学徒出陣 

2006年05月19日(金) 1時52分
この画像はあまりに有名です。ご存知の方は多いかと思いますが、雨の中の明治神宮で行われた、「学徒出陣」(第二次大戦末期の1943年以降、兵力不足を補うため、それまで26歳までの大学生に認められていた徴兵猶予を文科系学生については停止して、20歳以上の学生を入隊・出征させたこと)の様子です。

当時の大学生は勉強もさることながら、志をもった方々です。日本の戦後復興に欠くことの出来ない、有望な若者達を戦場に送り、無為無策に殺してしまった軍部の責任は計り知れません。

私が常に愚かしく思うのは、第二次大戦における日本敗戦の時期が非常に遅かったことであったことであります。(私が当時に生まれていたら、このような発言は出来なかったと思いますが・・・。つまり結果論です)歴史に「if」はありませんが、もう少し早期に終結させていれば、原爆・学徒出陣・東京大空襲など、多くの人命を救えたはずです。そういう観点で考えれば、軍部上層部が罪に問われたとしても、仕方がないと考えてしまうのです。

もちろん、戦犯(厳密に言えば犯罪者ではない)という概念は連合国側の認識です。日本は戦争に負けたが故に、責任を負わされる立場になっていたのでしょう。当時としては、戦争行為自体を罪に問う事はできないのでしょうが、国民を疲弊させた罪は大いにあると思います。








運命について 

2006年05月15日(月) 18時39分
今回は運命について、私的な考えを述べさせて頂きたいと思います。私が運命の存在を意識するようになったのは、やはり歴史の影響が多分にあるのでしょう。

「歴史は繰り返す」と誰が言ったか私は知りませんが、その通りです。時間と共に上昇し下降する。この繰り返しであり、不滅などありませんでした。そこには、常にある一定の流れのようなものが存在し、何らかの大いなる影響を受けているのではないか。私はそう考えたのです。

それこそが運命と呼ばれるものであり、ある種の真理であります。人の力の及ばない領域であり、未来も過去も含め全ての事象が、この範疇にあるのです。私はなにも始めから、運命を信じていたわけではありません。むしろ「そんなものがあってたまるか、人間を侮るなよ」と思っていました。

ところが歴史の勉強を始めて、宇宙誕生→地球誕生→人類誕生→橋本内閣(日本史だけですので、世界史は特定の時代しか知りません)と、このように歴史を点ではなく、線で理解した頃です。この歴史は「そう、あるべくしてあった」と思うようになったのです。「よく分からない大いなる何か」が存在しているのではないかと。

大学で社会思想や哲学を勉強し、先人達の答えの無い困難な問いかけに、夜も眠れず頭を悩まされ、ひらすらに自分自身に問いかけ続けました。人類の血の滴る歴史の残酷さに、憤り、恐怖し、失望したこともあります。そんな日が4年ほど続き、気がつくと運命を信じるようになっていました。

最近はようやく、考えないようにすることで、この頭痛の種を抑えてきたのですが、時々考えてしまいます。ともあれ、このように運命の悪意に弄ばれてきた私は、この得体の知れない思想に辿り着いたのであります。

最後に、誤解されると困りますので、補足させて頂きます。運命の存在を信じるからと言って、人生を投げやりに過ごすつもりはありませんし、超越的な存在を崇める宗教に入信するつもりもありません。先程も書きましたが、人間の努力の結果もその範疇にある以上、全力をもって生きるのが賢明だと思います。

竹島問題 

2006年05月06日(土) 2時15分
初めに、竹島がどちらの国の領土であるか否か。ここでの議論は避けたいと思います。私は日本の歴史を知るのみであり、韓国の歴史には疎いのがその理由であります。また歴史は時に歪められます。現代を生きる私に、過去の真実を明らかにすることは出来ません。

まず参考までに国連海洋法条約を御覧下さい。

現在、有効な条約が上記の国連海洋法条約です。この条約を守り、互いに信頼関係を築くべきではないでしょうか。挑発的な行為や、信頼を損なう行為は控えるべきです。測量のために竹島に近づく日本の政府船舶を拿捕するなどと言う、韓国政府の高圧的な態度は如何なものでしょう?そもそも、EEZ(排他的経済水域)にそのような権利はありません。仮に拿捕すれば国際法違反になります。

韓国政府も、自らの主張が正しいと思うのであれば、司法機関(国連海洋裁判所・国連司法裁判所)に判断を任せては如何でしょうか。「裁判を行えば韓国が不利になるので、裁判には応じない」という姿勢は、自らの違法性を認めているようなものです。

いずれにせよ、国際法を守りましょう。その上で冷静に話し合えば、解決の糸口が見つかるかもしれません。強行的に事を進めれば、必ずお互いにとって不幸な事態になりかねません。

最後にインターネットで他国語(特に英語)を使い、「竹島は韓国の領土」などと言う偽情報を流す行為は止めて頂きたい。この問題は両国間において未解決です。国民感情で国際法を捻じ曲げてはいけません。

日本国政府見解(外務省)

拘禁施設 

2006年04月29日(土) 10時34分
第二次大戦後、その教訓から人権に関する国際的な取り組みが行われ、現代ではその認識も高まりつつあります。特に欧州での動き(一例を挙げますと、市民が自由に拘禁施設を訪問し、受刑者の人権が守られているかをチェックする制度等の存在)は目覚しく、拘禁施設での人権保障はかなり進んでいます。

逆に社会主義国やアメリカ・日本・中国などは欧州と比べると遅れています。監獄に入った経験がある方は、既にご承知かと思いますが、日本の拘禁施設における人権保障の現状は決して良いとは言えません。少し前ですと、名古屋刑務所事件が有名かも知れません。

日本も拷問等禁止条約(アメリカ・中国などは批准せず)の締約国ですが、国内の拘禁施設における現状は多くの問題点を抱えています。

刑務官による受刑者への暴行・虐待行為、また組織ぐるみでの隠蔽など、その体質に問題があります。無論、全ての刑務官がそのような行為をしているわけではありません。また、刑務官の労働条件も過酷であり、収容者数に比べ刑務官の数が圧倒的に少ないと言われています。彼等の処遇を改善し、人員を増やし、きちんとした人権教育を行うべきではないでしょうか。最近、日本国内で厳罰化の動きが出ていますが、厳罰化では何も解決しません。そして何より、日本政府の認識が低すぎます。これでは国際的に非難を受けても仕方ありません。

拘禁施設は社会から隔絶された空間でありますので、施設内で何が行われているのか、一般の方々が知る機会はほとんどありません。私は本を何冊か読んだので、知る事が出来ました。率直な意見としましては、早急に改善する必要があると思います。出来れば具体的な状況について書きたいのですが、文字数の関係で載せることが出来ません。ご容赦下さい。

法務省人権擁護局
監獄人権センター

移民問題 

2006年01月15日(日) 6時26分
国家の枠組みを超えて、より良い環境を探し、新天地に向かう移民が増えている。画像はドイツのベルリンにある職業安定所につめかける移民達。国家・民族・文化・慣習・宗教など人間は多種多様である。

今、イスラエルではアラブ人の人口急増が国の根幹を揺さぶっている。イスラエルは危機感から古代ユダヤ人の末裔を世界中で探し、大量移民受け入れを進めているが、テロの不安から若い世代は、かつてのホロコーストの地、ドイツへと移住していく。

戦後最高の失業率に苦しむドイツ。ユダヤ教会がそびえ立ち、ユダヤ移民が独自の社会を作り上げている。次々と押し寄せる移民とドイツ人失業者たちとの利害確執は沸騰点に達し、年に15万人ものドイツ人が、他国へと移住していく事態まで起きている。国家は深刻な少子高齢化対策で移民受け入れを打ち出し、移民は生きる権利を主張する。悪循環を断ち切るために国家はアメとムチを使い分ける。

日本でも、少子化が進み人口が減少傾向にある。また他のアジアの国々からの人々も多く見かけるようになりました。私はこのような現状に恐怖し、焦っています。いつしか、日本人の存在しない日本になってしまうのではないだろうか?いま、国家観、国民像は大きく揺らぎ始めている。 いつしか日本も、ドイツのようになってしまう可能性は否定できない。

過去、移民を受け入れてきた国々は、今でも国内問題になっている。
例:イギリス(移民による犯罪率増加。EUの人身移動に関する規制緩和に参加せず)
例:フランス(移民による人種差別への怒りから暴動事件に発展)そして、今回のドイツの場合。

世界情勢がある程度安定し、イデオロギーが移民是認の体制に傾いたとき、初めて国家が動けば良い話だと、私は思います。少なくとも、今の段階ではまだ早すぎます。

移民問題




世界政府樹立にはまだ早い 

2006年01月14日(土) 2時57分
端的に言ってしまえば、今日の束の間の平和(一部の国家・地域は除く)は世界秩序の軍事・経済バランスの上に保たれています。核兵器もその役割を担う一端であると言えるのでしょう。

現在、主要な国際機関に国際連合があります。しかし、国連は国家の連合であり、中央政府的な権限を持っていません。また、様々な問題も抱えています。

かつて、世界政府樹立を提唱したのは、あの有名なアインシュタインだと記憶していますが、私もその必要性が理解出来るようになりました。あらゆる重層的な問題は、もはや改善できる段階ではありません。今はまだ時期尚早ですが、これから数百年(100年、あるいは200年程度)の後、大戦争(統計では107年に一度、世界規模の戦争が起こる)をまたも繰り返す人類に、世論の喚起が起き、世界政府樹立が前向きに検討される時代が訪れるかも知れません。

世界政府は行政を担い、限定的な地域統治を地方自治政府(国家ではない)に任せます。司法には立法権を。公権力の執行官(警察や軍隊)には、第三者による徹底した監視を行い、人権侵害を未然に防ぎます。

世界を中央統治すべき機関が設立されれば、様々な問題の解決を遂げるでしょう。特に環境問題や紛争を含め、世界憲法の制定と法整備、また軍事力を世界政府に委譲し、ある程度の強制力を持つ平和維持軍(国連でのPKOやPKF)を創設し、長期的な平和を構築します。その為には、次世代を担う子供の教育が最も必要であり、彼等に人種・宗教・文化の壁を乗り越え、未来の地球を守って頂かなければなりません。それはとても長く険しい道ですが、希望がある限り歩まねばなりません。

アメリカ政府への批判 

2006年01月10日(火) 6時40分
画像は、9・11事件の現場である、世界貿易センタービルの跡地です。

マスコミが「世界同時多発テロ」と言いますが、世界ではなく、被害国はあくまでアメリカだけではないでしょうか。何故、アメリカはこのような攻撃を受けたのか。今回は詳しく触れませんが、一言で言えば、それはアメリカ自身の「身から出た錆(さび)」であります。

9・11事件の報復として、アメリカの行為はどうであったのか?多国籍軍を編成し、首謀者が潜伏していると思われるアフガニスタンを空爆し、(ビンラディン氏やオマル氏はいませんでしたが・・・)核兵器を所有している危険があると、イラクを攻撃しました。(イラクに核兵器は見つかりませんでしたが・・・)一体、何の為に攻撃したのか?しかも、他国を攻撃する理由にしては、安易過ぎたとしか言いようがありません。

本来、国家に認められている自衛権は、国家の危機的状況にのみ発動し、国連の安保理が決議させるまで、その効果を有するものであり、過剰な報復は認められていません。しかし、アメリカは激昂。上記のような違法とも言える行為にまで踏み切ったのです。

最終的には、フセイン政権は瓦解します。事態は終息したかに思えましたが、イラク国内は泥沼化。現在でも混乱は続いています。さらにアメリカは、多くの一般市民(女性、子供を含め)を殺傷し、国内にいるイスラム系移民を見境無く拘留し、彼等の「自由」を奪いました。アメリカの掲げる「自由」と「民主主義」は何であるのか?私には分かりません。

一連の騒動で、被害にあった人々は数多く、失われた人命は戻りません。悲しみと憎しみの連鎖と言いますか、キリがありません。アメリカは超大国として、このような愚行を慎むべきであると、私は思うのです。

テロリスト 

2006年01月08日(日) 5時35分
テロリストと言うと、悪い印象を持つ人が多いと思いますが、本来彼等は政治的な意図や目的を持って、政府や体制に対し抵抗する人たちです。彼等の兵力では、一国の正規軍と対等に戦えないため、あえて別の戦い方を選択しているにすぎません。

テロリストを悪としているのは、現政権側の視点であり、それが必ずしも正しいとは限りません。重要な事は、事態を知った上で判断すると言う事です。マスコミの報道には偏りがあり、それを当然の事として受け止めていると、情報に流されてしまいます。

ただ、テロリストの行為を正しいとは言いません。なぜならば、一般の市民を殺傷するからであります。分かって頂きたいのは、彼等テロリストも困難な人生を歩んできたのであり、現政権側の軍に家族や親戚、友人を殺されています。また自分の妻や娘が強姦され殺害され、あるいは、夫や子供が拷問され、残虐な方法で殺害されたとしたら、どうでしょうか?たとえ敵わない相手であっても、あらゆる手段を用いて、これに立ち向かう人もいるはずです。

一例としてロシア政府を取り上げますが、ロシアは、チェチェン民族に対して上記ような非人道的行為を行っています。日本のマスコミはあまり取り上げないため、知られていないかも知れませんが、事実です。また、仮に取り上げても「テロリスト=悪」という安易極まりない見方しか出来ません。立場や視点によって人間の考え方も異なります。しかし、良いか悪いかは別として、真実(事実)は常にひとつです。その点を熟慮したうえで、物事を判断して頂ければ、良いかと思います。

侍(武士)について 

2005年12月04日(日) 7時14分
侍(さぶらい)は、「侍う」動詞。貴族に付き従う。護衛する。などの意味から発生した言葉です。侍のモラルは時代と共に変化し続けたものであり、一定的な価値観は存在しません

侍の起源は、農民が自分の土地を自衛するために、武装し、戦闘を職業とする形態をとった結果、生まれた階級です。(例:北面の武士、滝口の武士など)

本来は、主君に対して土地の安堵(保障)を求め、その代償として主君に奉公(従う)という契約関係でした。ですので、この約束を履行できない君主に対しては、反旗を翻すことも正当な行為として認められていました。恐らく、現代の人々が使う「侍」とは「江戸期の侍」を指しているものと思われます。徳川幕府は体制を安定させるために、このような教え(儒教)を徹底して広めました。

そのため、「侍」は主君に忠誠を誓い、決して裏切らない。とか、勇ましく戦って散る。という得たいの知れない存在になってしまっています。この「侍」像は、明治以降の日本政府が兵隊の教育のために利用しただけであり、誤解が一般的になっているようです。

「侍」だって主君を裏切りますし、負ける戦はしません。勝つ見込みのある方(自分の家を存続させてくれる主君)に味方するので、「義」という観念もあまり無いというのが、妥当かと思います。確かに、過去において、「忠誠」を貫き、「義」を重んじた侍も多く存在しました。しかし、それは一部の侍だけであって、侍の全てがそうであったわけではありません。

戦国時代では下克上(下の者が上の者を討つ)ですので、「忠誠」云々どころではありません。また、豊臣秀吉が登場する以前は、身分が固定されていなかったので、戦場(いくさば)の働き次第では、誰でも侍になれたのです。徳川幕府の創始者、徳川家康は「源氏長者」(征夷大将軍になるために必要な血縁)を得るために、家系図を改ざんしたと言われています。

ちなみに、日本人口の割合から、武士階級(侍)は7%、農民階級(百姓)は80%、残りの商人と工業人(職人)が13%となっています。つまり100人中7人しか武士階級は居ないと言う事になります。皆さんも機会があれば、戸籍を調べてみて下さい。明治期の戸籍に「士族」とあったら、ご先祖は「侍」ですね

情報に関する認識について 

2005年11月29日(火) 6時31分
マスコミは、新聞、テレビ、ラジオ等を媒介として大量の情報を多くの人々に発信しています。しかも、その情報は一方的であり、非常に大きな影響力を持ちます。普段、何気なく見ているテレビにしろ、無意識にある程度の先入観を植え付けられている可能性は否めません。

日々のニュースなどを見ておりますと、事の事実(と思われる情報)について、司会者、専門家、あるいは有識者の方々が、それについて様々な意見を述べている場合が多く見受けられます。確かに彼等の知識は、語るに値するでしょう。その点は理解できますが、一切の個人的な意見は控えるべきであると思うのです。なぜならば、先にも述べたように影響力が強すぎるからです。

詳しいことを知らない人が、テレビに出ている専門家やジャーナリストの意見を聞いた場合、彼等の意見を鵜呑みにし、自らがその問題について疑問を持つことを止めてしまうかも知れません。そして、時と共に慣習化してしまうため、慣らされてしまうのです。あるいは、情報に疑いの目を向けなくなってしまいます。

世の中において最も信頼のおける情報は、自分の「目」と「耳」で直接仕入れた情報です。しかし、それは困難であるがため、マスコミの発信する情報に頼らざるを得ないわけです。そして、その情報が真実であると信用します。しかし、情報の捉え方は人間の主観によって異なります。マスコミ各社も然り。

そこで、私の結論と致しましては次のように述べておきます。すなわち、これらマスコミの情報を「100%真実である」と無意識に思い込む人々は、安易であり、危険だと言う事です。ましてや、テレビなどで個人的な意見を述べるなど、その影響力を考えると、してはいけない行為であると思います。
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