移転しました。 

2005年11月01日(火) 8時32分
申し訳ありませんが、下記のアドレスに移転しました。

だって、おもいんだもん…

移転先
http://blog.livedoor.jp/tonjies/










人間関係に悩む 

2005年10月29日(土) 1時36分
(ケイタ)
人間関係に悩む



「オレは、どうしたらいいか分からなくなってしまうんだ…」

ケイタが母親に相談をもちかけたのは、幼稚園での友達関係の悩みだった。

ケイタは幼稚園で同じクラスのD君と遊んでいることが多い。D君とは入園前の体験クラスでも一緒だったこともあって、二人でふざけっこしている姿は僕も何度か見たことがある。ケイタの話でもD君の話題が多いのだが、最近そのD君とケイタが遊んでいると、同じクラスのT君がやってきてケイタを連れて行こうとするらしい。

T君はケイタだけと遊びたいと思っているようで「D君とは遊んじゃダメだ」と言うのでケイタも当惑してしまうようだ。ウチのカミサンも先日の運動会でも休み時間に強引にケイタを引っ張っていくT君の様子に気がついていたという。

「ケイタはどっちと遊びたいの?」と聞くと、ケイタとしてはD君とも遊びたいしT君とも仲良くしたいと思っているようで、冒頭の発言のように「どうしたらいいのか分からなくなってしまう」らしい。

カミサンから報告を聞いて、なるほどなぁと思った。ケイタをめぐる三角関係といったところか。

「女の子の間ではよくある話だけどと、男の子同士でもあるんだ」とカミサンは言っていたけれど、独占欲や嫉妬の気持ちは男女を問わずあって当たり前だし、幼稚園児とはいえ友人に対する思いも様々だ。

ケイタのようにのんびりしている子どももいれば、自分の気持ちをストレートに出してくる子どももいるだろう。

「ケイタがその時遊びたいと思っている方と遊べばいいんだよ、といっておいたけど…」とカミサンが心配していた。

動物村で 

2005年10月25日(火) 12時13分
(ガク)
動物村で

ブタさんと豚児2号ガク


 (※注  青いズボンをはいている方が、ガク )




ケイタの通っている幼稚園に移動動物園がきた。今年は週1回の体験教室に通っているガクも連れて行った。

我が家には大きな犬や猫がいて、それらに普段接しているガクは動物にたじろぐ様子なく、すぐに近づいていった。


ムツゴロウのように動物を愛でるガク

「よしー、よしー」と言いながら背中をなぜるのが好きなようだ。

ヤギや羊の丸いフンをつまんで口に入れないか心配してしまった。ウサギを追いまわした大きな動物に触ってみたり、ガクは嬉しそうに走り回っていた。


そんな楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって、帰る時にはもっと遊びたいというガクをなだめるのがたいへんだった。移動動物園の係りの人が片付けをはじめても、ウサギと一緒にいたいと思っているらしく、いつまでもグズっていた。

「そんなに泣くのなら移動園のおじさんに一ヶ月ぐらい預かってもらって、動物達と一緒に各地の巡業について行くか」
と言って抱き上げると、ガクは珍獣のような奇声を上げて暴れだした。

こんなに気性が激しくて暴れる動物は移動動物園では引き取ってもらえそうもない。



「わかった」と反省をするサル 

2005年10月22日(土) 21時49分
(ガク)
「わかった」と反省をするサル



このところだいぶ知恵がついてきたガクはイタズラも激しくなってきた。今しまったばかりのオモチャをひっくり返したり、食べ物でいたずらをしたり、寝ているおにいちゃんにちょっかいを出してみたり…と、その行動を観察していると、どうも僕たちが『いけないッ』ということをワザとやってみたいと思っているようだ。


運動会やサッカーの練習で疲れて先に寝てしまっているお兄ちゃんに、

「お兄ちゃんも、ようちえんで疲れているんだ…そっと寝かせておいてあげよう」

という気持ちはさらさらないらしく、そっと遠まわりに少しずつ近づいてみたり、なんとか起こして遊んでもらおうと画策している様子は、その意図がミエミエなだけに見ていておもしろい。

そんなイタズラに「ガクチャン、メッ!…メッだよッ!」と怒られると、ガクが決まってこう言うのだ。

「わかぁーたぁー」

可愛らしい声で、分かったといいながらも少しも解っていないらしく、その舌の根も乾かないどころか、そう言いながら同じことをくり返えしている。

こいつは全然わかってないな、とそのたびに思う。

ガクは「ガクチャン、分かったぁ?」という母親のセリフに反応して「わかった」という言葉を憶えてしまったようだ。

それ以来、何か注意されるたびに、この「わかぁーたぁー」をくり返している。
言葉を覚え始めているガクには意味もよく解らずに使っているのだということは十分承知しているのだが、小うるさい母親にはそう言っておけばいいやと思っているようにも聞こえるから不思議だ。そんな口先だけの言葉にはもちろん反省の色はカケラもない。


おしっこを教える 

2005年10月20日(木) 23時17分
(ガク)
おしっこを教える
ちんこくん、こんにちは



「ちぃーちぃー…」
おしっこをした後、パンツ状のオムツからチンコを引っ張り出してガクがそう言っている。

『おしっこしたよ』と教えてくれているのかと思ったら、どうもそうではなく、引っ張り出したチンコを痒がって掻いている。 たぶん、オシッコしたオムツが熱いのが不快なのだ。

ずり下げたズボンのから小さなチンコが顔を出している姿はなんだかおかしい。
そのままおしっこをしないか心配ではらはらしてしまうのだが、そうやってチンコを出しているのはオシッコをした直後のようでそのままオシッコをするような気配はない。

「オシッコを教えてくれたんだね、ガク。えらい、えらい」 となだめながら可愛らしいチンコをしまうのだが、ガクは「ちぃーちぃー…」 といいながらまたすぐに出してしまうのだ。
これがおしっこをする前に教えてくれるなら、ケイタの時に続いて『パンツへの道・第二章』の始まりなのだけど、どうもそうではないようだ。

ケイタがよく口にする言葉に『チンチン、ブラブラ、ソーセージ』というのがある。僕には意味がよくわからないフレーズなのだが、どういうわけかケイタは気に入っていて節をつけて歌うかのようによく『チンチン、ブラブラ、ソウセージ…』とふざけて遊んでいる。

シャウエッセンのような皮付きウインナーが食べられないケイタは、もっぱらお子様向けの『皮無しウインナー』を食べているのだけど、そのウインナーを一回り小さくした感じがガクのチンコサイズだ。

チンチン、ブラブラ、ソーセージ

ちょこんとチンコを出しているガクをみる度に、僕はケイタのこの意味無しフレーズと皮無しウインナーを連想してしまう。もちろんガクの方は『皮無しウインナー』ではなくて『皮有りウインナー』なのだけど・・・




CMが嫌いだ 

2005年10月16日(日) 23時48分
(ガク)
CMが嫌いだ



10月でガクも2歳になった。昨年の1歳の時には「ガクの生誕200周年記念の199年前」と書いたが、今年は「生誕200周年記念の198年前」にあたる…といっても昨年同様あまり意味はないけれど…

我が家では10月にガクのお誕生日があり11月にケイタ、12月はクリスマスにお正月と子供たちにとって、プレゼントがもらえる楽しい行事が続くのだ。

2歳になったガクはこのところアンパンマンがマイブームらしく、暇さえあれば、「あんぱん、あんぱん、」と言っている。
これは「僕はアンパンマンのビデオが見たいです」という意味なのだ。よくもまあ同じビデオをくり返しくり返し観て飽きないものだと思う。何回も見せられてビデオの内容にはうんざりしている大人たちにとっては、同じところで同じように喜んでいるガクの反応をみているほうがずっと面白い。

映画のビデオならいいのだが、これがTV番組だとガクはCMの度に怒っている。最初はガクが何で怒っているのか分からなかった。どうやら彼はCMが始まるとその番組が終わってしまったと思うらしく、そのたびに癇癪を起こしているのだ。好きな番組(解りもしないのにクイズ番組が好きだったりする)が始まったとおもったら、CMで中断されることがガクには許せないらしい。

「ガクちゃん、いいかい、この局はNHKじゃないのだから広告収入で利益をあげざるを得ないんだ…下らないCMを見せられるのは癪に触るけどね。でもこれもひとつの情報として考えればそう悪いものじゃない…でも、確かに消費者金融とゲームソフトのCMが幅を利かせている社会というのはそうとう歪んだ社会だとお父さんもおもうけどね…」

CMのたびに泣きながらTVモニターに八つ当たりをしているガクに、僕は静かに言い聞かせている。

僕はすっかり忘れていたのだが、カミサンの話だと、ケイタも同じようにCMのたびに怒っていたらしい。民放はこういうものだという固定概念がない子どもらしい発想だけど、ひょっとしたらその方が正しいTVの見方かもしれないと思うのだ。

読書の秋 

2005年10月14日(金) 22時59分
読書の秋



仲良く見ているのは、たまごっちの攻略本だけど・・・






おにいちゃん、ボクはまだ字がよめましぇん…

『読書百ぺん意おのずから通ず』 といってだな、何回も見ていたらそのうちに分かるようになるんだぞ、ガク・・・


でも・・・ボ・・・ボクは・・・TVの方が・・・





運動会にて、身体を鍛える 

2005年10月11日(火) 21時55分
運動会にて
身体を鍛える


私はかつて海辺で『貧弱な男』と呼ばれていた…
でも、ブルーワーカーを買って、2週間…いまや『たくましい男』と呼ばれている…


というような通販広告に騙されて、筋力アップ器具を使っているわけではないが、このところケイタの身体つきが少しずつたくましくなってきた。
サッカークラブ等で運動をしているからか、以前はヒョロヒョロしていた身体に筋力らしきもの付き始めて、だんだんと幼児体型から少年らしい身体つきに なってきている。

先日の幼稚園の運動会の時に特にそう思った。

年長になったケイタたちは、組体操やクラス対向リレーなど身体を使った出し物が多い。ケイタの通っている幼稚園では、年長の男子は上半身裸になって綱引きを行なう。毎年の恒例で綱引きの前に上半身裸になった男子が『空手』のような演技をするのだ。

裸に紅白のたすき掛けをした姿は幼稚園児ながらなかなかカッコいい。
一昨年、年長の男の子がやっているのを見てから、僕はケイタが年長になってこの演技に参加するのを楽しみにしていた。

家でもケイタは「ソイヤッ!、ソイヤッ!」と張り切って何回も練習していた。ケイタの歌うのを聞いていると、今年の振り付けは一世風靡セピアの「前略、道の上より」らしい。一世風靡セピアとは懐かしい音楽を選んだものだ。もちろん園児達はそんなグループは知らないし、ケイタのお友だちの男の子など、母親に今年の音楽は「ソーラン節だ」といっていたという話を聞いた。

みんな違って、みんないい 

2005年10月10日(月) 5時33分
みんな違って、みんないい


朝、長袖のジャージを幼稚園に着ていくように母親から言われたケイタが落ち込んでいた。先月の衣更え前の話だ。少し風邪気味だったので長袖長ズボンの幼稚園ジャージにするように母親が言ったのだが、クラスのみんなと違う格好になることを気にしてケイタはブルーになっていた。

最近ケイタは、こういうことが多い。少しでもみんなと違っていたりすることをひどく嫌がるのだ。サッカーの練習の時もそうだ。コーチが子ども達の名前を覚えるために最初は幼稚園の運動着を着ていくことになっていた。もう私服でもいいといわれて初めてTシャツで出かけようとすると、「みんなと違うんじゃないか」と朝から心配していた。

たぶん自信のなさの表れなのだろう。

「いいかい、ケイタ、みんなと違っていたら恥ずかしいという気持ちは分かるけど、そうじゃなくて、みんなと違っていたら目立ってカッコいいという考え方もあるんだよ」

と説明してみたが、まだケイタは恥ずかしいという気持ちが強くてとてもそうは思えないようだ。
子どもなら多かれ少なかれこういう傾向がある。みんなと一緒でありたいと思う気持ちは分からなくもないが、それをおもうあまり強迫観念に陥っているとしたらつまらないことだ。
学校や幼稚園などの集団学習の場の弊害といってもいい。学校生活(集団で教育を受けること)はいい面もたくさんあるのだけれど、個性を大切にという割には同じレールに乗ることを強いている。学校の構造自体が没個性の集団を育成することを目的としているようだ。

その中で「ひとはひと、自分は自分」と言い切れるだけの強さを持てる子どもがどれくらいいるだろうか。自分に自信ない子どもは周りに合わせることで自己防衛せざるを得ない。

産まれる前の記憶 

2005年10月03日(月) 23時24分
産まれる前の記憶



お風呂の中でケイタと話していた。

「おとうさん、コロは泳げる?」

「泳げるよ。犬掻きっていって前足をこういうふうに動かして泳ぐんだ」

「キリンは泳げるかな?」

「ケイタ、哺乳類の動物はほとんど泳げるよ。ほら、お母さんのお腹の中にいる時に羊水の中を泳いでいるんだから…ケイタもお腹の中にいたときにグニュグニュ動いてたよ。あれはきっとクロールをやっていたんだと思うぞ」

「お母さんのお腹をよく蹴っていたの憶えているか?」とケイタに尋ねると

お腹の中にいた頃のことをよく覚えていると言いはっていた。


「5回思いっきり蹴ろうと思ったけど上手くいかなかったんだ…だって、水(羊水)の中にもぐっていたから…」


お腹の中にいた記憶はともかく、ケイタは自分がまだ存在していなかった時代があるということがまだ理解できていない。
新婚旅行のビデオを見ていたとき、ケイタが言い出した。

「ケイタはどこにいるの」

子ども達を中心に撮っているので、うちのビデオには必ずケイタ自身が登場している。そんな映像しか見ていないから両親だげが映っていることに違和感を感じるようだ。まだ産まれる前のビデオには自分が映っていないという当たり前のことが、彼にはなぜだか不思議に思われるらしい。

「ケイタはどこにいるの」

「どこにいるのかなぁー。まだお腹の中にもいないし…きっと空気だったんだよ」

ケイタはあの時どこにいたのだろう…
と僕もふと思う。

僕たちはどこから来てどこに行くか…というのは人間の歴史が始まって以来の宗教的課題だ。

今、ケイタもガクもそこにいることが当たり前のようになっていて彼らが居なかった頃のことがほんの数年目のことなのに、僕にもよく思い出せない。遠い昔の幻のように感じてしまうのはなぜだろう。

あの時、ケイタやガクは本当にどこにいたのだろう。もう僕たち夫婦の子どもとして産まれるべくどこかでひっそりと準備していたのだろうか。

ありがとう。僕たちのところにやってきてくれて、
君たちに出会えて本当によかった。

こんな気持ちを持っていることを、少しづつ伝えていきたいとおもう。でも、それはすでにしっかりと伝わっているような気もするのだ。
2005年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
http://yaplog.jp/tonji/index1_0.rdf
プロフィール

ころすけポー
このブログを書いている豚児たちの父親




あなたの子どもは、あなたの子どもではない。
彼らは、人生への憧れの息子であり娘だ。
あなたから生まれたのではなく、あなたもとへと、やってきただけ。
あなたのものではなく、あなたとともにいるだけ。

あたえるなら、考えではなく、愛だけにしなさい。
彼らには彼らの考えがあるのだから…
あなたの家にあるのは彼らの体だけ、彼らの魂の住処は明日の家。
夢のなかでさえ、あなたにはいけない家。

彼らをあなたのようにしてはいけない。
むしろ、あなたがかれらのようになりなさい
(カーリル・ジブラン)

    
   
   
最新コメント
アイコン画像褌一丁
» 移転しました。 (2008年10月20日)
アイコン画像コンプ
» 移転しました。 (2008年10月06日)
アイコン画像汁大臣
» 移転しました。 (2008年09月30日)
アイコン画像俺と妹
» 移転しました。 (2008年09月26日)
アイコン画像まあむ
» 移転しました。 (2008年09月25日)
アイコン画像ころすけポー
» 我が家の選挙ポスター (2005年09月13日)
アイコン画像Nigolyn Widelight
» 我が家の選挙ポスター (2005年09月10日)
アイコン画像ころすけポー
» 木洩れ日の下で (2005年07月31日)
アイコン画像ころすけポー
» 子どもは親を選べない (2005年07月30日)
アイコン画像しのパパ
» 木洩れ日の下で (2005年07月26日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:tonji
読者になる
Yapme!一覧
読者になる