ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(27)

August 19 [Sat], 2017, 23:03
 以下で、見出しの数字は筆者が勝手に連番で取った節の番号である。

  2.GHQの政策が効き過ぎた日本

 平和憲法も、アメリカは、それで手強い日本を骨抜きにするつもりであった。一方、日本は、平和的な復興へと邁進するつもりで、国防を全面的にアメリカに依存する意向で憲法を受入れた。
 ところが、戦後、大陸の中国、そして朝鮮・ベトナムなどアジアの共産化の猛威を目の前にして、アメリカは、戦前の日本が置かれていた過酷な環境を理解したという。日本は、共産化の流れに対して歯止めになる。それには、日本に軍を復活させたいと考えた。
 しかし、日本は、日米安保条約で、軍事はすべてアメリカに任せて、吉田ドクトリンともされる経済一辺倒の政策で、占領軍撤退後も経済復興へと突き進んだ。ほんの数年前まで「帝国軍人」だった彼らが「企業戦士」になってしまった。そして、世界第二位の経済大国に上りつめた、と著者は言う。
 それについては、筆者にも強い印象のある1960年〜64年に首相であった池田勇人氏の「国民所得倍増計画」(高度経済成長政策)の推進が大きく貢献した。実際、国民所得は約7年で倍増を達成したという。また、戦後23年の1968年には国民総生産(GNP)で西ドイツを抜いて世界第二位になった(老川慶喜著「もう一度読む山川日本戦後史」2016年4月(株)山川出版社初版刊)。
 著者は、戦後のユダヤ人と日本人の変貌ぶりを指して誰かが言った言葉を紹介している。その言葉には感心した。それは、この本を読んでのお楽しみとして取っておこう。

 政府が軍備のことを忘れて、経済一辺倒の政策のなかで、GHQが去った後も、運用者がGHQから、日本のマスメディアと、ソ連やPRC(中華人民共和国)の影響を強く受けた日教組という教育組織や学者たちに変っただけで、WGIPは続けられた。共産主義国の影響を受けた日教組や学者たちは、アメリカ以上に日本人の精神的武装解除を望んでいたという。
 その文脈のなかで、著者は、WGIPのことを言っているのであろう――GHQ製の日本人「精神的武装解除政策」だけが強く残ったとしている。
 著者はこの章で初めて、WGIPに日本人「精神的武装解除政策」という訳語を付けたように思われる。この表現はものものしいが、アメリカ人らしい直接的な表現ではある。
 しかし、筆者は、WGIPについては、藤原正彦氏の著書「日本人の誇り」(文春文庫2011年4月第1刷刊)で彼が提示した訳語(日本人への)「罪意識扶植計画」の方が、このWGIPというプログラムの陰湿さを見事に表現し、本質を突いていると感じる。
 というのは、お茶の水女子大学の教授であった藤原氏が、定年前の十数年間、専門の数学以外に、一年生対象の読書ゼミを担当していて、その時の経験談をこの著書に紹介しているのである。
 藤原氏は、そのゼミでよく新入生に「日本はどういう国だと思いますか」と尋ねた。それに対する彼女らの答は、「恥ずかしい国」「胸をはって語れない国」など、否定的な答が多かったという。その具体的な回答内容も紹介している。そこから分るのは、自分の国をおとしめる信じられないような、でたらめな偏向教育――日本は歴史を通じてずっと悪い国であったとする、「教育」という名前に値しない陰湿な「洗脳」である。

ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(26)

August 18 [Fri], 2017, 1:07
 今回から、この本最終の第五章「わが愛する日本よ、そろそろ『洗脳』から解放されよう」の紹介と感想に入る。
 この章は、これまでの四章を踏まえて日本に対して、こうあってほしいという著者の願いが書かれている。つまり、著者のこれまでの話を要約・おさらいしたうえで、それを踏まえての話となる部分がある。

 以下で、見出しの数字は筆者が勝手に連番で取った節の番号である。

  1.「宮刑」に処せられた日本

 著者は、まず、GHQが、国際法・国内法を問わず法律について素人ばかりのメンバーに作らせて日本に提示した「日本国憲法」の草案。その憲法第九条を取り上げる。アメリカによる日本占領政策の根底には、ルーズベルト前大統領による日本を二度とアメリカに刃向かうことのない国にしてやろう、それには物理的にだけではなく、精神的にも完全に武装解除しようとして徹底した、報道規制を伴うWGIP(罪意識扶植計画)がベースになっていて、GHQのマッカーサーがそれを実行した。この連載の前回(25)で紹介したとおりである。
 その30項目の報道規制の中には、「GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判の禁止」も含まれている(4月29日付、この連載の(3)ご参照方)。

 憲法九条では、戦争の放棄と戦力不保持をうたっている。
 著者も当初は、憲法九条の理念については、決して悪くない。こんな理想主義の憲法など、かつてどの国も導入したことがないのだから、もし守り切ることができれば、人類史上初の画期的な事例になるし、実験的にどこまでやれるかやってみるのも良いではないかと思っていた、と書いている。
 しかし、その後の世界は、当時と今とでは時代環境がすっかり変ってしまったと言う。典型的な例としてPRC(中華人民共和国)との関係を挙げている。PRCは日本から得たODA資金で、国内インフラを整備する一方で、浮いたお金ですさまじい軍拡を行なった。
 PRCには、日本は尖閣諸島で挑発され、小笠原でも好き放題やられ――これは小笠原諸島の近海(領海に近い排他的経済水域)で大量の中国漁船による珊瑚礁の絶滅を招きかねない珊瑚の乱獲をされたことなどを言っているのだろう。さらに、国際社会では、嘘ばかりのロビー活動でおとしめられているのに何も手を出せない状態になってしまった。
 そのように劇的に変化する環境を見ながら、著者は「やっぱり理想の実現は無理だ。日本は九条などにこだわらず、独自の力で、しっかりと国軍をもって、きっちりと自主防衛をすべきだ」という考えに変ったと言う。

 例えば、尖閣諸島問題、著者は言う。
 独立国であれば、自らの国土は自らで守る。尖閣諸島が日本領土だというなら、そこは日本人がまず、たとえ独りになっても、守り抜くと言うのが筋だと。アメリカ政府が「尖閣も守る」と言った言わないで、一喜一憂するようでは、尖閣は守り切れないと示唆する。筆者もそれは否定しない。
 著者はこうも言う。政治的に保守と言われる人の一部に垣間見える、アメリカへの「過剰な依存心」は不気味でさえあると。

 しかし、この点については、筆者も一言言いたい。
 筆者は、著者の人柄、日本への理解、日本をこよなく愛していることを信じている。そのうえでの一言である。
 アメリカという国家が日本国憲法の草案を作って、その中に戦争の放棄と戦力の不保持という大方針を盛り込んだ以上、日本人が、アメリカには日本を防衛する「道義的責任」があると考えることに何ら不思議はない。その覚悟なしに、他国の憲法の草案など作るべきではない。それが、多くの日本人の心情ではないだろうか。

 話を戻す。著者はこう言って話を続ける。
 ちなみに、アメリカの憲法は、制定以来、もう20回以上も改正されているという。有名な禁酒法の撤回、奴隷制度の廃止、女性の投票権などなど、時代背景の変化とともに必要になってきたことを認めたものだという。
 日本の環境も大きく変ったのだから、もっと柔軟に対応すべきだという。

 最後に、第1節の「宮刑に処せられた日本」という題名について補足する。
 「宮刑」とは、昔の中国などで行なわれた「刑」の一つで、男性の大事な部分を切り取って、相手をメス化し、恥と罪の意識を埋め込むものである。
 平和憲法の戦力不保持という選択を受入れた日本は、いわば、このようにして、男らしく戦う力を失わされたという意味での題名と思われる。

ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(25)

August 13 [Sun], 2017, 23:49
 見出しの数字は筆者が勝手に連番で取った節の番号である。

 13.日本を畏怖したアメリカによる
           強力なプロパガンダ

ここでは著者は、まず、日米戦の各激戦地での日本軍の信じられないような強さ、装備・兵力ではるかに優る米軍との戦いで日本軍の見せるすさまじい抵抗について書く。
 天皇皇后両陛下が数年前に訪問されたかつての激戦地ベリリュー島で一万人足らずの日本軍守備隊に五万人近い米国海兵師団が上陸したが、二三日で島を奪取できると、海兵師団は豪語していたが、実際には二ヶ月を要するほどのすさまじい抵抗に遭って、指揮官も解任されてしまう始末。
 硫黄島の戦いも同様で、米軍の方が全滅した日本軍よりも大きな死傷者を出しているという。硫黄島の戦いは数年前の八月頃に、NHKがたしかドラマ仕立てで描いていたが、島内の洞窟を手作りの抜け道(トンネル)で繋いで、敵の意表をついた行動ができるように工夫していた。守備隊長は中将クラスの人だったと覚えている。対する米軍は、筆者に沖縄戦の映像との混線がなければ、火炎放射器で洞窟ごと焼いてしまう戦術であった。
 その沖縄戦もこの本によれば、日本軍は全滅し、信じられない数の沖縄県民も命を落とし、アメリカ兵も大量に地を流したという。あるとき、ゴザ市のある地区へ、住所をもって人捜しに行った著者は、その住所がまったく見当たらず、地元の人に聞くと、「これは戦争が終るまでの住所だ。ここの住民全員死んでしまったので、この住所はやめようと、違う住所にしてるんだよ」と。
 住民全員が死ぬなんて、凄すぎると著者は書いているが、米軍の火炎放射器でやられたにせよ、報道で見る集団自決にせよ、筆者も著者と同感である。

 これを書いている途中、居間を覗いたら、季節柄、テレビで米軍による日本の中小を含む全都市および全国の鉄道網のB29やP51による爆撃や低空での機銃掃射の、主にアメリカに残されていた映像をNHKで放映していた。
 それによると、硫黄島の戦いは、米軍がここを日本本土爆撃基地として使うためだった。サイパン島からでは遠くて頻繁に爆撃できないからという。

 また、本土爆撃は当初軍事施設だけを狙っていたのが、指揮官がルメイ少将に替ってから無差別都市爆撃に変った。また、彼は、木と紙でできた日本家屋を効率よく焼くための改良(改悪)型焼夷弾も実験を重ねて開発したという。
 要は、非戦闘員(一般市民)もB29の爆撃やP51の低空機銃掃射の対象となり、日本中の大都市、さらには、中小都市も空襲され尽くした。
 次は全国の鉄道網を爆撃したり、超低空飛行で機銃掃射したという。機銃掃射は相手が小学生・中学生であっても容赦なく行なわれた。
 爆撃・機銃掃射などの空襲での全国での死者は数十万人にのぼったという。

 以上は8月12日夜のNHKテレビの話である。

 話をこの本に戻す。

ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(24)

August 12 [Sat], 2017, 17:01
 見出しの数字は筆者が勝手に連番で取った節の番号である。

 11.アメリカ人は日本のことを
        あまりわかっていない

 この本の著者の文章を素直に読むと、アメリカの世界地図では、アメリカ大陸が地図の一番左端に書かれ、その右には大西洋、ヨーロッパやアフリカが書かれ、その先にロシアや中東、そしてインド、東南アジアが書かれていて、そのずっとずっと右――地図の右端に日本が書かれているという。
 その地図の感覚からすれば、日本を太平洋の対岸の国とは意識していないアメリカ人が多いのかもしれない。残念なことである。

 しかし、アメリカほどの超大国が自国を世界地図の中心に書かないとは、にわかには信じがたい
 米日航路や米日航空路を考えれば、船も飛行機もアメリカから太平洋上を西に向かって進むだろうから、太平洋の両岸を俯瞰できない地図など役に立たないはずである。

 そこで、幕末浦賀に来た黒船――ペリー艦隊は太平洋を横断してやってきたのか、それともアメリカ東海岸から大西洋、アフリカ南端の喜望峰、インド洋を回ってやってきたのか。ちなみに、スエズ運河もパナマ運河もこの時点では開通していない。
 広辞苑でぺりーを引くと、こうある。
 「アメリカの海軍軍人。1853(嘉永6)年日本を開港させるため、東インド艦隊を率いて浦賀に来港、大統領の親書を幕府に提出。・・・」とある。アメリカからの航路こそ書いていないが、「東インド艦隊」とあるからには、アメリカ東海岸から東へ東へとはるばる航海してきたのであろう。

 思いつく有名な航海家を広辞苑を百科事典代わりに調べたが、大航海時代と言われた16世紀でも、太平洋を東から西に航海したのは、ポルトガル生まれのマゼラン(マゼラン海峡〜フィリピン)ぐらいであった。

 ともあれ、アメリカが西の端に書かれた地図の感覚からであろう。地図からこぼれ落ちそうな、はるかな東の果ての国というのが日本に対するアメリカ人の感覚で、だからFar Eastすなわち極東と呼ぶという。
 あのマルコポーロも辿り着けなかった日本は、伝説の国、神秘的な国、神話に近い国であり続けたという。

 その、よく分らない国が軍国主義に走ってアジア全部を取ろうとした。軍国主義の日本の根源にあるのは「天皇崇拝」だと誤解した人が多かったり、日米戦争での経験から、日本人の国民性についての誤解も大きかったという。

ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(23)

August 10 [Thu], 2017, 21:05
 見出しの数字は筆者が勝手に連番で取った節の番号である。

  8.戦後の国際情勢を予言していた東条英機の遺書

 この節の前半では、1941(昭16)年9月に東条内閣が成立した経過と当時の内外の情勢を述べる。
 平和を願った昭和天皇と東条英機との信頼関係。しかし、東条内閣になって提出された資料では、このままでは1942(昭17)年4月までに、日本国内で1000万人の失業者が出ると予測されたという。
 石油をはじめほとんどの資源の輸入が米、英、オランダによって止められている実態の中では、東条内閣であろうとなかろうと、独立国家日本は、実力で資源を取りに行く以外何一つ方法がなかっただろうと著者は言う。
 また、著者はこうも言う。東条さんをはじめA級戦犯の人々はあくまでも当時の日本の国内法に従って、開戦の手続きを行なっており、独裁専制的な政治手法で何らかの政策を推進したことは一度もなかった。法的な間違いはまったくなかったと。
 東条英機の遺書には、アメリカの最大の間違いは日本と戦ったこと。このあと、世界には共産主義がどんどんはびこってくるだろうが、日本はその防波堤になっていたのだと。それを壊したのはアメリカだぞと。
 東京裁判の後、米ソ冷戦の本格化や朝鮮戦争の勃発などの現実を見た後に、アメリカはようやく日本の立場を理解し、マッカーサーが後に、「日本の戦争は安全保障のためだった」と認めたという。
 A級戦犯と言われる人たちは、すべて意図的に作られたワルであって、ナチス・ドイツのように、国内法・国際法を無視して独裁に走ったあげく、ユダヤ人大虐殺という人道上の罪を犯したドイツの戦犯とは、似ても似つかないものだと言い切っている。
 その事実を隠したのは、GHQであり、WGIP(日本人への罪意識扶植計画)であるが、今の時代は何でも自分の力で調べられるので、是非自分の力で、自分にかけられた洗脳を説いてくださいと、この節を結ぶ。

ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(22)

August 09 [Wed], 2017, 19:29
 見出しの数字は筆者が勝手に連番で取った節の番号である。

  5.日本の視点から考える

 前回から九日も経ってしまった。前回前回の内容を要約すると、次のようになる。
 当時のアメリカ大統領ルーズベルトがソ連のスターリンと約束した世界二分割統治計画の実現のため、また、1929年の大恐慌の後も停滞したままだったアメリカ経済の回復のためにも、戦争を欲していた。
 彼は、ドイツに様々な挑発を仕掛けたが、ヒトラーは乗ってこない。そこで、日華事変中の日本に対して、中国を様々な形で支援するなど、敵対行為を行ない、日本を戦争に引込もうとした。日本もそれに気づいて、それをやめさせようと、1941(昭16)年1月から1年近く、アメリカと交渉した。アメリカは日本の譲歩案をことごとくはねつけ、最終的にはハル国務長官が、日本がとても受入れられない内容の、有名な「ハル・ノート」を日本に手交した。
 ルーズベルトはこれを事実上の宣戦布告だと認識していたという。
 以上が、前回の要約である。

 この間の事情がこの節では、明確に書かれている。中国戦線ではアメリカだけではなく、イギリスも、さらには日独防共協定締結前のドイツも、中国における利権の確保・拡大を狙って、国民党軍に対して武器弾薬と財政支援、戦術指導、さらには直接戦闘指揮まで行なっていたという。

 米英ソによる蒋介石の国民党軍を物資輸送などで支援する「援蒋ルート」の一つ、現在のベトナム(当時のフランス領インドシナ(仏印))経由の仏印ルートについては、日本はフランスのヴィシー政権の公的な了解を得て国際法を遵守して合法的に軍を進駐(仏印進駐)させた(広辞苑によると北部仏印進駐が1940(昭15)年5月)。
 しかし、アメリカはこの合法的な仏印進駐に文句を付けてきた。日本は国際法上合法的な日本の仏印進駐に対して、アメリカが文句を付けるとは、想定していなかった。アメリカは日本に対する屑鉄の輸出を禁止するなど、次々に対日経済制裁を強めていく。

 米英ソによる「援蒋ルート」で、仏印ルートの次に日本が狙ってくるのは、ビルマルートであろうとアメリカは予想した。
 アメリカは、そのビルマルートの上空支援任務のため、中国空軍に多くのアメリカ人パイロットと整備士、そして100機もの戦闘機を密かに送り込んでいたという。米軍のこの作戦行動――フライング・タイガーと呼ばれる――は、戦時国際法上、第三国が援軍を送り込んではならないという中立義務に違反しているという。武器などの物資の支援は許されるが、援軍による支援は許されないからであると。
 ここで、第三国というのは、日華事変という日本と中国の紛争に対して、その当事国ではないアメリカを指す。つまりは、国際法上合法的な日本の仏印進駐に対して、アメリカは、国際法上違法なフライング・タイガー作戦で対抗してきたわけである。

 仏印進駐にアメリカから文句を付けられた日本は、あわてて、上記の、前回要約のとおり、1941(昭16)年1月から対米和平交渉を始めたわけである。
 しかし、アメリカは、なかなか良い返事をしないばかりか、日本の努力にもかかわらず、対日経済制裁をどんどんと強化してくる。そして、結局、対日石油禁輸措置に進む。エネルギー資源のない日本には、これは「死ね」と言われているも同然で、開戦まで一直線。
 昭和天皇も日本政府もなんとか戦争を避けようと努力するが、ルーズベルトから見れば、日本の案を受入れる気はまったくなく、ひたすら、日本を挑発して戦争を起こさせようと、日本の一撃を待ち続けていたわけであった。日本はルーズベルトによって戦争に追い込まれた。と同時に、アメリカもまた、彼によって戦争に引きずり込まれたといえると著者は言う。

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ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(21)

July 30 [Sun], 2017, 0:06
 第四章「わが祖国アメリカよ、いつまで『反日プロパガンダ』を続けるのか」の紹介と感想に入る。
 最初の4つの節は第二次世界大戦のうちの日米戦争はなぜ始まったかである。
 なお、数字は筆者が勝手に振った節の連番である。

  1.ルーズベルトとスターリンが夢見た
              「世界二分割統治計画」

 著者は、日米両国を愛する立場から、なぜ日本とアメリカがあのような戦争をしたのか、ずっと疑問だったという。そして、最近幾つもの歴史書を読んで、それが、意外な形で解けたという。
 結論から言えば、開戦当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトがソ連のスターリンと共謀して、世界を米ソ二国で分割支配する約束をしたという。第二次大戦までの世界の大国といえばアメリカ、イギリス、ソ連だったが、煙たいイギリスのチャーチル首相抜きで話し合い、米ソだけが第二次大戦の勝ち組になるようにした。それはルーズベルトとスターリンは「同志」だったからという。
 具体的には、ドイツの占領についても、アメリカはソ連軍が東半分を取るまで、進軍の速度を緩めて待ったことが明らかになっているという。

 日本にとって幸運だったのは、ルーズベルトが1945年4月12日に病死して、トルーマンが副大統領から大統領に昇格したことだそうである。
 トルーマンはドイツに進駐してきたソ連軍のやり方、その暴虐性を見て驚いたのか、ルーズベルトのときにつくった米ソ英仏中による日本分割統治案を無視してアメリカ一国で日本をすべて占領することにしたという。
 これに対して、ソ連は日本がポツダム宣言を受託する直前に対日参戦し、8月15日の受託後も日本に対して激しい攻撃を継続して北方領土などを占領したという。そして、北朝鮮と中国大陸をソ連が確保し、韓国、日本、台湾をアメリカが抑えたのであった。
 第二次大戦が終ってしばらく経つと、日本が白人国家を相手に堂々と戦ったのを見た、東南アジア・インド・中東・アフリカなどの地域で独立の機運が高まり、イギリスは次々に植民地を失って、小さな島国になってしまったという。一方アメリカは現在のような超大国になった。

  2.戦前から日本本土爆撃と占領計画を立案

 話は遡る。日本の真珠湾攻撃の遙か以前から、ルーズベルト大統領は日本を戦争に誘い込む謀略を行なってきた。それが徐々に明らかになってきたという。

 1940(昭15)年10月、ルーズベルトは米海軍情報部極東課長からの対日戦略提案書をただちに承認した。それには、中国の蒋介石政権への大量の支援や、米英による各種資源の対日禁輸、オランダ領インドネシアから日本へ石油を輸出させないなど――資源のない日本を対米戦争へと追い詰めるための謀略が書かれていたという。
 ルーズベルトの謀略はさらに次のように続く。
 1941(昭16)年2月、日本政府が対米和平交渉を行っている最中に、戦争で日本を降伏させた後に、日本をどのように統治するかを研究する特別チームを発足させた。
 1941(昭16)年7月、「対日爆撃計画」に署名。これは中国本土から日本への長距離爆撃計画であった。
 著者は、これら数ヶ月おきの一連の計画承認や、また、当時の大統領補佐官の証言が、ルーズベルト大統領が強い意志で日本を戦争へと追い込んだことを明らかにしていると述べている。

  3.経済政策としての戦争

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ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(20)

July 26 [Wed], 2017, 0:49
 いよいよ第三章最後の第11節〜第14節の紹介と感想に入る。数字は筆者が勝手に振った節の連番である。テーマは沖縄反基地運動の実態である。

  11.資源の宝庫で戦略的拠点、沖縄を狙う中国

 PRC(中華人民共和国)が沖縄県の尖閣諸島を自国領土だと言いはじめたのは、K・ギルバート氏のこの本によれば、1971年であり、そう言い出した理由は1968年に国連の東シナ海の調査で、尖閣諸島周辺の海域にイラクやクウェートの埋蔵量に匹敵する原油埋蔵量があると明らかになったからだという。
 筆者の感想としては、これは、PRCの常套手段で、複数の国々が領土権を主張しているスプラトリー諸島(中国名:南沙諸島)でも、やはり石油を狙って、正当な根拠なく自国領土だと主張して、飛行場などの軍事施設を建設したりしたことは、日本でも報道されていた。
 進駐軍撤退後も日本の世論指導層(政治家・教育界・マスコミ)の間で引き継がれた、GHQの報道規制の「中国への批判の禁止」に関わらずである。さすがに、ここ一、二年のごく最近のことだけに、報道各社も目覚めたのであろうか。
 また、沖縄はアジアの主要都市までほぼ4時間半で飛べる戦略的に重要な拠点である。それは、現に駐留している米軍や日本だけでなく、PRCにとってもそうであると著者は言う。
 ちなみに、こうしたことを研究する学問を地政学といって「沖縄は地政学的に重要な土地だ」と表現するという。

 ともあれ、そんなアメリカに対して正面切って喧嘩を売れないPRCは、沖縄の政治にうまく入り込み、内部分裂戦略を採るようになっているという。

  12.「日当二万円+送迎弁当付き」の
                 沖縄反基地運動

 この節で著者は、現在の沖縄経済は米軍基地と密接に結びついていること。もし、沖縄から基地がなくなったら、現実問題として、地元経済は一気に冷え込んで失業者が溢れることは間違いないこと。日本政府は沖縄の地政学的位置づけから、米軍の展開のために基地は必要不可決と考えていること、他府県と比べて負担を大きく抱える沖縄に対して、歴代の日本政府が多額の振興予算を投じてきたこと。アメリカも世界戦略の要として沖縄を見ており、沖縄には、日本政府からのより厚い支援を求める以外にないとしている。

 にも関わらず、沖縄では反基地運動がますます盛んになっており、その背後にPRCの影が見えかくれするという。
 2014年に翁長知事誕生以来、辺野古への海兵隊移設反対運動がヒートアップしている。その運動の過激さは、著者の書いている内容からは、急進的左派や暴力的過激派によって、賛成派への脅迫や、アメリカ兵とその家族への攻撃など、刑法犯罪になりそうな事例もあるという。
 「夕刊フジ」での、ある公安関係者の証言では、急進的左派のなかには、沖縄県民以外の人間が約1000人もいて、中国人工作員とみられる人物も確認されていること。彼らは、辺野古移設反対闘争を「日米同盟分断」「安倍政権潰し」の最大のチャンスとみて動いているという。

 実際に多くの沖縄の県議がPRCに抱き込まれているともいう。
 なお、この節の題名にある「日当二万円+送迎弁当付き」というのは、著者がそういう噂もあると紹介している反対運動専門に雇っているサクラだという。ときには、このサクラに日当以外にバスでの送迎や弁当もつくことがあるとのこと。この噂が本当だとしたら、PRCが資金を拠出していると見てよかろうという。

 沖縄はPRCによる間接的侵略を実際に受けていると言っても過言ではないと結ぶ。

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ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(19)

July 18 [Tue], 2017, 2:29
 続いて第三章の第8節〜第10節の紹介と感想に入る。数字は筆者が勝手に振った節の連番である。

   8.弾圧して殺害した自国民の臓器を売買

 この節の前段では、PRC中央政府が関与した流血事件に触れている。その最初は、毛主席晩年の1966年から10年間の文化大革命である。著者は少なくとも数十万から数百万人が殺害されたという。
 次には、1989年に発生した天安門事件である。民主化運動を行った学生たちが、無差別発砲許可を受けていた中国人民解放軍によって、少なくとも1000人以上殺されたという。

 後段では、2000年代に起きた「法輪功」弾圧と、臓器売買の話を書いている。
 ちなみに、ネット情報によると、法輪功は気功団体の一つ。1990年頃に吉林省出身の李洪志(1951〜)がアレンジし、宗教的な教えを加えて独自に体系化したという。それが、全国的に広まった背景には、社会保障制度の不完全さなど、中国社会の問題があるという。

 この本によると、1990年代には共産党政府内でも、それほど問題にされていなかったが、法輪功は大きくなりすぎたという。その意味は、中国歴代王朝では、新興宗教団体が大きくなって、それが革命につながった例が多いので、当局が警戒したのだろうという。1999年江沢民政権になって、すさまじい弾圧が始まったという。
 法輪功の活動家として逮捕され、拷問された多くの人間が、その後に殺害され、その臓器が外部に売却されたというのである。カナダ国務省の元アジア太平洋担当大臣と弁護士のチームが調査した結果の報告は、この事実をほぼ認めている。国際連合の拷問特別調査官のM・ノーワック氏の調査による指摘は、中国国内の臓器移植件数が1999年より急激に上昇しているが、それに相当するだけのドナーは存在しない、である。

   9.恐るべき「環境汚染」「食品偽装」「核汚染」

 この節の、題名どおりの三つの汚染について順に紹介する。

 一つ目の、環境汚染は、空気汚染と地下水の水質悪化の話である。
 まず、空気汚染度を六段階に塗り分けた地図があるといい、それを日中で比較している。
 日本は、1段階目(緑色=優)と2段階目(黄色=良)しかない。対して、中国では3段階目(橙色=軽微汚染)、4段階目(赤色=軽度汚染)、5段階目(紫色=中度汚染)、6段階目(茶色=重汚染)までの地域が大量に表示されているという。 
 中国で空気汚染の酷い原因を著者は次のように書いている。
  ・エネルギー資源として石炭を大量に使用する。
  ・煙を排出する工場や自動車等の環境対策が
   ほとんどできていない。
 ただ、この問題はPRC指導部も何とかしなければならないと考えているようである。

 次に、地下水汚染については、そのせいで、他の地域よりがん患者が多発している「ガン村」が200以上あって、がん患者の発生率はすさまじいようだという。これについてもPRC政府の環境保護部が発表した環境計画書が原因も含めて次のようにきっちり報告しているという。
 (原因)
  ・生活排水や工場排水の垂れ流し
  ・農薬の地下水への浸透 など

ケント・ギルバート著「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」の紹介・感想(18)

July 15 [Sat], 2017, 23:04
 第三章の第4節〜第7節の紹介と感想に入る。数字は筆者が勝手に振った節の連番である。

   4.今では中華人民共和国(PRC)も
               歴史から学べない

 この節は最初に、PRCが建国直後の1950年代から母国語の記述に使う漢字を「簡体字」と呼ばれる簡略な文字に変更したことを述べる。一方、PRCは政権トップが変るたびに、前政権のトップに近い政府高官を次々に汚職容疑で逮捕したり、昔も今も汚職と権力闘争が激しいという。そのような恥ずべき過去を誤魔化したり、否定し続けてきた結果、「簡体字」への変更による自国の歴史書をほとんど読めなくなったことと相まって、彼らは本当の歴史がどこにあるのか分らなくなっている気がするという。

 ところで、PRCは先の戦争中、日本軍が中国の村や町を略奪し人民を虐殺したと言っている。しかし、著者の知合いのジャーナリストが、日本陸軍の元兵隊で南京に向かって進撃した人に直接取材した話を紹介している。兵士はこんな風に話したという。
 上海から南京までずっと歩いて行くと、途中に村がいろいろあるが、村人の大半は早々に逃げてしまっており、家の中をのぞいても、どろどろに汚れ、壊れかけた食器や、干されている洗濯物の服もぼろぼろで、布団にも虫がわいていて、臭くて仕方なかったと。
 30キロぐらいの装備を担いで進軍する疲労困憊(こんぱい)の日本兵が、こんなところで略奪などするわけがないと著者は兵士の話に説得力を感じたという。

   5.毎回増え続ける数字には何も根拠はない

 この節のテーマはいわゆる「南京大虐殺」である。重要なのは、日本兵が婦女子も含む30万人もの一般人を、どうやれば数週間で殺せるのかという一点だと著者は言う。そもそも日本軍が攻略した時点で、南京の人口は20万人しかおらず、戦闘終了数週間で秩序が回復して、周辺から難民が戻って25万人に増加したのだという。
 その人数を最近PRC側は「いや被害者数は40万人だった」と言い出したそうだと書いている。
 南京だけの話ではないが、国民党政府は終戦後、日中戦争における軍民の犠牲者は約440万人だと言った。ところが、PRCは1950年代に、それを1000万人と言い出し、江沢民は1995年に軍民犠牲者2100万人(負傷者を含めると3500万人)と言い出したという。
 これらに対する著者の回答は、節の題名のとおりである。

 そういえば、中国には「白髪三千丈」という言葉もあったな、誇張がすごいんだと思い出す。

   6.ファシスト国家が「反ファシズム」
                 とは笑わせる

 この節は2015年2月の国連安全保障理事会のある会合でのPRCの王毅外相の日本を非難する発言の「反ファシズム戦争・・・云々」を冒頭にあげて、たいへんファシスト的なPRCが引き起こしてきた「ファシズム戦争」の歴史を書く。

 その最初は朝鮮戦争に参戦したPRCが国共内戦で捕虜にした国民党軍の兵士達を先頭に立てて、地雷原を踏ませて進んだという、普通の人間なら信じられない残虐非道な作戦の話。
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