乱司書(文豪とアルケミスト) 

2017年06月30日(金) 23時25分
朱鳥(@aju1123)さま企画
#或る季節の奏鳴曲 より
秋1
御題:本の虫もいいけれど





色彩を落とそう。何もない所へ右手が、左手が風景を描いていく。
季節は秋、うだるような暑さの夏がようやく通り過ぎ、ようやく頬を撫でる風が心地よいものとなってきた頃。帝國図書館を彩る眩しいまでの緑が次第に色褪せ、空が高く高く澄んできた季節。
図書館の窓を開け放てば、乾いた風が古びた本の頁を撫でていく。夏の間は冷房の効いた館内に籠っていた人々も、中庭へ本を持ち出すようになった。
高村と宮沢は裏の丘まで写生をしに行った。中庭のあちらこちらではアイデアを練る中原や萩原、若山などの姿が見える。
肌を刺す冷たさの冬が訪れるまでの束の間、皆思い思いに空の下で戯れる。
しかし物語は空の下ではなく、年代物の木製の天井の下で始まる。


第一主題

江戸川は退屈していた。ありがたいことに特務司書に信頼され、ここのところ暫く彼女の助手を拝命している。がしかし、当の司書は部屋へ籠って書類と睨めっこしてばかりであり、折角江戸川が側にいるというのに話をする素ぶりが見えない。
中島を観察したり新見と話をするのも興味深い。しかしそれではいまいち江戸川は満足出来ない。自分が司書その人の助手であることの意義とはどこにあるのだろうと思ってしまう。
「さて、どうしたものでしょうか……」
静寂の中へ江戸川は独り言を放り投げる。無論応えはない。爽やかな風が江戸川の頬を撫でていった。


第二主題

司書は焦っていた。
特務司書として着任して幾ばくか、ようやく最近仕事の勝手も分かってきつつある。しかし若輩者である彼女にはまだまだ分からぬことばかりである。
館長は多忙であり、そうそう彼を頼れるものではない。むしろ捕まえようとしても捕まらぬことの方が多い。それならば、と必然的に彼女は図書館内の本を漁るようになった。
特務司書としての仕事もきちんとこなしている。転生した文豪たちの調子を見ながら有碍書を浄化させ、その合間に膨大な資料を漁る。
どんなにたくさんの文字を頭に叩き込んでも足りている気はしなかった。特殊な研究を任された者として、また、歴史に名を残すだけの「モノ」を持っている文豪たちを束ねる者として、自分はあまりに物を知らなさすぎる。
早く、早くと気ばかりが急いて研究が進まない。
司書室に積み上げられた本に埋もれて、司書ははぁと溜息を吐いた。


展開

机の上に積み上げられた書類の束をがさがさと探る。目当ての書類が見つからず司書は首を傾げた。
おかしい。ついさっきまでそこにあった筈ではないか。締切の近いそれを、彼女は今しがたまで書き上げるべく励んでいた筈だ。それが、ない。ちょっと珈琲を取りに行って帰ってきたら忽然と消えている。
「乱歩先生」
と、彼女は司書室の隅にいる助手へ声をかけた。
「私の書きかけの書類、何処にあるかご存知ありませんか?」
返答をさして期待しないままに投げられた問いへ、特徴的なマントを纏う文豪は思わぬ方向から応えを返す。
ええ知っていますよ、と。
「……は?」
司書は我が耳を疑った。知ってるって?
「あの、先生それはどういう意味で」
「そのままの意味です。私は貴方の大事な書類の行方を知っている。この部屋にはありません」
「は、……はぁあぁああああっ!?」
素っ頓狂な叫び声を上げた司書へ江戸川はにこにこと微笑みかける。あくまでもその笑顔は晴れやかなものだ。
「ない!? ないんですかっ!? ちょっと先生あれを何処にやりましたっ! 大事なものだってご存知でしょう!?」
掴みかからんばかりの剣幕の司書に江戸川は満足げに笑みを深める。
「さて、何処でしょうか。木の葉を隠すならば森の中、と言います。……なに、ちょっとした悪戯です」
悪戯の範疇を超えている!! とは司書の内心の叫びである。
「勘弁して下さいよこの広大な図書館の何処を探せって言うんですかぁあぁああっ」
ぐっしゃぐっしゃと髪を掻き乱すと司書はそのまま廊下へ飛び出した。ばぁん!と乱暴に開かれた扉が心なしか痛そうにきぃきぃと鳴く。
「悪い遊戯と書いていたずら。さて、とっておきのショーの開幕です」
取り残された司書室で江戸川は口の前に人差し指を立ててくすくす笑った。

木の葉を隠すならば森の中。ならば書きかけの重要書類は何処に隠された?
司書は開架でぐるりを見上げて額を掌で覆った。ぐらぐらと目眩がする。
帝國図書館の所蔵数は国一番を誇る。中には特別な書簡だってあるし、崩壊しかけている本だってある。禁書棚に収められている有碍書まで含めると一体どれほどの「紙」がここにあるのか。
落ち着け、と司書は胸を押さえて息を吐いた。
曲がりなりにも江戸川乱歩という文豪を助手に指名したのは自分なのだ。彼の性質をよくよく考えればきっと大丈夫。彼は突拍子もない悪戯を仕掛けては来るが、基本的には周りに迷惑のかかるような仕掛けはしない。
ならば、と司書は顔を上げる。彼のトリックには引っかかってばかりで未だ一度として解けた試しはないが、この挑戦受けて立つしかあるまい。
腕を組んで思考一拍。司書は中庭へと足を進めた。

「あ、司書さん!」
中庭、池のほとりで司書は新美に出会った。ごんと一緒に木の実を集めていたのか、彼はポーチにいっぱいに色鮮やかな木の葉やころころした木の実を入れていた。
「賢治くんに会ったらこれ渡してくれる? 絵本の会をしようねって言ったのにそれから話が出来ていないんだ」
はいこれ、と渡された木の葉には不思議な記号が並んで書かれていた。
「はい、分かりました。あまり池に近付き過ぎて落ちないで下さいね」
司書が去り際に見たのは、ふわふわの新美の笑顔だった。

司書が歩いて歩いて次に辿り着いたのは裏の丘。そこでは思った通り宮沢が高村と一緒に写生に興じていた。……それどころではない筈なのに何故宮沢を探しに来たのだろう、自分は。
宮沢に預かった木の葉を渡すと彼は「うん、分かった」とにっこり笑った。
「おや、なんだいそれは」
司書たちの手元を高村が横から覗き込む。それを見た高村は少し考えると「そうだ」とポケットの中を探った。
「白秋先生に会ったら渡してくれるかな。急ぎの用ではないから」
「はい、分かりました」
丘を降りる時に、司書の視界いっぱいに綺麗な青空が広がる。気持ちの良い風が彼女の頬を優しく撫でて行った。

そうして、彼女は図書館の敷地内を駆け回ることになる。
かなしいお人好しの性で、司書はいく先々で文豪たちの頼み事を断れない。そしてお使いが終わった側から次の依頼が来てしまう。必然的に書類探しが二の次となってしまっていた。
絵を渡し本を渡し手紙を渡し、買い出しのメモを預け酒瓶を渡し、添削された原稿用紙を執筆者に返し。
そうしてどれほど駆け回っていたのだろう。
高かった日が傾き、ぐぅ、と腹の虫が鳴くほどになってしまって。気付けば食堂の方から食欲をそそる香りが漂って来た。今日の夕飯は何だろう。
と、はた、と司書は立ち止まる。折しも萩原から何やら怪しげな仕掛けを江戸川にと言われて渡されており、彼女の足は司書室へと向かっていた。
あの時司書室にいたのは彼女自身と江戸川のみ。彼女が部屋を空けたのは珈琲を取りに行くだけの時間であり、然程の時を要していない。その間に江戸川が書類を図書館の何処かに隠すだけの時間はあったかどうかと聞かれると、答えは「否」。
何故気付かなかったーー! と司書は愕然とした。気付いてしまえば呆気ない程の仕掛けである。彼女は司書室へ向かって全力疾走した。
「ちょっと乱歩先生っ!?」
ばたん! と乱暴に扉を開ける。と、その刹那視界に広がったものに司書はたたらを踏んだ。
「ブラボー! 流石は我らが特務司書。お見事です」
とても嬉しげな江戸川の声が、視界いっぱいの花の向こうから聞こえる。彼の術中に完璧に嵌っていたことに気付いた司書は眉間を揉みほぐしつつ満開の花を退けた。
「私は女ですので、褒めて下さるなら"brava"と。男所帯で暮らしてはいても女を捨てたつもりはありませんので」
「おやこれは手厳しい」
すっかり暗くなった部屋の中には、満足げに笑う江戸川乱歩その人。今日1日の彼女の行動は全て彼の掌上にあったことを悟り、司書は眉間に皺を寄せた。
「……また、私は負けたという訳ですか」
「さて、それはどうでしょう。全ては貴女の内にあります」
白い服が近付いてきたと思うとぽん、と何かで頭を叩かれた。
「それでも、楽しくなかった訳ではないでしょう?」
「……それは」
はらり、と手妻のように司書の目の前へ落ちたのは、彼女が探し回っていた筈の書類で。書きかけであったそれは江戸川の字で丁寧に清書され、後は彼女自身の署名を待つばかりとなっている。
「職務熱心なのは立派なことですが、室に篭りきりでは勿体無いと、そうは思いませんか?」
目を白黒させる司書の前で、乱歩のマントがばさりと翻った。


第一主題再現

江戸川は退屈していた。ありがたいことに特務司書に信頼され、ここのところ暫く彼女の助手を拝命している。先日の「悪戯」も彼女は大目に見てくれた。あれから司書は資料に埋もれるばかりではなく、皆と話すようになってくれた。
がしかし、当の司書は外へ出てばかりであり、折角江戸川が側にいるというのに話をする素ぶりが見えない。
中島を観察したり新見と話をするのも興味深い。しかしそれではいまいち江戸川は満足出来ない。自分が司書その人の助手であることの意義とはどこにあるのだろうと思ってしまう。
「さて、どうしたものでしょうか……」
静寂の中へ江戸川は独り言を放り投げる。無論応えはない。爽やかな風がからころと枯葉を転がしていった。


第二主題再現

司書は焦っていた。
書類が終わらない。ふらりと司書室を出て行ったままの江戸川が戻らない。
彼女の脳裏を支配するのは「ヤバい」の形容詞である。先日はうっかり江戸川を放置して大変な目に遭った。最近またどことなく不満げな顔をしているから、このままだときっとまた彼は「悪戯」を仕掛けて来るだろう。それがどんなものになるのか、司書は考えたくない。
多くの文豪を束ねる者として自分は余りに未熟だ。だからこそ資料だけではなく、本人たちとも交流を深めようと努力しているのだが……それがどうも江戸川は少し気に入らないらしい。何故かは分からない。
机の上には積み上げられた書類の山。司書は己の仕事量を思って嘆息した。


結尾

色彩を落とそう。何もない所へ右手が、左手が風景を描いていく。
季節は秋、うだるような暑さの夏の気配は遠く通り過ぎ、頬を撫でる風は次第に鋭さを帯びて来る。
もう少ししたら、と司書は思う。文豪たちを誘って夜の読書会をしよう。次第に空気が澄んできっと星々の瞬きも綺麗に見える筈。小泉の怪談が似合う夏には間に合わなかったけれど、冬にぴったりの話を皆でしよう。
物語は空の下、帝國図書館で繰り広げられているのだから。


(結)
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