苦しくて、どうしても我慢できない時は枕もとのスイッチを押してくださいね」

「自分の楽な態勢にして、少しでも痛みを逃がしてね」

そう言い残していったけど、生まれて初めて経験する感覚。

それでも、仰向けじゃなく、体を横にして寝てれば少し楽なような気がして、

しばらくはそうやって耐えた。



でもそのうち、それでもどうにもならないくらい痛みが強くなってきて、

それこそ、まな板にのせられた活魚みたいに、分娩台の上でのたうちまわるようになった。

相変わらず旦那は見つからなくて、看護師さんがたま〜に様子を見に来るだけで、

1人で痛みに耐えるしかない。

「こんなにしんどいなら、逆子のままで帝王切開になった方がよかったよ〜」

なんて本気で考えてた。今思えば、何言ってんだってかんじだけど(笑)。



それと同時に、大をもよおした時に似た感覚も強くなってくる。

「う〜〜〜〜出る〜〜〜〜〜!!」

でも、トイレに行っても何も出ないもの分かってるし、

なによりトイレに行く余裕がない。



痛みよりも、この「出したいけど出ない」苦しみをなんとかしたくて、

枕もとのスイッチを押す。

一応、看護師さんは来てくれるけど、子宮口の開き具合をチェックして、

「あともうちょっとね」、「深呼吸して痛みを逃がしてね」

とだけ言って去っていく。

深呼吸できる余裕なんかありゃしないってのに。



そんなことを何度か繰り返していると、

「ご主人、いましたよ〜!」探しにいってくれてた看護師さんが戻ってきた。

「エントランスのベンチで寝てました」と聞いて、

「ちょっと〜〜〜〜(-_-メ)」と思ったけど、今はそんなことで怒ってる場合じゃない。



看護師さんから少し遅れて、旦那が入ってきた。

「今、お義母さんに連絡してきたから」

どうやら、分娩室に入ったら連絡するように母に言われてたらしい。

看護師さんたちは分娩室を出たり入ったりだけど、旦那はそういうこともない。

旦那が、何かの役に立つことは期待してなかったけど、

それでも1人きりでいるよりは気が楽になった。



それからどれくらい時間がたったのか分からない。

旦那に付き添ってもらいながらも、

相変わらず分娩台の上でのたうちまわってた私の周りを、

気がつくと看護師さん数人と、先生が取り囲んでた。













マックス体重への道(その参拾) 

October 01 [Wed], 2008, 20:26
(今日の計測結果)

体重:74.3kg

体脂肪率:31.7%

ウエスト:80.4cm




ベッドの横のテレビを見ながら気を紛らわせていたら、旦那と母が戻ってきた。

「痛み始めるまでは、ちゃんと食べるもの食べて、休んでなさい」

「夕飯の支度があるから母さん帰るけど、何かあったら連絡して」

と言い残して、旦那を残して帰って行った。



そういうわけで、母が買って来てくれたおにぎりやお茶、

ヨーグルトなんかを食べて腹ごしらえ。食べたらまた横になった。

相変わらず、することもなかったけど、

とりあえず旦那が横にいたおかげでちょっとだけ気が楽になった。



ときどき看護師さんが様子を見に来て、お腹の張り具合なんかをチェックしていく。

「張りが〇分間隔になったら、連絡して陣痛室にきてくださいね」

来るたびに言われて、つい時計を何度も見てしまう。

たしかにお腹の張る間隔が、だんだん定期的になってきているような気がする。

それでも、まだそんなに短い間隔じゃない。



だんだん日が暮れて、外が暗くなってきた。たしか午後6時頃だったと思う。

「夕食の時間です」というアナウンスが流れて、旦那が夕食をとって来てくれた。

旦那は病院内の売店に夕食を買いに行って、

戻ってきて、一緒に食べた後、食器を下げてくれた。



また横になって、一緒にテレビを見る。

夜9時頃、面会時間が終わって、付き添いの人たちも病室を出ないといけない時間。

旦那も病室にはいられないけど、まだ言われた間隔になってないから移動もできない。

旦那は立ち会い希望だったから、

私と離れたら生まれる瞬間を見れなくなるんじゃないかと心配してたけど、

「どっか座れるとこで待ってるから」

そう言って病室から出て行って、また私は1人になった。



1人になってから1時間くらいして、お腹の張る間隔がさらに短くなってきた。

時間を計ってみると、言われた間隔をちょっと超えるくらい。

「どうしよ〜、連絡していいのかな〜?」

かなり迷ったけど、もっと短くなったら移動もできなくなるかもしれない。

枕もとのナースコールのボタンを押して、

「〇〇ですけど、〇分間隔になったんで、今から行きます」と伝えた。

張りが治まっているうちに、陣痛室へ移動。

お腹の張りを計測する機械や、点滴を繋がれてベッドに横になった。



病院のどこかに旦那がいることを話すと、看護師さんが探しに行ってくれた。

ありがたいけど、そばに誰もいないのも心細い。

幸か不幸か、その時出産の時を迎えてたのは私1人だけだったみたいで、

他の妊婦さんもいない。

「トイレ〜〜〜〜〜」

待ってる間、何度もトイレに立った。

話には聞いてたけど、本当に大をもよおした時の感覚に似てる。

もちろん、トイレに行っても何も出ない。

それでも、ただ寝てるだけより、何かしてる方が気がまぎれる。



しばらくして、別の看護師さんが様子を見にきた。

計器をのグラフを見て、お腹の張る間隔をチェックすると、

「じゃあ、そろそろ分娩室に行きましょうか」

腕を支えてもらって、隣の分娩室に移動。

そして生まれて初めて、分娩台に乗った。

「あ〜〜〜、いよいよなんだ〜〜〜(汗)」

「旦那、どこ行っちゃったのかな〜?まだ見つかんないのかな〜?」



気分は、「往生際の悪いまな板の鯉」。

なるようにしかならないのは分かってるんだけど、

どうなるのか不安で仕方がなかった。













マックス体重への道(その弐拾九) 

September 29 [Mon], 2008, 21:41
(今日の計測結果)

体重:74.3kg

体脂肪率:31.1%

ウエスト:80.2cm




5時を少しすぎて、父が起きだしてきた。

父の早起きは、私が子供のころから続いている。

目的は趣味の盆栽いじり。

最近は年のせいもあって、さらに起きる時間が早くなってるらしいけど。



6時になると母も起きだして、私が寝ている部屋をのぞきにきた。

「変わりない?」という母に、「うん、今のとこ」と答えた。

私の様子が落ち着いてるのを確かめて、朝食の支度へ向かった。



それから少し後、「起きてきてご飯食べな」と母が呼びにきた。

慎重に起き上がって、父と向かい合って朝食を食べる。

父が「具合どうなんだ?」と聞いてきたから、「今のとこは特になんもないよ」 と答える。

父には母から事情の説明があったらしい。

「午前中は外来患者で込むから、昼近くに病院行くから、食べたら準備しなさい」

と母の指示。



朝食をすませて、顔を洗ってから服を着替えて、

病院へ向かう準備をしていると、旦那から電話がきた。

「午前中の飛行機でそっち行くから」

寝ぼけてて、ちゃんと伝わってるのか心配だったけど、

なんとか伝わってたみたいでホッとした。

とはいえ一番近い空港から、実家まで車で2時間弱。

車がなかったらもっと時間がかかる。

飛行機の到着時間を考えると、車がなかったら一緒に病院に行けない。



ラッキーなことに、その日は土曜日で父も弟も仕事は休み。

弟は、休みの日にはいつも昼近くまで寝ているらしいけど、

旦那を迎えにいくっために、早々とたたき起こされた。

せかされて朝食を食べて、すぐに父と2人で空港に向かった。



「準備ができたら休んでなさい」との母の指示で、また布団に横になった。

3時間くらいたって旦那が実家に到着。

時間はちょうど昼前。

すぐに産婦人科に電話をして、母の運転する車で病院へ。



30分くらいして病院に到着。

破水している妊婦さんは、車椅子で診察室まで運ばれることもよくあるらしいけど、

私は歩いて向かった。

先生はいなかったけど、母の顔見知りのベテランの看護師さんと、

もう一人若い看護師さんが待っていた。

母から事態を聞いた顔見知りの看護師さんに従って診察台へ。

「うん、破水してますね。今日か明日には生まれるからこのまま入院ね」



予想はしてたけど、プロの人にあらためてそう言われると、

「うわ〜〜〜、やっぱりそうなんだ〜〜〜(汗)」

ときどきお腹は張ってたけど、テレビなんかで見てたような、

ものすごい痛みがあるわけじゃない。

だからこの時になっても、正直、まだピンと来てなかった。



入院する部屋に移動して、入院着に着替えてベッドに横になった。

母と旦那はお昼を食べに出かけて、私1人、ベッドに取り残されて、することも特にない。

「どんだけ痛いのかな〜」、「耐えられるかな〜」

「あ、でももうすぐどっちか分かるんだ(直前の健診でもハッキリ分かってなかった)」

1人ですることがないから、ついいろいろなことが頭をよぎる。

「早く帰ってこないかな〜」

誰でもいいから、一緒にいてほしい気持ちでいっぱいだった。











マックス体重への道(その弐拾八) 

September 26 [Fri], 2008, 19:49
(今日の計測結果)

体重:74.6kg

体脂肪率:31.7%

ウエスト:80.7cm




出産予定日まであと1週間とせまり、いつ生まれてきてもおかしくない時期になった。

物心ついてから入院なんてしたことがなかったし、出産にもあまりピンとこないながらも、

本や病院でもらった資料を参考に入院準備を始めた。



夕方にはいつもどおり散歩。

散歩ついでに近所で唯一のコンビニに寄って雑誌を買った。

店の人も当然、顔見知り。

「あら〜、ずいぶん大きくなったね〜。いつ生まれるんだっけ?」

「予定じゃあと1週間くらい先なんですけどね〜」

なんて話しながら会計を済ませて、実家に帰った。



実家の前で、ちょうど実家に夕刊を配りに来てた近所のおばちゃんとバッタリ。

このおばちゃん、私の同級生のお母さんで、地元じゃ一番のおしゃべり好き。

捕まると厄介だから、できればあまり出会いたくない。

この時も、また質問攻めから始まって、おしゃべりに付き合わされそうになったけど、

「家で親が心配するから」と言って、一緒に家に入って、

おばちゃんの相手は母に変わってもらった。

「もうそろそろだね〜」というおばちゃんに、

「いや〜、初めてだから、たぶんまだだよ」と答える母。



実際、私も全然ピンと来てなかったし、

本にも「初産は予定日より遅くなることが多い」って書いてあったから、

出産はまだ先だと思ってた。

でも、私は母の初産の子供だけど、予定日より1週間早く生まれてるし、

「一概にそうとも言えないよな〜」という思いもちょっとだけあった。



その日の夜も、両親はいつもどおりNHKを見てて、

私が札幌でいつも見てた裏番組のバライティーなんか見れそうにもない。

そういうわけで、その間にお風呂に入ることにした。

お風呂から上がると、父はもう寝てしまってて、

母が1人でテレビを見ながら弟の帰りを待ってた。



しばらく母とテレビを見て、やることがないからその日も早めに寝ることに。

私が寝ていた部屋は居間の隣で、居間の音も聞こえてくる。

私が寝た少し後で弟が帰って来て、弟の食事が済んだら、

居間の電気が消えて母もやっと床についた。

弟は毎日けっこう遅くまで起きてるらしいけど、

彼の部屋は2階なんで音も気配もまったく伝わってこない。

私もやっと落ち着いて眠りについた。



それから何時間たったかよく分からないけど、

外がちょっとだけ明るくなってきてたから、たぶん明け方近くだと思う。

お尻のあたりの冷たい感触で目が覚めた。

「まさか、この年でおもらし・・・?」 と思って起き上がってみると、

濡れているところから、今まで嗅いだことのないにおいがした。

独特のにおいだけど、オシッコのような臭いにおいじゃない。

「これって・・・、でもまさかね〜」

恐る恐るトイレに立って、下着を脱いでみたら、

見たことがない薄〜〜〜〜いピンクの液体でびっしょりになってた。



「(ちょっとDAIGO風に)・・・マジすか?」

何が起きたのかは何となく予想がついたけど、どう対処すればいいのかが分からない。

トイレから両親の寝室に行って、母を起こして事態を説明。

「下着を取り換えて、この間買ったお産セットに入ってるナプキンを当てて」

「本格的にお産が始まるのは、まだまだ先だから、朝まで休んで体力を残しておきなさい」

という母の指示。

布団の濡れたところにバスタオルを敷いて、もう一度寝ることに。

私が布団に入るのを確認して、母も寝室に戻った。



「・・・そうだ、旦那に連絡しなきゃ」

たぶん、まだ寝てるだろうけど、仕事に行かれた後じゃ連絡が付けづらくなる。

布団の中で、携帯で飛行機の空席状況を調べて、空席が残っているのを確認して、

旦那に電話をかけた。



やっぱりまだ寝てたみたいで、ボーっとした声。

「なんか、生まれそうみたい」、

「飛行機は空席残ってるみたいだから」

と伝えると、「分かった」との返事。

かなり寝ぼけてて、本当に分かってるのかちょっと心配だったけど、

その時はとりあえずそれだけ伝えて休むことにした。

とは言っても、これから起こることが不安で、ドキドキしてちっとも眠れなかったんだけど。















マックス体重への道(その弐拾七) 

September 25 [Thu], 2008, 19:37
(今日の計測結果)

体重:74.5kg

体脂肪率:31.5%

ウエスト:81.0cm




出産予定日がいよいよ迫ってきた。といっても、初めての妊娠&出産。

明らかにお腹は大きくなってきてるんだけど、

自分が親になるという自覚は今一つ持てずに、相変わらず毎日長い1日を過ごしてた。



地元の友人たちも、ほとんどが仕事をしてたり、家庭を持ってたりで、

そんなにヒマな人なんていない。

友人の仕事が休みの日に一緒に出かけたりしたけど、

なにせこっちは出産間近の妊婦。

体がしんどいから行ける所も限られるし、向こうは次の日には仕事だから、

あまり遅くまで遊びまわることもできない。

そういうわけで、友達と出かけるのはごくたま〜〜にしかできなかったけど、

それでも実家でヒマしてるよりはずっとよかった。



相変わらず、食事の主導権は母にガッチリ握られて、

自分で食べるものを選べない生活。

それでも、元看護士の知識+お昼の健康情報番組で得た情報に、

母の料理の腕を駆使した料理が毎日食卓に上がった。

間違いなく、私が作る料理よりは栄養バランスもいいし、出来もいい。



ただ、そんな体にいいはずの食事をしているのに、

どうしていつも、便秘だの、むくみがひどいだの、体が重いだのと言ってるのか、

いまだに疑問が残るところ。

先週、帰省した時も、この番組の大物司会者にのせられて、

朝ご飯がバナナになってるんじゃないかと心配したけど、

さすがにそこまではやってなくて、正直ホッとした。

テレビを見る時、いつもけっこうシニカルな目線で見る母だけど、

この手の健康情報には、なぜかフィルターが甘くなる傾向がある。

「テレビに演出はつきもの」とか、「作る人も、出てる人も見せるプロだから」とか

自分でいつも言ってるのに・・・(笑)。



そんな、母が栄養のバランスを考えて作ってくれた料理だけど、

カロリーや塩分まで考えて作ってるわけじゃない。

皿に個別に盛りつけられたおかずは残せないから、

ご飯やみそ汁、マヨネーズやドレッシングの量を抑えたりするくらいが関の山。

あとは間食をしないことと、毎日のウォーキングくらいの対策くらいしかできない。



でも、できる限りの対策をしても、

里帰り前に比べると間違いなく摂取カロリーは高いはず。

事実、それは体重に現われてたし。

里帰り前には83kgくらいだった体重も、出産直前には85kgくらいに増えてた。

「それでも、出産したら何kgかは減るはずだよね」

なんて、ほとんど当てにならないことにわずかな希望を見つけようとしてた。













P R
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子供のころからずっとデブ。
普通のサイズの服なんて着たことがない私。
去年の6月にはついに3ケタ手前までデブってしまいました。

そんな時に出会ったダイエットで1年で23kg減量!!
とはいえ、世間から見ればまだまだデブ。
当然ダイエットも続行中。

でも、20kg以上痩せたことで最近ちょっと気が緩みがち。
もう絶対にデブには戻りたくない!!
っていうより、痩せて目標体重を達成したい!!

来年4月に子供が小学校に入学するまでに、
痩せてきれいなママになる!!
私のせいで子供に恥をかかせるわけにはいかない・・・!!
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