息抜き

2006年10月25日(水) 9時09分
 今日は姑が1泊で出かけた。何年ぶりだろうか。近所に義姉が住んでいて、その小姑は週の半分はやってくるのだが、姑は小姑のところには泊まったこともない。義兄は親切なのだがやはり気を使うのだろうか。義姉も「うちへ来るなんていわないでよ」なんて姑にいう。せめて1年に1週間ぐらいは、娘のところに宿泊してもいいのではないかと思う私であるが、姑は決してそれをしない。義姉も望んでいない。年寄りと24時間過ごすのと、ときどき覗くのでは大きな違いがある。
 今日は久し振りにたった一人の我が家。今は、私がこの家の主人なのだ。なんだか涙が出る。お茶さえ沸かせない姑だが、1から10まで指図をする。悪気がないのはよくよく分かっているんだけれど、歳とともに私も柔軟性を欠いてくるようだ。
 ある日、1度だけ夫が言った。
「おいおい、50過ぎたおばさんに底まで指図するなよ。おばさんは20代から自分なりの好き勝手にやっていたんだろう」
 長男とは同居していないし、同居する気もないが、ときどきやってくる長男の嫁さんは私のことを呆れてみている。「おかあさん、いちいちおばあちゃんに聞く必要もないではないですか」でもね、聞く必要もないのだけれど、声をかけることが姑を立てることだと思った私の習性なの。
 最近、ふと心に残った。何かのときに夫が言った言葉。
「いいよ、それくらい主張しても。ばあちゃんはあんたのこと信頼しているよ」
その言葉をかみしめて涙があふれた。
 今夜はカレーライス。

マンション

2006年10月21日(土) 7時44分
 今日は隣の県へマンションを見に行く。駅の近くの新築で4LDK程度の物を購入したい。地元を離れて結婚している子どもたちのところに行くための拠点にしたい。セカンドハウスなので子どもたちにも自由に使って欲しい。次男名義にしておけば、財産贈与の手間も省ける。といいつつも、そんなに財産はないのだが。今住んでいる土地を義父の名義から夫の名義に変更するときに、贈与税を気にしていたのだが、「それくらいなら税金なんてかかりませんよ」といわれてしまった。そしてその通りだった。無事に生きてきたということが幸せなことだと思う。

胃液

2006年10月18日(水) 19時21分
 今日、友人宅からの帰りに突然吐き気に襲われた。近くのスーパーの駐車場に車を入れたら吐いた。黄色い液体は胃液なのだろうか。
最近、健康に自信がない。85歳の姑は、「私を看取ってもらわないと困る」と言っているけれど、義姉もいることなのでここは心配ない。ただ、夫だけはきちんと看取ってあげたい物だが、最近は毎日自分が亡くなったときのことを考えてしまう。後始末をしなくてはと思いつつ、出来ていない私である。

福岡いじめ自殺事件

2006年10月18日(水) 17時53分
 人の命は重く、まして子供を失った親の苦痛は計り知れない。しかし、最近のマスコミは図に乗りすぎだと思う。マスコミが設定した一つの構図に当てはまるような報道の積み重ねの数々には、現代社会はマスコミに踊らされていると思わざるを得ない。かつて、第二次世界大変時代、お国のためにと自分の命を捨てていった若者達がいる。彼らの心をわしづかみにしたのもマスコミではなかったのか。
 今日、私は自殺した生徒の前担任が入院しているとの小さなニュースを目にした。全く一方的な報道には、やりきれない憤りを感じる。
 国会中継で、居眠りをしている議員ばかりを撮るのと、目をきらきらさせて真剣に発言している人達ばかりを撮るのでは、印象は全く違う。マスコミの責任は大きい。
 命を絶つには、様々な理由があるはずだ。たった一つのことが原因でこの世を去ることなど、私には考えられない。目の前の困難を乗り切れなかった子供、自分の悩みを相談できる相手の亡かった子供、何よりもそんな子供の苦悩を見抜けなかった親…、学校、同級生、多くの要素が微妙に反応しあって、彼は自殺を選んだのだろう。
 親は、学校を責めているが、自分の子供と人生や生き方を語ってきたのだろうか。子供の人生に一番責任を感じるのは親ではないだろうか。自殺する子供を育てたのも親ではないのか。周りに責任転嫁をして、標的が見つかったらこの時とばかりみんなで攻撃する現代社会そのものがいじめの構図の中にあると思える。

ミステリアスなお隣さん

2006年10月13日(金) 11時03分
 私がここに住んで何十年も経つが、お隣さんと雑談をしたことはほとんどない。向かい合った2軒のお隣さん達はよく話をしているようだが、私は働いていたので昼間家におらず、話をすることもなかった。さらに家の立地条件が悪く、我が家は行き止まりなのだ。だから道路や溝に面しているお隣さん達は、我が家のことをよく思わないらしい。雪が降ったときに、「この道路は半分ずつ私達の道路だ」と言われたことがある。
 ところで、このお隣さんなかなかなのである。一軒はマッサージやさん、私が若い頃一度だけ家族に勧められてマッサージに行ったことがある。ひどい目にあった。セクハラだった。隣を訴えることも出来ずに、私はそのことを夫にもずっとナイショにしている。
 向かい側のもう一軒は、ある年の2月から数ヶ月、突然家族全員が姿を消した。うちが隣なので、知り合いなどが次々と消息を尋ねに来る。何かあると知らん顔もしていられないと、一応区長さんに知らせたら、マッサージやさんのおばさんに「余計なことをするな」と叱られた。半年後ぐらいに戻ってきたのだが、何があったのかは未だに謎だ。
 今年は、お婆ちゃんが亡くなった。外出をしているときに隣に人の出入りがあるので何だろうと思ったが、不明だった。家に「忌中」の張り紙もないが、どうも葬式らしい。新聞の「おくやみ欄」にのせるのも差し止めたらしい。身内だけでナイショで葬式をしたのだ。夜、香典を持ってお参りに行ったけれど、何とも不思議だ。一つ間違うと何も気付かないで終わってしまう。
 最近はときどきミニバンがやってきて、荷物を運んでいる。成人した子供さんがいるのでどんな事情か分からないが、先日はタンスなどの家具をいっぱいのせていた。今日はたくさんの畳をのせていた。畳の貼り替えと言えばそうかも知れないが、なんだかミステリアス。
 お婆ちゃんにいうと「ああだろうか、こうだろうか」と際限なく憶測するので、黙っているけれど。こんなところで生活をするのはあまり楽しくはない。
 お婆ちゃんがここに家を建てたのは、娘の隣だったという理由なのだ。その娘も隣を借家にして出ていった。お婆ちゃんは娘やお兄さんと話していて、お隣さんとはほとんどおつきあいがなかった。つきあわなくても、当時の彼女は十分に満たされていたのだ。
 どうせなら知らない土地でゆっくり生きたいものだとふと思う。

ビール

2006年10月05日(木) 20時53分
 夕食後、主張中の夫からメールが入った。
「今夜はラーメンを食べた」
携帯を持ったばかりの私には、メールを打つだけで大変なエネルギーなので電話した。
「今風呂に入ったから、今からビールでも飲もうかな」と言っていた。
私は昨日も一昨日もビールを飲まなかったけれど、不意に飲みたくなった。
夫の夏物のスーツをクリーニングから取りに行くついでに、ビールを買ってしまった。
これでいいのかなあ。ちょっと複雑な思い。
結局飲み始めてしまった。カンパァイ!

隣の県に

2006年10月01日(日) 11時44分
移住することにします。
息子がいる土地だから、理由はそれだけです。
何の連絡もない息子ですが、同じつながった地面で生きていると思えば心が安らぐかも知れません。
舅や姑、小姑と住むために家を建てて、ン十年、せめて老後はゆったりと生きたいです。
そう言えば、この家を建てるときに義母が言いました。「私はすぐにいなくなるから下もあなたたちで使えばいいのよ」あれから30年。息子達は結婚してそれぞれ戻ってくると泊まる空間がありません。手狭になりました。
「マンションでも買いましょうか」と言ったら、「私はそれまで生きていないわよ」という義母は、
曾孫が帰るたびに、「あの子たちにまた会いたい」と願っているのです。
人ってそんな者ではありませんか?いつもいつも、今日と同じ明日が来ると思っているのです。

ここは本音

2006年10月01日(日) 0時22分
 ここ数年、新築に夢を持っている。新しい土地に家を建てたいと計画したこともある。そのときは、長男が反対したっけ。いつもいつも私の発想は思いつきだと思っているようで…。切ないほど昔からの夢なのに、息子は分かってくれないんだと思った。
 思えば、自分で思い通りの家を建てるのが私の夢だった。結婚して、姑や舅と同居するために急遽家を建てたときは、隣に住む小姑がすべてを仕切った。もちろん、姑は若輩者の私の言葉より小姑の言葉をすべて聞いた。20代にして、月々の給料以上の借金を背負った生活だった。幅2間の家では所詮、押し入れなどを作る余裕はなかった。
 思えば、家の借金を返すためだけに働き、子どもを育てることだけを楽しみに生きる日々だった。何よりも、この家は押し入れや収納スペースがない。だって、現実にこの家に住むつもりのない人が設計したんだもの。確かに子供が子どもの時はそれでもよかったかも知れない。新築のときに、義母は「私はそのうちにいなくなるから」と言ったが、そう言う問題ではない。
 1階は応接間と台所などの生活空間と義母の部屋だ。2世帯住宅で、私達は2階に住んでいた。子どもたちが成長して結婚をして孫まで出来たけれど、相変わらず義母の空間は確保されている。収納スペースのない二階の押し入れはすべて子供や孫達の布団入れとなってしまった。

 いつしか私は自分の好きな家に住むことを夢見ていた。おしゃれな収納スペースのある、ゆったりとした家に住みたいと思った。それは、退職後の私の大きな夢だった。

 退職してまず、土地探しを始めた。長男がいつもの私の暴走だと反対した。次男は、老後の経済生活を考えてとアドバイスをくれた。
 第二の人生くらいは、自分の満足のいく生き方をしたいと言う私に、夫も折れた。長男に、「歳を取ったらそれなりの生活のために家を建てることも考えているよ。奈良なども考えている」と言ってくれて、長男は折れた。
 それにしても家を建てることは大変なことだ。しかも収入のない私にとって貯金を食いつぶすことは、今後の老後に響いてくる。わたしもちょっぴり夫に妥協して、マンションでもいいことにした。マンションなんて、土地がないのにという意見もあるし、私もそう思っていたけれど。次男の住む町の市街地に新しいマンション建設が予定されていて、来月内覧会があるそうだ。夫と一緒に参加申し込みをした。
 いいんだ、私は30年働いて退職金もまだ残っている。海外旅行にも行かなかったしね。ささやかに幸せに暮らせればいいんだ。ステキなマンションを買えるといいな。
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