そして伝説へ・・・・其の二 

2009年07月31日(金) 17時09分
ジミ・ヘンドリックスがロック界だけでなくJAZZ界にも与えた余波は大きい。
このギタリストの登場によりそれまでエレキサウンドに対して一貫して辛辣な批判を吐き続けていたJAZZの帝王マイルス・デイビスもジミの登場以降それまでの意見を撤回し、JAZZにロックの要素を取り入れ、エレキサウンドを導入して行かざるを得なくなった。

この当時マイルスはマクラフリンを始めとする周りのギタリストたちに対して「ジミみたいに弾け!」を事あるごとに言っていたそうな。

対するジミもマイルスやギル・エヴァンスを迎えてレコーディングするプランを持っていたが彼自身の死により実現には至らなかった。

ジミの直接の死因は寝ゲロが喉に詰まっての窒息死ということで、あまりカッコの良い物ではないが他にもZEPのボンゾやAC/DCのボン・スコットなんかも同じ死に方をしていたりする。
ロック界ではさほど珍しい死に方でも無いんだな・・・・


個人的好きなナンバーは『Voodoo Chile』です。(アルバム『エレクトリックレディランド』収録)

そして伝説へ・・・・ 

2009年07月29日(水) 14時58分
モントレー・ポップ・フェスティバルでギターとオーディエンスの心に火をつけたジミ・ヘンドリックスはその時ヒッピー文化の象徴になった。

本当の意味でのロックギターの歴史はビートルズでもストーンズでもなくこの人から始まったと言っても良い、原点はやはりというかジミ・ヘンであろう。

3段マーシャルにワウやファズ、オクターブディバイダーにユニヴァイヴと後のロックサウンドの礎石がこの段階で出来上がってしまっている、このサウンド開発を行ったロジャー・メイヤー氏もどんな音になるか想像もつかなかったらしい。

おまけにロック式アームの土台のアイデアもジミ・ヘンサウンドからのものだ。

1967年当時、彼の代表作の一つ『Purple Haze』をラジオで聞いたエリック・クラプトンとピート・タウンゼントがジミ・ヘンの登場により本気で廃業に追い込まれると思ったと後に語っていることから、当時のリスナーがとれだけ衝撃を受けたか想像するに難くない。

今生きていたらどんな音を出していたのかと思うことが多々ある。

おそらくフュージョン系のギタリストになっていたように思うのは自分だけではないだろう。

BGMと環境・・・・其の2 

2009年07月25日(土) 2時58分
BGMも良いことばかりでは無いのかもしれない・・・・
我が国の年間自殺者はほぼ毎年3万人となっている、電車の飛び込み自殺なんかは代表的なそれであるが一つのデータがある。

列車の駅での発車メロディ、通称駅メロというやつが心地よく響かないメロディの流れている駅は自殺が比較的多いということである。

心地よくないメロディとは、例えばスピーカーや再生機の状態があまりよろしくない為にピッチが狂っている、またはリズムが狂っているフレーズの途中でいきなり「バツッ!」と音が止まることなどがある。

この辺を考えてかそうではないのかは知らんけど最近はきちっとワンフレーズ流すホームが増えてきているような気がする。
JR蒲田駅では『蒲田行進曲』、JR高田馬場駅では『鉄腕アトム』のメロディまで流れてたりするのがなかなか面白い。

自殺者の深い部分での心理は自分には到底分からないけど駅のホームで綺麗な純正律ミュージックなんかが向こうのスピーカーから流れてきたら、自分なら自殺しようという気は忽ち消え失せてしまうような気がしてしまう。

BGMと環境 

2009年07月24日(金) 7時41分
BGMは別称エレベーターミュージックとも呼ばれている。
これは元々エレベーターという密室空間での緊張状態を緩和させるのが目的で1887年に導入されたことに端を発する。
あのエンパイヤステートビルに飛行機が激突した時にもBGMのおかげで乗客にパニックは起こらなかったというからタカがBGMとはいえ、その効用は侮れない。

ある牧場ではどうしてもお乳の出が悪かった牛に『美しき青きドナウ』をBGMに流したら嘘みたいに出が良くなりだしたという結果が報告されたそうな。

又、ある会社のオフィスではオフィス内でBGMを流すことにより、流す前と後で欠勤が88%、そうたいが53%それぞれ減少したという研究報告がなされている。

今では街に出れば何処でも当たり前に流れているBGMだが、そこには人々が実感できないくらい深い部分で思いもよらぬ効果を醸し出しているのかもしれない。

女王の名唱・・・・其の2 

2009年07月23日(木) 18時47分
戦後の日本では洋楽は総じてジャズと呼ばれていたきらいがあり、今現在なされているような細かい区分けは当時ではなされていなかったことは想像するに難くない。

楽譜の読めないひばり自身にもそれは言えるだろう、しかしそれらの楽曲の毛色の違いを肌でインスピレーションで感じ取り息を吹き込んでいく事が出来るのはやはり天性の物だと感じざるを得ない。

個人的に彼女のヴォーカルは日本語に訳されたジャズよりも英語詞のまま唄われた作品の方が心地よいリズム感を感じ取ることが出来る。

『LOVE IS A MANY-SPLENDORED THING(慕情)』や『LOVER, COME BACK TO ME(恋人よ我に帰れ)』等を始め、『ペイパームーン』なんかは出だしの「It is only〜♪」からとんでもないリズム感を当たり前のことのように平然と入れてくる。

『A列車で行こう』の最後のスキャットに至っては本場の一流ジャズ歌手にも全く引けをとらない出来であり、演歌歌手という印象は皆無である。(演歌は演歌でもちろん素晴らしい)


果たしてこの人が今生きていたらどんな歌を唄っているんだろう?拘って演歌・歌謡曲を唄い続けていたとは思うけど・・・・
P R
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