考え方 

2008年10月26日(日) 20時23分
四大モードの小沢さんは、体育会的に真剣な姿は好感が持てるのだけど、どうも堅い。
でも気迫溢れる感じは私にも伝わるので、どうかそれを劇の最初のシーンでツンとした方向で出してもらえると、トライアルとして非常に面白い感じがします。

日吉でも言いましたが、とにかく自分ひとりの体ではなく、プロダクションみんなの泣き笑いや思いが小沢さん(だけではないけど、テーマ性を背負うキャラクターとして特に)を通じて表現される劇なので、だから無理しないこと。
体に痛みがあってムリした場合、それはぎこちなさや違和感となって舞台に現れてしまいます。

むしろ身体的な痛みそのものや今のもどかしい気持ちを、まさに今回偶然にも経験して初めて味わえたものを、どうやってアマンダとしてのベースのキャラクターや劇の展開の中での場面場面の感情につなげていくか、活かしていけるのか、考えてみてください。きっとアマンダとしてのリアルに近づくでしょう。

他にも今回の制約のメリットはあります。単に励ましているのではなくて、劇の本質に向かって分からないながらも近づていくのに、とてもよいきっかけです。
なんだか「いかにも」の例かもしれないけど、ベートーベンがあそこまで類稀なすばらしい音楽を残せたのは、彼が耳が聞こえないからだという説があります。
他の類例からも、制約や逆境はそれ以外の部分での飛躍を人によってはもたらすようです。

今の小沢さんの状況に即して言えば、以下のとおり。

1)頭を冷やせる時間ができること。これまでと同じような一辺倒な気持ちで目の前が狭い線路が続くよりも、拡がりが感じられる、感じられなければ感じるきっかけをつかむときです。

2)皆さんのセリフがあまりに流れるので、今回の小沢さんの件があろうとなかろうと、演技なしで、そのかわりに想像力をすごく膨らましてスクリプトを読む必要があるのではないかと私がちょうど思っていたタイミングでした。そうですね、ディレクター、すなわち劇全体であの手この手で、セリフ1つ1つでも、効果的に人に伝えたい、でもイヤミなくごく自然に話が流れるようにしたい人の立場にいると仮定して読んでみてはいかがでしょうか。たとえば、いきなり現在の生活のシチュエーションが変わって、中学生にこの劇をやらせる立場になっちゃったとまじめに想像してみましょう。アマンダに何を求めますか?そしてその人にはウソっぽく、わざとらしく演技してほしくないので(かえってイヤミにうつるから)、その子がとにかくそのキャラと役割に集中した結果、自然にかつそれでいて分かりやすく味わい深く出てきてしまったものを求めることとしましょう、劇中の会話もそんな感じで進むことを求めることとしましょう、その結果、会話や演技の流れに自然にいいリズムが生まれるかもしれません。ちょっとこの仮想話に入り込んでみてください。・・・どうですか?そういうイメージトレーニングができる余地が生まれます。

3)すなわち、狭い思い込みから解放される絶好のいいときなのです。

4)言葉が話せる状況でなく、話したくても話せない、体が縛られていて、動きたくても動けない、そういう状態が長く続き、そしてあるとき、ようやく言葉を出せて、動けるとき。どういう感じが想像できるでしょう?自然にやってもすごく生命感あふれるものになりませんか?

つまり今の小沢さんが直面する制約は、これからのヒントやきっかけに満ち溢れているのです。
今のアマンダ、そしてアマンダに限らず皆そうなのですが、黙っていても伝わるような存在感や魅力はまだまだです。
もう一段の高みのレベルに上がる何かのきっかけが必要なのです。
現状の延長線上ではなかなか得られない。でも幸か不幸か小沢さんはそのきっかけの素に遭遇した。チャンスです。
あとは小沢さんがこの状況をどう利用するかだけです。

1人の人間として、1年生だろうと上級生だろうと4年生OBだろうと私のようなかなりのOBだろうと、人としてはそもそも対等です。
小沢さんなりのものを考え抜いて生み出して、いろいろな形でぶつけてみましょう。そして役割としてのキャストの立場では、それを舞台の上でこそ最も出して表現するのです。それを是々非々で評価してもらいましょう。
そういう根底にある普遍的なものこそ、客席で傍らから見ている人のみならず誰もの心を揺さぶるものだと私は思います。

それが一緒にやっている舞台上の相手役(3人ですね)に本当に伝われば、相手役もきっとそれに思わず自然に反応して、その反応を新鮮に小沢さんが感じて反応して、そうしてそのような良い相乗効果が生まれて、ぐんぐんと出来事(happening)が生じて、話が展開していくはずです。自然な感情が伴うはずです。
心地よいテンポやリズムもきっとその中で自然に生まれてくることでしょう。
これこそがtruthであり、expectationなくfactやreal momentを捉えることなのです。
そしてそのためのお膳立てとしての、頭で考えない、がむしゃらなpurposeの追求、Do your purpose!であり、やるからにはDo it fully!なのです。
逆に中途半端では全てがおじゃんです。そして、だからといって堅さのみ前面に出るようではいけないのです。
あくまでrelaxした状態で、息吹が吹き込まれて自然にきれいに自由奔放に鳴り響く楽器のように、それでいて数十m離れた遠くの客席からでも目で分かる大きさの反応が自然に適度に出るようでなくてはいけません。
そういう状態にもっていけるように、残りの日々のエクササイスや立ちで鍛えていってください。

そのような手ごたえを求め、感じられるように。感じたらもっと高めていけるように。そういう自分自身を確立すること。
ディレク、ADがどうのではなく、自分自身の真実を見つけて、自分自身の力で歩んでいくこと。
小沢さん自身が舞台上で遭遇する1つ1つの出来事が楽しめるようになるとき、赤の他人でもアマンダの魅力を感じられるのでしょう。
私はできていない、と思うのであれば、こういう方向で考えてみていってください。
プロダクション員のみんなに申し訳ない、と思うのであれば、本公演最終日の舞台上の結果にもっていけるように、感覚を研ぎ澄まし、鍛え上げてください。
あとは自分で考えろ。

応援してます。

90年ディレク 小川
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