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核廃絶命ある間に、「米大統領、謝罪を」県被災者の会の中村さん/神奈川 / 2010年08月06日(金)
 原爆投下から、きょうで65年―。広島市で6日に開かれる平和記念式典に、核保有国の米、英、仏3国の代表者が初めて出席する。「核なき世界」を求める機運が世界的に高まる中、一方で被爆者の高齢化が進んでいる。同式典に出席する県原爆被災者の会事務局長の中村雄子さん(78)=平塚市=は国連の潘(バン)基文(キムン)事務総長らの発言に期待を寄せるとともに「被爆者が生きている間に核廃絶を」と訴えている。

 「前進といえば前進。半歩か、一歩か」。中村さんはルース駐日米大使の出席を前向きに受け止めるが落胆も。「出席するのは大統領ではない。何も発言しないで、お参りだけなのかしら」

 1945年8月6日。13歳だった中村さんは、広島の航空部品製造工場で被爆した。爆心地から約2・8キロ。すさまじい光が目に飛び込むと同時に、小さな体が吹き飛ばされた。気付いたときには窓ガラスの破片が全身に突き刺さっていた。

 オバマ米大統領が昨年4月、プラハで「核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として行動する道義的責任がある」と演説したのを聞いて「米国が変われば世界も変わるはず」と期待した。今もその思いは揺るがない。

 中村さん自身も米国市民の原爆に対する意識の変化を感じた。今年5月、ニューヨークの大学で被爆体験を語ったときのこと。講演後、ある学生が言った。「(被爆体験を語り継ぐ)あなたの活動をどうやって広げたらいいか」。中村さんは「今は大きなところに、たった一滴の水が落ちただけ。でも皆さんが協力して小さな輪を広げてほしい」と答えた。

 帰国後「今の米国を憎まず、過ちを犯さないよう日本は前に進んでいる」というメールが届き、勇気づけられたという中村さん。5年前に講演した際に「リメンバー、パールハーバー(真珠湾攻撃を忘れるな)」という声が市民やマスコミからも相次いだことからは大きな変化だ。

 被爆者の証言集や無数の遺体が散乱する写真を眺め中村さんがつぶやく。「9・11テロはよっぽどのように言われるけど、原爆の惨劇はあの程度じゃない」。言葉を継ぐ。「オバマさんは国内事情もあるだろうけど、いつかヒロシマに来て謝罪してほしい。被爆者たちは米国の実験の犠牲になったのだから」

 新たな風が吹く今こそ、日本政府にも強いリーダーシップを求める。「唯一の被爆国なのだから堂々と、先陣を切って行動してほしい」と中村さんは訴えている。

【8月6日9時0分配信 カナロコ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100806-00000012-kana-l14
 
   
Posted at 10:04/ この記事のURL
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