お年玉くじのこと

January 20 [Sat], 2018, 23:49
 年賀状の話題のついでである。年賀葉書を見ると、今年のお年玉くじの抽選は14日とあった。抽選のテレビ中継は見落とした。日曜日なので夕刊はなく、新聞発表は明日だと思っていた。
 ところが、新聞発表ではないが、ネットニュースで時事通信社から当選番号の発表があり、その内容を紙にコピーできた。150枚近く受けた賀状で、ドンビリの三等賞がたった5枚だけ当った。でも当選率にすれば3.3%、そう悪くはない。

 ふと中学校時代の年賀状のお年玉くじのことを思い出した。級友や先生や親戚という狭い範囲ではあったが、年賀状のやり取りをした。多くても20数枚――30枚にいかなかっただろう。そのうちのある一年、幸運にも7枚ぐらいお年玉くじに当ったことがあった。
 記憶では、当時は7等まであって、当った大部分は7等だったが6等以上も当った。計算しやすいように例えば28枚もらって7枚当ったのであれば、4枚に1枚――当選率25%と驚くばかりの高さである。
 その時の印象的だった賞品は、かなり上位の等で、プラスチック素材の正多面体の貯金箱であった。正五角形の面でできた、各面にひと月のカレンダー、全体で一年12ヶ月分のカレンダーが印刷されたものだったことまでは覚えている。
 ということは、正五角形の面が12面――つまり、正十二面体ということになる。そんな立体があるのか?
 ネットで「正多面体」とか「正多面体の展開図」というのを検索したところ、確かに正十二面体はあった。一面は記憶どおり正五角形だった。展開図は糊しろも書かれていて、一枚の紙から作れるようになっていたが、厚紙にそれを作図する方法は思いつかない。正六面体の、正方形の面が6面のサイコロのような簡単な展開図ではない。正十二面体の話はここまで。
 ともかく、お年玉くじ大当たりのこんな経験は後にも先にもこの年かぎり。

 時代も「古き良き時代」であった。現在のように個人情報がどうなど、話題にもならず、クラスの住所録も先生だか誰かだかからもらった。住所録の悪用など思いもしない伸びやかな時代であった。

 中学卒業後何年か経って、学年全体の同窓会を実施してくれる同級生が現れた。以後、学年全体の同窓会幹事は輪番制で、これは誰か特定の個人に負担が集中しない、いい智恵であった。毎回の幹事が出席者の自宅の住所を書いた名簿を出席者に配った。とともに、毎回、次回の幹事をあらかじめ相談して決めたりするグループもできていった。

トラブル続きの年賀状(3)

January 16 [Tue], 2018, 1:48
 12月24日(日)、従来使ってきたEXCEL住所録をWORDで読み込もうとすると、「インターネットに接続・・・云々」と出て読み込めず、賀状の表書きがパソコンではできない。取りあえず、女房と連名で出す20枚ぐらいの表書きは手書きで書いた。この住所録は秋に印刷していたので、それを見れば良かった。
 しかし、わずか20枚にたいへん時間がかかった。これでは残りの百枚近い表書きは気が遠くなる。
 一方で、たまたま、早稲田のビジネススクール(WBS)の同期の仲間の名簿ファイルを、従来のEXCEL住所録とは別にデスクトップに保存していたのに気づいた。この分は、久しぶりのWORDでの宛名印刷のやり方も何とか思い出してできた。
 残りの大多数の宛名書きは、従来の名簿全体を復活することに挑戦するしかない。今は読めなくなった従来の住所録ファイルを、すべて手入力で改めて復元するのである。

 幸い、郵便番号変換がATOKの日本語変換ででき、郵便番号・住所欄は面倒な部分が簡単に正確に書けるのでずいぶん助かった。
 EXCEL住所録は、どこで知り合った人かとか、差出人を夫婦連名にするかで、別々のシートに書いている。シートのタブに「当方連名」とか「中学・高校」とか「大学」とか上記の「WBS」とか、「俳句仲間他」、「勤務先1」、「勤務先2」などと名前を付けて分類している。この内、「勤務先1」、「勤務先2」で知り合った人の数が圧倒的に多い。数の少ないタブから名簿ファイルを復活していった。それは24日だけでは無理であったが、25日には何とかできた。

 但し、氏名・連名宛名、郵便番号、住所までである。電話番号や過去の賀状の送受記録や備考欄などまでは復活できず、未記入のままである。
 この日には、最寄りの郵便局へ午後から夕方にかけて三回、年賀の束を持ち込んだ。25日に持ち込めば、元旦に届けてもらえると何年も前から聞いていたからである。きっと今もそうであろうと。
 二回目の持込みの時、最終受付時間を尋ねて、三回目に行ったら、中の葉書自動販売コーナーと主事務所の間はガラス戸にカーテン。カーテンはあったが、局員の顔がこちらを見ている。年賀状をガラス戸越しに見せて受取ってもらった。その時間は集配車がこの日最後に郵便物を集めに来る時間直前であった。

 この苦労話の芳しくないエピソードはまだ他にも少しある。

 白紙と間違って賀状面の図案を二重印刷して年賀葉書を10枚ぐらいムダにしてしまい、そのうえ、新しい年賀葉書を10枚買ってしまった二重のミス。これは、手数料を払ってムダにした葉書を交換してもらえばよかったのである。
 なお、この使えなくなった二重印刷分は、今日までに1枚当り手数料5円+普通葉書と年賀葉書の値段の差10円=15円を払って普通葉書6枚と、残額で切手数枚に交換してもらった。でも、よく考えると、あまり使うことの少ない葉書や切手を結果として余分に買ってしまったわけである。

 名簿の完全復活は、今日現在もまだできていない。上述の電話番号や過去の賀状の送受記録や備考欄などは、どの分類のシートでも、ほとんど未記入のままである。

トラブル続きの年賀状(2)

January 14 [Sun], 2018, 1:26
 このたびの年賀状書きの準備は、12月下旬に始めている。11月下旬から喪中欠礼の葉書がちらほらきていたが、まったく手を付けられなかった。例年なら賀状面の検討など11月中旬には始めて、下旬にはその案がほぼできているのに。
 
 それでも、12月12日に紀伊國屋からのメール案内で、ポイント5倍と名打った年賀状の本2冊をぱらぱらと見ている。しかし、2冊どちらにもこれはと思える絵はなく、諦めて帰ったままである。

 21日になってさすがにあわてて、夜7時に年賀状図案集を買った。
 一つには、女房の賀状用には例年、エプソンからのメールの賀状特集案内から干支にちなんだ絵を選んでもらって使っている。ところが、それをうっかり忘れて一週間も経った。一週間も経つと、そのメールを探すのが、大変である。

 ここで、少し脱線して、その大変である理由を述べる。
 Windows7の頃は、メールの画面にアカウント、フォルダー、件名が横一列に表示されていた。メッセージ内容は、件名をクリックして見られる。メール件名とフォルダーが並んで表示されていてこそ、そのメールを適切なフォルダーに移動できるのである。エプソンとの送受信メールなら、「エプソン」という名前のフォルダーを作って、そこに入れる(移動させる)。必要なときにそのフォルダーを開けば必要なメールを探し出せた。

 ところが、Windows10の「メール」ソフトでは、メール画面に通常ではフォルダーが表示できない。あえてフォルダーを表示させると、今度はその他の項目が欠けて、思うように操作できない。
 「エプソン」フォルダーを「検索」すればいいのだろうが、幾つかのフォルダーに順に当ってみる場合にはずいぶんと手間がかかる。
 いっそ、Windows10の「メール」をやめて、シェアウェアのメールソフトに切り替える手もあるが、これまでの送受メールを引き継げるかの不安で二の足を踏んでいる。
 脱線はここまで。賀状の話に戻る。

 その年賀状図案集から選んでもらって女房の分の賀状面のファイルはできた。ところが、印刷の場面で、白紙の葉書をセットした「上トレイ」が指定できず、さらに突然Windows10のUpdateを要求された。それが、ここ二三ヶ月続いているシャットダウントラブルと重なって、Windows Updateもどうなったか分らず、再起動を要求されても、再起動できず、「強制再起動」を選んでも上手くいかず、どんなに長くても小一時間とは掛からないはずの印刷も、プリンターの不調が続いて何時間もムダに過ぎるばかり。結局強制シャットダウンさせるしかなかった。

 22日も、葉書用の上トレイが指定できない状況は続いたが、試行錯誤の中から、下トレイをプリンターから外してしまうと上トレイが選べると分った。しかし、プリンターが上トレイの葉書を認識できないことが何度もあって困った。これは、上手く印刷できたときの葉書を原稿台に載せて、白紙の葉書に必要枚数コピーすることで解決できて、一晩越しに全部で20枚の賀状面の印刷が終った。
 女房と連名で出す賀状と筆者単独名の賀状とは、女房が取りあえず買っておいてくれた年賀葉書だけでは枚数が足りない。

 翌23日(土)は天皇誕生日の祝日。それは忘れていたが、夕方になって土曜日で郵便局がもう閉まっていると気づいた。駅前で郵便局員が年賀葉書を売っているが、女房に、土日祝は売っていない、駅前の切符や葉書の安売り屋で買えばいいと教えられて、買い足した。でも、賀状印刷にかかる前の息抜きにちょっとと思ったパソコントランプの一人遊びに熱中して夜更かし。

              (以下次回につづく)

トラブル続きの年賀状書き(1)

January 13 [Sat], 2018, 0:49
 年賀状の季節も終った。年賀葉書の下、お年玉くじの番号の上に次のような注意書きが書かれていることに最初は気づかなかった。
 「12月14日以前、1月8日以後は10円切手を貼り足してご使用ください」
 切手面を見ると52円である。なぜ10円足たさなければならないのかと不思議に思った。定形の封書は82円、葉書は52円のはずと思い込んでいたのだが、いつの間にか、葉書は62円になっていたらしい。そのうえで、年賀状の時期を昨年12月15日〜今月7日と設定して割引値段にしているらしい。
 定形の封書の方は先日82円切手貼付のものを問題なく受取っている。1月7日の消印であるが、特に「年賀」という朱印があるわけではない普通の封書である。上記の割引は、年賀葉書に限っての、郵政省が決めた年賀の期間だけの割引ということのようである。

 それはさておき、今年の年賀状書きについては、様々な苦労があった。その話が今回の主題である。

 実は、例年だと筆者は11月には年賀状の絵というか図案を完成させ、そこには手書きのコメント用の余白を作り、その後、パソコンで住所録から宛名書きし、前年の相手先からの賀状の近況記述などを見ながら、一人一人個別にコメントを書いていた。

 ところが、今回の賀状書きは、11月も12月もけっこう多忙で、賀状書きに準備にかかったのは、大幅に遅れた。昨年の日記を要約するとこうある。
12月18日(月)この一ヶ月ぐらい一月末の大寒の頃並み
     の気温が続き、万歩計は千歩未満の日が続
     く。
12月21日(木)年賀状図案集を買う。
12月23日(土)年賀葉書買う。
12月24日(日)従来使ってきた住所録が読めず、印刷し
    てあった前年の住所録から改めて復元するし
    かなく、それに挑戦した。
     幸い、郵便番号変換ができ、郵便番号・住
    所欄は面倒な部分が簡単に書けるのでずいぶ
    ん助かった。
12月25日(月)最寄りの郵便局へ午後から夕方にかけて
    三回年賀の束を持ち込んだ。25日に持ち込め
    ば、元旦に届けてもらえるのである。

 以上に関して、詳しい話は次回に譲る。

池井戸潤著「民王(TAMIOU)」の紹介・感想

December 20 [Wed], 2017, 0:23
 文春文庫である。12日夕に読みかけて、13日夜から日付が変るのも気にせず、午前3時に読み終わった。本のカバーの裏表紙側に解説者の書いた「一気読み間違いなしの政治エンタメ」のとおりである。
 本にはさんでおいたレシートには12月6日(水)16:31喜久屋書店となっている。この日は出先から夕方最寄り駅に戻って近くの喜久屋に寄って買ったのであろう。買ってしばらくは読まなかったのである。
 なぜこの本を買ったのか、はっきりした記憶がない。紀伊國屋からのお勧めメールか?それは探してみたがなかった。喜久屋で本の簡単な紹介が書かれていたのか、巻末の解説を拾い読みしたのか。間違いないのは、本体価格660円+税という安さが気軽に買い、すぐには読まなかった理由であろう。

 本の左上端の縦書きの大きな題名を見た一瞬、「民主」と書いてあると勘違いした。よく見ると「主」に「、(てん)」がない。「民王」である。この大きな漢字の題名のすぐ右に、その八分の一ぐらいの大きさの青い横文字「TAMIOU」が書かれている。「民王」は著者独特の造語であろう。
 筆者は、この著者池井戸潤を知らなかった。本の帯封に「半沢直樹」シリーズとして四つの本の題名が書かれている。池井戸潤を知らなくても、読んだことがなくても、半沢直樹という名前だけは記憶があった。ベストセラーだったのだろう。

 さて、本題である。武藤泰山首相、そのバカ息子の大学生翔、この二人の心と身体が何者かによって最先端技術で入れ替えられてしまう。選挙で票を集めなければならない首相と、就職活動で成果を上げなくてはならない大学生。心と身体が入れ替わって、泰山は就職の面接に臨み、翔は国会答弁はじめ首相の職務をこなさなければならない。翔はスタッフから答弁書を受け取るが漢字を読み間違う。表面的には麻生総理をモデルにしているが、この本の狙いは、そこにはなく、総理になった翔も、就職の面接に臨んだ泰山も、心ならずも正論を述べてしまう。

 一言で言えば、本当に痛快なエンターテインメント小説である。どう表現したら良いか、筆者はこれ以外の言葉を思いつかない。代りに解説者のピッタリの言葉を借りよう。
 親子の心と身体が入れ替わった結果、互いに「守るべきものを持たないが故に堂々と正論に基づいて走り始め、彼らの正論が、所属組織のエゴやその小さな世界の論理だけに従っている者たち(その結果として多くの者を不幸に陥れていることには平気で目をつぶる者たち)をなぎ倒していく様は、実に痛快だ。勧善懲悪のチャンバラを観ているかの如き爽快感がある。」

 この本「民王」について、さらには、著者池井戸潤氏の著書についても、解説では、興味深いことが書かれている。この本を読んでみるかどうか、本屋でこの本の巻末の「解説―ー有権者必読の書」(文庫本8ページ分)を拾い読みされるのが得策だとお勧めする。

俳句の先生の添削のすばらしさ

December 17 [Sun], 2017, 1:55
 どこの俳句教室の先生でも、受講者が作った句について、作者の言いたいことをピッタリとした表現に直してくれる。俳句が詩である以上、リズムが命であるが、直してもらった句は、なめらかなリズムになっている。
 それやこれやで、筆者はいつもながら、俳句の先生は言葉の魔術師ではないかと思うのである。

 過日、筆者はまさにそんなケースに出合った。先生の添削のすばらしさを共感してもらえたらと紹介する。状況の説明も書くので、長文になるが、ごめんなさい。

 それは、俳句教室の「吟行」――どこかへ出かけて句を作る行事のこと――で長岡京市(京都市の南)の光明寺という寺に行った11月19日のことである。なお、光明寺のいわれについては、参考までに最後に記す。
 筆者は二句を添削してもらった。なお、添削してもらっても、それは筆者の句である。

 一句目は次のとおりである。季語は紅葉で秋(晩秋)である。
 <元の句>参道に紅葉低枝(ひくえだ)延べ誘ふ
 <添削句>参道に低く延べたる紅葉の枝(え)

 元の句に対する先生のコメントはこうであった。これでは『参道に誘う』ことになってしまうと。
 筆者は思った。ええっ!! そうなってしまうの?『参道に誘う』というより、紅葉が低い枝を「参道に」延ばして、参詣人を誘っていると感じてそれを句に表わしたつもりであった。
 しかし、肝心の紅葉が(参詣)人を誘うということが読み手に伝わらず、『参道に誘う』だけが残っている。単純にそうとだけ取られてしまうのか?
 なるほど、句には「誘ふ」はあるが、「人を」が一切表現されていない。

 添削句では、光明寺への参道に紅葉が枝を低く延ばしている情景だけを描いている。
 では逆に、人を誘っていると感じた作者の句の意図は、添削句で読者に通じるのだろうか。少し不安がある。
 ただ、そのことに関しては、芭蕉に次のような有名な言葉がある。
 「言いおおせて何かある?」松尾芭蕉
思っていることを何もかも言ってしまって何かいいことがあるのだろうかと。
 情景はきちんと表現しているのだから、余韻・余情を残して、あとは読者の想像力に任せなさいということのようである。
 なお、元の句の「低枝(ひくえだ)」というのは、五七五に収めるために筆者が無理に作った一種の造語である。ぎこちない言葉である。これでは、俳句の命である流れるようなリズムは作れない。その点、添削句は情景を写生することに徹していることもあって、リズムがなめらかである。

    @@@

 二句目は次のとおりで、一句目より事情が少しだけ複雑である。まず筆者が詠もうとした情景はこうである。

「クローズアップ現代+」で紹介された「行動経済学」(下)

November 23 [Thu], 2017, 22:54
 前回紹介した行動経済学を生み出した学者の名前その他について書く。

 テレビではインタビューしたその学者の名前を当然紹介していたが、これもメモしていなかったので、インターネットで「ノーベル賞、経済学賞」で検索してみた。
 候補の一覧が出てきた。例によって何ページにもわたるが、1ページ目だけで、次のとおり、検索目的に合ったと思われる候補が6件あった。今年2017年の受賞である。

 1.ノーベル経済学賞、セイラ―教授の受賞理由|
 2.今年のノーベル経済学賞「行動経済学賞」は何が凄いのか|
 3.ノーベル経済学賞セイラ―と、「合理的経済人」じゃない僕たち|
 4.「心の経済学」で社会を豊かにノーベル賞のセイラ―氏(写真=...
 5.実践!セイラ―教授のノーベル経済学賞|日本経済新聞
 6.[ノーベル賞]経済学賞にシカゴ大のリチャード・セイラ―教...

 この6件それぞれ、見出しに続いて、数行のコメントが続く。
 このうち、5の「実践!セイラ―教授の・・・|日本経済新聞」のコメントは次のとおりである。
 「消費者行動のツボを押さえた、セイラー教授の行動経済学の理論は、マーケティングに 大いに役立つ。この分野に詳しい慶応大の星野崇宏教授と専修大の奥瀬喜之教授に 解説してもらいながら、実際の事例を交えつつ、ノーベル賞...」

 実際の事例解説に期待して、5の見出しをクリックして出てきた案内にそって、日経新聞電子版の無料会員に登録して、関連の記事を読んだので、それを紹介する。

   T.まとめ
 2017年のノーベル経済学賞は米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授(72)に決まった。授賞理由は心理学を利用して、人の「心」を組み込んだ経済学をつくったこと。人間はだらしなかったり、短絡的だったりするけれども、「ナッジ(nudge=小さな誘導)」」を与えれば社会を良く変えられる。
 その理論は、米国や英国、日本でも政策や企業のマーケティングに応用され始めているという。
 人の心のひだを見つめ続けたセイラー氏の研究姿勢は、経済学者にとどまらず、政治家や官僚、そして企業のリーダーのあり方にも警鐘をならしている。

   U.各論

 1.ナッジ: セイラー理論における選択肢を工夫
    彼のすごいところは「人間は合理的じゃないことを前提に、世の中をより良くする」理論を組み立てたことだという。それがナッジである。
 ナッジは英語で「相手を肘で軽くつつく」という意味。セイラー氏は、人それぞれの選択は尊重した上で、選択肢を工夫すること(これがナッジ)で、世の中を良くしようとする。
 例えば、男子トイレの小便器に描かれるハエの絵。ついハエを狙いたくなるように絵を描いておく。ハエを狙ってくれればトイレは清潔に保たれる。

「クローズアップ現代+」で紹介された「行動経済学」(上)

November 23 [Thu], 2017, 0:24
 去る20日夜10時のNHK「クローズアップ現代+」を偶然見た。新聞のテレビ番組表では題名だかよく分らないが、こう三行に書かれていた。
  「会社で役立つ経済学!
   魔法のノーベル賞理論、
   賢い消費者になる極意」と。
 題名、副題一、副題二、という位置づけかもしれないが、ずいぶん欲張った題名である。
 しかし、大学で経済学を学んだ者にとって、それよりも驚くのはこの番組のネタになった理論を編み出した経済学者の考え方のユニークさである。というのは、いわゆる近代経済学では、人間(生産者・消費者)は利益を極大化すべく行動(合理的行動)を取るという前提で理論が作られている。
 番組はこの理論を作った○○○○・○○○○という西洋人学者へのインタビューをもとに構成されているが、彼は最初に 相田みつを の名言「にんげんだもの」の色紙を見せて、相田みつを のファンであることを話す。色紙の短い詩文は忘れたが、「つまづいたって いいじゃないか にんげんだもの」だったかもしれない。
 彼は、相田みつを を好きな理由をこう述べる。「自分が研究してきたことと同じだから」と。その趣旨は、彼がノーベル賞を受けた経済理論「行動経済学」の前提が近代経済学が前提とした合理的行動をする人間ではなく、利益だけを求めるのではない、複雑な人間行動を、心理学+経済学という視点で研究して、幾つかの人間行動の特徴「バイアス」の法則めいたものを打ち立てて、それに基づく独特の経済理論を作ったものらしい。紹介された個々の法則めいたものの名前はメモしておらず、右から左へと忘れてしまった。

 ただし、紹介された内容だけを見ると、経済成長理論とか、貿易理論とか、経済の一般均衡理論とか、産業連関分析とか、価格決定理論とかといった、国あるいは世界の経済全体を見る立場の理論ではないように思われる。
 そうかと言って、個別の課題・問題の解決手法を提供するLP(Linear Programing,線形計画)とも違う。「ゲームと経済行動の理論」のような幾つかのゲームのパターンを、二人零和(Zero-Sum)ゲームとか、非零和(Non-Zero-Sum)ゲームとか、結託(けったく、=談合に相当)のあるゲームとかにモデル化して、経済行動を研究しようとしたものとも違う。

 紹介された例としては、上述の、人間行動の幾つかの特徴「バイアス」の法則めいたものを、個々に利用して他者(消費者)の購買行動を自己に有利に働くように仕掛ける。例えば、我々もテレビコマーシャルでよく出くわすような、こんな話のように記憶している。
 実際には15,000円くらいの商品を次のように売り込む。「本当は19,800円のところ、今から30分以内に電話番号XXXXーXXXXーXXXXに申込めば、用意している在庫1000個がなくなるまで、14,800円で提供します。お支払いは一ヶ月後でけっこうです。万一お気に召さなければ商品到着後十日以内であれば、いつでも返品していただけます」というふうに。
 このセールストークのなかには、20,000円近い商品が半値まで安くなったと感じさせたり、すぐに申込まないと売り切れで買えなくなるとあせる気持にさせたり、単に支払時期が遅くていいだけなのを、何か大きな得をした気持にさせたり、いつでも返品できるのだから心配せずに気軽に買ってみようという気持にさせたり、一旦使い始めたら、愛着が湧いて手放したくなくなる人間心理が働いたり、などがあるそうである。
 これを悪用する業者が出てくる心配に対しては、消費者が陥りやすい点について、この行動経済学を学んでおけば、消費者心理の弱点を自覚できて、例えば、その商品の実勢価格を調べて、本当に有利な話なのか確かめるなど、賢い消費者になる極意が得られるという。

 なるほど、欲張った題名の三行は:―
 ・会社で役立つ経済学!・・・会社=売り手
 ・魔法のノーベル賞理論・・・ノーベル賞受賞
 ・賢い消費者になる極意・・・「行動経済学」で対応
ということのようである。

 次回この続きを書く。

こうべ花の名所“よこお野路菊の丘”(下)

November 22 [Wed], 2017, 13:03
 前回は何とか“よこお野路菊の丘”に着いて、南向きのやや急な斜面一杯に咲いている野路菊を見たところまで書いた。
 関連して、インターネットの「楽しいむ〜さん一家」というカラー写真入りのブログの“よこお野路菊の丘”は地元のボランティアの方の手で整備されたとの記事を紹介して、そのボランティアとは、最寄り駅で得た“よこお野路菊の丘”の案内ビラの発行団体「よこおみち森もりの会」らしいことを書き加えた。

 今回は、その続きである。
 野路菊の咲く斜面から振り返ると、目の前に広々とした景色が広がる。駅前でもらった案内ビラにも、こうある。「明石海峡大橋、瀬戸内の島々や緑地、住宅地等が一望できる非常に景色がよいところです。」
 筆者は当日現地で見たものを感じたとおりにメモ書きしていた。今それを見ながらこの文を書き始めたが、メモ書きのうち、場所や事物をこうだと特定して書いていた部分について、幾つか疑問が出てきた。

 疑問の一つは、次のとおりである。
 そのメモ書きに「左手に淡路島・・・。明石海峡大橋の鉄塔が見える。見る角度のせいか、鉄塔(大橋の主塔のこと)が一本だけなのがやや不可解」と書いている。
 しかし、前回11月17日のこのブログで書いた“よこお野路菊の丘”が南向きのやや急な斜面と判断したのが大きく間違っていないらしいので、後ろを振り返って見た景色は、自分の立っている場所から南側の景色である。メモ書きで「左手に淡路島・・・。明石海峡大橋の鉄塔」と判断したものは左の端に見えたものであった。南に向かって左側は東である。横尾山は須磨区にある。明石海峡大橋は須磨区より西の垂水区の舞子公園の近くである。明石海峡なら、東(左端)ではなくて、西(右側)に見えなければならない。
 見えたのを明石海峡大橋と判断したメモ書きは明らかに間違っていた。では、見た景色がどこのものか、神戸の地図を広げても見当がつかない。

 なお、“よこお野路菊の丘”が南西向きを含めた南向きの斜面であることは、上記の案内ビラの記述や、当日“野路菊の丘”の斜面が正面から明るい日射しを受けていたことから間違いなかろう。

こうべ花の名所“よこお野路菊の丘”(上)

November 17 [Fri], 2017, 0:44
 最寄り駅の Take Free のコーナーにA4判カラー刷りの上記の案内ビラがあった。数日前のことである。14日に改めてそれをしっかりと読んだ。野路菊の見頃が今月中旬から下旬とある。場所は神戸市須磨区横尾 横尾山中腹(啓明学院東)。アクセスも書いてある。JRないし山陽電車の須磨駅または市営地下鉄妙法寺駅から市バス75系統、啓明学院前バス停下車。
 そこからのルートは二通り書いてある。一つは、バス停横の横尾道入口から遊歩道を道なりに約10分。もう一つは、バス停から南約300メートルの啓明学院テニスコート山側の横尾道入口から遊歩道(一部石の階段)を約10分と。
 カラー写真を大小三枚入れている。大きい写真(99x127mm)は野路菊の丘の斜面を正面から写したもの、次に大きい写真(55x72mm)はその斜面の下の小さな広場に三々五々に集う人たちを点景に、山と空と白い雲も捉えて写したもの、一番小さい写真(47x53mm)は群れ咲く野路菊たちをクローズアップしたものである。発行者の団体名「よこおみち森もりの会」と電話番号も書かれている。

 野路菊は兵庫県の県花である。しかし、見たことがなく、一度見てみたい気がした。出かけたのは一昨日午後二時半であった。妙法寺駅からのバスを降りるとすぐ横に「横尾道入口」と分りやすい標識があった。「野路菊の丘」までの距離は、バス停から10分とあったが、20分ぐらいかかった気がする。途中少し心配で、山を下ってくる人に「野路菊の丘は、この方向でいいんですか」とたずねると、「途中に地蔵さんがあるから、そこを・・・」と親切に教えてくれた。考えてみれば、低いといってもちょっとした山、その中腹へ10分では、近すぎるし、筆者の年齢では青年のようには速く登れない。時間を正確に測ったわけではない。

 ともあれ、遊歩道の進行方向左手に山の南面の傾斜地、右手は町、その遠くに海という眺望の良い場所に着く。南向きの斜面には、白い花びらに黄色の花心の小さな菊のような花が一面に咲いている。これが野路菊なんだ。駅の案内ビラの写真と同じ景色の筈であるが、実景の方が傾斜角度が急なように思われる。実景では見上げる角度である。写真はひょっとすると、ヘリコプターの低空飛行で上から見て撮ったのか、傾斜がゆるやかに見える。
 斜面をよく見ると、低い竹垣で土留めした一種のミニ段々畑となっている。

 今日ネットで調べてみると“よこお野路菊の丘”は「地元のボランティアさんの手によって整備されたもの」と書いた豊富な写真入りの記事が見つかった。この記事の“野路菊の丘”の写真では、斜面の傾斜は筆者が実際に見たとおり急な斜面である。

 この記事は、お酒と電車が好きだという「む〜さん」という人が「山陽電車と沿線のあれこれをちょっとマニアックに紹介します」とした、「楽しいむ〜さん一家」という題名のブログである。
 URLは次のとおりである。
 http://www.blog-sanyo-railway.com/sanyo-005/2014/11/16/

 このURLのうち、最後の2014/11/16はこのブログ記事の日付で、2014年11月16日付けで書かれたものである。その日のブログの題名は:−
 平日ウォーク「晩秋の奥須磨でのじぎく散歩」

 なお、このURLの末尾の2014/11/16を外して検索すると、「楽しいむ〜さん一家」の最新の日付のブログが出てくる。

 ところで、そのボランティアさんというのは最初に書いた「よこお野路菊の丘」の案内ビラの発行者の「よこおみち森もりの会」であろう。そのウェブサイトも見つかった。

 以上のウェブの話はご参考まで、である。

 次回は、話を戻して“よこお野路菊の丘”の話の続きを書く。
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