昔話しリターンズ ジャンプ

April 17 [Sun], 2011, 22:06
高校に入ってからは携帯が話し相手で学校にいる間は言葉を失ったままだった。教室はとても居心地が悪かった。特に休み時間はそうだった。やる事もなく話す人もいなく手持ち無沙汰でどうしていいかわからずに自分がそこにいる口実をずっと探していた。メールも着ていないのにずっと携帯を開いていた。実際にメールをしていたけど相手が返事をくれるまでの時間はどうしようもなかった。それで学校では休み時間が一番苦痛な時間で昼休みがとても長く感じた。お昼時は自分のクラスには他のクラスからもお弁当を食べる人が集り友達同士でかたまったりしていてそんな中一人でどんな風にそこにいていいんだろうか。他のクラスの人が座っていて席すらもなかったりした。なんだか自分のクラスなのにそこにいるのが大変垂オ訳ない気持ちになる。昼休みになるとhttp://www.onegai-enjyo.com/keijiban/購買に行ってパンを買ってできるだけ人目の付かない所を探した。この学校は屋上は解放されていなくて屋上に出る扉は鍵がかかっていてそこに通じる階段は封鎖されていた。教室には設置されている暖房は届くはずもなく冬は厚着してお昼を食べた。どこか遠くで誰かのふざけている声が響いていた。そんな休み時間をどう乗り切るかが問題だった。そこで仕方なく本でも読む事にした。始めはマンガだったけれどすぐに読み終わってしまうしそのたび買わなくてはいけなかった。そこで小説を読む事になった。普段、活字は読まないけどしかたなかった。それに母は読書家で家には大変沢山の本があって面白いとお勧めの本が山の様にあるらしかった。それで高校時代は読書漬けになった。はじめはまったく小説なんて興味はなかったのにすっかりハマッてしまい、休み時間だけでなく授業中までずっと読書にいやした。これによって成績が大変な事になる。のちに学校側が教育の為に朝の読書の時間を設けてそれをホームルームで発浮オた時はえーっという不満の声が起こった。そんな中もともと朝から本を読んでいる自分は一人胸のうちでフッ、やっと時代が俺に追いいたかとちょっとした優越感を感じたりしていた。朝の読書の時間は酷熾送ciクラシックが流していてドビュッシーの亜麻色の髪の乙女が優しく流れていてそれを聴くと今でも教室の中の暖かい暖房と冷たい廊下の空気を思い出す。自分の高校時代を象徴する曲だった。ートを借りれる相手もいなくてダンスで疲れが残っていても授業中に寝たら最後だった。目立たないように勤めたせいなのか挨拶する事もないからなのか顔を上げる必要はなく交互に追い越し合う自分の足を見ながら歩くのが癖になっていた。耳にはずっとイヤホンを突っ込んでいた。聞きたくないものはあっても聞きたい事は特になかったし誰かの言葉が自分の鼓膜を揺らしてくれる事にいちいち期待なんかしていたくなかった。母はそんな学校での自分の様子に大変心配してくれていた。学校なんか友達に会えるから通っていられるものをなんだかすこし悪い気がした。それでも一歩学校の外に出れば大丈夫でダンスで会う友達には学校での自分のキャラはすっかりネタとして定着していた。みんなゲラゲラ笑ってくれた時に浄化された気がした。お世話になっているダンスサイトや水道橋舞踏団やまさに自分のダンスを始めるきっかけにもなった伝説のチームのホームページなんかを見ていてもチームのホームページを作りたいなという事になり簡単なホームページを開設した。コンテンツはメンバーのプロフィールと掲示板と日記だった。そののホームページの掲示板で現在もにいるやまちゃんが書き込みをして一緒に練習する事になった。それからすっかり意気投合して仲間になったりした。この時代、もなかったのでダンスチームはやたらみんなホームページを持っていた。だけど駅やそこいらで活動しているダンスチームで動画なんかが充実していないとどこのホームページも特に流行る事もなかった。毎日更新されなきゃ毎日見る理由もないだろう。そこで毎日更新できるものはという事で毎日日記を更新する事にした。どのホームページもちゃんと日記を更新しているホームページはあまりなかった。だけど毎日一人で日記を更新するのは大変だった。そこで思いいたのが丁度ハマッていて毎晩布団の中で聴いていたラジオオールナイトニッポン。曜日ごとにラジオパーャiリティーが変わるようにその曜日ごとに担当メンバーを決めてみんなで更新しようと思いいた。そうすれば一人あたり週一の更新ですむしそこに綴る内容も一週間かけて集めることができる。自分の担当曜日の更新は鉄則でクオリティーの高い日記を目指して各自全力で日記に取り組んだ。月火水木金土日で7人。だけどその時メンバーはが中学の友達を引きずりこんだりメンバーがそれぞれ友達を誘い込んだりしてかなり人数が膨れ上がっていて20人近くにもなっていたので日記の面白いやを選抜して7人選んでいた。日記メンバーにはなんとスタメン落ちもあるというシビアなコンテンツだった。文章を書くのが死ぬほど嫌いだった自分だが学校しかたなくずっと本を読んでいたのがよかったのが書いてみるとどうしても楽しくて長文日記を度々更新した。なんとなく文章の書き方というのがちょっと見えた気がした。メンバー各自笑える日記に徹していてあ、やべぇ今日日記俺じゃんなんて感じで日記のハードルはドンドン上がっていった。ホームページにはキリ番があってのホームページではキリ番は100人単位で毎日キリ番が出ていて多い日には一日に2回キリ番が出たりしていた。まり毎日100200人がのホームページを見たことになる。こんな名もない田舎のダンスチームのホームページにこのアクセス数はすごい事だったと思う。そしてキリ番を踏んだらコメントが一言書き込める。そこには毎日日記楽しみにしています。日記面白いですなんてコメントがあってもはやダンスとか関係ない人も日記が面白いからと毎日見に来てくれているみたいで本当に嬉しかったしそれがより一層日記更新の原動力になった。学校では友達が出来ない分ネット上や外にばかり友達が出来た。ダンスサイトのダンス練習仲間募集の掲示板を見てメールした。それが現在ぱりぴぽことかずやさんで千葉のポートアリーナであって練習する事になった。この出会いが特に大きかった。この時始めて千葉に練習しにいった。かずやさんは始めに自分のダンスの出来てなさにビックリしたらしい。色んなジャンルをかじっているかずやさんに一通りのダンスの一般教養的な基礎知識とイロハを教わった。それから千葉のモレール駅に連れてってもらった。そこには本当に色んなダンサーがいて長い通路はダンスチームで埋め尽くされていてまるで安田火災ビルのような状態だった。そこで同年代の他の高校のダンサーとも知り合いになった。かずやさんは幕総のダンサーに知り合いが多かった事から自分も紹介されて幕総のダンサーとよく一緒に練習して文化祭のダンスを見に行ったりしていてその盛り上がりや何かをやり遂げて泣きながら抱き合ったりする光景に衝撃を受けた。ここれが高校生活というものかその絵は本当に青春だった。そこで自分の高校生活ってどんだけ灰色なんだよ感動で涙を流す様を見てそれとは違った感情で涙が出そうな自分がいた。正直、こういうのドラマとかだけかと思ってた本当にあるんだぁ自分の学校は他校の生徒が来るとすぐケンカが起こるので一般公開はされなくてそれによってものすごーくモチベーションが低く授業じゃないからという理由で文化祭当日が一番生徒が少ない。そして皆自分のクラスにとても非協力的自分もだけどなのでろくに話し合いもなくって言うかまず話し合いとして成立していない結局担任が適当に決める事になり何となく準備が始まり自分は当日になって自分のクラスの出し物がストラックアウトである事を知った。そんな状態で友情努力勝利なんて事を感じられる訳もなく味のなくなったガムを噛み続ける様な高校生活がずっと続く。そんな中唯一自販機に売っていたココアが始めて飲んだココアでそのココアという飲み物が美味しかった事。そんな美味しいやに出会えた事は大きかった。牛乳を使った飲み物を敬遠していたけどこれは美味しい。だけどコーヒーとカフェラテとか色似ているけどあれは飲めない。コーヒー味の飴も大嫌いだ。のホームページは昔しリニューアルするという話しがありそのリニューアルされるのを待っていたのだが結局担当のやがいまで経ってもリニューアルせずそのまま流れ、結果も流行って現在は全く更新されていない。続く
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:tktni21p0m
読者になる
2011年04月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/tktni21p0m/index1_0.rdf