父親たちの星条旗

November 04 [Sat], 2006, 21:43
「父親たちの星条旗」 2006年米

★★★★★



STORYの構成が素晴らしい!一切の無駄が無く、かといってちゃんと
丁寧に描いてあると私は思った。

父親たちの・・・・まぁ第二次大戦と言えば「お祖父さんたち」の時代ですが。
終戦60年を記念してか、この戦争を題材にした映画が今精力的に、作られ
ている気がする。
60年前に20歳だった若者も今は80歳だ。
戦争を体験した人達の多くにはこの映画は届かない・・・。それでも
過去の歴史とその真実を私達世代が、もっと深く知る義務があるような
気がしてならない。

衛生兵だったドクは、今は葬儀屋の社長。高齢で、心臓発作を起こすが、
その時朦朧とした中で「あいつはどこだ? あいつはどこへ行ったんだ?」
社員に「息子さんですね?」「いやあいつだよ・・・・」

魘されながら、遠い過去の事を夢に見たらしい。
そして彼の長男は父の死後、父が一切語らなかった戦争についてもっと
知りたいと思いたつ。
(戦争を、というよりは“父親”の事を知りたかったのだろう)

「戦争なんて多くは真実など語られないものさ。(そりゃそうでしょう)
戦争を体験した者は、早く忘れたいから、口にしない。戦友にしかわか
らない。語られなかった真実は戦争を体験した私達の心の中にだけある
んだ」

父の戦友を頼りに、硫黄島の山頂に掲げた星条旗とそこにあった戦争の
全てが明かされていく。そして何年もかかって本を書いていくのだ。

1945年、終戦間近のアメリカは、“日本の最後の砦”だった、硫黄がたち
こめる火山島、「硫黄島」へ、7万人の海兵隊を送り込む。
880艘の大艦隊は、圧巻。
小さな陸の孤島(日本自体がそうだが)、硫黄島など、ひとたまりもなく
一瞬で片付けられるだろうと、政府はたかを括っていた。

どう見ても勝ち目なんてないな・・・複雑な想いだ。他のどこでもない我が
祖国日本がこんな風に攻められたのか、そう思うと改めて無謀な戦争を
仕掛けた事も命を散らした兵士達にも胸がしめつけられる思いだ。

アメリカ兵達が「誰も居ないんじゃないの?逃げ出したか自決したん
じゃないか?」
と訝しがるほど(若い兵は不安を隠すために強がったりもする)シーンとし
ている。建物すらない。
しかし、2万ちょっとの日本兵は、地下壕からしっかりと敵を捉えていた。
一斉に攻撃が始まる。
アメリカ兵たちは、バタバタと死んでいき日本兵が何処から撃ってくるの
か全くわからず、ただただ、島へ順番に上陸するのみ。
大砲をつんだ戦車も破壊され、空からは味方の戦闘機が容赦なく撃ってくる。

同じ小隊に居た仲間と、恐怖を体験し極限状態を分かち合うドク。
常に銃声や爆音が轟き、体がちぎれた遺体や、首だけ飛んできた仲間の顔
とか一瞬にして硫黄島は血の海と化した。戦争映画というのはいつもこんな
感じだ。
最初は、そんなに深刻には考えてないのに、突然戦場に出る事で直ぐ自分の
横で仲間が撃たれて死んでいく。
正気でいられようものか?

当初3日で終わらせろと上に言われていた戦争が粘る日本兵に苦戦を強いられ
35日も戦う事になる。
もう、日本兵は全滅しただろう?すり鉢上の頂上に、星条旗を掲げる。
カメラマンがとったその写真は、たちまち新聞・雑誌などに掲載され、政府の
命令でこの星条旗を揚げた時の兵士として、ドク(ライアン・フィリップ)、
レイニー(ジェシー・フラッドフォード)、アイラ(アダム・ビーチ)の3人がアメリカ
に帰還させられる。例の写真に目をつけたお偉いさんが、アメリカの軍用費が
底をついているために星条旗を掲げた若者を使ってPRして国の債券を買わせ
ようという腹だった。

既に半数の兵士が命を落として、星条旗も実際に掲げた6人のうちの4人はその
直後悲惨な死を遂げた。ドクと、レイニー、そう・・アイラは実際にはその旗には触
っていない。
しかし揚げたのが誰なのかが問題ではなく、こうして硫黄島で命からがら戦って
きた若者なら誰でも良いのだった。写真も好都合な事に顔は映ってない。

アメリカでは、3人が想像もしないほどの反響で、「英雄」扱いされる日々だった。

星条旗を掲げた兵士の姿は模型になりビルの垂れ幕になり、ケーキまで作られた。



       ↑ 山に星条旗をかたどったケーキ

やはり、「違い」を感じずには居られない。
アメリカ人は各家にTVもあるし車も走っているし、着飾ったご夫人も多く
パーティ会場にはシャンデリアにシャンパンだ。国庫が底をついている国
には思えない。
日本はどうだ? モンペと鍬だ。

ネイティブ・アメリカンのアイラは元々差別されてきた上に、尊敬するマイク
軍曹(ハリー・ペッパー)の手柄を横取りしたようで、
各地を回るPRの仕事は、自尊心や正義感を問う辛い旅だった。

毎日酒を浴びるほど呑み、吐いてべろんべろんになるアイラ。
レイニーは、「生き残った者の使命」と割り切っている。
ドクも硫黄島に限らず、各地で武器や燃料などに困っている戦友を思えば
こそ上流階級の人々に、国債を買うように薦める一方で、時々 

「お〜い衛生兵〜!!!ここだ〜〜!」

あの硫黄島で何十回も聞いた声を空耳として聞く。

そうして若き日のドクの硫黄島での回想シーンを織り交ぜながら、終戦を
迎えるのだった。

地下壕で、観たドクの親友イギーはどのような姿で殺されていたのだろうか??

「惨い事を・・・!」と絶句するだけで担架で運ぼうともしなかった。
しかしこの時の遺体は60年後も彼を苦しめていた。
あんなに惨い体験をしたら、その体験は、一生深く胸に突き刺さったままなの
ではないだろうか?
勿論、性格や環境にもよるでしょう。

レイニーは、あの「英雄」ごっこに驕り高ぶって別人のようになるのでは?
なんて思っていたら、恋人と結婚し、終戦後職にあぶれても嘆き恨みを言う
ような人間ではなかった(彼の事はおおまかすぎるので良く把握できませんが)

アイラはPRツアーの途中で海兵隊の上層部に「毎日酒呑んで、いい恥さらし
だ!」と、戦地に戻されるが、無事に帰国した。が、精神的に脆く、時代の波に
上手く合わせてはいけなかったようだ。

ドクは、結婚にも子供にも仕事にも恵まれ、いい人生を送ったように見えたが
やはり、いつも「硫黄島」が頭の隅にあった・・・。

息子が父の病室で、そっと父の涙を拭くシーンで、涙が出てしまった。
「お前にもっと戦争の話をしてれば良かった。」
息子は父親が家族にも見せなかった重い足かせをしていたと知り、
「もうお父さん、泣かなくていいよ。安らかに眠ってください」

そう言ってるようで・・・涙が止まらず・・・。

※そういえば ドクは・・・・「人の死」を客観的に見れる、仕事に就いたのでは
ないか?誰にでも公平に訪れる「死」というものを形式どおりに淡々と仕切る葬儀屋に・・・・。

そして何よりも、映画の後の「硫黄島からの手紙」の予告偏。
これを観て胸がつぶれそうだった。
来月公開の「硫黄島からの手紙」は絶対に観るぞ〜〜〜!!

アメリカ兵から観た映画と、対になっている日本人側の映画。
重ね合わせて観るのは大変、興味深い

【映画館での観賞】
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