1999年。地球最後の年 

August 11 [Fri], 2006, 5:43
 『ノストラダムスの大予言が当たるなら、この上なく無意味な人生だったと後悔して死んでいくことのないようにしなくちゃね』


その発想こそが無意味だとも気づけずにあたしは毎日死んだように生きていた。


18歳であたしは上京した。

東京都某所。
徒歩10分圏内には「高級住宅街」と呼ばれる場所があるとは思えない
フツウの住宅地にあたしは身を置いた。

「好きなことをしていいよ。バンドもやればいいよ。
髪の毛だって好きなだけいじればいい。
働いたお金は好きに使えばいい。
車の免許だけは取っておいたほうがいいけどね。」

父親は優しくあたしを促したけど、そんなウマイ話はどこにもなかった。

伯母夫婦が営む小さな小さな飲食店であたしは住み込みで働くことになっていた。
与えられたのは6畳の部屋。
つい先日まで先輩が使ってた部屋らしく、大体の家具はそろっていた。
そこがあたしの城となったんだ。

店までは自転車で3分だった。9時には起きて支度をする。
朝10時に店に出て、遅くても夜1時に店を出る。
時々淋しくなると、なけなしの金でテレカを買って家族や友達に電話して夜をすごす。
そんな毎日だった。

雑誌やテレビに出てくるような東京はそこには皆無で、
東京への期待が全くなくなるのにそう時間はかからなかったと思う。


最初の1年は「東京生活」というものに早く慣れたくてガムシャラに頑張った。
週1日の休みは自動車教習所に通いつつ、雑誌を頼りにどこへでも行った。



渋谷で生まれて初めてナンパされた野郎にドロップキックを食らわされたっけ。
恵比寿のクラブで「ARATA」を見て何故かないたっけ。
新宿では南口から東口への行き方が分からなくてタクシーに乗ったなぁ。
歌舞伎町でホストにキャッチされて怖くて走って逃げたもんね。
池袋なんか女の人が髪の毛を引きずられてボッコボコにされてるのを目撃したり。

他にも語りつくせぬ「おのぼりさん」特有の武勇伝を発揮してたけど、書くとながくなるからここで終わりにしないと。


そんな中、あたしに大きな変化が訪れた。

PHSを持ったのだ。

    

PHS 

August 11 [Fri], 2006, 7:01
今となっては懐かしすぎるPHSだけど、その当時の主流はPHSだったんだよ。


とにかく毎日仕事が終わったら誰かしらに電話するのが日課になった。

1年も働いていれば自然にバイトの子達と仲良くなる。
生まれて初めてクラブに行ったのは20歳の春だった。
やっと取れた免許を持って終電で渋谷のクラブに行った。

クラブで知り合った女の子マナ。
その当時一番の仲良しだった女友達。

生まれて初めてのクラブでどうしていいか分からなくて、とりあえず
1人でカウンターの隅っこでコッソリ酒を飲んでいたアタシに初めて声をかけてくれた女子だった。
今でも覚えてるよ。
「ビビッてちゃ楽しくないよ!」って、フロアまで連れて行ってくれたよね。

マナといると、自分が東京人になった気分になれた。
仕事で終電に間に合わない時はマナと電話で色々話した。

マナは昼は恵比寿で事務の仕事をしていて、夜は新宿にあるヘルスで働いていた。
お店では「ネネちゃん」と呼ばれているらしい。
あたしはよくわからなかったのでことごとく質問をした。

いくら稼げるのか?何をする仕事なのか?怖くないか?病気は平気なのか?お客さんはどんな人がくるのか?

今思えば相当しつこかったと思う。

最後に「大変な仕事なんだね」とあたしが言うと、
マナは必ず「ビビッてちゃ楽しめないよ」と、そう答えた。


初めてマナからしごとの話を聞いた時、ものすごい衝撃だったのは今でも覚えてる。

マナはいつでも財布の中に1万円以上入っていたし、「おごってあげるからおいでよ」とあたしを誘うことも多々あった。
マナはお金持ちのお嬢様なんだと思っていたから、まさか風俗の仕事をやってるなんて思いもしなかったんだけど、あたしはどうしても気になって仕方なかった。

「働けど働けど我が暮らし楽にならず・・・」

東京で仕事も遊びも両立するとなると給料もそれなりにもらっていないと苦しい。
住み込み従業員のあたしは13万の給料でやりくりをするのは結構きついと感じていた。

あたしもマナのように自分で稼げる女になりたい。

日に日にその思いは強くなっていくばかりだった。
そして、とうとうその想いをマナに告げた。

「マナ・・・あたしも、やろうと思うんだけど」


マナはため息をついて「いいの?」と聞いた。

あたしも「うん」とだけしか答えなかった。

面接 

August 11 [Fri], 2006, 7:43

マナに風俗の仕事をしたいと告げた時からまんじりとした思いで数日を過ごした。
なんとなく自分から連絡することもできなくて、マナから連絡が来ることもなく数日が過ぎた。

仕事から帰るとマナから留守電が入っていた。
「来週の休みの日に、履歴書を持って新宿においで。時間は15時。いい?」

ついに来た。
それからの数日間、まるで入試にでも向かう学生のような気分で過ごした。
面接で言わなくちゃいけない事を何度も何度も繰り返したり、新しい服を新調したり・・・。

そして、休みの日が来た。
前日は寝れるハズもなく、新宿へは12時には着いていたと思う。
マナと落ち合って、すぐマナの働くお店へと向かった。
太ったスーツ姿のヤクザっぽい風貌の男性がマナと何か話したあと、奥の待合室のような場所へ通された。彼がマネージャーさんらしい。

面接では、あらかじめ履歴書を持ってきていたのでスムーズに進んだ。
現在進行形で飲食店に勤めている事、週に1度、昼から夜にかけてしか出勤できない事を伝えた。

「わかりました、ネネさんからある程度話は聞いてますから大丈夫です。マナさんはこれから仕事に入りますが、あなたは今日は働いていきますか?」と彼は言った。

緊張のせいで、断れなくなったあたしは「はい」としか言えず、その日から仕事をすることになった。

入り口に程近い小さな個室に移動した。
消毒液と石鹸のまじった異様な匂いのする3畳あれば十分の部屋には
ベッドと、シャワールーム。1人分の服が入ればいい位のクローゼット、
ガラステーブルの上に灰皿が乗っただけの殺風景なものだった。
「それじゃあ、今日はこのお部屋を使おうか。あなたは今日から”あみちゃん”という名前です。ここに来たら”あみちゃん”と呼ばれますから。いいですね?」

返事をする間もなく、下着同然のキャミソールワンピとピンヒールのサンダルを渡された。

「仕事着はとりあえずこれね。自分で新しく買ったらマナちゃんに返してくれればいいから。」
と彼は着替えるまでの間、外に出ていった。

サテン生地の薄ピンクのワンピースに着替え、彼を呼んだ。

「うん。いいね!初々しい!写真を撮るよ?」
彼はカメラを持ちながら笑った。

あみちゃん 

August 21 [Mon], 2006, 1:22
初仕事。
そんなのは漠然としか覚えていない。

この世の中のごまんといる風俗嬢の皆々様に「初めてのお客様の事は覚えてますか?」と聞いて一部始終答えられる子は何人いるんだろう?

頭の中は数十分前に教えられたマニュアルでいっぱいだったし、
お客の顔なんて覚える余裕なんてどこにもなかった。

数時間後に渡された茶封筒に入った札を数えながら小躍りで帰ったことくらいしか覚えてない。
そんなもんなんだ。


2回目、3回目ともなると慣れてくる。
札束を手にすることも男に媚びるという事も、
何より「体を売る」っていう行為すら平気になってくるから不思議。
常に笑顔を絶やさず、「Hなことダァイスキ!」と楽しげに言ってのけることくらい容易い。
「あみちゃん」になりきってしまえばなんだってできる。
笑っていればお客のウケもよかったし、しかめっ面のオヤジだって、ヤクザだって
最後に「また来るよ」と笑顔で帰っていった。
そう、あみちゃんは笑顔で明るくてHが大好きな女の子なのだ。
ホントのアタシは誰も知らない



週6日は居酒屋の看板娘。

週1日だけの「あみちゃん」

あたしは週1日の「あみちゃん」が楽しみで仕方なかった。

店が終わるとソッコーで買い物に出かけたりマナと待ち合わせてご飯を食べたりした。
客の愚痴や仕事内容など、普段回りの人間には口が裂けても言えないような事をベラベラと喋った。
その時間があたしにとってたまらなく楽しい時間になった。
小学生の頃とかに捨て犬を友達同士で神社とかで飼っちゃうような・・・
誰にも言えないヒミツって言うのがあたしには快感だったのかもしれない。


そうなったら居酒屋の仕事が手につかなくなっちゃうよ普通。

だから・・・・
ツケがまわってとうとう伯父夫婦に呼び出されてしまうのです。











P R
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