関西のテレビって、9.23.011。

September 28 [Wed], 2011, 3:52
22日、ハイヒールのはてなは、世界で愛される日本人。インドの緑化に取り組んだ1人の日本人、杉山龍丸を紹介。インドにユーカリを植樹し砂漠化を食い止め、グリーンファーザーと讃えられている。しかし、日本では、ほとんど知られていない。日本の政府は無視、学会からも黙殺。国際的福祉活動を行っていながら、財団法人の認可も下りていない。杉山は日本政府の資金的援助が得られず、私財を投げ打ってインドの緑化に取り組んだ。インドは大干ばに襲われ、食料が枯渇、多くの餓死者を出した。木の伐採が進み砂漠化も始まっていた。木の伐採は、植林とのセットで進める必要がある。伐採するばかりでは、木が無くなってしまう。木材は伐採して利用し、伐採した後に植林をしてやると、また元の森に戻る。このサイクルを確立する事で再生する資源が得られるのだ。木は、を吸って固定し大きく成長する。大きく成長した木が、さらに大きくなるには長い年月がかかる。そこで伐採し資材として利用し、新たに若木を植林すると短期間で大きく成長し、効率よくを固定していく。植林、伐採、植林を繰り返す事で、森や山は資源を生み続け、定期的に手入れされる事で健康な森や山になっていく。伐採するだけでもだめ、植林するだけでもだめなのだ。台湾で、巨大なダムを建設し平地を穀倉地帯に生まれ変わらせた日本人、八田与一。台湾は日清戦争での勝利後日本の占領下にあった。植民地にされていたのだ。同じように植民地化されていた他のアジアの国では反日的な運動も起っているが、台湾は親日で知られている。東日本大震災でも多くの義援金を送ってくれた。この違いはどこにあるのだろうか。その1の理由が八田与一にあった。それまでの台湾の大きな平地は干ばと洪水を繰り返す荒れ地だった。どうしても治水をする必要があった。水を確保するとともに洪水を防ぐために、巨大なダムを建設する必要があった。そのダム建設に取り組んだのが八田与一だった。八田が台湾人に愛される理由は、その人柄と人格だ。台湾人に対して決して高飛車な態度は取らず、ねに台湾の将来を見据えてダム事業を進めていった。金を出せばいいだろう。ダムを造ればいいだろうでは人の心は動かない。イースター島のモアイを立てた男達。イースター島はチリの小さな島。モアイは倒れたままになっていた。そのモアイを元の姿に復元しようと言うプロジェクトを立ち上げた企業があった。それが日本の、それを発案したのが社員の高木啓行だった。自社のクレーンを使ってモアイを修復しようと言う計画だったが、難題山積、まずイースター島には大きな島がない。そこで、チリ政府と相談して軍の協力を得る事になった。クレーン車はそのままでは運べず、改造。プロジェクトの資金は2億近くかかる事が判明。ところが日本政府からは協力を得られない。の社長は、会社が資金の全てを出す事を決断。クレーンをイースター島に運搬する事になった。イースター島では、モアイを修復しながら立てていく。文化財が壊れると学者からの反対もあったが修復は無事成功。クレーンはイースター島に寄贈され、その後現地の人達が次々とモアイを立てていった。世界で愛される日本人に共通するのが、日本ではあまり評価されない事。日本政府も協力的では無い事が多い。これは、権威主義による評価の偏りが原因。原発の御用学者もそうだが、大学教授等の肩書きのある人物の発言を重視する傾向にある。その発言が正しいのか正しくないのかの判断はしない。これは原発事故の報道でも、はっきりと表れていた。も原発事故当初、御用学者の説明を鵜呑みにし批判したり疑問を呈することすらなかった。大学教授なのだから、発言の全てが正しいと思い込んでしまっていた。科学者は確かに優れた頭脳を持っているだろうが、それと人格とは別だ。ロケみ。ゲストは、笑い飯の2人。ローラチャンが、哲夫がの吉竹アナと仲が良いとバラす。どうやらローラチャンに入れ知恵する者がいるようだ。水田スパローの海鮮丼離島旅、山口、祝島、めでたい島でめでたいタイを釣るの巻。スズキ釣りに失敗して、3から2に変わったため、水田スパローも15キロのリュックを背負う事になってしまった。リュックの中身は撮影機材と料理道具一式。山口の柳井港から祝島へフェリーで移動。島で聞き込みを開始する。今はタイが良いと聞かされ、ターゲットをタイに決定。夕方になっていたが、防波堤から竿を垂らす。さっそくカサゴがヒット。その日は釣ったカサゴを塩焼きにしてアンをかけていただく。今回のタイも釣り初心者には、なかなか難しい魚だが、水田は、釣りの経験が浅いので釣り易いか釣り難いかの判断はできていない模様。祝島でタイを釣ると言うのはおめでたく絵になるが、かなりの困難が予想される。次の日も堤防で釣るもりのようだ。果たして堤防にタイがいるのだろうか。翌朝、朝早くに港へ行くと、漁に出かける船を発見。話を聞くとタイを釣りに行くと言う。そこで、連れて行ってくれるように交渉してみると、急にも関わらず快く船に乗せてくれた。祝島のタイは、生き餌でないと釣れないと言う事で、漁師さんから餌のエビを分けてもらう。まさにエビでタイを釣る。糸を垂らすと早速当たりがあった。しかし、タイではなくアジ。食料として確保。その後、水田スパローもスタッフも、揺れる船の上で酔い始める。船酔いの中、釣りと撮影が続く。稲垣早希の西日本横断ブログ旅、熊本でピンチ襲来編。稲垣早希の声がおかしい、咳もでる、鼻水もでる。風邪引いたんでしょ、とスタッフ。大丈夫です、引いてませんと強がる稲垣早希。どうやら、酒を飲んで、浴衣で夜の街を長時間ぶらいていたのが原因のようだ。サイコロ1で、旅の資金を全て没収されてしまったので、久々のヒッチハイク。人吉まで一気に行く気の稲垣早希だが、距離は100キロ。そうそう100キロも車に乗せてくれる人はいないだろうと思われたが、なんと、一台の車が止まってくれた。熊本はロケみが放送されているので、稲垣早希は知られている。ファンがちらっと稲垣早希を見て、わざわざ戻って確認しに来てくれたのだった。不動産屋のおじさんだった。ロケみを録画して2度観たり、奥さんと2人で四国を稲垣早希の旅先をバイクで回ったりと、かなりディープなロケみファンのようだ。人吉まで行ってくれると言う。車は高速に乗り、1時間30分ぐらいで、人吉駅に到着。お礼を言って別れた。無一文の中、大変助かった稲垣早希。人吉駅で、キャニオニングの情報を聞こうと案内所へ行く途中、女性の武者とカッパを発見。人吉には人吉城があり、カッパ伝説もあるので、そのキャンペーンだった。子供達にカラカワレて怒り出すカッパを稲垣早希がなだめる。真夏に着ぐるみは大変ですね、とねぎらうと、着ぐるみでは無くカッパだと言い張る。観光案内所へ行くと、武者の格好をしていたお姉さんが座っていた。案内所の人達がいろいろと掛け持ちしているようだ。案内所でキャニオニングの情報を聞き、明日の午後の予約を取る。時間があるので、只で行ける観光地を聞くと、近くにある青井阿蘇神社と言う国宝の神社を教えてもらう。神社に向かって歩いていると、人力車を発見。何と只だった。観光のために只でお客さんを乗せているのだそうだ。早速青井阿蘇神社まで乗せてもらう事にする稲垣早希。すると、嫌みなスタッフが、稲垣早希の横に乗せてくれと言い出す。稲垣早希は断固拒否。上からの絵が撮りたいのだと言う。このスタッフ、撮影が趣味のようで、自前の一眼レフカメラで稲垣早希を撮影したりしている。スタッフを乗せない代わり稲垣早希が人力車の上から撮影。青井阿蘇神社に到着。茅葺き屋根の神社で、さすが国宝に相応しく荘厳な雰囲気だ。稲垣早希はお金を持っていないので遠くからお参り。次にサイコロで1を出すと出発点に逆もりなので、1だけは出ない様にお祈りする。そして、運命のサイコロタイム。スタッフは1が出ると断言。嫌な雰囲気が漂う中、祈るようにサイコロを振る。九州も後2県を残すのみ、ここで振り出しに戻るのは何としてでも避けたい。サイコロは丼で回転しながら、1がちらちらと上を向く。1の出る流れ、最後にひと転がりし、2になった。青井阿蘇神社へのお参りが効いたのか、1を何とか回避、安堵する稲垣早希だったが、旅の資金は400円ちょいで、宿探し決定。ライブチャット
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