果物

2006年11月24日(金) 7時35分
果物をもらったので「おばあちゃん果物好きだから、これ食べるかな」と言ったら、夫が、「食べられるようにきちんと皮をむいて切ったら食べるんじゃないの」と言った。
私がそれを要求できる人などどこにもいないのに、夫も姑も当然のごとくに要求する。なんだかすごく傷ついた。

葬儀会場で

2006年11月23日(木) 18時51分
 先日、自分より歳下の友人に他界された私は、未だにその悲しみから抜けられない。人の死とはこんなものか。彼とはずっと交際もなかったのだ。今年の初めにふとメールがあっただけだ。それなのに、私は彼の心に響いたと思った。

傷つく言葉

2006年11月22日(水) 19時42分
「人に笑われるわ」
私に対して言った極めつけの一言だった。背筋がすっと寒くなった。自分なりに姑に尽くしてきたつもりだったし、嫁姑の中もそう悪くはなかったと思っていたけれど。問題は3日に挙げす小姑が来ることであり、姑も毎日小姑の来訪を待っているのは事実だった。実際、結婚したとき、小姑と2世帯住宅をたてた姑は言った。「私は老後を娘に見てもらうつもりだから」でも、現実にはそうはならなかった。気持ちは小姑にいっているのだろうが、経済的にはすべて長男の責任だ。しかも、年金はまるまる自分の小遣いなのだ。別にそれはそれでいいけれど、いざというとき、姑はすぐに小姑に連絡をする。…もういい…これ以上いいたくない。私は私なりに努力したつもりだったが・・・・・なんだか義姉が退職して連日訪れるようになって、怪しいとは思っていたのだが…。

小姑

2006年11月20日(月) 12時36分
 7歳上の小姑が定年退職するのと、私が早期退職するのは期を同じにした。

 なんだか歩かなくては。小姑は善意で姑の顔を見に来る、姑も毎日小姑を待っている。3日来ないと「この頃こないなあ」と電話をかけたがる。出かけるときに「送ろう」と言うと、「あんたは忙しいやろうから」と小姑に電話をする。
 今もそうだ。定年退職した小姑だが、職人の義兄はまだ働いている。だから昼食を母と一緒におしゃべりしながら食べるのが楽しみなのでもある。今日は、昨日のかやくご飯をおにぎりにしたと言って持ってきた。3個持ってきて、私に1個くれた。「これ食べて、私は婆ちゃんの部屋で一緒に食べるから」
 今までもいろいろあるけど、私は意気地無しだから何も言えなかった。

嫁の働き

2006年11月19日(日) 16時28分
 私は3人兄弟である。実家には長男の弟が、少し離れた元士族という家柄に姉が嫁いでいる。私も同じ県内なのだが、なぜか心の距離は遠い。これを探ってみるのはおもしろいかも知れない。今まで、触れたことがなかったし、あえて触れようともしなかったことだけれど、先日姉の舅の葬儀の時に弟のお嫁さんとじっくりと話す機会があって、いろいろ考えてしまった。
 家長制度の中で2番目の女の子の存在と生き方。会社の重役となった弟と教員となり校長になった姉。平教員のまま早期退職をした私は単なる落ちこぼれにしか過ぎない。
 従って、私はそんな親族関係の場に出るのが苦手である。財産や格式など、私達とは別世界の価値観が横行しているのにはとてもつきあいきれない。しかし、葬儀だけはそう言うわけにはいかない。妙に違和感を感じながら通夜に参会した。葬儀当日は、夫はどうしても欠けることの出来ない2年越しのイベントの当日だったので欠席した。それでよかったと思う私である。
 恋愛結婚の私には、家の格式など関係なかった。しかし、私関係の行事になると俄然頭をもたげてくるので、夫に申し訳ない思いをしている。地理的に私は実家と離れたので、その関係の人達とはかなり疎遠になっている。仕事を持ちながらきちんと関係を続けてきた姉はさすがである。
 今回の葬儀でも、スターは姉である。お嫁さんもお姑さんも「なにもかもしてくれて」と姉のことを言った。学校長と言う責任を持ちながら、家庭を仕切っていくのは一見大変ではあるが、それもまた楽し。私なんてのんびりしているように見えるけれど、小姑が毎日わいわいと口出しをし、姑の兄弟も口出しをし、姑自身が自分の身内の言葉にしか耳を傾けない家庭の中で、私に仕切ることなど何もなかった。ある意味、「楽よね」と言われるかも知れない。
 でも、小姑が姑のことに口出しをし、冷蔵庫の中まで支配し、最終責任は嫁の私に来るというこんな屈辱的な日常を普通の人は送れないだろうな。私だって、それが自分の魂の修行だと思っているから今まで幸せにこられただけだもの。

いつものように

2006年11月19日(日) 16時08分
 今日はめずらしくゆったりと休日を過ごした。彼にも怒るのはもう辞めた。この件では私は納得できないけれど、今までいっぱい迷惑をかけているし、優しく思いやってもらっているのでおまけとしてしまった。
 昨日、私は出かけていた。彼はそれを知っていたのだが、姑は例によってすっかり忘れていたようだ。昼食時に私がいないのを不思議に思っていたらしい。姑は私には毎日「今日は何日か」「今日は何曜日か」などを何回も何回も聞くのだが、夫には聞かないのだ。彼は、何度めかになるとぴしゃりと言うところがあるから、時には傷つくこともあるのだ。だから何もかも、私に聞くのだ。
 今日、「あんたが居ないなんて私は聞いていない」といつもの調子で言ったので、冷蔵庫に貼ってあるカレンダーを見せた。「忘れるといけないから書いておいてくれと言われてほら、ココに書いてあるでしょう」「あら、ほんとや」これで今回は一件落着となった。
 夫は何度言っても同じことを聞くので無視をはじめたのだろう。しかし、彼は私の口から姑のボケの具体的実態を聞くのは不愉快らしい。ときどきポロッと言うと、「年取ったからぼけたんやろ」とボソッという。私だって何度も同じことを言っているのだけれど。

怒り

2006年11月17日(金) 18時43分
 たまにはいっぱい文句を言うたる。今日は、さすがの私も腹が立った。ごめんなさいって何度も謝ったし、電話に出られなかった理由も話したし、レジが混んでいたから送れたってことも説明したし、何もかも私が悪かったと謝ったのに、それでも同じことを愚痴愚痴と文句を言っているなんて、今はそんな顔を見たくもないわ。あんたのことを一生懸命考えて行動していたのに、そんな気持ちなんか一つも受けとめんと、自分の快不快だけで怒鳴るヤツなんて、もう嫌いや。もう何もあんたに言うことなんてないわ。こんなときどうしたらいいんやろか。
 今日は2年がかりであんたが手がけた仕事の発表の日やった。大切なのはよくわかっているから、姉の舅の葬式に、あんたが出られんからと頼んだんや。舅の甥姪夫婦も喪主の兄弟夫婦も、たくさんの親戚が揃った。でも、私はそのことであんたに一言も文句を言ったことはなかった。「ごくろうさん、がんばってね」と今朝も送り出した。我が家の姑は、あんたが仕事に出かけて葬式に私一人で行くことを不思議そうに見ていたけど、私は何も言わなかった。
 1日終わって、大きな引き出物と自分のカバンを持ってJRに乗った。いつもは鈍行を使う程度の距離なのだが、今日は、ちょうどある特急に乗った。少しでも早くあんたを慰労しようと思ったから。駅に降りて、大きな荷物を見て迎えに来てもらおうかと思った。でも、今日は大変だったから疲れているだろうなと歩いて帰ろうと思った。両手に荷物を持って傘をさして歩いているうちに、今夜は金曜日、大仕事が終わったからゆっくりお酒でも飲みたいかなあ、よし買って帰ろうと思ったのだ。あんたが喜ぶと思ったのだ。
 携帯を持って数ヶ月、私の携帯にかかってくるのはあんたしかいない。だって、誰も私が携帯を持っていることを知らないから。
 ビールを買っているときに、携帯が振動しているのに気付いた。うまく話せないうちに消えた。電話をかければいいのだと思ったが、レジが終わってからと思った。そのうちまた電話。「飲み物買っているの?」「うん、今買っているよ迎えに来てもらったら嬉しいけれど」ああ、私がつい調子に乗って甘えたのが馬鹿だった。

 金曜日の夕方のレジは予想以上に混んでおり、また私はあせった。彼がいらいらしているだろうなあ…、結婚して何度も何度もこんな思いをした。若い頃、1台の車で通勤していた。迎えに行く時刻が送れるといつも彼に文句を言われた。やむにやまれぬ私の事情もあったのだ。私も働いて給料をもらっている実だったから。しかし、すべて彼中心に回転していた。そして、予想通りいつも彼は怒っていた。私が横着をしたのでも我が儘をしたのでもない、私の能力の限界を超えていたことだったが、いつものように謝った。そして、彼の今日の労をねぎらった。
「どうだった?」「うまくいった」
しかし、彼の言葉は弾まなかった。
彼はいつまでも私を罵倒していた。
「何回電話していると思うんだ」「マナーモードならそれが分かるようにしておけ」
そんな言い方されてその気になると思う。何もかも自分の都合だけナンヤって思った。私を愛することだって、自分の都合だったんや。
あんな、謝ってるのにな、なんであんなに愚痴愚痴と文句を言うんや。今日は私は1日葬式に出て、JRで重い荷物を持って帰ってきて、でも、今日はあなたが2年越しの計画の大切な日だからと、ビールを買ってあげようと思っていたのに。

謝っても許すどころか彼は怒り続けていた。私にも限界がある。今日、実家のお嫁さんと話していたところだ。彼女から我が家のファミリーの体質を指摘された。それは昔からではあったが、いつまでも私が馴染まない体質だ。ただ、私はそれが自分の運命だと、受け入れようと努力してきた。お嫁さんは言った。
「でもね、おねえさん、私は許せない。我が家にそんなに小姑さんが口をはさむことも、姑さんが小姑さんばかりを頼ることも、それを見過ごす旦那さんも。私は嫌ですからね、出ていった人は出ていった人ですよ。嫁の了解もなく勝手に冷蔵庫の中を開けて物を入れたり、水屋の中を移動するなんて、私は許せませんよ」
うん、すごく分かる。でもこんな現実なんだから、怒って苦しみたくないと思う私の生き方はだめかしら。

今はすごく落ち込んでいる私、これも私に言わせれば「誰のせいでもない、私の責任なの」 

息抜き

2006年10月25日(水) 9時09分
 今日は姑が1泊で出かけた。何年ぶりだろうか。近所に義姉が住んでいて、その小姑は週の半分はやってくるのだが、姑は小姑のところには泊まったこともない。義兄は親切なのだがやはり気を使うのだろうか。義姉も「うちへ来るなんていわないでよ」なんて姑にいう。せめて1年に1週間ぐらいは、娘のところに宿泊してもいいのではないかと思う私であるが、姑は決してそれをしない。義姉も望んでいない。年寄りと24時間過ごすのと、ときどき覗くのでは大きな違いがある。
 今日は久し振りにたった一人の我が家。今は、私がこの家の主人なのだ。なんだか涙が出る。お茶さえ沸かせない姑だが、1から10まで指図をする。悪気がないのはよくよく分かっているんだけれど、歳とともに私も柔軟性を欠いてくるようだ。
 ある日、1度だけ夫が言った。
「おいおい、50過ぎたおばさんに底まで指図するなよ。おばさんは20代から自分なりの好き勝手にやっていたんだろう」
 長男とは同居していないし、同居する気もないが、ときどきやってくる長男の嫁さんは私のことを呆れてみている。「おかあさん、いちいちおばあちゃんに聞く必要もないではないですか」でもね、聞く必要もないのだけれど、声をかけることが姑を立てることだと思った私の習性なの。
 最近、ふと心に残った。何かのときに夫が言った言葉。
「いいよ、それくらい主張しても。ばあちゃんはあんたのこと信頼しているよ」
その言葉をかみしめて涙があふれた。
 今夜はカレーライス。

ミステリアスなお隣さん

2006年10月13日(金) 11時03分
 私がここに住んで何十年も経つが、お隣さんと雑談をしたことはほとんどない。向かい合った2軒のお隣さん達はよく話をしているようだが、私は働いていたので昼間家におらず、話をすることもなかった。さらに家の立地条件が悪く、我が家は行き止まりなのだ。だから道路や溝に面しているお隣さん達は、我が家のことをよく思わないらしい。雪が降ったときに、「この道路は半分ずつ私達の道路だ」と言われたことがある。
 ところで、このお隣さんなかなかなのである。一軒はマッサージやさん、私が若い頃一度だけ家族に勧められてマッサージに行ったことがある。ひどい目にあった。セクハラだった。隣を訴えることも出来ずに、私はそのことを夫にもずっとナイショにしている。
 向かい側のもう一軒は、ある年の2月から数ヶ月、突然家族全員が姿を消した。うちが隣なので、知り合いなどが次々と消息を尋ねに来る。何かあると知らん顔もしていられないと、一応区長さんに知らせたら、マッサージやさんのおばさんに「余計なことをするな」と叱られた。半年後ぐらいに戻ってきたのだが、何があったのかは未だに謎だ。
 今年は、お婆ちゃんが亡くなった。外出をしているときに隣に人の出入りがあるので何だろうと思ったが、不明だった。家に「忌中」の張り紙もないが、どうも葬式らしい。新聞の「おくやみ欄」にのせるのも差し止めたらしい。身内だけでナイショで葬式をしたのだ。夜、香典を持ってお参りに行ったけれど、何とも不思議だ。一つ間違うと何も気付かないで終わってしまう。
 最近はときどきミニバンがやってきて、荷物を運んでいる。成人した子供さんがいるのでどんな事情か分からないが、先日はタンスなどの家具をいっぱいのせていた。今日はたくさんの畳をのせていた。畳の貼り替えと言えばそうかも知れないが、なんだかミステリアス。
 お婆ちゃんにいうと「ああだろうか、こうだろうか」と際限なく憶測するので、黙っているけれど。こんなところで生活をするのはあまり楽しくはない。
 お婆ちゃんがここに家を建てたのは、娘の隣だったという理由なのだ。その娘も隣を借家にして出ていった。お婆ちゃんは娘やお兄さんと話していて、お隣さんとはほとんどおつきあいがなかった。つきあわなくても、当時の彼女は十分に満たされていたのだ。
 どうせなら知らない土地でゆっくり生きたいものだとふと思う。

ビール

2006年10月05日(木) 20時53分
 夕食後、主張中の夫からメールが入った。
「今夜はラーメンを食べた」
携帯を持ったばかりの私には、メールを打つだけで大変なエネルギーなので電話した。
「今風呂に入ったから、今からビールでも飲もうかな」と言っていた。
私は昨日も一昨日もビールを飲まなかったけれど、不意に飲みたくなった。
夫の夏物のスーツをクリーニングから取りに行くついでに、ビールを買ってしまった。
これでいいのかなあ。ちょっと複雑な思い。
結局飲み始めてしまった。カンパァイ!
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