いかれてる 

February 04 [Thu], 2010, 1:54
新聞屋さんが働いてない時間に帰宅出来て、暗いうちに布団には入れることで幸せを感じられる程度にいかれてるけど真実だからしょうがない



なぞの足跡 from 隣の大陸 

February 01 [Mon], 2010, 0:19
アクセスログみたら、数日前に中国の山東省から人から大量のアクセスが。



中国語使いの人に約一時間にわたりじっくり読まれた模様。



オオサカのコスプレイヤーさんのヤプログが流入経路となっているのが謎。

コスト意識とか言う以前の前提条件 

January 25 [Mon], 2010, 23:48
大きく言えば同業他社の友人との電話。
内容は互いの会社の仕事の話。



彼「そりゃー大変だなー。 サーバーとか高いから大変でしょ」


俺「いやいや、サーバーなんてほとんど金かかんないよ」


彼「???」


俺「???」




確認したわけではないけどたぶんそうだろうなというのが、まあサーバー代というのが業界内での彼我の違いがはっきりでるところかな。



彼は日本有数の電機メーカーの子会社でシステム系の会社にいる。SIerとか言われる会社の類で、まあ大きいほう。扱っているのは企業向けの業務システムとか、店舗向けの設備とか。インターネットとかチープ革命とか関係ない。でかい重いって感じ。彼の頭の中にあるサーバーってのは数百万ぐらいの初期投資で維持するのに人件費もかかる大型のやつだろう。 データセンターの写真に写ってるやつ。



俺がいるのはソフトウェア会社。 対象がインターネットとかウェブサービスに近い。軽いって感じ。あんなでかいサーバー専用のマシンはいらない。 スペックはパソコンで十分。 必要なソフトを入れてやってます。 値段も維持費も安い。電気代だけとか。



経緯というか歴史が違うから同じ単語でも指すものが違うよね。コストも違うし。





何が言いたいかといえばよくわからなくて、とりあえず余ったパソコンがあるなら下さい。














無理やり書くとこんな日記。。。

行動変容 

January 21 [Thu], 2010, 20:47
こっちのブログにログインしたのはとてつもなく久しぶり。

管理画面がリニューアルしててびっくり。SNSっぽくなってる。



仕事ばっかりなのは前々からだけど、興味あることが仕事関連に集約されてきたのを実感したのは年末年始の帰省休み中。実家で完全に仕事から離れたとき、何をしていいのかわからなくなった。選択肢は思いつくんだけど、どれも選択するのに十分でないという価値判断。ネットサーフィンですらそう。まあ世の中頑張ってくださいと思って突き放してします。


ここまで興味がなくなる自分が露骨に自覚できるというのも面白い。「ああそういえば昔はコレに執着してたな」ってふと思ったりするのとか。



まとまった量と内容の文章を読んだり書いたりすることも減った。この先に増えるのかはわからない。そうなることへの憧れは未だあるけど、興味がなくなってきたというのは前述の通り。




というのはtwitterばっかりでブログはご無沙汰になってしまった自分に気が付いて、書いてないから書く気が起きなくなってきた言い訳で興味がなくなってきたとか言い出しそうな自分。。。






でも思うにインターネットというのはかつてに比べてずいぶん文章以外にも溢れ出てくるようになったもんだ。

一日一発 

January 05 [Tue], 2010, 1:54
自分から仕事のタネを作らなければアカン!!
(収入に直結している意味で)


という結論に今年の始めに達したので、
自分がやらないと進まないことを一日一発やることにした。



現在のわが社の主力製品はオープンソースソフトウェアなので、
単体でいくら普及しても売り上げにはならない。


でも普及すればするほど知名度が上がるので、
普通のシステム屋がしているような営業はしなくても、名指しや口コミで受注してる感じ。
というのがお金の流れ的な意味でのビジネスモデル。


ちなみにソフトの質は、金取ってる競合製品よりかなり上出来。
だからこそ普及するのであるけど、それはまた別のお話。



んで、現状は流れが出来ているけど額面でとほほなのがたまにきず。
でも受託に注力しすぎて新製品や新発表をおろそかにすると将来先細り。。。


結論としては個人ベースでもどっちも踏ん張らないと収入的にとほほなので、
どちらも頑張ってみるソイと思いました。





通常業務以外に個人で何かXを進める初日が今日だったんだけど、
これってまあ色々アレですよねって感じなだけです。

ゼロ年代を振り返る 

January 02 [Sat], 2010, 22:18
2009年って現代って感じだけど、2010年って字面だと近未来ですよね!!



シャチョーが日記でここ10年を振り返っていたから、便乗してやってみる。





2000年になりたてのころはまだ中学生だった。3年生で受験生。幸か不幸か受験に関して苦しんだ人生を歩んでおらず、高校受験の時こそ凄く楽観的だった。1月とかまさに受験勉強の真っ最中。
(記憶がないから楽しかったとしているだけかもしれないけど)

一校しか受験できない公立をどうするかで、O高かW高かで悩んでいた。どちらとも北辰的にはちょい足りなかった希ガス。どちらかに決められないので500円玉を100回投げてみたら60:40で若干高めだったW高に決心。その決心を胸に母親に「W高に出願するわ!」と報告しにいったら「やめときなさい無理だから。U高にしなさい」「うんわかった!!」という会話がスムーズに行われたことは記憶に鮮明。 歴史のifだけど、このときW高だったら、かっさーさんと同級生になっていた。このときあたりまでに人格の基礎となるお調子者側面が形成される。

あと特に覚えているのが1年間ぐらい、新聞の国際欄にはまっていたこと。 国名覚えて、社会科の資料冊子で関連するのを覚えるのが楽しかったっけ。





高校入学。 2002年の夏までは部活だった。唯一初心者として剣道部。 今思うとなぜ入部したのかわからん。 感情の変遷の記憶にあるけど、今の人格ならきっと入部しなかっただろう。 このときまでに人格の基礎となるお調子者側面は加速され、かつ人見知りの部分も確固たるモノとなる。内弁慶。 春から予備校通いが本格的になって、そちらの人間関係が人生に大きく左右される。おかげで受験勉強が楽しかった10ヶ月ぐらいでした。そういえばこのころの人とは久しいわ。断絶状態。あの高校、あの予備校、あの校舎という3者が揃わなかったら、翌年の大学受験は、いま思うほどの結果にはなってなかったと思う。W高に行ってたら、この大学にはいけなかっただろう。 まわりにいる人って意味での環境大事。 もはや運だけど。 出会いもあれば別れもあったのもこの期間。 初めての肉親との死別は2002年、おばあちゃんだった。 どうにもならない感情をいまでのよく覚えている。



2003年。 大学入学。 2007年、春、卒業。 特に何した、って象徴的な記憶がない。出来事的な意味で イベントとして燃える、というより、その時そのときにいる環境の人たちとともに面白おかしくやりたかった、という方が正確かも。 つーかそれだ。SA、サークル、学部、旅行。 ようやく自覚。 目標とか計画とか無視してた気配があるから、積み重ねを要することには弱かったんだよね、英語とか。 たぶん色々ダメだった。 本当にダメだった。自業自得という言葉の意味を味わった。 まわりにいる彼ら彼女らに有形無形で迷惑をかけ続けていると思う、現在まで引き続き。 

バイトも苦手だったのも、ただ働いているだけで面白く思えなかったからかな。ドトール、オイスターバー、ステーキ屋。一日だけやった日雇いの派遣バイトで、将来の職業に関して猛烈な恐怖感を得たのはいつだっけな。 工場で夜通しクレジットカードの請求書を梱包してた。 これはいやだった。 

初海外は2004年夏のウズベキスタン、キルギス、中国。 同行者についていっただけだったけど、初めて日本以外を見たのは貴重な経験だった。 世界は世界としてひとつなんじゃなく、ひとつひとつが積み重なってるんだということを知る。 国ですらそう。 あの時感じたあの場所へ、旅行者ではない別の何かでまた行きたいというのはそれ以来の願望。 翌年アメリカ。 またまた同行者についていっただけだったな。 大陸を感じた。 日本はよく出来た箱庭って感じ。 



2007年春。 働き始めた。 毎日歯がゆさを感じながら、かといって突破するために何をしたらいいかわからないから何もしなかったといってもいいいい毎日。 いろんな感情とか思考とかが対立したり重なり合ったりしていてた。初めての会社と初めての現場で感じたことは、ビジネスモデルの大切さ。 どこからお金を得るのかというのは、同じようなことを用いたとしても全く別物になるということを痛感する。 その限界も。 本当の言葉のむなしさを知ったのは2009年の5月の終わり。 会社の末期とはこのことか。

そんな感じで10年間。 振り返れば、物事よりも人を見ていた10年間だった気がする。 時間を経て家族のあり方も変わった。 感謝してもしつくせないぐらい。


2009年夏から京都。 いまは2010年になった。数ヶ月だけど、自分の姿勢の不味さを感じる。 まだ結果は出てない。 



次の10年後は35歳。 

正直なめてた 

December 25 [Fri], 2009, 20:04
今年は今日で仕事納めで明日から帰省して年明けは5日まで休んで6日は移動日だから7日から仕事始めだらっしゃいと思っていたら年末年始返上するような案件が舞い込みそうで京都からはなれられないじゃまいか。



「可否の判断していいから返事しといて」って、踏み絵じゃん。。。


正直なめてた。


ごめんなさい。


まだわからない。


そんなメリークリスマス。

愛着 

December 21 [Mon], 2009, 0:27
先日はあんなこと書いてみて、読み返してみて己に己でさめてルナーって感じで愕然。





愛着のがあるものに対して、想いがこもるというのはよくわかる。
その対象で「日本」って単語が出てくるのもよくわかる。
オレもそうだ。







だけど、それを素直に受け取れないでグチグチいってしまうのは、その日本の定義がよくわからなくて、ともすればその定義の奥に見え隠れする(場合がある)主張する人のエゴというか自我の肥大が気持ち悪いから。ここ3年ぐらいで、そんなのに本当に嫌悪感を抱くようになったなー。







この嫌悪感に対象には非常に都合の悪いことに過去の自分の発言も含まれていて、「彼/彼女って気持ち悪いけど、そういえばいつだけあんな風に考えていたことがあったオレも超気持ち悪い」とブルーになるわけです。これが朝の布団の中だと、回復するまで立ち上がれないのは二度寝の言い訳。





これは構造的に仕方がない。2重の意味で。




日本って巨大で複雑すぎて個人がどう頑張ってもどうにもならないわけで、だからこそ(良いか悪いかはおいておいて)志ある自分こそは!! って人の主張の対象になるわけであって、という構造がひとつ。 もうひとつは、そんな構造を見つけてしまう、というはそう見えてしまうことに対して「無駄だろクソが」と侮蔑していまうオレが
いること。もちろん自分棚上げ。



いろんな面がありすぎて、完璧な反論が出来ないというのもあるかもしれない。 いろんな面があるから、いろんなことが正しいということになる。これはまあ屁理屈お化け言われるオレだけかもしれませんが。よくわからんけど。




ではでは。

ご立派なこと 

December 18 [Fri], 2009, 21:43
ご立派なことを言うのはご立派なんだけど、
ご立派なことを言っている人がご立派かと言えばそうでもない。




なぜならご立派なことといのは実証しずらいからだし、
はたまたご立派なことを言っている人に疑問を呈すと角が立つことがあるから。




ご立派なことに反対なのではなく、彼彼女がそれに相当する人なのかどうなのかなのに、
実証しずらいゆえに、そういう空気にさせられてまうことも。。。




社会、将来、未来、世界、平和、、、、。。。


日本の!! というのはなんというかアレな気分。


国家単位で区切ったときの人口なら中国のが多いから、
役立つことが人数で測られるなら中国をなんとかしたほうが立派だと思うよ。
アフリカでも別にいいけど。



業界の!! とか ○○県の!! とかいうのは、 
ご立派なことに一枚つつんだ利益誘導かもしれないので、非常に香ばしくて素敵です。

これですよこれ!! 

December 15 [Tue], 2009, 23:08
おひさしぶりです。こちらでは。

最近は主体の媒体が変わりつつあるんでこっちではご無沙汰でした。



今日みたオレ的に素晴らしい記事をおいて置きますね

生き残るためには、売ることがすべて

- jp.techcrunch.com 2009年12月15日
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