同じようなレベルの時に起こることはどれを選んでも結局同じ(1) 

2006年11月07日(火) 11時56分
私は浅見帆帆子さんの本の愛読者だが、
最近帆帆子さんの本で書かれている事が
やっぱり当たっているなと思うことがあった。

里帰り出産先を紹介してくれる診療所の先生との間で
嫌なことがあった。
本来は里帰りの人を受け入れない病院に入れてもらうため、
親の友人の先生に紹介をお願いしようと思い、
つわりで帰省していた間その病院にかかっていた時に、
8ヶ月になったらその病院に入れてもらう約束をしていたのだが、
8ヶ月になって行った時に突然、
「その病院は君には合わないから、他の個人産院を考えてみないか?」
と言われてしまったのだ。
自分としてはもともとNICUのある総合病院一本で考えていて、
個人産院は全く考えてなかったので、
それでもいいから話を進めて下さいと言ったら、
「あんたに話してもお産がどういうものかわかりやしない」
と言って私がどういう希望なのかを全く聞こうともせずに、
親に私を個人産院に入院させた方がいい理由を説明しだした。
親も親で、
「この子はいろいろと手がかかる子なので、
私も総合病院よりもお姫様扱いしてくれる
個人産院の方がいいと思います」と
私の意向を一切聞こうともせずに、その先生と、
新しい病院で出産する方向に話を勝手に進めてしまったのだ。
もう私は30過ぎているし、産むのも決めるのも私なのに、
どうして私では無く親に説明するのか?
何で私の意見を一切聞かずに親と2人で勝手に話を進めているのか、
納得できない気持ちでいっぱいだった。

同じようなレベルの時に起こることはどれを選んでも結局同じ(2) 

2006年11月07日(火) 11時54分
ただそもそもその病院にかかったきっかけは、
妊娠初期のつわりがきつい時期に姑との接触を
避けたかったために実家で休養していたからで、
里帰り出産を決めたのも産後姑に手伝いに来てもらうのが
嫌だったというのが大きな理由である。
考えようによっては前回の流産の時のことがあったので、
無事出産にこぎつけるまではと、妊娠後に姑を避けていたことの
罰が当たったともとれるし、里帰りをしてもしなくても、
結局同じような経験をすることとなったともとれる。
ただ姑とはこれから介護も含めて一生の付き合いなので
これ以上揉めたり嫌いになることは避けたかったけど、
その先生とは今回限りなのでそういう意味では、
こういう選択で良かったと言える。

まあ私にこういうことが降りかかってしまうのも、
親からみても親の知り合いの先生からみても、姑からみても、
私自身にどこか頼りなかったり、しっかりしていない部分が
あるからなんだろうな〜と思う。
まずは人に嫌な事を言われても堂々としている強い心と、
もっと誰からみてもしっかりしている様になることが大事だ。

自分の心の持ち方を変えるのが一番 

2006年10月24日(火) 11時37分
先週はちょっと嫌な事があった。
産院を紹介してくれる先生に納得出来ない対応を取られてしまったのだ。
その先生は親の友人でもあるので
あまり親に悪口を言いまくることも出来ず、
家事にも身が入らずに夫に当たってしまいがちで
自己嫌悪にも落ち入り、
8ヶ月に入った時期に別の病院を検討しなければならない
という状況の辛さもあり、
そんな訳で一週間イライラ、モヤモヤした気分で過ごしていた。

結局その問題は解決の方向に向かっているのだが、
そういった一週間を過ごして考えたのは、
外から降ってくる嫌なことや、
嫌な人に出くわすことは自分で防ぎようないし、
その人の欠点を考えてイライラしてもその人の性格は変わらない。
それよりも自分の今すべきこと(家事とか、仕事とか)
に専念した方がいいと思った。

冷静になって考えてみると物事八方塞がりってことはありえない。
今までだって結構人との付き合いにおいて納得出来ないことが多くあり、
その時は辛い思いをしたけれど、時が経って冷静になってみれば
大したことでもなかったな〜と思えたりする。
例えば、
○結婚式の直前に親友と思っていた人から、誹謗中傷のメールを貰った。
 (そういう人はこの先節目節目ごとに自分が負けたと思ったら
 嫌がらせをしてくるはず、今までは向こうの嫉みを買うような事が
 自分に起こらなかっただけ、この時点で縁が切れてかえって良かった。)

○流産後に姑から私に原因があって流産したと責められた。
 (ある意味子供が産まれる前に姑の性格が解かり
 かえって良かったのでは、子供にとっては姑は大事な祖母なのだし、
 子供の前で姑と対立したくない、価値観の相違がありながらも
 上手く距離を置いて付き合う方法を考える時間が出来た。)

○産院を紹介してくれる先生に、納得できない対応を取られた。
 (別にこの先生の所で出産するわけじゃないので、
  いちいち気にする必要は無い。)

自分の中で悩みのスパイラルにいる時は気がつかないことが、
後になってみると大したことじゃなかったことに気付く。
いずれにしても人との対応において
相手の性格を変えることは無理なので、
相手の性格でいちいち思い悩むのは無駄だと言える。
そういう暇があったら、自分の人生を充実させることを考えたい。

里帰りまであと2月弱 

2006年10月03日(火) 15時29分
今後の検診の予定を計算してみると、里帰りは11月第4週頃になりそうだ。
そうなるとあと2ヶ月ない計算になる。
7月下旬に自宅に戻り2ヶ月強、早産の心配を考えるとまだまだ長いし、
早く9ヶ月に入って欲しいけど、この家にいる時期がもうそれしかないと考えると、
結構あっという間かも…。

この2ヶ月の間に
○家の準備
○入院準備
○ベビー用品の準備
○年賀状作成
○生命保険加入(何とまだ未加入)
○夫名義の新しい口座作成(児童手当を貯金するため)
をやらなくてはならない。
外出できないって落ち込んでいる場合じゃないかも。
さあ、頑張るぞ!!

続く妊娠報告、私も嬉しい。 

2006年09月28日(木) 14時15分
今週に入って友人、知人の妊娠報告が2件もあった。
昨年妊娠した時は同年代の友人は1人目を産み終えたばかりの人が多く、
あまり同期がいなかった感じだった。
2回目の妊娠後、結構周りで妊娠報告があり、
今週はなんと2人の報告を聞いた。
おそらく今回の2人は学年は1つ下になるのだと思うけど、
出産の時期が近い人がたくさんいると思うと心強い。
どうか皆が無事に元気な子を産むことが出来るように!!。

まもなく1年 

2006年09月20日(水) 10時20分
だんだん寒くなってくる季節、
同じく妊娠しているという状況だった去年のことを思い出す。
去年は9月中旬過ぎてもかなり暑く、日ごとにつわりが悪化していた私は、
3連休中布団でうなっていた。
この頃はすでに味のあるものが受け付けず、パンとフルーツのみ食べていた。
幸い頭痛は無かったのでPCを使用する事務職のパートには何とか行っていた。
3連休の最後の日、9週の検診を明日に控え早く寝ようとした矢先、
突然の大量出血があった。
救急で見てもらった所、切迫流産で明日おそらく入院になるでしょうと言われた。
翌日また行った所、進行流産と言われそのまま入院となった。
入院と同時に急に雨雲が出てきて寒くなりだした。
始まりが遅くて終わりが遅かった夏が終わろうとしているのを
病院のベットの上から眺めていた。
昨日まではあんなに暑かったのに急に秋雨に変わっていく空を見て
まるで自分の状況のようだと思った。
あれからもうすぐ1年、1年の間に夫婦の状況も私の状況も変わった。
去年の流産がきっかけで私は仕事を辞めたり、
夫の仕事が私の入院によって停滞したり、
子供のことで姑に嫌なことを言われてしまったり、
辛いこともいっぱいあって、本調子に戻るまで半年かかったけど、
1年経って振り返って見て夫婦の絆も強くなったし、
いろいろあって成長した分、新しい家族を迎える心の余裕が出てきたと思う。
(前回はあまりにすぐに妊娠してしまって、自分でも状況が理解できてなかった)
何よりも今こうして元気な子供が育っていることが良かった。
出産まであと4ヶ月弱、無事にこの子が元気に産まれてきますように。
そしてこれからも私たち夫婦と家族が幸せでいられるように。

ついに7ヶ月に突入 

2006年09月17日(日) 20時43分
今日から妊娠7ヶ月に入った。
お盆前から頻繁に起こっていたお腹の張りも治まり、
それと同時につわりも落ち着いてきた。
今までは外出時には必ず飴を持ち歩いていたし、
生唾がひどかったので恥ずかしくて人と会うのも控えていたが、
最近はあまり出なくなってきた。
昨日は懐妊後初めてラーメン(小)と餃子を食べることが出来た。
心も身体もようやく安定してきた。
検診時にまた張ってしまったことを説明したら、
念のため毎日分の張り止めを処方されたが、
持っていることに安心してか今のところ飲まずに済んでいる。

ただ妊娠生活はどうもお金がかかる。
夫がいない時の外出はタクシーを使用するのだが、
徒歩15分の銀行に行くのに往復1300円も使ってしまった。
マタニティ服はボトムがあればトップスの買い替えはいらないと
思っていたが、いきなり寒くなって気がついたら入る服が無い!!
手持ちでマタニティに使用できるのはチュニック半袖と長袖1枚ずつで、
しかも両方とも緑色。これでは着回しが利かない。
仕方なく一枚買い足したが、パルコの駐車場はいっぱいで
隣の駐車場に入れたらこれが提携ではなくて400円取られた(涙)。
今日も急に雨が降り転倒が怖かったので、いつもは行かないサティに
買い物に行ったが、普段全く行かないので駐車場を出る時に
レシートで精算できないことを知らずまた300円取られた(涙)。
懐妊前だったら元気に自転車で行くので、駐車場のシステムがわからなかった。
次は取られないように気をつけよう。



妻が働けるかどうかは夫の職業で決まる? 

2006年09月13日(水) 16時09分
専業主婦生活を始めも早くも8ヶ月が経過した。
体調不良が原因で働けなくなり、最初の頃は相当落ち込んでいた。
学校卒業してから転職期間中以外はずっと働いてきて、
夫の転勤で退職後も1ヶ月半で次の仕事を見つけた。
夫婦ともに実家が遠いので子供が小さいうちは働けないのだが、
妊娠していない限りはずっと働くつもりだった。
とにかく専業主婦になることにすごく抵抗があった。
そんな感じですごくなりたくなかった専業主婦だが、
なってみるとそんなに悪くないかも…と思えるようになった。
何よりも夫の機嫌がすごく良くなった。
夫はもともと私が働かないで家にいることを望んでいた。
私が家にいることで仕事の能率も上がったようだ。
夫の職種は研究職で、帰りの時間は6時だったり11時だったり、
朝も実験の都合で4時とかに行くこともある。
6時に帰ってきて家で夕食を食べてまた会社に行くことも多い。
全てのスケジュールは実験の都合で決まり、
またそれも突然決まることが多い。
(夕飯のドタキャンもしばしば)
また早く帰ってきて家で論文を書いたりすることもある。
私が前の会社にいた時は帰ってくると6時半位なので
夕飯が8時近くなることがしばしばだったが、
夫の不規則な夕食の時間や出勤時間に合わせるのが大変だった。
朝5時に起こして夫を出し、自分は寝なおして
7時に起きようとしてもなかなか眠れない。
夕食のドタキャンも働いている時は夫にお弁当を作る余裕が無く、
すごく迷惑だったが、夫にお弁当を作るようになってからは、
翌日お弁当にすればいいのでそれほどは困らない。
それでもさんまなどの焼き魚、刺身などは、ドタキャンの
可能性があるので平日はなかなか出せないが…。
我が家の場合は私がパートで働いても年収130万が限度、
それを考えたら私が専業主婦をして節約して、
夫が快適に仕事に打ち込める環境を作った方が、
家全体として見れば上手く回る。
そう考えると今の生活も悪くないと思えてきた。
※(2)へ続く

妻が働けるかどうかは夫の職業で決まる?(2) 

2006年09月13日(水) 16時07分
ただし女性の生き方としてはやはり
自分の仕事を持って働くのが理想的ではある。
働いて経済力のある女性は家でも発言権が強いし、
仮に旦那に問題があって離婚を考える状況になっても、
怖いものなしな気がする。
私は希望の業界で働くことが出来て、
幸せな社会人生活を送ることが出来たので、
(後に体調を崩し一般事務に転職)
やりたいことをやったという意味では
自分の20代は後悔していないが、
安定した雇用や職場、キャリアを築くという意味では、
失敗したと未だに思っている。
「TR」では「自立した女性」であることを説いていたので、
その辺ではダメだった。
私の独身時代の話はまた後日書くとして、
既婚女性が共働きできるかどうかは、
夫の職業による部分もあると思う。
夫の職業が融通が利き、夫が家事に協力的だったら、
女性は仕事を続けやすいと思う。
子供がいる場合はそれにプラスして、
どちらかの実家が近いと理想的である。
私は公共機関でバイトをしていた経験があるが、
公務員同士の夫婦はとても多い。
同業者もいれば別の機関で働いている同士もいた。
そしてその多くは共働きだった。
お互い上手に助け合いながら、
子育てしながら働いていて理想的だなと思った。
公務員は民間に比べ福利厚生は充実しているし、
わりと子供が病気になったりしても早退とかしやすい。
(私がいた所はそうだった)
ずっと共働きだった舅と姑も両方とも元公務員。
子供を産んで働くには、旦那はもちろんだが、
妻の方が安定した雇用の正職員であることが大事だと思う。
うちは夫が5年ごとに転職してキャリアアップを重ねていく
職種なので、当然転勤も多いと思われる。
従って今後私が正社員として就職するのは難しいだろう。
おそらくここ3年位は育児に専念することとなる。
(2人産んだら5年位)
だけどすぐにまた働けるよう、仕事に繋がる勉強は、
していきたいと思っている。

再びお腹の張り 外出はもうムリ? 

2006年09月08日(金) 20時52分
ここ数日、相当落ち込んでいた。
火曜に母親学級に行ったのだが、その晩から張りが悪化し、
医師から貰っていた張り止めを服用し始めた。
妊娠初期からカンジダ膣炎がひどくずっと治療をしていたし、
最近は便秘薬も服用していた。
(お通じには自信があった私だが懐妊後は3日出ないこともザラ)
だけど薬の台自体に「切迫流・早産用」と書いている薬を飲むのは、
医師の指示とは言えどうしても抵抗があった。
妊娠発覚からほぼずっと調子が悪く、
比較的元気だったのは5ヶ月前半の2週間のみ、
つわりもまだ終わっていない。
外出も懐妊後は通院以外は夫の車で近隣のみ。
午前中だけの母親学級出席で2日間も寝たきりに、
妊娠生活ってこんなに辛いもの?
他の妊婦さんはもっと生活を楽しんでいるのでは?
もしかしたらこのまま出産まで外出できず
つわりも終わらない生活が続くのだろうか?
帰ってきた夫に
「何でこんなに辛い思いをしなければいけないの?」
と泣き言を言ってしまった。
それに対する夫の意見はこうだった。
※続く