風水と鬼門と気の流れ

January 15 [Fri], 2016, 10:32
奈良時代や平安時代に、風水(四神相応)が日本に伝わったという話を前回の記事で書いた。

また、すでに平安時代、鬼門信仰があったとかいた。

問題は、鬼門を恐れる文化が中国になかったと言うことだと思う。

鬼門を恐れる風習は、その後、江戸時代に家相が流行った時も重要視された。

しかし、これはあくまで、日本の文化であって、中国の風水とは違う。

それなのに、現代の風水では当たり前のように鬼門について語る。

でも、風水を信じる人たちは、中国に昔からあったものとして、風水に向き合う場合が多いはず。それなのに、中国の風水とは関係のないことを論じてしまうことに、どうしても違和感を感じる。

そもそも、風水師の中で、中国語や韓国語を学んで、しっかりとした風水を学んでいる人はどれだけいるのだろうか。

たんに、風水と言う名前がもつ求心力に目をつけているだけのような気がしてならないのだ。

また、風水による家相深断を見ると、たいていの場合、気学なのである。気学というのは、大正時代に園田真次郎が創始した方位学。

つまり、中国の伝統だと思っていた風水が、大正時代に、日本人がつくりだした方位学だったということもありえるのだ。

風水の専門家が九星について語るのも、気学が九星についての詳しいレッスンをするからなのかもしれない。

ここに書いていることは単なる推測だが、やっぱり、なんだか奇妙に感じてならない。

歴史の浅さ

January 15 [Fri], 2016, 10:21
前回の記事で、風水にハマる人に共感できる点について書いてみた。

今回は、逆に理解できない点。

風水について不可解に思う点について書こうと思う。

ここで書くのは主に、家相とか方位学に関する点である。

風水による家の診断はとても古い歴史があるように思える。

でも、家相と言うのは日本独自に発展した文化。

元は中国から日本に伝わったものだったらしいが、、、

奈良時代とか、平安時代に、四神相応の都がつくられた。

四神と言うのは、青龍、白虎、玄武、朱雀の四つの神様で、四方位に割り当てられた。

北が玄武で山があるべきとされた。南が朱雀で田園があるべきとされた。東が青龍で川があるべきとされた。西が白虎で道や林があるべきとされた。

これらが京都、つまり平安京には揃っていたのである。

その他、すでに、平安時代に鬼門を忌む習慣も生まれた。

だから、凶との北西、鬼門の方角には、比叡山延暦寺や安倍清明の館があったという。

だったら、風水はやっぱり歴史が古いではないかと思ってしまいそうだが、少し話が違う。

話が長くなりそうなので、次回の記事に続きを書こうと思う。

風水の本を読んだ

January 15 [Fri], 2016, 10:14
風水の本を読んでみた。

なんだか不思議な感じ。

なぜ、これに魅了されるのか、わからない点とわかる点がある。

まず、わかるなって思う点は、気軽さ。

家相についての本は昔からたくさんある。
でも、風水専門家の本は、玄関をきれいにしましょうとか、西に黄色いものを置きましょうといった具合に、気軽にできるのだ。そもそも、立ててしまった家を鑑定して、悪い結果が出たら、どうしようもない。単に悲観にくれるだけだ。そうなるのが嫌だから、よほど人生どん底に陥っている人ではない限り、自分の家の鑑定を人に依頼したりはしないと思う。占い師からすれば、だからこそ、家相鑑定を導入するのがいいって感じるのかもしれないが。

とにかく、日本の風水は、インテリアレベルのものが多いから、既に家を建てていて、改築や引越しや新築の予定がない人でも気軽に見ることができるっていうメリットがある。

それに、なぜか、風水はオシャレなイメージ。

カラーを意識したインテリアなので、色を意識しながら、インテリアを選べる。

そもそも、お金の象徴の黄色や金を用いるってのも、風水とは関係なく、お金持ちが行いそうなこと。潜在意識に呼びかけるのに役立つのだと思う。

このあたりが、共感できる点であるわけだが、共感できない点も多い、それについては次の記事に書こうと思う。
P R