リフレッシュ休暇の使い方

May 07 [Tue], 2013, 18:12
私の勤める会社は、どうしたわけか労働協約的な部分が甘いのである。端的に言えば、休暇が取りやすいようになっている。もちろん、有給休暇の日数は他社と同じだし、仕事が忙しくて毎年無駄に捨てている日数が多いのも普通の会社なのだが、長期休暇に関しては異様なほど優遇されているのである。

私は自分の会社しか知らないので判らなかったのだが、どうも普通の会社ってなかなか長期休暇がとれないらしいんだよね。夏休みが3日しかないとか、有給を続けてとれないとか、私の友人でサラリーマンの人たちは口を揃えて言うのである。

昔はうちの会社もそうだった(らしい)。だが、バブルの時期に資本金増やしたりして気が大きくなったのか、当時の労働組合が経営層にとんでもない要求を認めさせてしまった。そして、それはまだ続いているというわけである。

夏休みは連続5日取得可。しかも時期は随時可。しかもそれは有給休暇に含まれない。だから私なんか、大抵毎年十月頃に月〜金の5日間特別連続休暇をとって海外に行っている。連続9日間の休暇である。これ、大抵の会社にはないだろう? しかもそれだけではない。「リフレッシュ休暇」という制度もあるのだ。

勤続○○年の人にはリフレッシュしてもらおう、という趣旨で、連続20日間休んで良い、というものである。これって多分、日本でも珍しい制度なんじゃないだろうか。
ただし、これほどの長期休暇、取れる環境を整えるのも大変である。そのへんは自己責任なのだ。自分で仕事を調整し、人事と上司の許可をとってからでないと取れないのである。うまく考えてある。

これ、若い内ならともかく、それなりの仕事を担当してたり、責任ある立場にいる者は取りにくいなどというレベルではない。現に私なんか、もう何年も前に資格が出来て申請して人事の許可も出たのに、いきなり某プロジェクトの専任担当にされて当時の上司から「とっちゃ駄目」と言われてそれきりになっているくらいである。以来、まだ取ってない。定年まで取れないかもしれない。

ところがである!
私の今の上司(別の人)が今度取るのである! その人も資格が出来て十年くらいとれなかったのが、去年末にいきなり「1月いっぱい休みますので」とか宣言したのだ! なぜそんなことができるんだ?

http://dpj-channnel.jp/

サイパン

April 14 [Sun], 2013, 22:13
全然ロマンチックではなかったのである。

私の初めての海外旅行はサイパンであった。私くらいの年代は、子供時代から貧乏性なため、大人になっても海外に行くなどという大それた仕業はとうてい自分ごとき小物がよくするものではない、という固定観念があった。旅行は好きなので、日本国内は毎年夏休みにあちこちでかけていたが、海外は視野に入ってなかったのであった。

当時、私の会社は時代の風に吹かれて浮かれていた。株式上場しようという話があり、また利益があがったので社員に還元しようという雰囲気もあり、当時の社長がぱーっとしたことがやりたかったのかどうか知らないが、とにかく事業部ごとに一人5万円の経費で何か好きにやれ、という話になったのである。しかも、年度予算に入れたから年度内に消化しろという命令だった。

私のいたネットワーク事業本部では、みんな忙しくてそんな面倒なことは誰もやりたがらず、結局女子事務員(というのがまだいたのだ。今はもうみんなSEになってしまった)たちが委員会と称して勝手に話を進めた結果、「みんなで南の島に行こう!」になってしまったのである。

3泊4日。もちろん、普通だったらそんな話が通るはずがない。ネットワークというのは、一日も手が放せないシステム体系なのだ。いやそれ以前に、会社常識からいって無謀すぎるプランである。当然のことながら、企画を上にあげた段階で潰れるのは目に見えていた。しかし、通ってしまったのである。社長がイケイケだったという説や、事務員のまとめ役だった女性の親が親会社の重役だったとかいう説もあったが、とにかく通ってしまったのであった。

さあ大変である。総勢120名、これを2つに分けて、木〜日グループと土〜火グループがサイパンで合流し、土曜に宴会を行う。それはいい。問題は仕事のやりくりをどうするか。土日には誰も会社にいなくなってしまうのである。ネットワークに詳しくない人のために言っておくと、ネット屋の仕事は土日が一番多いのだ。もちろん、システム修正とか増設とかそういうイレギュラーな作業ではあるが。

しかし何とかなるもんである。不眠不休で仕事を片づけ、でも結果からいうと私はサイパンにいるときに日本から障害発生だというので電話がかかってきて、短パンとTシャツにサンダル姿でリゾートホテルのロビーで立ったまま、1時間くらいああでもないこうでもないと障害対処させられたあげく、帰国したら空港から会社に連れていかれてそのまま翌朝まで徹夜で作業させられたのであった。

あ、サイパン? 海が綺麗だったなあ。

ワープしたとしか思えない

April 14 [Sun], 2013, 22:11
勘違いだろうと言われれば、肯くしかないのである。

私はいわいる神秘体験的な経験をほとんどしていないのだが、それでも人並みには変な体験をしている。結構いろいろあるのだが、その中でも広い野原で円筒形のUFOをはっきり観たというような体験は間違いなく夢だろうと結論できる。しかし、今でもアレはひょっとして……と疑っている事もあるのである。

あれは就職して数年たったころだっただろうか。まだ自転車がなかったので、ひょっとしたら会社に入ってすぐだったかもしれない。新卒社員研修が横浜で、配属先がおそらく世田谷あたりになるはずだったため、私は学生時代の住処を引き払って、新しい部屋に入居していた。東急東横線沿線の駅から歩いて10分程度のところにあるアパートである。で、休みの日にとりあえず近くをブラブラ散歩していたのである。

引っ越してきたばかりで、どこに何があるかまったく判らない。私は駅から線路に添って、横浜の方に歩いていた。その道は初めてだったが、ちょっと離れたところに線路に並行して幹線道路が走っていて、割合に場所を特定しやすかった。秋だったと思うが、暑すぎず寒すぎず、ちょうどいい散歩日よりだった。
で、何がヘンかというと、私は駅から線路に添って歩き始めて、次第に線路から逸れ初めて、ほんの1分ほど歩いたかと思うと、いきなり次の駅に着いてしまったことである。いや、テレポートしたわけではない。袋小路みたいな場所を数回曲がると、ひょいっと駅があったのだ。

どう考えてもヘンである。東急東横線の駅間距離はそんなに長くないが、それでも数分で歩けるほど近くはない。私は普通に歩いていて、ぼんやりしていたとはいえ、意識はずっと保っていた。迷って元の駅に戻ったわけでもない。きちんと次の駅だったのである。
もちろん、そのままでは済ませたりはしなかった。あちこち調べたり、歩いて元の駅に戻ってみたりしたのだが、線路に添って歩いても元の駅までは15分くらいかかってしまったのである。

これが発生した理由として考えられるのは、
@数分と思っていたが15分くらいだった。
A何かの発作で意識の空白があり、その間無意識で歩いていた。
B全部、または一部が夢だった。
というところか。
実を言うと、この出来事自体がすでに記憶化されていて、本当に起こったのか夢だったのか曖昧である。いや、絶対現実だとは思っているのだが、その証拠は何もないのだ。うーん。

もっとも、今となってはどうでもいいことではある。ワープしていようが次元の裂け目に出入りしようが、その後積み重ねてきた人生はもう取り返しはつかないわけで、今更真相が判明しても仕方がない。SF者にはあるまじき考え方だが、人間ってこういうものなんだろうなあ。

SFがあっても、現実は揺るがないのである。

秋葉原の思い出

April 14 [Sun], 2013, 22:11
かつて、私は毎日秋葉原に通っていたことがあったのである。

正確に言うと秋葉原というより営団地下鉄(当時)の末広町駅のほとんど真上だった。そこに私が出向していた会社があって、1年ちょっとの間、土日以外は毎日通勤していた。昼休みに飯を食いに行ってちょっと歩けばもう、そこはアキハバラである。夢のような環境といえなくもないが、当時はまだ秋葉原はハードの街で、ハードおたくではない私はそんなには幸せではなかった覚えがある。

もっとも、すでにエロゲーのたぐいは存在していた。PC98がエロゲーの事実上の独占状態で、売っているゲームも箱の中にはフロッピが数枚という状態。16色でいかに美しい少女の裸体を描くか、というチャレンジが、業界の美少女絵師たちの技量を加速度的に高めていた時代であった。
その反面、詐欺同然のヘタな絵で堂々とエロだと言い張っているような悪質なゲームもあり、被害者はモノがモノだけに泣き寝入りするしかなかった。まさに無法時代だった。

というような話をすると、私がソレを買いまくっていたような印象を受けるかもしれないが、実はまったく買わなかった。こういうものにハマると際限がなくなるということを本能的に知っていたのであろう。基本的に、新製品は買わないという方針を押し通したのである。ではどうしたかというと、もっぱらパソ通やメーリングリストで知り合った人たちから借りたり、中古を譲って貰ったりしていた。あとは大学のサークルの後輩(中学校の先生)が怪しげな通販で買ったという、どうみても非合法なCDをくれたりしたもので、せっせと解凍してやったりしていたものだ。絵や内容が酷いゲームは、こういう奴に入っていたものが多い。しかし考えてみたら、これは秋葉原の思い出とは言えないなあ。

一番の思い出というと、やはり秋葉原の怪しげな店で電子レンジを買ったことだろうか。路上でたたき売りのようなことをやっていた。確か七千円だった。説明書が全部英語なのはいいとしても、本体に貼ってあるシールがフランス語で、どうもカナダのケベック州あたりで売るためのブツを横流ししてきたようなものだった。AC100Vではパワー不足で、弁当なんか暖めるのに15分くらいかかるという欠陥品(220V定格で作動するらしい)なのだが、壊れないので買い換えもできず、まだうちのキッチンにあるのである。

秋葉原の思い出は、まだ布団乾燥機とか色々あるのだがそれはまた。

歳を感じること

April 14 [Sun], 2013, 22:11
自分の席から出勤者表が見えなくてガックリきたのである。

昨日、開発センターでいきなり声が出なくなった。もちろん一時的なもので、割とすぐに直ったのだが、どうも風邪のような気がする。具体的にはカラオケで歌いすぎたときと同じような症状なのだが、咳も出てるしまず間違いないだろう。土日はゆっくりしていよう。

それとは別に、なぜか目が霞んでいる。私の席は事務室の奥の方にあるのだが、ドアのそばにある出勤表(白板に所属者名札があって行く先とか出欠が書いてある)の字が霞みきって読めないのだ。先週までは何とか読めていたはずなのだが、一気に近視が進んだらしい。これもまた、風邪か何かなのだろう。実をいうと近視より遠視の症状が出ている。近くの細かい字がよく読めないのだ。デルのパソコンに貼ってある管理番号が読めなくて泣いている。

なぜか近くのものが見えにくくなったとき、人は老いを実感するらしい。この話は書いたっけ? 大学サークルの後輩の13回忌追悼会で誰かが言っていたのだが、私も含めてみんなそういう心配をする歳になってしまったのである。実際、遠視っぽくなっているし。
私の場合、最初はすごい乱視で、それから近視が進み、いつの間にか乱視はほとんど直ってしまっていた。近視だとメガネ外せば近くのものはすごくよく見えるのである。メガネつければ駄目だが。で、さすがに本を読み過ぎてヤバいかな、と思ってからもう○年たって忘れていたのだが、ついに出てきたということか。体調が悪いと、目にくるのかもしれない。

今日も目は駄目だ。ディスプレイなどはよく見えるのだが、ちょっと離れるとボケている。メガネの度が合わなくなったのかもしれない。そういえば「エマ」でも度があってないメガネをかけていたれけど、度なんか合ってなくても日常生活には差し支えないからなあ。仕事だってできるし。
メガネって高いんだよな。だから、出来るだけ変えたくないのである。予備メガネも用意してあって、あれが無駄になるのも嫌だし。

いかん。文章に力がない。思ったよりガックリきているのかもしれない。
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