見沼用水 

August 05 [Sun], 2012, 11:16
見沼用水は行田付近の利根川から取水され、旧浦和市に至る灌漑用水です。これは前述のように、利根川の流れを太平洋へ付け替える工事、同時期に、現在の元荒川を流れていた荒川を入間川に付け替える工事、これら川の付け替え工事に端を発します。

これらの川の付け替え工事は、元の流域付近が水不足に陥る危険性がありました。そこで芝川を塞き止める形で、見沼に溜池のようなものを作りました。しかしそれでも水不足になる。しかもその溜池を埋め立てて新田開発をすることになり、灌漑用水を作ったようです。

とはいっても利根川からの距離は遠いです。よく作ったものだと感心します。行田の取水口を何度か見たことがありますが、その水量の多さに圧倒されます。

このように灌漑用水として作られた見沼用水ですが、江戸へ年貢米などを運ぶ水路としても利用されたようです。江戸時代の川は、物流の要でした。トラック輸送の現代からは想像すると、なかなか興味深いものがあります。

高低差のある川に船を乗り入れるときは、閘門(こうもん)と呼ばれる、水路を閘室と呼ばれる領域に仕切り、船を昇降させる装置を作りました。あのパナマ運河と同じ装置が、見沼用水にもあったそうです。

見沼通船堀(みぬまつうせんぼり)といって、日本最古の閘門式運河だそうです。江戸時代はけっこう便利だったかもしれません。

江戸時代の利根川 

July 10 [Tue], 2012, 8:44
人工の川、利根川について、調べてみると驚くことばかりです。江戸時代前期、利根川は東京湾(江戸湾?)に注いでいました。前橋を過ぎて平野部に入ると、渡良瀬川と合流、さらに荒川(元荒川)と合流し、東京湾に流れ込んでいたそうです。

現在の隅田川、中川、江戸川は元は利根川の下流域だったようです。今話題のスカイツリー近辺は、旧利根川によって作られた東京湾の沖積低地、たいへんな場所のようです。相当な技術を駆使して建てたのでしょう。長い歴史をつないで、しっかり立ち続けてくださいね。

そして元荒川と合流と書いたように、荒川もまた付け替え工事によって、流れを変えられていたのです。桜草自生地で有名な、浦和の田島原の広い河川敷は、元々は入間川。そこへ付け替え工事で荒川を合流させたそうです。

現在の利根川は千葉県の銚子にから太平洋に注いでいます。しかし、江戸中期までは、鬼怒川と小貝川が合流した常陸川と呼ばれた川だったそうです。小貝川というと現在は利根川の支流、よく洪水になっている川です。。。

最終的には旧常陸川に、利根川を持っていったわけですが、完成は明治以降でした。それだけ大きな工事だったわけです。そしてそれだけ大掛かりな治水事業をやる理由があったのでしょう。

はるか昔習った歴史の時間、江戸時代の新田開発というものがありました。言葉面だけ覚えて、実感が湧きませんでしたが、まさに利根川の治水事業と関連がありました。

利根川の概要 

June 16 [Sat], 2012, 11:50
工事はことを調べるに当たり、まず現在の利根川の概要を見ることにしました。ご近所にある「利根川上流河川事務所」のホームページに詳しく載っていました。

このホームページは、大雨のときなど、利根川の水位情報を見たりしていました。わが家のあたりはいわゆる天井川であり、昭和22年の決壊の前科(?)もあることから、かなり真剣に情報を見ています。でもその他は見てなかった。なかなか興味深い情報がありました。

利根川の名称の由来は、アイヌ語説など5種類ほど上げられていますが、けっきょく「不明」。データ的には、以下のように書いてありました。

1.総延長322km、で日本2位。上越新幹線、東京〜新潟間とほぼ同距離。
2.流域面積は16,840平方キロで日本1位。埼玉県の4倍の面積。
3.流域人口1,200万人。日本の総面積4.5%に総人口の10%の人が暮らす。
4.流域市区両村211。東京、群馬、千葉、茨城、栃木、埼玉、長野の1都6県にまたがる。

え?長野県?と思ったら、支流の烏川流域の一部が長野県佐久市にかかっているんだそうです。烏川といえば先日のホルムアルデヒド騒ぎを思い出しました、、(苦笑)。

意外だったのは、水源の発見は1954年ということでした。そのとき、「利根川の出発点は大水上山北東斜面、標高1,800メートル付近にある三角形の雪渓末端である。」と正式に発表されてそうです。

なぜ長い間謎だったかというと、あまりに険しい場所にあったからだそうです。けっこう知らないことが多いと分かりました。

利根川は人工河川 

May 25 [Fri], 2012, 13:09
利根川の中流から下流域は、人工的な川で、自然河川ではありません。(ややこしいのですが、埼玉県に接する部分は「中流」、前述の「上流河川事務所」とは区分の仕方が違います。)

昔の利根川は、銚子から太平洋へ注いでいたのではありません。このことを最初聞いたとき、信じられない思いでした。利根川の総延長は約322キロメートル、信濃川に次いで日本第二位。流域面積は約1万6,840平方キロメートルで日本第一位。日本屈指の大河川です。実際利根川橋を自転車で渡るのは疲れます。長いんですよ。

しかし、埼玉県の中ほどを流れる、荒川河川敷に行った時、うちの近所の利根川が人口河川であることに、合点がいきました。とにかく荒川河川敷は広いのです。河川敷の中に民家があり、畑があり、牧場があり、ゴルフ場があり、飛行場までありました。自然河川は蛇行し、広大な河川敷を有するものだったのですね。

方や利根川は、かろうじてゴルフ場があるだけです。そのゴルフ場も大雨が降ると、しょっちゅう水没しています。台風後など、土手から土手まで、濁流が流れることも多いです。流れもほぼまっすぐに流れています。やっぱり人工河川だったと納得です。

でもこれだけの大工事、どうやったのでしょう?

利根川上流河川事務所 

May 17 [Thu], 2012, 13:07
わたしは埼玉県の利根川の辺で、生まれ育ち、現在も住んでいます。利根川の橋の真ん中までが埼玉県で、向こう側は茨城県です。

近くには、国土交通省利根川上流河川事務所があります。ガメラの映画で、「栗橋の利根川上流河川事務所」として、ほんのチラッとだけ出ました。当時は建設省でしたが(どうでもいいですね)。

関東平野は緩やかなすり鉢状の盆地で、このあたりはそのすり鉢の底だと、教わったことがあります。その様子は、グーグルマップを「地形図」で見ると、なんとなく解ります。実際、都内は台地が多く起伏に飛んでますが、このあたりはなだらかそのもの。坂道は陸橋と利根川の土手くらいしかありません。

でも河川事務所は「上流」です。不思議に思い調べると、茨城県の守谷市にも「上流河川事務所守谷出張所」があり、取手市にー「下流河川事務所取手出張所」となっていました。行政上の上流と下流の境は、この辺りのようです。

埼玉県と利根川の関係は、本庄から栗橋あたりまでで、そのほとんどが群馬県との県境になっています。これも今回調べて気づきました。個人的には利根川橋を渡ると対岸は茨城県、という事実から茨城県との県境という理解でしたが、それはほんの短距離のことでした。

調べていくといろいろ興味深いことがありそうで、楽しみになってきました。
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