母乳推進病院

2011年12月28日(水) 17時19分
この病院は、母乳に力を入れているところで
指導にとっても熱心である。

ところが、私は母乳がバーバー出る体質ではない。
どんだけ頑張っても
両乳合わせて30mlも出れば御の字だ。
しかも3ヶ月もすれば枯れ果てる…
長男の時もそんな具合だったので、
今回も予想道理である。

しかも、乳首が吸いにくい形をしている。
出産後のお母さんの乳首は、
それはそれは膨張し、アメリカンチェリー大になったり
ビヨーンと長く伸びたりするものだ。
哺乳瓶の先の形と同じように変形すれば、
そりゃあ赤さんも吸いやすいよね〜

ところが私の場合、陥没ではないものの
乳首自体が成長せず、
口に含みづらい大きさのまま止まっている。
太郎の時もお世話になった、乳頭保護器で
偽乳首つくって与えてみるものの、
花子は絶対に生乳は受け付けてくれない。


熱血指導通りに乳首に赤子の口をつける訓練するものの、
たいして出ない母乳じゃ見向きもされず泣くばかり。
すると、「砂糖水」を足して様子を見るという。

母子同室になる間、
裏では粉ミルクを足していたと思っていたから目からウロコ。
砂糖水でだましだまししても、
私の母乳は期待できないので粉ミルクを要望したら
アッサリと「はぐくみ」小缶を出してくれた。


私の乳首では咥えられないので、
手搾りの少々の母乳と粉ミルクを哺乳瓶で与えるという
混合でこれから頑張っていくことに。


私が出産してすぐの土日に
超出産ラッシュがやってきて、
授乳室は乳をぺローンと出した産婦ばかりで
ごったがえしていて、
それはそれでおかしな光景でございましたw


さて、貰った「はぐくみ」の消費期限が1月。
製造から1年半が消費期限と計算すると、
今年の夏製造か…
セシウム大丈夫かな?????
とっても不安に思って、数回使用して廃棄。

替わりに、出産前から山のようにストックしておいた
震災前製造の粉ミルクを持参して
そちらを病院でも使うようにしていた。


そうして1日後。
明治ほほえみ セシウム騒動勃発!!


ほれみたことか、想像した通りじゃねーか。
嫌な予感がして、震災前粉ミルクを備蓄していて
本当に良かったわ〜
と心からホッとした次第でございます。

「はぐくみ」の検査結果はOKだったみたいだけど、
震災前ミルクを使う方がより安心だしね〜


娘のこと。

2011年12月28日(水) 16時53分
出生後、娘はいったんNICUへ。
体重は2700gを超えており、
今のところ特に異常はないとのこと。

身体を綺麗にされて、
産まれてから2時間後には
新生児お披露目室(?)に陳列されておりました。


長男・太郎の時は低体重出生時だったので
NICUへ連れて行かれたまま
適正体重になるまで1ヶ月半入院となり。
NICU内は両親以外は面会禁止のため、
ジジババは退院のその時まで太郎をみることがかなわず
今でも恨み節を言われる始末。


今回は、産んでから間もなく
ガラス越しとはいえ見放題なので、
ジジババのテンションが上がりまくってます。

お披露目室は私の病室からすぐソコなのに、
産んだ張本人はまだ安静で見に行けないというジレンマ。
似たような猿が並んでいるだろうというのに、
早くも「うちの孫娘チャンが一番かわいかった」と
ジジババ馬鹿を発揮しております。


そして。
健常な赤ん坊は24時間はNICU預かりだけど、
産んでから24時間後には母子同室で過ごすということ。
あらかじめ聞いてはいたけれど、
たとえ帝王切開でも
本当に赤子が部屋にやってきました。

絶対にお世話なんて無理無理無理〜と思っていたけれど、
部分麻酔のせいか思いの外ダメージがなく。
歩行にヨレヨレしながらも
全身麻酔後の地獄を思えば軽い軽い!

娘もむやみやたらに泣く子ではなく、
3時間ごとに腹減ったコールをするだけなので、
意外と負担かからずの同室生活です。

前回、孫を見るまで1ヶ月半も待たされただけに、
出産当日見ることができて、
翌日には触ることができる娘の存在は
ジジババにとっては驚異でありまして。
狂喜乱舞して、もうメロメロになっております。


出産してから2日して、
父ちゃんが命名案を持って来ました。

画数がOK/DQNキラキラネームNG/今風過ぎない名前
というリクエストに対して持ってきた名前は…

「京子きょうこ 泰子やすこ 董子とうこ 詩織しおり・・・・・・・」


昭和か!!


「平成」自体がもうすぐ終わりそうという、この時代に
まるで往年の女性漫才師みたいな名前の羅列にクラクラ。
もしくはうちの母世代の名前か、
懐かしのアニメ・ゲームキャラか。


全部ダメと却下して、
その2日後に新案を持ってきたら
少しはましになっておりましたw


長男の名前と同じ韻を踏む読み方で、
ちょっと古風で誰にでも読める名前 いただきました!!
このブログでは「花子(仮)」としておきます。



帝王切開D

2011年12月26日(月) 6時37分
病室に運ばれ、ベッドごと部屋に突っ込まれ
待機していた父ちゃんと両親に再会。


その時感じたのは、「あれ?! そんなに痛くない!」ってこと、


全身麻酔で出産した時は、
うんうん痛い痛いうなっている
うるさい奴がどこかに居て、迷惑だな〜
と思っていたら自分だったという体験が。

全身の麻酔が薄れて意識がはっきりいくごとに、
身体の痛みがどんどん痛くなって
一晩もんどり打っていたくらいだったのに。
今回は術後すぐにまともな会話が可能だった。

部分麻酔は本当に身体の負担が無くて
術後の楽さにビックリした。
全身麻酔では人の手を借りて寝がえりを
うたなくてはならなかったけど、
部分麻酔はすぐに自力で寝返りを打てるようになっていた。


次は絶対全身麻酔で!!って
手術中は強く思ってしまったけど、
術後の回復を思うと、部分麻酔最高かもしれない。

部分麻酔をして、
早々にボーっとなる眠れる処置をしてもらうのが
自分が一番穏便に
手術時間を過ごせる方法と確信しちゃいました。


傷跡と後陣痛の痛みに眠れず、
座薬鎮痛薬は何時間か空けなくてはならず
たいして効かないその薬頼りで
次に貰える時間までひたすら苦悶して
汗だくだくで朝を迎えた全身麻酔に対し、

傷跡・後陣痛もあったけど
鎮痛剤をもらうほどまでではなく
ただただ産後の興奮で一晩眠れず、
ずっとTVを見続けて朝を迎えた部分麻酔。


脚のマヒは、やはり最初にしびれを感じた方の足が
最後までしびれていて、左右で回復に差があった。
なまじ上半身は元気な分、
朝までつけられているバイタルや血圧計や心拍計が
うっとうしくてしょうがない。

指先に挟んであるバイタル計の位置を
数分ごとに自分で違う指につけかえるくらい
気になってしまった。

手のひらのほてりが気持ち悪く。
病室の電動ベッドはプラスチック柵で、
熱をとってくれるようなスチール系物質が近くに無く、
看護師さんに頼んでアイスノンを調達してもらった。
そのまま手のひらに挟んで夜を明かす。


絶飲食の中、喉の渇きが半端なく
看護師さんがくるたびに
口ゆすぎをさせてもらうが効果は無い。
小さなハンドタオルに水を含まして
くわえてみるけれど口は乾いてしまうのだ。


朝になって、歯磨きをさせてもらってやっと渇きが収まる。
昼には点滴以外のすべての管が抜け、
お約束の歩行開始である。
個室内のすぐそこのトイレまで、
点滴台にすがりつつ歩くんだけれども
やはり全身麻酔の時よりもダメージが少ないようで
そんなに苦難の道ではなかった。


カテーテルを抜いた後では尿意が判りづらい。
数日前まで、一体どのようにして尿をしていたか
すっかり忘れている気分になる。
管の抜けた昼以降は水分飲んでOKだったので
結構飲みまくったから
トイレの時間としては適切なのに。

やっぱりでない尿を諦めかけたその時。
「動物のお母さんは、
子供におしっこを促すために舐めます」というのを思い出して
ウォシュレットでビデって、
尿道付近を暖かい湯で刺激してみた。


でたでたでた♪
誘発されて、本当に尿が出やんの!


ビックリな発見でしたわ〜(@_@)

帝王切開C

2011年12月23日(金) 2時22分
娘が手術室から去ってから
ふと自分の状態を我に帰る。

お腹では、血液なのか胎盤なのか
なにやらバキュームらしきもので
吸い取っている音がする。


胸に心電図。
片腕には血圧計。
バイタルをとる洗濯バサミもどきが
反対の手の指にはさんであって、
両腕はそれぞれベッドサイドに固定されていて
動かせないようになっている。
足は麻酔で動かせない。


ふと、頭をよぎるのは
「ショッカー! ぶっとばすぞー!」と
頭ははっきりしているのに
無理やり改造手術されてしまう
仮面ライダーもしくは仮面ノリダーの様子。



嗚呼 こんな気持ちだったんだろうな…



ものすごく暴れたくて仕方が無い。
足を思い切り 曲げ伸ばししたい!
両手を思い切り動かしたい!
シャワーキャップのような手術用帽子が
おでこの真ん中まで降りてきて
ゴムの感触がうっとうしいのに、
それをずり上げる術すらないなんて!!

その時。
無性に鼻がかゆくなってきた。
気が狂わんばかりに
鼻の下がかゆかゆなのである。


泡だらけ、泥だらけ、粉だらけなど、
どうしても両手が使えない状態の時
なぜか鼻周りが無性にかゆくなる性質だということを
こんな時に思い出した。

まさか、手術の最中に出るとは思わなかったけど、
両腕が固定されていて使えない状態に反応したらしい。



思わず声が出るほど鼻の下がかゆくなってきて…



背に腹はかえられないと、
枕元に立っていた麻酔医にお願いして
シャワーキャップを上げてもらうとともに、
鼻の下をずっと掻き続けてもらったサ。

麻酔医→かなりのイケメンなのに…
指一本出してずっと鼻の下カキカキ。
なんということをさせてしまったかと…orz


そのうち、血圧計と指先のバイタルがはずされ
両腕が自由になる。
なった途端、鼻の下をバリバリバリと掻き毟りまくるw
正直、イケメン麻酔師の手術用ラバー手袋越しでの掻きっぷりは
やさしすぎてもの足りなかったのだ。

ここぞとばかりに伸びをしたり
大きく腕を動かすけれど、
当然、下半身が微動だにしない。
子供は出たのに手術がなかなか終わらないことに
だんだんイライラし始める。

しまいには
「まだ〜?」「早く終えて〜!」と
寸での所で叫び出しかねないくらい
状況にイラついてパニックになり始めてしまった。


自分は精神的に相当強いと自負していただけに、
この心境変化には驚いた。
きっとちょっと弱めの人は本意気でパニックに陥ると思う。

そのうち吐き気まで出てきたので、
吐き気止めを入れてもらうも
ザワザワとした精神状態は変わらず。


せわしなく腕を動かす私の様子を見て
「少しぼんやりする薬」を麻酔医が入れてくれた。
すぐに意識がボーっとなって、
とりあえず今すぐ逃げ出したい気分とトゲトゲした精神は落ちつく。
目を開けると視界がぼんやりしていて、
閉じていた方が楽な感じ。

気持ちは高揚しているので、
目をつぶっていても眠れるような状態ではなく。
でも会話は落ちついてできるようになった。
呼吸レベルが落ちるとのことで、
酸素マスクがあてがわれたけれど
これがまたうっとうしくて思わず手で払ってしまった。


「もうすぐ閉じますね〜」と言われ、
まだ閉じてなかったんかい!と思ったら
「子宮は薄くなってなかったけど、
膀胱が癒着してたから剥がしておきました。」とのこと。
そ、そんなことが!
そりゃ遅くなっても仕方ないわな〜

中を縫い閉じている時に執刀医が
「次 麻酔するなら全身麻酔にする?部分麻酔にする?」と
世間話のように聞いてきたけど、

「絶対に全身麻酔!!
この時間が精神的に耐えられない!!」
「ってかもう妊娠はナイです!」
「産むまでつわりはコリゴリだし!!」と
ベラベラベラベラ 
通常言わないようなテンションでしゃべってましたw


よく分娩の時に
ビックリ発言が出る話をよく聞くけれど、
意外と部分麻酔も要注意の模様でございます。


お腹の皮を縫う時も、
やたら丁寧な縫いっぷりで時間がかかりましたが、
元はと言えば
自分でミミズ腫れ残らないよう頼んだのが原因なので
グッと我慢であります。

ボーっとしながら処置をおえて
病室へ戻ったのが16:30頃。
子供が出てから約1時間後でした。

帝王切開B

2011年12月19日(月) 17時00分
いつさ手術台に移り、横向きから仰向けへ。
胸の位置辺りにバーがあり、
そこへタオルと手術用の布をかける。
自分のお腹が見えないように
布で幕を張られてブロックされた形だ。


「天井の手術灯に手術の様子が映るから
状況が知りたいならそこを見ていればいい」
なんて事前情報があったので、
照明をガン見してみるものの
ただギラギラ眩しいだけで
自分の身体を映す部分はまったくなく
ただただ徒労に終わる。


手術を始める時に、医師が再度麻酔の確認。
痛いかどうかあちこち突いて確かめる。
案の定、ヘソ下すぐの場所はいまだ痛覚を感じ
麻酔医と目配せをして
さらに麻酔追加で手術開始となった。


ジュジュジューと肉の焦げる音と匂い。
電気メスですな〜

なにやらかきわけゴソゴソゴソゴソ。
今どこまで切ったかな〜

もうすぐですよなんて言われて、
8cmくらいの切れ目から
何かをグイグイ力任せに引っ張る感覚がある。

引っ張り出したと思ったら
「ふんぎゃー!」と一声。


嗚呼、これが産声って奴か。
初めて聴いたわ!!
すごいねドラマとかドキュメンタリーみたい。
本当に泣いて産まれるんだね〜と
やけに冷静モード。


すぐに小児科医のもとに運ばれて、
羊水を吸いとったり身体を綺麗にしたり。
目の見える位置に子供の処置台があったので
一部始終を見ることができた。


なぜだか涙が出ていた。
しゃくりあげるわけでもなく、静かに静かに流れる涙。
産んだ!という達成感でもなく。
産まれた!という感動でもなく。


何の感情も無いのに
ただただ涙が止まらないのだった。


これでツワリが終わって食べられるという喜びと。
まともな妊娠期間をおくれない体質として、
もう妊娠は最後!という安堵感とで
正直 自分のために流した涙だったと思う。



「お子さんの性別聞いてました?」と聞かれて
「女の子って聞いてます」と答えたら、
「はいそうです。女の子ですよ〜」と答えが返ってきて。

なんでもないような会話をしながら、
白い物質をいっぱい着けながらも
いくぶん綺麗になった娘が私の枕元にやってきて
記念に写真をパチリ。


もし、たとえ目が3つだったりして
見た目に何か欠落や障碍があっても
ショックは受けないので、
必ず隠さず見せてくださいとお願いしていたが、
いわゆる5体満足で、かなりしっかりした様子に
拍子抜けしまくり。


あとは見た目では分からない内臓系の疾患や
体重が2.500g以上あるかないかなど、
まだ何も説明が無いので一抹の不安を感じる。
そこで娘は手術室から退室となった。





帝王切開A

2011年12月16日(金) 12時17分
手術室に入ると、
車いすからストレッチャーベッドに移動。
仰向けだとお腹が張って痛いので、
横向きに寝かせてもらう。

手術に立ち会う麻酔医、小児科医からご挨拶されるも、
キャップにマスクに術衣で誰が誰やら〜
私も強制的にキャップをかぶらされていた。



そして横向きに寝たまま、硬膜外麻酔へ。



事前に硬膜外麻酔の体験談が聞けたのは
周りでは実母のみで、
彼女が中学生の時に盲腸になった時の麻酔経験だった。

その話によると、背中に太い針を容赦なく刺されて
めっちゃんこ痛かった。
手術より術後より、一番麻酔が痛かった!!
…らしいので、正直gkblしまくりで。


手順としては、麻酔の麻酔を打ってから
太めのチューブを入れるとのこと。
この最初の麻酔が痛いんだろうと、
心身ともに構える構える!

麻酔医が2人で私の背中の骨を押さえながら
慎重になにやら数え、ペンで印を書いていく。
もう少し下の部分が凝っているんですけど〜と、
どうせ押さえるならマッサージ効果をつい期待してしまう。

あたりをつけて、「では行きまーす」と
声掛けとともに麻酔の針が刺さる。


あれ!?
思ったほど痛くないゾ!?


感覚的には一番細い針が刺さった程度で、
もんどり打つような苦痛は全く感じない。
母の昔の記憶に騙されたのか、
それとも約50年の間に医療技術がものすごく進歩したのか、
麻酔で全く恐れるようなことはなかった。



麻酔針を3本くらい打ったところで
硬膜外用の針を刺す。
見えないけれど、結構長い針のようで
グニグニ探りながら進んでいく様子がわかる。

「痛くないですか?」と声掛けられるも、
痛くは無いけれどくすぐったい感じがして
ついつい動いてしまう。


「背中を押される感じがすると思いますが、
動かないでください」と言われる。
確かに、背中を指圧的にぐいぐい押されている感覚もするけれど
どちらかというと神経をムニムニ直で触られているような
くすぐったさを背中の奥で感じている。

それはまるでヒジをぶつけた時に、
腱がジーンとするあの感覚に似ていて
「痛くないけれど、とにかくくすぐったくてしびれます」と申告する。

それを聞いて、麻酔が追加で何本か打たれた。
くすぐったい感覚はやっと無くなる。

…そういえば
自分は部分麻酔が効きにくい体質だったことを思い出した。
以前 足の親指の巻き爪手術をした時に、
麻酔が十分に効かないままメスをふるわれて、
こんなもんだと思っていたのが
どんどんずんずん痛くなってきて
「むっちゃんこ痛いんですけど!!」と
術中に声をあげたことがあったのだ。

一般量の麻酔で油断していた執刀医、慌てて麻酔を追加。
我慢しないで言ってください!とたしなめられてしまったっけ。


このあとの硬膜外麻酔も本当に効くもんかわからないな…
部分麻酔を選択したことに一抹の不安を感じながらも
麻酔チューブの装着完了。
背中に針を刺したまま、術後も1日過ごすというので
寝ていて違和感覚えないのかなとか疑問に思うことがたくさん。


背中へ麻酔液が入る。
横になった身体の下にある方の足が
ジンジンしびれてくる様子が実感できる。
完全に感覚が無くなった後、
遅れてもう片方の足へしびれが入る。

下半身が一気にドーンと麻痺するもんだと思っていたので、
段階を踏んでのじわじわシビレ攻撃に
まったく意表を突かれた形となった。


しばらくして。
麻酔が効いたかどうかの確認。
消毒用のアルコール綿を肌にあてて
冷たく感じるかどうかでチェックするみたい。

わき腹のあたり。冷たい。
へその真下あたり。冷たい。
足。全く感じず。


それでは始めます。…って
へその真下あたり、
まだ冷たく感じたんですけど大丈夫ッスか?????
この辺り切るんじゃないのぉ????

ハラハラしながらも
とうとう手術が始まります。

手術室に入ったのが14時半すぎ。
麻酔処置などをして、実際に手術の開始は
15時過ぎでした。




帝王切開@

2011年12月14日(水) 1時05分
出産当日。

前日夜に飲んだ下剤効果が無かったので、
朝っぱらから浣腸されるはめに。

最低5分待ってから出して下さいと言われ
苦悶の時間を過ごす。

AVで、よくスカトロ系のジャンルがあるけれど、
浣腸なんかでよく快感を得られるものだと
強烈なお腹の痛みに
変な汗をかきながらしみじみ感じる。

浣腸液は早々に排出したものの、
なかなか出るものが出ず、15分ほど格闘。
いろんな波をやり過ごしてようやく出たブツは
水で流すのはNGで。

看護師さんを呼んで、ちゃんとブツが出たかどうか
目視で確認してもらわなくてはならないという
屈辱の羞恥プレイが待っている。



前日から絶飲食なものの、
ウテメリンを飲む時の少量の水はOKとのことで、
朝の服薬で気持ちだけ喉を潤すことができた。


10時ごろ、点滴ルート確保。
手術用の点滴は一番太い針。
来たのは看護師ではなく医師だったけど、
赤ちゃん用の細い針でさえ刺しにくいと
定評のある私の腕では案の定失敗しまくりで、
ふっとい針をあちこちに刺されてダメージ大。


昼前、大部屋から個室に移る。
手術の時間はいまのところ14時頃といわれるが、
前の人の手術終了時間次第で16時になるかもと
予定が立たない感じ。
ひたすらDSでゲームをして過ごす。


念のためと測ったNSTで、
定期的にかなりの張りが来ていることが判る。
どうもお腹が痛いと思っていたのは、
緊張のせいとごまかしていたが、やはり異常事態の様だ。
思いがけずウテメリン服用指示が出て、
お昼にも少量水で喉を潤すことができる。

ウテメリン飲んでからも引き続きNST。
短い間隔での定期的な張りはかわらず、
このまま陣痛につながりそうな勢いで。
張るたびに「痛テテテ」と声が出る始末。


子宮破裂の疑いが無くっても、
どのみち今日帝王切開になるのは
中の人的に確定事項だったようだ。


14時過ぎ、迎えが来て車イスで手術室へ。
母ちゃん 頑張ってきます!

産まれました!!

2011年12月11日(日) 21時54分
とりあえずのご報告。

12/1(木) 15時過ぎに帝王切開にて
2760gの元気な女の子を出産いたしました。

母子ともに健康で入院生活を送り、
正規日数で2人同時に退院いたしました。

3時間ごと授乳で大変ですが
またボチボチブログも書いていきたいと思います♪

手術前日

2011年12月01日(木) 2時46分
朝から血圧・体温計ってNST。
その後、内診とエコー。

入院の午前中はバタバタします。


昼食食べたらシモの毛剃りw

カミソリというか電動バリカンでお腹とジャングルをゾーリゾリ。
私の場合全然だけど、妊婦は一般的にお腹に渦巻くくらい毛が濃くなるらしい。
今回は正中線すらでなかったわ。

ジャングルの方の仕上がりは腹がでかくてすぐには確認できず。
後ほどシャワータイムで鏡越しにみたところ、完全パイパnではなく
表面上の部分(寝ている時に見える部分)のみ剃ってあって、
肝心な具の部分はそのままになっている。
具の部分の長髪が垂れ下がって、まるで昔話爺さんのアゴヒゲみたいw


看護師と明日からの流れの確認。
麻酔科のイケメンと懇談。
全身麻酔と硬膜外+脊髄が選べるというので、今回は下半身麻酔でお願いした。
なんだかんだで下半身麻酔は初めてなのでドキドキ!


19時に下剤を飲んで、21時からは絶飲食。うがいと歯磨きはOK。
薬を飲むときだけ少量の水分可だそうです。


さいごの晩餐→お約束の全リバース。
本当に最後までつわりに苦しめられるし(-_-#)

明日の手術は立て込んでいて、時間詳細未定でだいたい午後から…というお話。
絶対にお腹グーグーいうと思うわ〜耐えられるかな(T^T)



明日術後からは痛みに耐えるgkblな日々なので、しばしブログもお休み。

笑顔で再開できることを祈って(*^-^)ノ
プロフィール
  • ニックネーム:けりな
  • 性別:女性
  • 血液型:A型
  • 現住所:愛知県
読者になる
2010年夏 
バタバタのうちに繋留流産。

そうして2011年春
再妊娠♪

2011.12/1 
無事、長女出産いたしました。
2011年12月
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