
我が兄、スターマン結婚パーティーインオーサカ。
ふたつ違いの兄の友人は俺の直接の先輩でもある。俺が中一の時中三。
その先輩達、当時めーっちゃ怖くてね(笑)ビーバップハイスクールさながらな学年でした。兄は別に悪くなかっただけにナンで??って感じだった。
うちの中学は当時堺市ではかなり風紀のいい学校で有名やったけど、この先輩達だけは一線を画してたな。
でも『悪い』って言ってもタチが悪いワケじゃない、『正義のワル』って感じだった。校内暴力とか無かったし、陰湿な感じは無かった。
そんな先輩達は俺ら下級生からしたら憧れの的だった。イチビリな俺からしたらモロストライクゾーン!廊下ですれ違い様挨拶した時、笑って返してもらったらホンマ嬉しかったし、『ブル(兄の当時のあだ名)の弟』って事で、他の同級生より対応は緩かった。この辺は兄に感謝やな。
当時大概のワルは卒業したら暴走族に走る…って図式だったが、この先輩達は違った。殆どがバンドに走った。その草分け的存在が実は兄、スターマンだったのだ。パンクロックの発信源は兄だった。今と違って当時は全くのアナログ、そんなマニアな音楽が地元のレコード屋で売ってる訳も無く、どこで収集してるのか不思議に感じていた。根掘り葉掘りの収集作業だったんだろう。影響の受け易い俺は一発でパンクロックにハマった。そして今でもパンクロックが大好きだ。
その影響を受けまくった先輩が出席。久しぶりに会った。今の仲間達と昔からの仲間、そして憧れていた先輩達が同じ会場にいた。本当に不思議な感覚だった。その中での司会は緊張したなぁ…。調子に乗った事言って怒られたら怖いし(笑)でも楽しんでくれてたみたいで嬉しかった。
俺の原点を知る人と、通過点を共にした仲間と、今を共に生きる友。本当に最高の人生を送れていると思ってやまない。その俺の礎を築いてくれた兄、スターマンが結婚した。
兄に成り代わり皆さん本当にありがとうございます。そして兄よ、俺にパンクロックを教えてくれて本当にありがとう。