私、自称"とある児童精神科医"が日頃、様々な出来事を見て思ったことを、児童精神科医としての視点から書いています。

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ごくせん(第3シリーズ) / 2008年04月19日(土)
ごくせん第3シリーズがはじまりました。
ドラマ自体は、もうある程度パターン化していて、
あるいみ、学園的水戸黄門ですね。

しかしその中に、
「ウソつくことでしか自分を守れなかったんです。
 そうしたのは私たち大人のせいじゃないですか?」
というようなセリフがありました。(少し違っていたかもしれません)

こういうことを言ってくれるドラマは、是非増えてもらいたいものです。
 
   
Posted at 22:13 / テレビ・芸能 / この記事のURL
「いやな思いをさせてしまった」 / 2007年05月24日(木)
今日、友人から「相手にいやな思いをさせてしまった。どう思ったらいいでしょう?」という電話を受けました。 せっかくなので、「英語にしてみて?」と課題をだしてみました。
実は、この文章を英語にすることはものすごく難しいことです。この日本語のニュアンスは英語になりませんし、もし英語にしようとすると動作の主体者が明確になります。
たとえば、
「私が相手にいやな思いをさせた」 I made him feel bad.
しようと思ってそうしたならば、悩みは無いはずです。これは違うようです。
「相手はいやな思いをした。私は、彼がいやな思いをすることは望んでいなかった」であれば、「させた」という言い方は適当ではないかもしれません。
「相手はいやな思いをした。相手は私が相手にそう思わせたと言っている。」 彼はそう言っていますというのは事実かもしれません。彼がそう思うことはもちろん出来ます。だとしても、だからといって、自分がわざとそうしたということには、なるはずがありません。
ですので、このニュアンスを書くならば 「相手はいやな思いをしている。相手はそれを私がそうさせたのだと言っている。私はそのような意図はなかったが、相手が私が意図的にやったというなら、私はそう思うべきであり、そう思うことに同意する。」のようになるかもしれません。
もちろん、外国人がコレを読んだら(日本人が読んでもですが)、「なんでそう思わないといけないの?」と素朴な疑問をはさむでしょう。
日本語では、誰が思ったのか、誰が感じたのかということが、あいまいに語られます。そのために、起こったことが誰の問題なのかということが、ごちゃごちゃになりやすいという特徴があります。
昔のように、人の出入りがほとんどなく、生活も世代を超えて大きな変化が無い場合には、そのコミュニティーにおいて、個人ひとりひとりを尊重することなく、すべての人が同じような感じ方を共有していることは可能だったかも知れませんし、それによって成しえた、微妙なコミュニケーションも存在したのかもしれません。しかし、いまの日本にそのようなスローライフは存在せず、テレビ、インターネットといった目に見える、形を持った情報が人々の脳裏(というようり脳の表面)を右往左往しています。そして、個々人ははるかに尊重され、多様化も促進しています。そうなった今、(これまでの世代が望んだからこそそうなったなずです)個々人の感じ方を個々人のものとすることは、何よりも大切なはずです。
社会は変化しても、その社会を生きる術は古いままだとしたら、生きるのはさらにつらくなります。
新しくなった社会に、そしてこれから目指すべき社会に、必要な、生きるための知恵が、今、求められていると言えるでしょう。
 
   
Posted at 22:21 / 社会 / この記事のURL
仮面ライダー電王 / 2007年05月13日(日)
今年の仮面ライダーは「多重人格ライダー」です。

平成になってからの仮面ライダーは、昔のそれとは全く違っています。
つまり、悪者をやっつける勧善懲悪ものではなくなっているということです。
言ってみればスパイダーマンと同じように、ヒーローである主人公の心の葛藤が仮面ライダーでも大きく描かれているのです。
ですので、怪人?怪獣?と戦うシーンがなければ、普通のドラマと見まがうほど、戦闘以外のシーンが充実しています。(戦闘シーンが5分ほどしかない週もあったりします。)
平成になってからの仮面ライダーの特徴に「複数ライダー」ということがありました。
何年か前には、ライダーな人、ライダーになりたいのになれない人、ライダーになってしまったものの、その事実に戸惑い、どうしたらいいか悩む人といった人たちの人間関係が(戦闘以外の)話の軸でした。
また、少し前の「和風ライダー」では、師弟関係や、修行のような(鍛えるライダーでしたから)様相が描かれ、そこに弟子入りする「少年」と主役のライダーの関係が話の中心という、とても斬新は構成でした。(弟子を取るようなライダーたちの人間関係ももちろんありました。)

ところが、今年はライダーに変身する人はどうやら一人のようです。
しかも、その一人は4種類のライダーに変身し、それはそれぞれのイマジンと呼ばれる怪物?が憑依?することによって違う種類のライダーになるという不思議な構造になっています。
変身する主人格と、主人格にとりつくことでとってかわり表面に出て戦う複数の人格(それらは単独では鬼のような形をしています。(しかも日本の昔話のヒーローがモチーフになっています))たちの関係が今回の話のメインのようです。
少し前までの3人の鬼たちは、明らかに外から主人公に取り付いていたのですが、4人目の存在は、主人公本人から出てきたもののようで、主人公(格)がその「とりつき」を(少なくともまだ)制御できないということがおきています。その4人目と主人公の関わりもこれからますます楽しみな展開になってきています。

見ている子どもに、そして子どもと一緒に見ている大人に、脅したり、修正するためではない、人間の心の構造のモデルが提示されることは、多くの人が自身をとらえる一助になるはずです。洗練された物語の展開を期待します。
 
   
Posted at 08:40 / テレビ・芸能 / この記事のURL
教育再生会議の提言 / 2007年05月11日(金)
先日、母乳うんぬんの提言が発表されました。
そして今日、その提言を見送るというニュースがありました。
僕は、「親が親をするために学ぶべきものがある」ということには同意します。
しかし、この提言の内容はあまりに表面的なことしか言っていません。
表面的なことしか言っていないからこそ、ある一定の子育て観の押し付けのように思われうるものです。
もちろん、政府の反発があったところで、引っ込めうるものであるということも、その存在意義を疑います。
本当に必要な提言ならば、そして誰かの思い込みでなく、充分な根拠があってのものならば、誰かの反発を恐れずに、提言するべきです。
しかし残念ながらそれだけのレベルの提言には至っていません。
何が本当の目的なのか、そのために何が必要でこの提言に至っているのか、つまり、この方法でなければ何をすることが必要なのか、その吟味があまりにも足りず、知ったかぶりおせっかいおばちゃんの得意げなアドバイスの域を出ていません。
たとえば、
(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児
親が子守唄がよく分からないとき、よく分からないまま歌ったほうがいいのか?
→もちろん気持ちよく歌えるなら鼻歌でもなんでもかまわないはずです。ここでのポイントは「気持ちよく」のはずです。ちなみに日本に昔から伝わる子守唄の多くは、育児への不満が歌われていることが多いです。この子守唄がこれからの育児に適しているかどうかは疑問です。
それ以外にも、
親が疲れていたり、体調が悪いとき、何かでいっぱいいっぱいのとき、いやいやでも歌ったほうがいいのか?子守唄を聞かせるなら、うまい方がいいのか?CDでもよいのか?歌うことに意義があるのか?聞こえることに意義があるのか?英語の子守唄を聞かせたほうがその後の英語学習に効果があるのか?……

子守唄ということだけをとってもあまりに多くの疑問が起こりえます。
子守唄というのはあくまで一例であり、その奥にある本当に大切なことが伝わるならば、ほかのどんな方法でもよいという当たり前のことが、「子守歌を聞かせ」と文面にすることで伝わらなくなってしまいます。
どうやら、このような文面を見ていると、この会議の有識者とされる皆さんは、「その奥にある、伝えるべき大切なこと」が何なのか、全く分っていないようにしか見えません。

いきさつはともあれ、そんな不十分な提言が見送られたことにはほっとせざるを得ません。

そんな提言しか出されないような有識者しかいない国で、育児サポートに絶望し、出産をあきらめる、若い世代も多くなるはずですし、それでは少子化は進むばかりです。
 
   
Posted at 21:39 / 社会 / この記事のURL
常識が変わること / 2007年03月25日(日)
テレビ番組(再放送かなにか)で、昭和の時代の間違ったスポーツの常識の話をしていました。
「うさぎ跳び」と「運動中に水を飲まない(方がいい)」です。
ちなみに運動中に水を飲まないほうがいいというのは昭和53年に熱中症での事故が相次ぎ、薄れていったようです。(そのようなしごきはまだ残っているかもしれませんが。。)
さて、最近患者さんのお母さんにしている話です。
日本の一般的な常識とされる「しつけ」や「育児」は、なんらかの形で傷ついてしまった子に対しては、裏目に出やすい。そのことが最近分り始めているということです。
それはまだあまり広まっていないので、なにかのきっかけで傷ついてしまった子を持つ親御さんは、よかれと思って、その子の力になろうとして、従来の一般的に広まった方法で子どもに接するために、よけいその子を追い詰めてしまう。そういういことがこの日本中で起こっているように思います。
その従来の、常識とされた一般的な「しつけ」「育児」以外の方法が、よりひろい選択肢が、この世の中に広まっていくことが、とても必要とされているように思います。
アメリカでは、あの国の幅広い(なんでもありの)経験(たとえば発展途上国から養子をもらったり)から、Theraputic Parenting (「治療的育児」とでも訳しましょうか?)という概念を唱え始めています。
風邪をひいたときには、普段とは違った対応が必要なように、傷ついたときには傷ついたときなりの対応が必要だということは、歴然としているでしょう。
 
   
Posted at 23:17 / 社会 / この記事のURL
電車の中で / 2007年03月21日(水)
最近気になっていることがあります。

私たちが子どもの頃、就学前の子どもは電車のなかで、窓の外を向いているのが普通でした。
ところがいつの頃からか、それを見なくなったような気がします。

子どもの脳の発達から考えたとき、子どもの活動度は大人に比べてはるかに高く、
見ず知らずの大人たちが目の前にたくさんいる緊張の強い環境で、
しかも閉鎖空間でじっとしているということはかなりのストレスのはずです。

だからこそ、窓ガラスに向かい、高速で通り過ぎる景色を眺めることは
子どもの活動度に合った刺激として充分だったでしょうし、
電車内のストレスを緩和できたのではないかと思います。

昔は靴さえ脱げば、それはお行儀の悪いことではなく認められていたその行為は。
いつのまにかお行儀の悪いことになってしまったのでしょうか?

大人が意識するよりも、今の子どもは高度なお行儀を早くから求められていることになります。

それが不適切に早すぎることはないのだろうか?という疑問が起こります。
それがもしかして、ハイハイをする前に二本足歩行を教えようとするようなことになっていはしないのか?
それによって本来起こるべき発達を起こしづらくしてしまうのではないか?
それがここ数年言われている軽度発達障害の増加と関係し得ないのか?
慎重に検討する必要があるでしょう。
 
   
Posted at 15:30 / 社会 / この記事のURL
子どもの好き嫌い / 2007年02月18日(日)
ごめんなさい、名指しです。
小川菜摘さん、ダウンタウンの浜ちゃんの奥様ですね。

2週間ほど前でしょうか?
どこかの番組でこんなことを言っていました。
子どもの好き嫌いの話題で
「今のうちに食べられるようにならないとずっと食べられるようにならないから」

本当ですか?
我々は、子どもの頃食べなかったものは、大人になって食べないでしょうか?
わさび漬けのように
子どもの頃あんなにどうでもよくて、大人になると「美味しい」そういうものは少なくないはずです。
たらの芽、子どもの頃好きでしたか?
ビールは、苦いだけではありませんでしたか?
キャビア、子どもの頃食べましたか?
何の根拠があって
子どものうちに食べられるようにならないと、大人になって食べられない
なんていえるのでしょう?

逆に大人になって、子どもの頃ほど美味しくなくなるもの、ありますよね。
マクドナルドのハンバーガーとか。。。

成長の時期によって、必要な栄養は違っているのが当たり前です。
ミルクしか飲まない赤ん坊を、好き嫌いが激しいとは誰も言いませんね。
子どもは、成長発達を絶えず続けています。
成長発達にしたがって好みも変わってくるわけです。
「好き嫌い」を直す、という発想は
大人になるにつれて次第に好きになってくる味覚を
苦手意識と、食べなくてはいけないという義務感で塗りつぶしてしまうかもしれません。

私事ですが、
子どもの頃、まわりの子の好き嫌いの代名詞であったピーマンは、
決して残すことなく食べました。
しかし、大人になって一人暮らしをしても、決してピーマンを買うことはありません。
にもかかわらず、ゴーヤは買います。
苦いだけならおそらくゴーヤの方が苦いでしょう。しかも高価な食品です。
それでもピーマンを買わないのは、義務感で、「いい子」になろうとして食べた思い出があるからではないかと思っています。

それに比べ、子どもの頃あまり好きではなくてほめられていた
カズノコ、ウニの美味しいこと!

子どもへの、食べ物との幸せな出会い、
演出できるのは親です。
 
   
Posted at 21:52 / テレビ・芸能 / この記事のURL
今週妻が浮気します〜コミュニケーションの習慣 / 2007年02月17日(土)
私事ですが、ここ数ヶ月、英語を習い始めています。
英語を習うという行為の中で、気づくことはたくさんあるのですが、
今日の話はその先生とのやりとりです。

テレビドラマで放送中の「今週妻が浮気します」の話をしているときでした。
夫が、妻が浮気をしそうなことを知り、あわてながらいる時、
会社の送別会が終わった妻と、町でばったり会うわけです。
そのとき、夫は「子どものお迎えはどうした」とか「同窓会なのに派手すぎる」
というようなことしか言いません。
日本では、困ったことですがある意味「アリガチ」な光景です。
その話をしていたときに、英語の先生である26歳のオーストラリア男性は
「コミュニケーションができていない」とサラっと言ったのです。

この場面でコミュニケーションの問題だとする発想は、日本ではまだまだ行きわたっていないように思います。
そしてそのコミュニケーションの方法もよく分かっていないのかもしれません。

そして「うまくいかない結婚を続けるよりは、離婚したほうがいい」とも言いました。
日本にはまだまだ充分に浸透してはいないように思います。
社会的な理由で結婚が選ばれていた頃はあったのだと思いますが、
今はそうではないはずです。
形骸的な夫婦を見て育った子どもが、自身が大人になったときに
どのような結婚を選ぶのか。
だから事件もおきるのかもしれません。
 
   
Posted at 10:14 / テレビ・芸能 / この記事のURL
AGAのコマーシャル / 2007年01月20日(土)
爆笑問題が出ている萬有製薬のコマーシャルがあります。
AGAの治療薬のコマーシャルらしいのですが、
「あなたの髪の毛素敵ね」
「ほめて伸ばそうと思って」
というCMです。
そこで「伸びるわけないだろ」とつっこみが入って終わるのですが…

本当に「伸びるわけない」のでしょうか?
「生えてこないな」「少なくなったな」と思いながら日々見ることが
その状態を続けるのに一役買っていないという保証はどこにもありません。
人間、自己暗示というのもありますから、
「薄くなってきた」という自己暗示効果もないとは言い切れないはずです。

ひょっとしたらあるかもしれない自己暗示効果に敏感になっておく必要はあるでしょう。
だとしたら、どう思って日々観察するか、毎朝毎晩どう思いながら観察するかは
重要なことかもしれません。
 
   
Posted at 21:56 / テレビ・芸能 / この記事のURL
「今週、妻が浮気します」 / 2007年01月16日(火)
今日からの新ドラマ、見てしまいました。
ごめんなさい。ユースケ・サンタマリア演じるこの夫、
浮気されてください。

「結婚したら、恋できるかなんて関係ないだろ」
と言ってみたり、
浮気が疑われる妻と街で会って、
「背中が開きすぎ」「今日言ってくれなきゃ忘れる」「早く帰って子どもを迎えに行け」
等、文句を並べる夫、
危機感が足りなすぎです。

明細書が夫に渡ることが分っているカードでのエステ、アクセサリー、
夫にうまく言葉に出せない、妻のサインですよね。

このドラマの夫、九州男児として描かれていますが、
実在のネット上のモデルの方、本当に九州男児なのでしょうか?

昔、知り合いの精神科医が面白いことを教えてくれました。
九州における男尊女卑の特徴です。
九州において、男は女よりはるかに劣った存在であり、
そんな男を立て、励まし、尊重し、働かせてくれる女性がいて、
そんな女性に頭が上がらない、感謝しまくりの男性が、その家庭のために仕事をがんばる、
それが九州の男尊女卑だというのです。

本州に伝わった(明治が広めた)男尊女卑とは大違いですね。

ドラマの話題に戻ります。

「プライドなんてどうでもよくて…」
それを妻に言いましょうよ。
妻の前で土下座しなよ。
大切にしたいはずの、守りたいはずの妻に。

相手の浮気を、自分と相手との関係を見直すきっかけに使えること、
もし、相手を愛しているのなら、それ以外の方法はないはずです。

うまく行ってるときの思い出にひったっている場合じゃないよ!
できることはいっぱいあります。

「なんでおれがこんな目にあわなきゃいけないんだよ、おれ何にも悪いことしてないのに」
と言いましたね。
その認識の甘さが「悪いこと」です。
「問い詰めるべきか、様子を見るべきか」なんて選択肢しか浮かばない
それが「悪いこと」です。


ちなみにこのドラマの挿入歌、My Little Lover ですね。
意味深な ?
 
   
Posted at 21:38 / テレビ・芸能 / この記事のURL
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