幻覚と幻聴 

February 15 [Wed], 2006, 17:47
幻覚・幻聴が見える、聞こえる、というと想像も超える怖さを感じますが、私の場合それはあまりひどくありません。

何もしていない状態で何かが常に聞こえたり、見えたり、とそういうのではないのです。
私の場合、多くが人と同じ場所に居合わせるときに見えたり聞こえたりします。それは、関係のない他人が近くにいると、その人が私を責める怖い言葉を吐いているように見えたり、実際聞こえたりします。先生は、それを「被害妄想」と言いますが、私にとっては実際に言われている事なので外に出ると常にどきどきしたりしています。
赤の他人でない、恋人や家族でも、同じようなことが起こります。でも知っている人なら、「今なんて言ったの?」と聞き返すことができるのでまだ楽なほうですが、身近な人に悪態ついた言葉をはかれることほど辛いことはありません。だから、時々聞こえても怖くて聞き返すことすらできません。

ただ、他の人からしたら「空耳」らしいです。でもいつも内容が自分を責める言葉ばかりなので被害妄想の部類に入る「妄想性障害」というらしいです。
私にとっては全て現実のこと。悪態をついた人の口も動いて見えるし、言葉だってはっきりと聞こえます。どうして「空耳」なのに人の口まで動いてるのが見えるのか、先生に聞きました。すると、自分の中にある被害妄想が現実の世界をも歪めてしまうことが原因らしいです。

人より劣っている、劣等感を感じてしまうときは必ず症状が出ます。きっと私の中の劣等感が妄想を引き起こし、現実の世界を歪めてしまっているんだと思います。
劣等感を解消するために、恋人の言葉でいい言葉を教えてもらいました。
それは「何でもあり」です。この世の中、みな自由に行動しているので何をしてもあり、だってことです。もちろんなしなこともあるのでそれは区別しないとですが。
要は、道徳や礼儀や形に縛られているとそこからすこしでもはみ出た場合に劣等感が生まれやすくなるということです。その幅を広げられれば、「あ、こんな自分もありなんだ」と思えるようになるのではないかな、、、というところに落ち着きました。けれど、まだできていませんが。。。

まだ幻覚も幻聴も消えてないけど、入院してやった電気ショックが良かったようです。今は入院する前のノイローゼ状態をすっかり忘れてしまえてます。怖かったけれどかなり効きます。

原因と結果 

December 28 [Wed], 2005, 23:48
 どうして鬱になんてなったかって、書いておきます。

 私は昔から人と関わることが大好きでできれば人とわいわいやっていたいという願望を持ち、実際はそんなに関わる人が多いわけではなかったけれどそれなりに人と付き合って楽しいことも、辛いことも経験してきたつもりでした。それが「つもりだった」からだったのです。きっと。
 実際問題、私がどれだけ人間関係を作るのがうまかったかなんてわからなかったけれど、今になって思うのは「万人に嫌われたくない」と思うことから自分というものを形成してこなかった、要は他人に依存して生きてきたということからだと思うのです。
 自分て何だろう?どんな人だろう?そう問いかけたとき、自分の中にある意見はほとんどが周りと同じ、あるいは近い他人が言っていた言葉だったり、親の言葉だったり、自分の頭から考えて生まれた考えはほとんどなかったのです。
 自発的に何かをする、しようと思う、これはとっても大切なことで、他人に左右されてはあまりいけないものだと思うのです。
 あるとき、「これではいけない、甘えててはいけない、自分で生きていこう」と思い、少し元気なときに実家を飛び出し、週5日フルでOLとして働き、借金をして家を借りて、やってみました。
 そのとき、気づいたのです。他人に依存しすぎていてふと独りになったとき、自分で生きていけるという強さや、周りからの向かい風に耐えられる強さがまったく備わってなかった、、というよりその体力がまったくなかったのです。 
 人が好きだった自分なんてどっかにいってしまい、人間不信になり、人嫌いになり、けれど過去に人間が好きだったから、自分がそうなるのなんて認められなくてどんどん落ち込んでいきました。
 原因といえば、今思うのは(今でも治っていませんが)人が自分を攻撃する言葉を吐くとか、行動するとか、人に受け入れられないと感じてしまうことや、すべてが自分が感じてしまう感じ方なのです。そして心が小さく小さくなり、鬱を発症する結果になってしまうのです。
 だから、大好きだった人間関係においてつまづいてしまった経験から、そこが自分にとってとても重要な所だったから、自信をなくし、落ち込むことになったようです。

 7年経って、やっとこう言葉にできつつあります。まだまだ先は長そうです。長距離走みたい。

不信感 

December 28 [Wed], 2005, 23:46
 悪循環のサイクル。悪循環が始まったら、もう抜け出せない。

 普通に働けない劣等感、社会に受け入れられない自分という疎外感、同じことを繰り返してしまう罪悪感、自分の人格全否定。存在すら、してはいけなかったのかもしれないと、何度も悩み、家族と親しい仲の友人数人にだけ遺書を書き、自殺を試みたけれど失敗した。
それがまた、罪悪感を産む結果になるなんて思いもしないで。

 一番ひどかった時、発症した年は、1日が24時間あっても寝ている時間が22時間くらいあって、あと2時間はひたすら泣いた。それが半年くらい続いた。朝も昼も夜も関係なく、目が覚めて夢ではない、また現実という世界が始まってしまったことが悲しかったし、何より過去を受け入れられず存在していることが何より辛かった。布団に座り、風呂にも入っていない頭をかきむしりながら、ひたすら泣いた。泣くことで落ち着いたりなんかしなかった。ただ、ないて悔しんで悲しんで、ただそれだけだった。その頃は夏がとても蒸し暑く、湿気で外はぼやけて見えていた。私はそれをクーラーで冷え切った部屋の窓越から時々眺め、ふと思い立つと泣きながらベランダへ出てタバコを吸った。とても暑かった。

 私がそんなふうになって家からも出ずに毎日部屋に閉じこもっているようになってから、家族や親しかった友達は心配して電話をくれたり話を聞いてくれたりしたけれど、何より誰のことも信じられなかったのと、相手が元気な立場にいる状態でしかも自分の悩みを聞いてくれていること自体、相手から出てくるのは腫れ物に触るような励ましの言葉だったりして心地悪かったんだ。だから、誰のことも信じられなかったんだ。その時電話をくれた元気な友達は「また元気になれば働くことだってできるよ。」と言ったけれどなにもかもの自信もなくした私には、元気な人が言うことほど信じられないことはなかった。元気な友達みたいに、働くことができていない今はなんなの?と、考えて劣等感が生まれるんだった。

 ただ、一人になりたかった。夢の中で、現実と向き合わずにすごしていたかった。
 

トンネル 

December 28 [Wed], 2005, 23:44
7年間、躁鬱状態を繰り返し、今まで「鬱」という病気に真剣に戦ってきていなかった私は、7年経ってやっと真剣に向き合おうと試み始めてきた。

なぜ真剣に取り組まなかったか?

私は「躁鬱状態」を繰り返していたため、深く落ち込んでは元気になり、元気がなくなると深く落ち込む、、、という(普通の人もそうですがその気分の差がひどくあがりさがりがあります)ことを繰り返していました。「鬱」とは診断されたけれど薬を飲んで時間が経てばある程度元気になるので、考えの甘い、病気をわかっていないころの私は元気になると「鬱が治った!」と、また外へ飛び出し、決まって私の病気に付随する「対人恐怖」と被害妄想からくる幻覚、幻聴、(これは私にとっては幻覚や幻聴なんかじゃなくて真実なんだよ)に悩まされ、結局深いところまで沈んでしまい同じことを繰り返す、、、という日々でした。

家族や元気になったときにできた恋人でさえ、医者でさえ、自分でさえ信じられなくなり、「みんなが私を陥れようとしている」とか「周りは敵ばかりだから怖い」という考えが、今でさえ残っていて仕事にさえつけない状況が続いています。

そんな私が、半年前からこんどこそ真剣に戦わなければ!と思ったのは、元気になった時にできた恋人と一緒になりたかったからでした。

けれど、付き合って半年ほどで鬱のサイクルに陥り、誰も信じられない状態に。
少し元気になると、考えも良くなり彼を信じようとしたり、けれど幻覚と幻聴と呼ばれるもののせいで不信感が募るばかりの日々。。。毎日疲れました。

今もまだ、トンネルにいます。抜け出せないトンネル。暗いトンネル。
P R
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