終業式 2 

2005年07月24日(日) 22時18分
 先日体育館で行われた全校集会は何だったか。蒸し風呂のような箱の中、今朝見たカーテンのひらひらを先生が横脇でまとめていた。窓が全開になるも、光も全部差し込んで温度は変わらない。頭が熱くなった。
 あれはいつのこと。
「あれぇ涼ちゃん?」
 少し低めの切羽詰った声が背中に当たった。キキッとブレーキ音がして、ざっとアスファルトを靴の裏がこする。振り向くと、髪の毛があちこちにはねていて、明らかに大きいのだろうTシャツとGパンは、一部が既に変色している。汗か。
 名取、と呼ぶとお互いに首をかしげた。
「なんで急がないの」
「え、なんかおかしいと思って」
「おかしいって何が」
「静かすぎる」
「……」
 むぅと名取がうなった。それから二人して乗ってきた自転車にまたがって空漕ぎしたりもたれかかったりして考える。
 日差しはどんどん高くなるけれど、生徒の声は少しも聴こえない。セミの鳴き声がうるさかった。あの日も確かこんな中で校長の長い話を聞いていた気がする。あの日、とはいつ。
「今日って十八日じゃないっけ」
「いつだよそれ、今日は」
 今日は、二十四日。
 何曜日。
 にち、ようび?
「もしかして」
「嘘だろ……」
 先日行われた全校集会、あれは確か「終業式」と言わなかったか。


 思いっきり夏休み部活ボケをかました名取と二人、とぼとぼと千嶋大坂まで自転車を押す。イヤがオウにも昨日を思い出し気は滅入る一方だ。
「明日、部活あるよね」
「確か」
「はーぁ。裏方どうしよっかなぁ。ブカンホやりたいんだけどねぇ」
「舞台監督補佐……」
「何でいちいち言い換えるの」
 誰かに優しくしたいんだ、と呟いて名取と別れた。音響補をやることも、ついこの前まではかなり張り切って、楽しみにしていたのに、今では和久さんのあの言葉に全てが薄れてしまっていた。
 こんなこと、誰に言ったって解決されるわけがないよな。第一説明下手な俺がオンミツと言う変な組織の関わりをごまかして現状を説明なんてほぼ不可能だ。
 それでもどうにもできないもどかしさが、湿気と交じり合って気持ち悪い汗を流させた。

終業式 1 

2005年07月24日(日) 22時13分
 ――男に抱かれるか。
 そんな言葉を檜山君に言われて、目が覚めた。
 実際に言われたのは和久さんからで、あれは昨日のことで、さっき見たのは夢だ。言い聞かせても、心臓はドクドクドクと早く打つ。
 窓を開けっ放しにして眠ってしまったのか、クリーム色のカーテンが入り込む涼しい風になびいている。枕元にそれが届くと、体は時間を求めた。
「いま、何時」
 学校と家の往復で、部屋は酷い状態だ。元々几帳面ではないので、掃除をこまめにやる習慣もない。獣道をそろりと通って部屋にある唯一マトモな時刻を示す腕時計を見て、止まった。
 八時。
 ここから学校まで、自転車でどうあがいても五十……四十五分。電車でも四十分はかかる。チコク、遅刻だ。
 顔も洗わず飯も食わず、着替えもそこらに散らばっているのを適当に身に着けて家を飛び出した。
 なんで起こしてくれなかったんだうちの親は!
 憤りを感じ、息も絶え絶えで校門に着いたところ、とてつもない違和感に襲われる。
 特別棟の中央、上方にある大きな時計は間違いなく九時を指している。周りは明るいから、朝であることに間違いはない。
 でも異様な静けさが俺の足を止める。
「ちょっと待て」
 月曜の一・二限は確か一年の何組かが体育をやっているはずだった。今の時期は水泳だから、何かしら音が聴こえてもいいはず。
 なんで何も聴こえない。まるで今日が休みのようだ。
「休み?」

水泳続きの続き 

2005年07月24日(日) 11時03分
終了後の休み時間中、私は授業レポートを船橋に提出しに体育準備室に行った。船橋は私からレポートを受け取った後でこう言かけた。
「ニノマエは三回以上見学だからほしゅ…」
すかさず私は言葉を重ねる。
「先生、この前の倉元さんの件なんですが、どうして倉元さんを残して中に入っていかれたんですか」
「えっ、」
「倉元さん補習中に倒れましたよね。あの時、もしたまたま私が見ていなかったら手遅れになっていた可能性が高いですと思います。倉元さんが虚弱体質なのは先生もご存じのはずですが」
「あっ、ああ…」
「そもそも生徒の補習中に室内に入ってしまい、倒れたことに気付かなかったこと自体が監督不行き届きと判断されても致し方無いのではないでしょうか」
「あの…」
「その件に関して上の方々やマスコミが知ったらあなたの立場はどうなるのでしょうね。まして倉元さんは学校一の秀才ですし」
「…」
「あっ、すみません。先生の言いかけたことは何ですか。」
「いや、このままだと水泳の単位が危ないから後でレポート3枚提出してくれ」
「判りました。では、失礼します」
体育準備室を出たところで同じく見学レポートを届けにきた和久にあった。
「レポート?」
「ああ、今回3回目だから補習だな」
「何かレポート3枚でいいらしいよ」
「マジで。あの補習好きに何があったんだ」
「さぁね」

水泳続き 

2005年07月24日(日) 11時00分
和久にあまり冗談が通じないことを忘れていた。私の冗談はすでに冗談じゃなくなっているという意見も出ているがそんなわけあらへんやろーって思ってますよ。和久との会話が途絶えたので私はプールで泳いでいる人たちを見る。7月と言ってもちょっと肌寒い。プールの水冷たいんだろうな…。みんな肌青白いし。大根みたいだ。そんな様子をぽーっと見ていると水の中にいる姫ちゃんが目に止まった。姫ちゃんの水着姿なんてスクミズモエーの人たちにはさぞかし美味しそうに映るんだろうな…
「和久、姫ちゃんはどう」
「姫ちゃん?姫野川百合絵のことか」
「うん」
「可愛いとは思うんだけどなー。何か苦手なんだよな」
「何が?」
「あのお嬢様オーラとか何かしたら法廷に訴えそうな雰囲気とか」
「ふーん」
「ちなみにお前は眼中にない」
「和久なんか国家予算がおまけについてきてもお断りだよ」
「お前な、こんな良い男に何を言うか」
「だって両刀じゃん」
「両刀じゃない」
「倉元さんは」
「あれは別だ」
別なのか、黒衣のひょろひょろ高校生だけど男だぞ。
「見学、もっと静かにしろ」
「ほら、お前のせいで怒られたじゃないか」
「私のせいなのかっ。むしろ和久じゃない?」
「絶対お前だ」
この小学生のようなやりとりの片隅で授業終了のチャイムがなった。

水泳 

2005年07月24日(日) 10時57分
夏だー、プールだー、水泳だーっ。
…ふざけるな。
私は水泳が嫌いだ。水着だと日差しが痛いのもあるけど、そもそも私は泳げない。泳げないだけならまだしも水に浮かない。水の中に入ったら私はタイタニックかと言わんばかりに沈んでいく。憂鬱だ。憂鬱すぎる。スクール水着で泳げないなんてはっきり言って羞恥プレイだ。多感な高校生に恥かかせて何が楽しいんだ。
「ニノマエは見学か…理由は?」
「生理です」
「うおぁう、そうか、」
「何なら証拠見せましょうか」
「いや、いい…」
安心してください。そんな嫌悪感を露わにしなくても見せませんから。
船橋に連絡した後私は飛び込み台の脇にあるイスに座り水着姿で準備体操をする生徒を見ていた。しかしなんて言うか、滑稽だよね、酷刑かな。なんか恥ずかしいと思うのは私だけだろうか…
「お前、ストレート過ぎるよ」
「和久も見学なんだ」
「ああ、俺にプールに入って欲しかったら、屋根付きにしろって話」
実に和久らしくて気持ちが良い。
「そう言えばストレートって」
「見学の理由」
「だってああ言うのはすっぱり言った方が良いって」
「だけど証拠見せましょうかはないだろう」
「和久に見せてあげようか」
「遠慮する」
「遠慮しなくてもいいよ」
「貴様、殴られたいのか」
「…遠慮しとく」

浴衣 6 

2005年07月23日(土) 23時58分
 もう何十発もの打ち上げ花火が目の前で光って消えた。和久さんからの連絡はまだない。周囲はカップルばかりで、彼が誰とどこにいて何をしているのか見当もつかない。ずっと自転車に寄りかかってその光景を見ているほかすることがなかった。
 空白の時間、うっかり抱きしめられたことだとかそのときの檜山君の表情だとかを思い出して頭がグルグルしてくる。
 よりにもよって、何で。睦月ちゃんとカザネを恨んでも仕方ないと言い聞かせながらも、浴衣の袖を握る手の力は増した。和久さんから言われた「足手まとい」も繰り返される。
「白河」
「和久さん」
 ところどころ黒く変色している、高そうな長袖の服の胸元にパタパタと風を送りながら和久さんは近づいてきた。
「やっぱりお前には『指導』が必要だな」
「浴衣のことなら」
「それは論外だ。今何時だ」
「七時九分」
「くそ、結構かかったな」
 顔をしかめて首をばきぼき鳴らす。俺が口を開く前に和久さんはさっさと移動し始めたので、自転車のストッパーを外すとその後についていった。何をこちらから聞こうとしても、無駄と言う気がする。会場から遠ざかり、花火の音がだんだん小さくなったところでようやく和久さんは口を開いた。
「今日の仕事は花火大会を妨害する野郎がいるからそれを防ぐことだった」
「妨害?」
「あぁ。千嶋生の名を騙ってな」
「はあ!?」
「そうでなきゃ俺らが駆り出される訳がない」
「そりゃそうだけど……」
「お前、格闘技は」
「からきし」
「何か得意なことは」
 きっと武術系統でなければこの質問の答えにはならないんだろう。首を振る。正直けんかも弱ければ武道の心得もない。
「だよな。ひとまずはだ」
 ため息をつかれ、頭からつま先までじろりと見られる。
「その女に間違われる身体をどうするかだな」
 その意図が理解できず、思わず立ち止まる。和久さんは数歩先に進んでから、ピタリと止まって振り返った。

「お前、男と戦うのと男に抱かれるのならどっちがいい」

浴衣 5 

2005年07月23日(土) 23時28分
 最近の俺は確かにおかしいけれど、偽名を使ってまで男と会いたいとは思わない。そんな趣味ではない、そう信じたい。
 けれど背中に残っている男の熱が、妙に気になる。人に抱きしめられるのは、ああいうことなのか。
「檜山君、俺待ち合わせ向こうのほうらしいから」
「あ、あぁ。んじゃ」
 ぎこちなく挨拶を交わすと、檜山君は花火が始まってもいないのに会場を後にした。ありがたいというか申し訳ないというか。とにかく先刻のことはいったん忘れるとして、早く和久さんと合流しなければ。自転車を仮設駐輪場に停めて携帯電話を取り出す。
 電話をかけようか迷っていたところに着信で、持っていた携帯を取り落としそうになった。着信音を和久さんと秋花は変えて登録しているから、誰からかすぐに判るようになっている。
「和久さん?」
『今どこだ』
「一戸橋近くにある仮設駐輪場です」
『早いんだよ馬鹿、足手まといだ』
 ならなんで呼んだのかと怒りたくなるのをこらえる。浴衣のことだとしても非力にしても、どちらにせよ俺に原因があるのは変わらない。
 電話越しに何かが動いているのと打ち合いのような音がノイズ交じりに聞こえてくる。かすかに金属の落ちる音がした。サチと誰かが呼ぶ。
『っいったん切る』
 ツーツーツーという電子音の単調なリズムが耳に残った。

浴衣 4 

2005年07月23日(土) 23時16分
 道中、やはり女物というところに突っ込みがきた。白地に藤色の朝顔が描かれた浴衣はエンジ色と言うのだろうか、渋めの赤い帯で締められている。もちろん靴は履き替え、下駄だ。歩きにくいことこの上なく、自分の着ていた服と靴が荷物として自転車のカゴに追加されたのだからたまったものじゃない。極めつけは高いところで一つ結いにされてしまった髪。首筋が涼しいのは助かるけれど、慣れない感覚はむず痒い。
 千嶋高校から通りを真っ直ぐ進んだところにある赤塗りの一戸橋に着いた時には、既に体力精神ともに半分以上磨耗していた。檜山君が帰る気配はない。俺が待ち合わせをしている相手を一目見るつもりらしい。
 花火の打ち上げ開始は七時からということで、人はかなり集まっていた。カキ氷に焼きとうもろこしなど、出店も多い。腕時計で確認すると時間は二十分、少し余裕がある。とりあえず今のうちに何とかして檜山君と別れておかないと。
(せっかくだから一緒に観たかったのに)
 そんな自分の考えを病気だと切り捨てた。
「サヤカッ」
 背中に熱。腰に回される日焼けした細めの腕。頭が結われた髪と耳に近く、伝わってくる息遣いと心臓の音――って待て!
「な」
 状況は、どう考えても俺が誰か知らない男に抱きしめられている。離そうとしても思った以上に力が強くてほどけない。助けてと檜山君のほうを見ても、動く気配はない。
 サヤカという人に、女に間違えられているのは間違いない。
「あの」
「……違う」
 そりゃ骨格からして男なんだから、違うに決まってる。恐る恐る解かれた腕から二三歩遠ざかって、相手を見る。
 無地の黒いTシャツに覆われている体は細身と言うか締まっているようだった。刈り上げた髪は短くさっぱりとしている。少し面長かと思うけれどそれよりも驚きに目を真ん丸くしている表情に気が行ってしまう。なんだか捨てられた犬みたいだ。人違いだとようやく認識できたようで、彼は小さくすみませんでしたと呟いて人ごみの中に消えてしまった。
 しばし沈黙の後、檜山君がポツリとこぼした。
「白河くんがそーいうことやってんのかと思った」
「まさか」

浴衣 3 

2005年07月23日(土) 22時44分
 幸い天気には見放されなかった。雲の影は全く見えず、黒々とした夜空が広がっている。
 学校後、睦月ちゃんの家に強制連行させられて女物の浴衣を着せられた俺は、自転車を停めて和久さんを待つ。絶対に怒られる。絶対に怒るに決まってる。仕事なのに浴衣、しかも女物なんて。不安ではなく確信を持ってペダルを握り締めた。時間は待ち合わせの十分前にあたる五時五十分。
「帰りたい……」
「そんな行く気十分に見受けられる格好で何を言うか」
「ぎゃっ」
 ごめんなさいと謝ったところで、声が厳しさを帯びていないことに気がついた。和久さんじゃないのかと顔を上げると、なぜかそこに檜山君がいて首が動かなくなる。
「白河くんも花火観に行くのか」
「う、うん。檜山君も?」
「俺は帰り道がてらかな。少し遠回りになるけど」
 見れば彼も自転車を横脇に待機させていて。背負っているリュックとチェック柄のシャツは暗い中で色が判らなかった。
「誰待ち?」
「あ」
 和久さんといったら非常にまずい気がして口をつぐむ。そんな俺を檜山君はにやにやと見ている。勘違いされている気がしてならない。どう答えようかと頭を悩ませていると、不意に携帯が鳴った。マナーモードを切っていたので急いで画面を見る。折りたたみ式じゃないから取り出すと一発だ。
 メールを一件受信。――開くと、これまた一方的な文面で待ち合わせ場所の変更が書かれていた。現地に、六時半。俺の意思が全く反映されないことよりも今このタイミングの良さに血の気が引いた。もしかして近くにいるのだろうか。
「……なんか、直接向こうで会うことになった」
「ありゃま」
 道を知らないと言えば、途中まで送ってくれるかもしれない。帰り道と言ったから会場まで行くことはないだろうし。そう思って頼んだ答えは、予想外の「現地まで」だった。
 和久さん、ごめん、もうどうすれば良いのか判りません。

浴衣 2 

2005年07月23日(土) 22時43分
「桶川は橋がたくさんかかってるから、涼ちゃんもどっか通ってるんじゃない? 石丘からだよね、確か」
「うん。確かに川は二つ越えるけど、名前は知らなかったな」
「赤くて大きな太鼓橋風味のトコと。やたら長くて幅が広い白い橋がけっこう見やすいからオススメだよっ」
「あと真ん中よりも端っこから川べりに下りられる階段のほうが人も少ないよね」
「あ、ありがとう」
 きっと花火を楽しめる時間なんてないんだろうけど、カザネに笑顔を返した。
「ってか話してたら行きたくなったし! 睦月、今日暇?」
「えっえーと」
 テンポはそのままに待ち合わせの話へ移行する二人に、会場で会わないことを祈った。でももし浴衣ならちょっと見てみたいものだ。
「あのさ、二人とも浴衣って着る?」
「おっもしかしてうちらに興味ありげ? だめだよ浮気は」
「かかかっちゃん、そんな、興味なんてー」
「睦月、ちょっと」
 妙に慌てている睦月ちゃんを引っ張って俺から遠ざかると、なにやら密談を始める。生徒の行き来も多いベンチで取り残されると、笑い声ばかりが耳に入ってくる。
 よし! とこれまた妙に張り切っている掛け声がこちらに届いたときには、二人の表情が妙を通り越して怖かった。
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