ガエル・ガルシア・ベルナル主演映画「NO」とSting 

August 09 [Sat], 2014, 4:10

アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた、メキシコのイケメン俳優ガエル・ガルシア・ベルナル主演「NO」が8月31日に公開された。

'80年代にカッコ良かった頃のスティングを聴いていた人には、今回の映画「NO」を見て思い出すものがあると思う。
 映画「NO」は、チリの独裁的ピノチェト政権を投票で覆すまでに民衆を鼓舞した選挙キャンペーンのADの話。
ADといってもアシスタント・ディレクターではない、アート・ディレクターだ。広告業界の人。
80年代という時代を生で生きた人間には、この映画に出てくる広告映像の数々が、真に胸に迫るほ懐かしい雰囲気があって、リアリティがあると思う。時代考証が完璧なのだ。ガエルが頻繁に着ている、袖の手首のところに太い別色の帯が入っている細身のセーター(←)とか、もおう!きゃふん!ってくらい当時っぽい。そして「どうやって撮ったの!?」と驚くほどVHS期(いや、β期)に近い、カメラの映像。比率が4×9なのはもちろん、ライトの端にチラつく赤い残像や、パンする時のピント合わせの遅れまで、デジタルで再現するにしてはちょっとスゴ過ぎ!とビビッてたら、プレスリリースによるとビンテージカメラを探して撮ったとのこと。むしろちょっとホッとしたよ。でなけりゃ偏執狂かってなくらい、本物っぽい映像でしたから。そして本物の映像(CMや、選挙キャンペーンフィルム)も一部に使われてるため、整合性を取るためそうしたとのこと。これもそうであって欲しいと思いつつ観ていたので、むしろホッとしたよ。でも、衣装さんや持道具さん、特に頑張ったなーという感嘆は変わらず。
作品としては、民衆の力ここにあり!みたいなのが大きなうねりになっていく辺りは史実としてプチ感動を呼ぶものの、映画としてツイストがじゃっかん足りないかなぁ?という感じもあり。でも良品ではありました。

で、スティングである。この映画の途中で、ピノチェト政権に対するNO派が、「私は15年間夫が行方不明です」「私は14年間兄が…」といった女性たちがそのmissingな男の写真を胸に貼り、一人でダンスを踊る映像が登場する。Cueca Soloというのだろうが、これを見て感動したStingが'87年のヒットアルバム「Nothing Like the sun」(大ヒット曲「We'll be together」や日本での代表曲「Englishman in NY」を含む)の中で発表した曲「They Dance Alone(Ceuca Solo)」(後にシングル・カットされた)でそのことについて歌っている。「なぜここの女性たちはひとりで踊っているの?」と。歌詞の中では、いわゆる“3番”の部分で「Hey, Mr.Pinochet」と呼びかける場面があり、当時これをアムネスティのライブでスティングが歌った時、会場中が観客からの轟音にも近い歓声で包まれたのを覚えている。10代の女子高校生だった私は、それを見て世界で何が起こっているのか、チリで起きていることを欧米人はどう捉えているのかを理解したのだと思う。熱帯雨林の保護を訴えたり、そのアムネスティで人権活動しながら宮崎シーガイアのCMに出演しちゃってたのを慌てて降板したりといろいろあって、スティングの、政治をポップソングに盛り込む姿勢は当時揶揄の対象になっていたけれども、極東の女子高生に衝撃を与える程度の影響は果たしたのだから、そんなにマイナスなことばかりではない。
 逆に言えば、スティングが心動かされたのはやっぱり'80年代の「時代はポップだ!」という方法論に基づいた、広告マンの力によってだったのか、と今回知ることができたのは、一周回って面白い。当時真面目な(元歴史の教師でもある)スティングは音楽雑誌で「このままではロックは自分のシッポを食べ続けるだけになってしまう」とボヤいてたけど。大衆音楽なんてそんなもの。今の、好きな音楽を気楽に演れてる、オジイチャンになっちゃったスティングのスタンスも、それはそれでかっこいいと思います。
 そんな、80年代から30年も下った今。資本主義を標榜しながらも反対派への軍事的制圧で民衆を弾圧していたピノチェト政権を、選挙という合法的で正当な手段で革命に導いたチリの姿を見るにつけ、翻って、この国のpolitically apatheticな雰囲気を憂えたりする。チリ人は正直で勤勉で、南米の割には結構日本人に気質が似ているってこの前「Session22」で言っていたっけ。なのにね。

 しかし「モーターサイクル・ダイアリーズ」といいこの映画といい、ガエルは革命俳優なのかね。背が小さいのだけが玉に瑕なんだけどね。

テネシー・ウィリアムズ3作イッキ見 

February 09 [Sun], 2014, 22:45

Woody Allenの新作「ブルー・ジャスミン」(ケイト・ブランシェットがオスカー候補に!)の試写を見に行きたいけど、元ネタが「欲望という名の電車」だと小耳に挟んだことと、MXテレビの「ニッポン・ダンディ」におけるゲイ映画特集でやはり王道としてテネシー・ウィリアムズの映画が挙がっていたのが相まって、テネシー・ウィリアムズの戯曲映画化3本をイッキ見しました。


●「欲望という名の電車」A streetcar named desire
戯曲は'47年→映画は'51年。エリア・カザン監督。
ビビアン・リーVSマーロン・ブランド、迫力のぶつかり合い演技対決がすごかった
この映画でこの役をやった男女が必ず仲が悪くなるジンクスがあるという出典不明のエピソードがwikiにあったのだが。
南部のお姫様を演じた「風と共に去りぬ」から一転、南部の没落お嬢に成り下がったビビアンの狂気の凄みと、当時まさに上り調子だったマーロン・ブランド(この映画で、それまで下着だったTシャツをアウターとして初めて着たと聞いてそれもスゲー!!と)の対比が面白かった。
この映画はスペインのゲイ監督、ペドロ・アルモドバルの「オール・アバウト・マイ・マザー」でも、モチーフとして登場したけど、それも含めとにかくヒロインのブランチ・デュボア役は、ゲイを始めとする、女優気取りの人たちはこぞって演じたくなることで有名な役、というのは常々聞いてはいたのよね。だけど、この映画でのヴィヴィアンの演技で、それは決定的になったと思われ。人によってはウザいと感じるキャラだけど、哀しい境遇(若い頃結婚した夫が実はゲイだった&妹の結婚後家が没落)のあまり精神を崩壊し、わがまま放題も異常性を引き立たせるばかり…という、面白い役。狂えば狂うほど女優評価が上がる役なんて、楽しそう。「ブルー・ジャスミン」でケイト・ブランシェットはこれをコミカルに演じているというから、そちらも楽しみ。
南部の街の描写は、「エンゼル・ハート」を思わせる熱を帯びた感じでとても良かった。


●「熱いトタン屋根の猫」Cat on a hot tin roof
戯曲'55年→映画'58年。リチャード・ブルックス監督。
エリザベス・テーラーが欲求不満を募らせる夫・ポール・ニューマンは実はゲイ。それを知ったニューマンの父、ビッグ・パパは激怒!?→最後はポールがリズを抱くのか!?と思わせるラストで終わり。
時代的にゲイについていろいろ描くのが困難だったとは察するけど、それにしてもこのラストはないぜ!そんなの茶番だぜ!と思ってしまった。ポール・ニューマンがなるほどちょっといつもより2割増し美男子に映っていたところはポイント高いな。時代順に見た3本の中では唯一のカラー。つまり興業的に成功して欲しかった作品なので、仕方がないのか。リズのピッタリした服にギュッと詰まった、はちきれんばかりの欲求がまぶしかったわ。
ニューマンの役はアメフトの選手だったということもあり、リズは貧乏な家の出だけど、おそらく校内一の美女だったのだろう、PromのKing&Queenが当然のように結婚しちゃったけど、実はKingがゲイだった…という、今でもなんだか実在しそうな話です。


●「去年の夏 突然に」Suddenly, last summer
戯曲'58年→映画'59年。ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督。
精神科医のモンゴメリー・クリフトが、町の名士の未亡人、キャサリン・ヘブパーンに姪のロボトミー手術をしてくれ、それを条件に病院に出資すると依頼される。姪であるリズに直接会ったモンティは、彼女のトラウマを解きほぐすうち、亡くなったヘプバーンの息子セバスチャンは、リズに酷い仕打ちをしていた事実を掘り起こす…というもの。
リズを夏にスペインの海水浴場に連れて行き、白いスケスケ水着を着せた上で町の男子をおびき寄せ、その男の群れの中から美しいの何匹か喰って、エサに利用していた、そしてセバスチャン本人は結局、男子たちからの無言のリンチ(肉を食べられた?的なエンディング)により死亡していたのだ、という種明かし。
これは「熱いトタン屋根の猫」での描写に比べると、かなり具体的。最後、怒涛の回想シーンで、群れ寄る男子たちの中に、リズが「見覚えがある顔が…」というところでちゃんと美青年がちらほら映るところとか、かなり直接的。セバスチャンが逃げ惑う場面では、老婆が一瞬骸骨に映ったり(ヒッチコックの「サイコ」みたいでサイコー!)など描写がスリリングで、ヘプバーンの酷いママ芝居、リズの揺れる芝居と共に楽しめました。
ここで有名なモンティとリズの関係もいろいろググってみたところ、2人は3度目の共演だったみたい。しかも本作では、モンティの交通事故後、顔が変わってから初めての共演だったと聞いて、つい、モンティの顔だけ二度見。


モンゴメリー・クリフト '59年の交通事故ビフォア(左)&アフター(右)

それを知る前は、アップが少ないのは歳のせい、芝居が固いのは大根だからなのかと思っていたけど、本当はお芝居上手い人だったの?アカデミー賞にノミネートされた記述もあり、ちょっと考えこむ。
同じDVDにリズ&モンティコンビ1作目でもちろん事故前の「陽のあたる場所」も録っていたので、これから見比べるつもり。こちらはピカレスクロマンかしら。

どれも戯曲(舞台版)が発表され、成功したのだろう、わりとすぐに映画化されている。当代きっての売れっ子作家だったのか。James Deanの死が'55年だから…アメリカの若者文化が大きく前進した時代の横で、ゲイ・カルチャーが萌芽していたというのは興味深い。例えばこの「熱いトタン屋根の猫」の役をJames Deanが演じていたら…と(実際、リズとは共演してるしね)、そんな詮ないタラレバを考えてしまう、時代のアダ花的3本でした。
ウィリアムズ本人はもちろんゲイで、ヒステリックな母や、強迫観念の強い、仲の良かった実姉との関係が作品に反映されているとあり、この魂の叫びがいかにノンケの人々の心にも訴えかけるものだったか、想像に難くない。キワモノ扱いされず、ハリウッドの本筋ともいえる製作陣・キャストが揃って映像化したことを思うと、やはり人間の醜さや本質をえぐる文学性の高さを備えていたことが、後のゲイカルチャーにとってとても助けになったのでは、と思う。

Wes Anderson作品の特徴について。 

September 10 [Tue], 2013, 5:55

「ライフ・アクアティック」を見終わったことで、念願だった、“ウェス・アンダーソン作品コンプリート”を果たしました。
…と言っても、「ダージリン急行」スピンオフの「ホテル・シュヴァリエ」だけは未見。

Wes Anderson filmography

アンソニーのハッピー・モーテル (1996)<未>
天才マックスの世界 (1998)<未>
ザ・ロイヤル・テネンバウムズ (2001)
ライフ・アクアティック (2005)
ダージリン急行 (2007)
ファンタスティック Mr.FOX (2009) 
ムーンライズ・キングダム (2012)

作品の特徴は、wikiなどによるとここぞという場面でのスローモーションと、Futura書体が特徴とのこと。なんなんだ;と思われる方に、以下を。

●ウェス・アンダーソン作品の特徴

1)Futura書体
これに関しては、wikiに言われて初めて気づきました。でも、「ファンタスティック・Mr.FOX」以降はHelveticaに変わっているそう。現時点で日本での最新作「ムーンライズ・キングダム」は劇場で半年くらい前に1回観たきりなので自信ないですが、こちらによるとオリジナルフォントを作ったそうです。記憶がおぼろげですが、FuturaやHelveticaのようにカッチリしたモダンな感じではなく、イタリックっぽく流麗だった気がします。
使用フォントが話題になる監督なんて、映画界広しといえどなかなか少ないのでは?

2)作りこんだプロダクション・デザイン
1作目「Bottle Rocked(邦題「アンソニーのハッピー・モーテル」)」では予算のせいかそうでもありませんが、「Rushmore(邦題「天才マックスの世界」)」からは、細部にまで行き届いた画面構成と、その一端を担う美意識の高いセットが見られるようになります。「ロイヤル・テネンバウム」のノスタルジックな家、「ライフ・アクアティック」の舞台セットのような船の断面図、「ダージリン急行」のカメラパン移動に耐えうる電車など、素晴らしいの一言!

3)同じ役者が頻出。
幼なじみで共同執筆も務めるオーウェン・ウィルソンを始め、彼の作品には同じ役者が何度も出ます。オーウェンの弟ルーク、ビル・マーレイ、ソフィア・コッポラのいとこ=ジェイソン・シュワルツマン、アンジェリカ・ヒューストン、インド人のクマール・パラーナ。コッポラ一家とも親しいようで、ソフィア本人や、その兄のローマンともよく仕事をしています。
ウェス自身の弟も出させたり、「イカとクジラ」(ウェスが製作している)で監督デビューを果たした友人、ノア・バームバックもちょこっと出させたりと、自他共に認める「身内を出すのが好き」な監督。そうすることで、役だけでなく役者の人生にも関われることになるから、だそう。いい話です。

4)ラストシーンで全員集合
ラストシーンを舞台の“カーテンコール”のように撮るのが好きだそうです。現実に戻る一歩手前、みたいな。
主要人物がほぼ揃い、ここでスローモーションを使うことも多々。「9月」「11月」のように映画全体をチャプターで切るのもお好きで、いちいち例の書体で表されます。まるで幕がある舞台のように。

5)強大な父性との葛藤。
これは全作通じて言えることですが、父親、もしくは父親的な役割の男性が必ず登場し、主人公的立場の若い男性を悩ませます。「ダージリン急行」ではそれがすでに死んでいるのですが、父の死後もやはり残されたその存在の強力さゆえ、3兄弟がこじれているようです。アニメである「ファンタスティック・Mr.FOX」ですらこのテーマを踏襲しているのはさすが。よっぽど彼自身が強力な父の存在に悩まされたか、もしくは逆にその不在により父性を理想化し過ぎているかのどちらかかと思われます。

6)意匠グッズがある。
意匠グッズ、つまり、作品内のキャラクターが、必ず自分オリジナルデザインの何かを作っていて持っている、ということです。ロゴや書体にこだわりがある彼らしいです。恐らく幼少時から自分のマークとか考えてたクチですね。個人の紋章や封蝋などの文化を思うと、西洋らしい発想でもあります。作品内では便箋や封筒、揃いの衣装などが代表的な例ですが、「ライフ・アクアティック」ではアディダスに作らせたスニーカーが可愛かった。「ダージリン急行」ではマーク・ジェイコブス印のスーツケースが超高そうで印象的。「ムーンライズ・キングダム」ではボーイスカウトのユニフォーム、といったところでしょうか。マーチャンダイズPRしやすそうな監督ですね。


このほか、抑え目の色味で統一したフィルム'70sのブリティッシュ・ロックを中心とした懐メロ好き乾いたユーモアダサいアクションシーンなど、挙げればもっともっとある、特徴の多い監督です。
故森田芳光監督が「俺は毎回ジャンルを変えて撮ってしまうから、固定ファンがつきにくいんだよー」とボヤいていましたが(ホントは結構多いんですけどね、森田ファン。)、ウェス・アンダーソンのようにここまでジャンルも作風もかっちり決まっていると、固定ファンが多いのも頷けます。

ところで私が最初に観たのは「ロイヤル・テネンバウム」で、それが上記の特徴を全て兼ね備えており、かつ気に入ったからコンプリートするにまで至ったのですが、1本では彼の作品にピンとこない人も多いかもしれません。
2本以上見て初めて、この人の父性に対するこだわりに気づいたし、突き放しているように見えて愛あふれるキャラクター造形も見えてくるようになりました。なので、もしちょっとくらい「??」があっても、画面の感じがなんとなく気に入った、程度でもフックがあるなら、最低2本は見ることをオススメ。

入門作として見やすいのは「ムーンライズ・キングダム」だと思います。

あとそうだ!女子の方はぜひぜひ、彼の名前で画像検索をかけてみてください。テキサス出身だけあってかつてはキモダサメガネ男でしたが、売れるなりいきなり洗練されてあらハンサムに。今や、個人的にはSpike Jonzeに次いで美形な監督だと思います。SpikeとLeos Caraxは監督しとしては別格級に美形だと思うのですが、ウェスも反則級です。Spikeがソフィア・コッポラの元夫だったことを思うと、ウェスとも仲良しなソフィア、やっぱり恐るべき子供ですよね!!

おまけ・ソフィア&スパイク

「華麗なるギャツビー」新旧比較 

June 27 [Thu], 2013, 2:30

愛しのバズ・ラーマンの4作目(「オーストラリア」は丸無視でなかったコトにしてケロ)、「華麗なるギャツビー」を見て来ました。
しかも前日、20年ぶりくらいにレッドフォード版の「華麗なるギャツビー」を早送りで復習してから。なぜ早送りかというと、ジャック・クレイトン監督のこの'74年版は、レッドフォードが芝居の体をなしていないのと、長尺ゆえのテンポの緩さが相まって、いつも睡魔が襲ってきて最後まで見きるのが困難…と記憶していたから。でも今回は、「これをバズ・ラーマンがリメイクするのかー、どんな作品になるのかな?」とワクワクしながら見たせいか、&もちろん早送りのお陰でか、ちゃんと見切ることが出来ました。やっぱりレッドフォードの大根ぶりは底なしで、監督も「どうせコイツはできない子だから」と見せ場を与えてもあげていない風情すらあり。でもコッポラが脚本を書いていたということも再発見し、復習バッチリでいざ、新作へ。

'13年版の「−ギャツビー」は、めくるめくパーティーの映像美、湖面や都市を俯瞰するように浮遊するカメラ、キャラクターたちの感情を絶対に絶対に観客に伝えてくる力ずくの演出力、おなじみキャサリン・マーティンの筆舌に尽くしがたいプロダクションデザイン…と、「ムーラン・ルージュ」以来の、「あぁ、私は今バズ・ラーマンの映画を観ているんだなぁ…」という感慨に耽らせてもらうには十分過ぎる作品。
レオにも、監督と旧知の仲ということもあり、ちゃんと見せ場が要所要所にあって、ギャツビーのキャラクター造形はこちらの方がずっと深め。でも、少しだけ、前作の方が良かったかも…という点を発見しちゃいまいした。

1)新作では、ギャツビーの生い立ちのネタばらしが、ドラマ中盤で出てきてしまう。
…しかもギャツビー本人の口から語られちゃう。もっと嘘つき続けて欲しかった。旧作では、ギャツビーの実父が最後の最後に出てきて真相を語ってくれる。こちらの方がずっとスマート。

2)新作では、ギャツビーが自分の生い立ちを最初に語る場面で、すでにニックが疑っている。
…1)とも近いですが、彼の出自は物語全体を引っ張っていくミステリーとして、最初はまずニックに信じて欲しかった。

3)旧作では、ヒロインが「だってお金持ちの女の子はお金持ちとしか結婚しちゃいけないのよ!」とハッキリ弁明する場面がある。
…ヒロインの、身も蓋もなくムカツく感じがよく出ていて、白眉とも言えるセリフだったのに新作にはナシ。残念。

4)旧作にはある、ギャツビーが桟橋の光と同じ色の指輪を彼女にあげるが返されて小指にはめ、ラストまでギャツビーがソレをハメているところが…ない!
…これはデカイ。いいエピソードなのに。。。

5)旧作にはあった、ギャツビーを育てたも同然のギャンブラーが登場する場面で「友情はすべからく、生きている内に示すもの」というセリフが…出てこない!
…すごーくいいセリフなのに〜!!

6)新作ではトムがガソリンスタンドの男に嘘をつく場面が、結構つまびらかに観客に見せられてしまう。
…これも、何を言ってるかは分からないけど…という旧作の展開の方が、オチまで引っ張れて良かった。

…書きだすと結構多めに感じますが、でも上記6点以外は全て、バズ・ラーマン版の勝ち!と私は勝手に認定。
特に「こんな美しいシャツ見たことないの」とヒロインが泣き出す場面の馬鹿馬鹿しさとか、もちろんのパーティーシーン(からのレオの登場シーン)とか、床屋の裏が脱禁酒法バーだったりとか、桟橋の光に緑色がついてるところとか(だからこそ、指輪のくだりが欲しかったのだが…)、トムの家の召使に黒人がいて、トムが彼らの前で平気で有色人種の脅威を語るとか、どれもこれも、新作の方が素晴らしい。

かなり隠喩っぽい描写なのに2作に共通して存在していたのは、「神の目」のようなメガネの広告があったり、都市と郊外のお屋敷を結ぶ、間の土地(ガソリンスタンドがある、ものすごい勢いで色々建設中っぽい荒地)の描写だったり、といったところ。きっとフィッツジェラルドの原作にあるからなんでしょうね。

3Dで見るとファンタジックな映像がさらに効果upで(車の車窓が昔のフィルムを着色したように見えるところとか)、本当に劇場で見て良かったと思いました。「ムーラン・ルージュ」のようにDVDまで買うかどうかは……?ですが。

88点くらいには、なってたと思います。あれだけ期待して行ったのに!というのを鑑みればさらに点数上がるかも。
1フレーム内での情報量がバズらしくとても多い映画なので、もう一回、劇場で見たいくらいです。

"Holy Motors" par Leos Carax 

May 02 [Thu], 2013, 13:48
Neil Hannon が、劇中Kylie Minogue(本当はJuliette Binocheにふったけど断られたらしい役)が歌う"Who were we?"を、Caraxと共作したというので、YouTubeで観てみたら素晴らしかったので、楽しみにしていた「Holy Motors」。アレックス3部作以上に、分かりやすくて良かったです。けっこう何度も泣いてしまった。
サントラ買う気まんまんで行ったのに、未リリースとのことで、歌詞もいくら検索してもweb上にない。
帰った後も曲が頭を回って止まらないので、しょうがなく、Lyricsを公式ホムペの和訳を頼りに聴き起こし(結構自信ナシ)。
YouTubeのもiPodに移してエンドレスリピート。
TDCファンのサイトによると、Kylieに渡した、Cathy Davey が歌ったdemo versionも存在するとか…(*´ω`*)うーん聞いてみたユス!
DVDが出れば、英語字幕で答え合わせができるかな?
とりあえずもう一回劇場に見に行きたい…。



"Who were we?"
(song from the motion picture "Holy Motors" directed by Leos Carax)
song : Kylie Minogue
Lyrics : Leos Carax & Neil Hannon
Music : Neil Hannon

(dialogue)
Vinght minutes...

Who were we? Who were we then?
Who we've been with?
I have the feeling...
the feeling

(sings)
Who were we? Who were we?
When we were who we were, back then?
Who would we have become if we'd done differently back then?
I have the feeling
The strangest feeling

There was a child
A little child
We once had a child
We called her
Ah but she...shee

And so we had to go
Had to wander so very far apart
Lovers turned into monsters and yearned
to be far apart

No new beginnings
Some die
Some go on living

Who were we? Who were we?
When we were who we were, back then?
Who would we have become if we'd done differently back then?

No new beginnings
Some die
Some go on living


*If you find any mistakes, please feel free to leave a message!

映画の感想としては、ビノシュ(劇中ではJeanと読んでいた)を殺しちゃうんだ!ひゃー!!というのが一番の衝撃。
Carax本人が演技してるのも初めて見た。夜中の劇場でサングラスかけんなよっちっ(-_-)美男が台無し。
去年11月にparisを訪ねた時は、サマリテーヌが無くなっててぎゃぼー!と思ったけど、本作の中で壊す直前のサマリテーヌの廃墟から望むパリ、特にポンヌフの夜景がしっかり撮られていて、これがCaraxが22年前に撮りたかった景色か…(そしてもう二度と拝めない)と涙。
Denis Lavantは相変わらず体技冴え渡ってた。そしてチ、チンパンジー。。。本作は今までで一番予算お手軽に作ったらしいけど、個人的には一番ユーモアがあったと思う。伊福部先生のゴジラとか、お弁当とか、日本人にはクププだし。指食べる場面も、笑うとこでは…??
呪われた映画「Pola X」の彼岸を越えて、Some die, some go on livingなのですね…。

「SHERLOCK」の感想なぞ。 

March 31 [Sun], 2013, 5:37
今更ながら、ようやくブームに便乗。聞きしに勝るゲイゲイしさに、心が躍るわん
ベネディクト・カンパーバッジは「裏切りのサーカス」でも、クセ者感こそあれ、イケメンとは思わなんだなぁ。でも腐女子が騒ぐのも無理はない2人の描写。シーズン2の第1話なんて、かーなり萌え感ありましたね。
これはやはり、Martin Freemanくんの功績が大きいのでは!?
彼についてはここでも一度触れましたが、愛して止まない'80sバンド、Frazier Chorusのフロントマン、Tim Freemanの弟君という先入観がどうしてもあって、美男の兄貴に付き添う、人の良さげな弟タイプってのがほとんど"地"と化しててGood。調べりゃやっぱりカンパより彼の方が賞とか貰ってるみたいだし。このゲイゲイしいコンビの味はMartinが担ってるトコロが大きいのでは?と思います。
それにしても、これでMartinくんが日本でもメジャーになってくれてとっても嬉しい。三谷幸喜の「笑の大学」英語公演で来日したのもずいぶん前だったからね…次来たらぜひ、兄の近況を聞きたいですよ。あの麗しいvocalと美し〜い曲の数々を再び、ぜひ聴いてみたいもの。
[参考]

↑NHK-BSが始まったばかりの頃放送していた「Music Box」という番組からのTim Freeman interview。
当時のBSは、独自コンテンツがない分、英国の番組を直で放送しててありがたかった。今UKチャートを見られる日本のTV番組がどんだけあんだっ!?という怒りはさておき、誰かがYoutubeにupしてくれてたコレ、私も当時見てたぉ βテープに録って大事に時々見返してたけど、YouTubeのお陰で世界中の人のコメントも閲覧できるようになるなんて…いい時代になったものです




面接で血液型が聞かれる理由 

July 26 [Thu], 2012, 9:01
もう何年も前のことですが、私も人並みに就活をした時期がありました。
某大手出版社の最終面接に進んで、控え室にて順番待ちをしていた時、面接から戻ってくる学生が口々に
「血液型を聞かれた」と言い、その場がざわつきました。

今では差別につながる(主にB型のコト?)可能性があるからとか、いろいろ非難されて
企業もこれについては質問控えをしているところも増えているかと思います。

でも当時は、「なんでそんなこと聞くんだろう?」というのが学生達の素直な反応。
私も、聞かれて困る物ではないが、意図がわからん…と思いながら
順番が来て行くと、いくつかの質問をされた後、こっちが答えているのを
遮るように聞かれたのです。「血液型は?」と。

きたか!と思いながらも、タイミングが不意打ちだったこともあり
「?…A型です」と答えた後、特に山もなくいくつかのやりとりをした後に終了。
手応えはあまり感じなかったので期待はしていませんでしたが、
希望していた就職先の中では最終面接まで進んだ最後の企業だったので、
一縷の望み…と思い結果を待ちましたが、電話にて落選の通知が来ました。

悔しかったので、その後別の企業に就職した後も、ずっと頭の片隅で気になっていました。
あの企業がなぜ学生に血液型を聞いたのか…。

私を含め、「聞かれた」派が多数でしたが、
聞かれなかったと言っていた学生もいました。
そして、先方が私に尋ねたあのタイミング…。
少し時間が経って、気づいたのです。
あの時私は、いえきっと私を含め血液型を聞かれた学生達はみな、
最終面接ということで、自分をアピールするのに必死でした。
先方の質問に答えることに同時に、その話題にからめて、
自分がどういう人間か、なるべく長所や具体例を挙げて
伝えた方がよいと考えていたからです。

でも、面接官は最終ともなるとお偉いさんたちばかり。
人事部の人だけでなく、ほかに業務をたくさん抱え、学生1人の面接につき
そんなに時間割いている余裕はないのです。

ましてや、大手といえど氷河期の当時、採用人数は僅か、2〜3名。
対して呼ばれた学生は10数名。
おそらく、話を聞くまでもなく、それぞれの面接官は事前に話し合い、
採用学生の大体の“アタリ”をつけていたのだと思われます。
そして、実際目にしてよほどピンとくる人間でなければそこに加えることはしない、
そんな空気があったのだと理解しました。

そこに来て、必死な学生達の自己アピール。
早く話を終わらせたい、そう感じた面接官は「血液型は?」と聞くことで、
次の話題に行く“合図”のように打ち合わせていたのだ、と。

私はその後入った出版社で、ついぞ面接官になったことはありませんでしたが、
日々追われる編集業務の中、学生達の履歴書を選別する仕事を面倒臭がる
同僚や先輩の横で少し手伝ったことはあります。
誰だって、他人を面接で落とすなんてコトはしたくない。
でも、イイ人はおのずと中でも目立ってきます。
書類選考の段階、つまり、いっぱいいる中から選ぶときは、まず
そういった際だってる人がピックアップされる。

そして面接が進み(冒頭の私が受けた会社では4次が最終でした)、
最終にもなると、今度は方向も変わり、事前にした人気投票上位以外は、
蹴落としていく作業…冷たい目線で選んでいるんだろうな、
ということがおぼろげに感じたことです。

少なくとも私が受けたあの企業に限っては、
「学生の話を終わらせる」、そのタイミングとして、
血液型質問をぶつけていた。
それが今非難されるなら、おそらく別の無難な、
誰でも一言で答えられるような質問を同じ役割で
使っているはずです。
今なら、差別だとか言われない質問で…。

「星座は?」→本当は誕生日見ればわかるはずだが…。
「兄弟構成は?」→これはある程度、長子タイプが欲しいか
末っ子タイプが欲しいか、またはバランス見て採りたいか、
など意図があって聞いている場合もある。

でもウルサイ人は、これらを聞くのも差別につながる、とでも言うのでしょうか。

年々ハードになるばかりの新卒就活。
15年の出版社勤務を終え、フリーランスを満喫している私から言わせれば、
新卒当時の面接は、社会のいやらしさ、冷酷さを垣間見るいい経験でした。
このタイミングで感じ悪くされた企業のことは、一生恨んでやる!
と、誰もが思うのではないでしょうか。
実際、私はそうしてます。
不買運動まではしませんが…。。。

とりあえずは上記の経験から学生さんには、
血液型なんか聞かれて、差別だ!とイキリ立つ前に、
自分のアピポを簡潔に伝える練習を、おすすめします。





ひとりブコウスキー祭り 

February 26 [Sun], 2012, 3:20
旅行復習の一環としてベルギー映画を見よう、と「聖なる酔っぱらいの伝説」と「魅せられたる三夜」を見たら、どうしても「バーフライ」を見直したくなり、さらに「つめたく冷えた月」再見、「酔いどれ詩人になるまえに」と、ひとりブコウスキー祭り。
「酔いどれ〜」も決して悪くはないけれど、中学の時はイマイチ良さが分からなかった「バーフライ」の勝ち!ユーモアが効いていたし、主人公の愛らしさは上かな、と。
くしくもミッキー・ロークとマット・ディロンのブコウスキー分身役対決となったワケだけれど、やっぱりRusty JamesよりMotorcycle boyの方が上手(この場合は''うわて''と読んで)っちゅことで。「酔いどれ〜」にマリサ・トメイが出てたのも、なんか「レスラー」を彷彿とさせた。ロークとディロンがこうした輪の中にいるってコトは、「ランブルフィッシュ」が2役者に与えた影響は多大だったのだろう、と、思いたい。

「魅せられたる〜」の3エピソード目と「つめたく冷えた月」の見比べも楽しかった。後者だけ見た時は意味不明だった点も見えてきたし。
しかし、「つめたく冷えた」って、重複表現ですよね…。ヘンなタイトル

酒も飲めんクセに、いっちょ前にブコウスキー風男の魅力だけは、なんとなく解る歳になってきたなぁ…と、おぼろげに思いました。

ベン・スティラーが大半白髪に! 

January 31 [Tue], 2012, 23:15
最新作の予告で発見。
スコット・グレンみたいでステキっす(*´∇`*)
芳齢線もチェクチーに、スリムさをキープ。随分色っぽくなりましたなやーハフハフ

10年日記 

January 12 [Thu], 2012, 3:07
せっかく手製本の勉強したにも係わらず、年末衝動買いした10年日記の装丁がダサダサで萎えー…かと言って、10年日記今更自作するのもなぁ…