腹の子どもを快く思う

June 24 [Wed], 2015, 15:43
とても頷けなかった。
 なるほど理屈では自分とこの人は義理の母子《おやこ》だが、自分はこの人にとって夫の昔の女性の子どもである。
 二児の母とは思えないほど美しい人でもある。
 そんな人が自分のような妾腹の子どもにも何かと気を使ってくれるのだ。ありがたいと思っていたが、その好意を素直に受け取ることは到底できなかった。
 なぜなら、妾腹の子どもを快く思う正妻などいるはずがないからである。本当はあの義母にいったいどう思われているかと考えるとやりきれなくなる。
 その日、重い足を引きずるようにして館に戻ると、思ってもみなかった人がブライスを迎えてくれた。
「やあ、ブライス」
「ラモナ騎士団長……」
 驚いた。ラモナ騎士団は西の国境の重要な要《かなめ》で、父の率いるティレドン騎士団とともにデルフィニア騎士団の双璧《そうへき》とも言われている有名な騎士団だ。
 そのラモナ騎士団を率いる英雄ナシアス・ジャンペールの名はブライスももちろんよく知っていたが、実際に会ってみると、その人は世間に轟《とどろ》く武名とは似ても似つかぬ優しげな風貌《ふうぼう》の美男子だったので、父に紹介された時は本当にびっくりしたものだ。
 この時もブライスは咄嗟《とっさ》に直立不動の姿勢を取り、深々と頭を下げたのである。
「ようこそお越しくださいました。父はまだ戻っていないのでしょうか?」
「いや、今日はおまえと話そうと思って来たのだよ。この家にはもう慣れたか?」
 キャリガンと同じことを尋ねてきたナシアスに、ブライスは情けない顔で首を振った。
「そうか。どんなところが慣れないのかな?」
 そんなことがはっきり言えたら苦労はしない。
 ブライスが複雑な顔で黙っていると、ナシアスは微笑した。
「では、わたしが代わりに言おうか。一日中誰かが傍《そば》に張りついていて一人になれない。それどころか入浴時の着替えまで召使いが手伝おうとする。もう少し放っておいてほしいのに」
 まさに不意打ちだ。ブライスは呆気《あっけ》にとられて、茫然《ぼうぜん》とナシアスを見つめ返した。
 水色の眼が笑ってブライスを見返していた。
「わたしはよくこの屋敷に泊めてもらうが、最初はおまえと同じように驚いた。他家には他家の作法があるのはわかるが、バルロにとっては当たり前でも、わたしにとってはあまり気持ちのいいものではない。一生に一度この屋敷に厄介《やっかい》になるだけなら、多少の我慢は客の礼儀だが、頻繁《ひんぱん》に呼んでくれるとなると、おまえの家は居心地が悪いから訪問は遠慮するとも言えないしな。何より無理な我慢は身体に悪い」
 相手は国を代表する公爵家である。そのくらいの我慢は当然だと世の人は言うだろうが、ナシアスは色白の優しい容貌とは裏腹に平然と言ってのけた。
「おまえのもてなしが不満なのではなく、ああいう習慣は自分にはないからとはっきり断ることにした。洗面道具も着替えも、そこに置いておいてくれれば後は自分でやる。用があればもちろん人を呼ぶから、それまでは放っておいて欲しいとな。バルロは案外素直に聞き届けてくれたぞ」
「ラモナ騎士団長……」
「ここはおまえの家だ。ナシアスでいい」
「ではあの、ナシアスさま。ナシアスさまのお宅は……ああいう入浴はなさらなかったのですか?」
「わたしの家は単なる地方郷士だからね。そもそも召使いの数が違う。どんなに忙しくても小間使いを二人以上雇ったことはないよ。母は妹たちと一緒に料理も掃除も洗濯《せんたく》もやっていたし、わたしも時には手伝った。家族のあり方も家の中の決まりにしても、食事は小さな食堂で家族みんなで摂るのが当たり前、着替えも基本的に自分一人でするものだった」
「そう……なんですか……」
 意外な気持ちを素直に示しながら、あからさまにほっとした様子の少年にナシアスは微笑した。
「ハイデカー氏はかなり裕福な商人だそうだから、わたしの生家よりおまえが暮らしていた家のほうがずっと立派だと思うぞ」
「いえ! そんなことは……!」
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