神道は寛容な宗教

December 22 [Thu], 2016, 16:31
地元の神社で、だいぶ前に亡くなられた宮司さんに伺った話、そしていくつかの神社社頭で見かけた風景を思い出す。
三体牛鞭
宮司さん曰く、自分達は神職として定められた作法で参拝をしなければなりません。
昇殿参拝をされる方には、それに準じた参拝をしていただきます。無論神職としてお手伝いしますが。
でも、拝殿前や鳥居で参拝される方については、お願いしたい作法はありますが、参拝される心を大切に考えています。

他の神社でも同じ様だ。

事実、数珠を持って参拝する姿、
膝をつけて参拝する姿、
を見ることは珍しくないし、
二拍手一礼、三礼二拍手二礼、二礼一拍手一礼、一礼一拍手、一礼だけ、手を合わせるだけ、など様々だ。

靖國神社固有の話かもしれないが、
数珠を繰りながらどうやら経文をとなえる者、
十字を切る者、
を見かけた事もある。

形式より心がけと言う事だろう。

参拝ではないが、学生時代の博物館学の講座のオプションで、教官の1人がこんな事を言っていた。
京都の南禅寺に、研究のためある美術品を拝観させていただきたいと依頼し、指定日時に推参すると、東京の大学からわざわざ来てくれたからと、高位の僧、しかも茶の師範が応対してくれたと言う。
茶の心得がなく途方に暮れていると、その僧は作法を無視してガブリと茶を飲み干し、恥をかかせない様にしてくれた。狼一号
だから、最低限の作法は身につけた方がいいと言っていた。
その教えを実践し、機会を見つけては、煎茶、紅茶、中国茶の作法の初歩だけをかじった事がある。

これ、参拝も同じだろう。
それなりの参拝の作法を知ることは大事だが、形にばかり囚われてはどうしようもあるまい。

いかに詣でるか、ではなく、何のために詣でるのか、の方が重要だ。

とは言え、こんな事が認容されるのは神社だけだろう。
少なくとも寺や教会の参拝で祝詞奏上などは認められまい。
唯一、神仏混淆の形を伝える豊川稲荷を除いて。
威哥王
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