梅咲けば(三十八) 風間→千鶴

October 27 [Thu], 2016, 23:24
風間現代転生話。
ノーマルED前提。



《設定》
風間 男女共学高校三年生。生徒会長。
千鶴 他校の女子高一年生。
新選組の面々 近藤道場に通う。



―――梅咲けば(三十八)


道場の催しの片づけを手伝って、千鶴は帰宅した。
だが、家にいた薫に迎えられても、夕食の準備をしていても、その食事の最中にも、上の空だった自覚はある。
訝しむような兄の視線は感じたものの、元来物静かな彼は何を言うでもなくただ向かい合って食事をとった。

そして今。
パシャパシャと水が跳ねる洗い物の手を止めて、千鶴はそっと溜め息を零した。

今日はいろんなことがあって、頭が破裂しそうだ。
行ったことのなかった道場での催し。
おおむねは楽しかったけれど、大勢での集まりは久しぶりで気疲れでもしたのかもしれない。
一戦ごとの緊迫した空気にあてられたというのもあるかもしれない。

しかし何より。

(風間さん……)

昼食の時間までは、特に異変はなかったと思う。
近藤の道場の門下生たちは覇気もあるし、腕も悪くない。
剣術を嗜むという風間は、思うところはあるようでも、そこそこに見物を楽しんでいたはずだ。
土方との手合わせも、悪いものではなかったと千鶴は感じていた。
腕の立つふたりの試合は周囲の人間を興奮させたし、打ち合いを終えた風間の表情はどこか清々しくさえあったからだ。

それが、どうしてだろうか。

千鶴の脳裏に焼きついた、痛みを堪えるような風間のあの表情。

どうして彼は、あんな顔をしていたのだろう。

楽しくなかったわけじゃないと思う。
疲れただけじゃないと思う。

わからない。
彼が、あんなにもさみしそうに見えた理由なんて。

そしてもっとわからないのは、帰り際のあの――、


「…………ぇ。ねぇ、千鶴」


自分を呼ぶ声に不意に気がついて、千鶴は物思いからハッと我に返った。
見れば隣から兄が千鶴の手もとを覗いている。
呆れたような視線に、千鶴はおおいに焦った。

「えっ、わっ、何? 薫」

「何じゃないよ。水、いったん止めたら?」

言われて気づくのは、出しっぱなしのシンクの水だ。
思考に集中しすぎて、すっかり洗い物の最中であることを忘れていた。

「あ……ごめん、大丈夫。すぐ済ませるね」

兄に向って言い繕うと、千鶴は止めていた手を慌てて動かす。
洗い終えていたふたり分の食器たちは、もう泡を流すだけだ。

どこか探るような目で妹を見ていた薫は、やがて棚から茶筒を取った。
そして調理台に、急須とふたつの湯呑を並べる。
どうやら千鶴の分も茶を淹れてくれる気らしい。
さらさらと茶葉を計って、急須に入れ、ポットに予め沸いていたお湯をそれに注ぎ入れながら、彼は不意に口を開いた。

「それで、今日、どうだったの」

「へっ?」

急な兄の質問に、千鶴の口からは間の抜けた声が出た。

「道場、どうだったのさ」

千鶴の上の空がひどすぎたのか、ついに訊かれてしまった。
すぐには答えられずに、千鶴の声が詰まる。

「う……」

「……何かあった?」

淡々としたなかにも気遣わしげな色を含めて尋ねてくる兄の声に、千鶴はうつむいて手もとを見た。
何と言えばいいのだろう。
今日会ったことと、胸に残ったこの靄を。
黙ったまま泡まみれの食器をすすいで、隣の水切り籠に置く。
何度か繰り返して洗い物が終わると、千鶴はようやく顔を上げた。
薫はこちらを見ず、茶葉を開かせている急須に視線を落としている。
気負いのない彼の様子に、千鶴はぽつりと言った。

「……楽しかったのは、楽しかったよ。みんなもいたし、試合を見るのも久しぶりだったし……でも」

そこで一度、言葉を切る。
まさか風間にキスをされたなどと言えるはずもない。
一瞬迷って、千鶴は言葉を継いだ。

「いっしょに行った人がね、ええと、風間さんなんだけど。あんまり楽しそうじゃなくて……剣道には興味があるって言ってたから、退屈じゃなかったとは思うんだけど」

そうだ、退屈ではなかったはず。
道場に通う門下生たちの腕は確かだから、目の肥えた風間であってもそう白けるものではなかったろう。
そこに土方との打ち合いもあって、彼なりに充実した時間を過ごしていたはずだ。
なのにどうして、最後はあんなことになってしまったのか。
眉を下げつつ、千鶴は兄を安心させるために笑って見せた。

「だから、ちょっと気になっちゃって。ごめん、大丈夫だから」

「ふうん……」

千鶴の精一杯の言葉をまるきり信じていないかのように、薫がちらりとこちらを見る。
鋭い兄をごまかすことができるとは千鶴も思ってはいないが、ここは彼が追及してこないことを祈るばかりだ。

千鶴の祈りが通じたのか、薫は急須を少し揺らして湯呑にその中身を注ぎ入れた。
淡い翡翠色の茶がふたつの湯呑に注がれていくのを、千鶴も隣で手を拭きながら待つ。
とぽとぽと穏やかな音をたてる茶器を眺めながら、薫がふと口を開いた。

「ねえ、その風間って……」

何かを言いかけた兄の言葉が立ち消える。
言葉の先を問いかけて傾げた千鶴の首筋で、ひとつにまとめた黒髪が流れた。

「なあに?」

千鶴はそう促したが、薫は短い一考の後、首を横に振った。

「……いや、いいや。ま、見た感じあの人って偏屈そうだったし、虫の居所でも悪かったのかもしれないし。気にしすぎるのも良くないんじゃない」

それだけを言い残して、兄は自分の湯呑を手にキッチンを出ていく。
その背中を見送った千鶴の唇から、小さな溜め息。
兄の素っ気ない態度に落胆したわけではない。
彼なりの慰めの言葉にも、ちっとも気が晴れることがない自分が情けなかったからだ。

しょんぼりと眉を下げたまま、千鶴も湯呑を持って自室に戻った。


部屋に戻ると、携帯電話がメールの着信を知らせて光っていた。
湯呑を置いて画面を見れば、それは今の千鶴にとっては救いの主のような人物から。

「お千ちゃん……!」

平助から道場に誘われたとき、まず一緒に行かないかと千鶴が声をかけたのが彼女だ。
あいにく先約があった千が代わりに提案してくれたのが風間を誘うことで、それもあってかメールの内容は『今日は大丈夫だった?』という少々千鶴を案じるようなものだった。

「うう……でも、何て言えば……」

うめきながら、千鶴は腰かけていたベッドにぽすんと倒れ伏す。
緊張した、楽しかった、でも最後には――。
あふれそうなできごとと感情の渦に、千鶴の頭は混乱の極致だ。
文章なんかにできようはずもない。
とはいえ、電話にすればまとまらない言葉たちで千を困らせてしまうこともあるだろう。
だが今の千鶴には、千からの連絡は甘い救いの手だった。

困り切って、千鶴はまず千にメールを送ってみた。
緊張したけど、楽しかった、でもいろんなことがあって混乱している、できれば電話をしてもいいか、という素直な内容だ。
千からはすぐに折り返しがあった。
遠回しなことを厭う彼女らしく、メールではなく千鶴の望んだ電話だ。

「もしもし、お千ちゃん?」

『千鶴ちゃん、どうしたの? あいつに何かされた? 大丈夫?』

千鶴が電話に出た瞬間、矢継ぎ早な千の声が飛んでくる。
あいつ、というのは間違いなく風間のことだろう。
その風間に何かされたのは事実なのだが、まさか「キスされた」という報告を切り口にするわけにもいかず、千鶴は言葉に詰まった。
そんな千鶴の様子で何かを察したのか、「そうなのね、何かされたのね、ああやっぱりあんなやつに千鶴ちゃんを任せるんじゃなかった……!」とますます千がヒートアップしていく。
それをどうにか止めようと、千鶴は怒涛の千の言葉の隙になんとか声を差し挟んだ。

「あ、あのね、お千ちゃん、ええと、今日はほんとに楽しかったんだけど……」

『ああ、ごめんね千鶴ちゃん。うん、道場の方々とは楽しく過ごせたのよね?』

千の口ぶりから、彼女が風間が千鶴に何かをしたのだと決めてかかっているのが伝わってくる。
それが間違っていないだけに、千鶴の口から強く話を運ぶこともできなかった。

「うん、えっと……試合もたくさん見せてもらえたし、お昼ご飯もみんなで食べられたし、楽しかったよ」

嘘のない千鶴の報告に、少し落ち着いたように千が息を吐くのが聞こえる。

『そう、よかった……それで? どうしたの? 風間のヤツが何かしたんでしょう?』

「ええと、その……なんて言ったらいいのかな……」

『ああ、私がいろいろ言うから混乱するわよね、ごめんなさい。慌てなくていいの、ゆっくり聞かせて』

千鶴が言葉を探して黙り込むと、回線の向こうから宥める声がかけられる。
その穏やかな声を聴いて、千鶴はようやく落ち着いて今日のことを振り返ることができたのだ。


【終】
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