私を私と表す事。 

2007年04月14日(土) 23時51分

自分を自分であると表現する事。

それを本当にできる人は、きっと少ないだろう。

他人に自分を知らせる方法がちゃんと解っている人はどれだけいるのだろう?

それをする事ができるのは、「自分を見つめる事が出来た人間」だ。

とても辛くて難しい。

自分は、今日、好きなあるアーティストのブログを見ました。
すると、その人にファンからのメールが沢山来ていたそうです。
とても、辛いことが書かれていて、それでも、自分のブログがその人たちの支えになれたと。
そして、自分はこんな仕事をしているから、そんな自分を見て欲しい。
だから、ステージを見に来て欲しい。
そう書かれていた。

とても強い人だと、思います。

自分を一番に表現できる場所で、自分を見て欲しい。
そうすればきっと自分の思いを、相手に伝える事ができるから、と。

相手を支える事で、自分を救っている。
でもそれは決して自己中心的な事ではない。

生きる意味、生きる理由。
そうやって見つけていくのだと思う。

ヒトは独りでは生きていけない。

誰かと支え合う事で、相手を救い、自分を救う事がきっと出来る。

生きたいから死んだ。 

2007年03月03日(土) 1時14分
吃驚するほどお久しぶりです(汗)

最近、本当に自分の事で手一杯な状態です。
ま、そんな甘えた事は言ってられない状態でもあるんですがね(苦笑)

此処のところ中高生の自殺が続いていますね。
ですので、今回は「自殺」について、私的意見をつらつらと。

学生の皆さんは、学校って好きですか?
大抵の方は、友達と会ったりする場としては好き、でもテストや勉強があるのは…という感覚でしょうか。

私は学校は死ぬほど嫌いです(汗)
というか、きっと人間関係を築くのが嫌いなんでしょうね。
私は中々嫌われ要素が揃ってますし。

まぁ、学校という場所はやはり沢山の人が集まる場所ですから、色々な考えの人が居る訳ですよ。
そんな中、好き嫌いが発生しますよね。
それで、皆から嫌われるタイプ「いじめられッ子」が出てくる。

「こんなに沢山の人がいるのに、私と居てくれる人は一人も居ない」

その感覚が思っていなくとも一番感じるはずです。
自分が居るのに、まるで自分だけ別の場所から傍観している気にさえ為る。
自分が生きている実感が解らなくなる。

どうしたら自分が生きていると実感できる?

痛みを体に与えるのが一番早いんです。
人と会話する事が難しい状況ですと。
それが「自傷行為」等に繋がったり。勿論それだけではありませんけれどね。

しかし、痛みというのは麻痺します。




もっともっと、生きている事を。



そう思ううち、行動はエスカレートします。
どんどん、他から見れば異常な行動も当たり前に為ります。

私の場合、リストカット、ヘアアイロンによる火傷等ですね。
本人全く異常と思っていませんけどね(汗)
でも、きっとオカシイんだろうな、くらいは解ります。

そうするうちに、生きている事を確かめているうちに死に繋がってしまう事も多々あるのです。

皆が皆、「死のう」と思って死んだわけではないのです。

比率的には少ないかと思いますが。


前にも書いたように、友人や親など、信頼していた人々からの言葉で思い切ってしまう事もあります。

"確かめ"の行為で、大分自傷行為に慣れてしまっていると思い切ることが簡単な状態に為ってしまっているのです。


気付いて欲しい。
"確かめ"の状況で、気付いてあげて欲しい。

助ける為には、なんて事は言えません。
人それぞれの言葉がとても強い問題ですから。

でも、多くの人はSOSを出していると解って欲しい。

友達という名の起爆スイッチ 

2006年05月05日(金) 21時41分
お友達。

生きていくうえで増えていく軽い人間関係。

しかし中々深いものだ。

友達の作り方、友達の存在の大きさというのは人それぞれ違う感じ方だろう。
自分としては「大きな存在だが程々に。」というのが理想だと感じている。

何故かと言えば。

友達というのは簡単に裏切れる対象でもあるから。
そして、数が多ければ多い程ランク付け等が生じるからだ。
つまり「こいつは切り捨てても良いだろう」という気持ちが生まれてしまう。
そして何度も切り捨てられる人が出る。
何度も裏切られる人が出る。

本当の友達とは何だろうか?

何も言わなくても理解し合えるという事だろうか?

それは全くの間違いだ。
何も言わなくても…ではない。
何を言っても、だ。
どんな事でも言い合える。
どんな事でも受け止められる。
つまり堂々とお互いに意見し合い、そして理解し合えるのが本当の友達だ。


「私は○ちゃんの事分かってるから」
「○ちゃんは私の事分かってるから」

そんな事言ったってこれっぽっちも意味が無い。

そんなの相手に対してそんなに関心が無いようなものだ。



"私はあなたの事是くらい分かってるから、もうそんなに会話もする必要無いわ"



と言っているのと同じだ。
ある意味それも切り捨てなのだ。

よく考えて、よく見て欲しい。

自分を。周りに居る人々を。

"友達"だと胸を張っていえるのか?


何か正直に意見されて、爆発したように怒り狂う事はないだろうか?


傍に居る人が起爆スイッチに成り変わって居ないだろうか?

死の言葉 

2006年04月23日(日) 21時24分
最近入学など色々有りまして、中々更新できず…

そして今回は、早速重い話、死について。
というよりは「死にたい」という気持ちについて。

1度目の記事で書いたように、自分はリストカッターです。
何故切るの?
馬鹿じゃない?
そんな言葉を言った方に、寧ろこう言いたい。

「それはリストカッターにとっては"死ね"と言っているよなもの」

何度も何度も、「切らないで」「死なないで」「切るな」「死ぬな」
「死にたいなんて思わないで」「もっと周りの人の気持ち考えて」

少なくとも自分には
「此処に居ないで」「私たちに近づかないで」
「死ねばいいよ」「あんたなんて要らない」

そう聞えました。

リストカット

言葉の重みに死ぬという行為と見られがちです。

しかし、それの本当の意味を大抵の人は誤解しているのでしょう。

リストカット

それは生きるための術。
生きるために切っているのです。

例えば、他人からの言葉の暴力に潰されてしまいそうに為って自分が生きているかどうかすら解らない人
血を見れば、生きていることを確認できる。
他人からの暴力に何の抵抗も出来ずストレスが溜まり如何にも出来ない人
自分だろうと何かを傷つける事で心を軽く出来る。
他人から精神的・肉体的苦痛を受け、自分の弱さを攻めることを覚えてしまった人
痛みで、傷を見ることでそれらを紛らわす事が出来る。

自己防衛

それがそこにしか無かった。

話の出来る相手が居なかった
吐き出す場所が無かった
自分の場所を見つける事ができなかった

追い詰められて、最後に行き着いた場所
それがリストカットだった人たち

それがリストカッター。

追い詰められた人がやっと作った逃げ場所

それを否定して、救えることが出来ると思いますか。
ナイフで刺された場所を、抉って傷が癒せますか。
流れた血を、炎で抑えることが出来ますか。

リストカッターに知り合いがいる方、

どうか、
どうか、

切った腕の

その手を

握って下さい。

きっと欲しい言葉は

「大丈夫」

その一言だと自分は信じています。

恋愛について 

2006年03月28日(火) 15時07分
恋に堕ちる

そんな事、誰だって生きていれば有るだろう
今回はその相手。

人を好きに為る条件を人は持っていたりする。
"恋愛範囲"とでも言うだろうか。
対外の人間は「異性」「年齢」「容姿」「性格」等が有るだろう。

でも、よっく考えてみればだ。
人間が人間に恋をした、本気で好きに為った時思い描いていた人間像だろうか?

雑誌等で、「この人格好いい」と思うような人はその人間像に勿論達している。
しかし、実際付き合いたいと思う相手が現れたとき
それはその人の不意に見せる小さなその人自身、その人の心に惹かれるのが普通だろう。

つまり、外見なんて好きに為る要素に含まれはしない。

違う面から見てみれば、性別なんてものも含まれはしない。

その人自身に惹かれるのだからその人が持っている要素なんて見えない筈だから。
その人自身に惹かれるのであれば異性だ同姓だなんて一切関係無い。

それから、このような人は如何しても苦手だという考えも有るだろう。
はっきり言ってしまえば、自分は男が苦手です。
何が駄目なのかは解らないが苦手。
行き着いた先が女なのか、女が良いから男を拒絶してしまうのか。

実際、今付き合っている相手を好きに為った時は女だから、なんて考えは先ず無かった。
こんな人と付き合えたらな…なんて一緒に居るとふと考えてしまったのだ。

人を好きに為るのなんて、相手が異性だろうと同姓だろうとそんな理由じゃないだろうか。
同姓だろうと可笑しな事ではない。
可笑しな事だと思う事自体が可笑しな事なのではないだろうか。

学校のオトモダチ 

2006年03月22日(水) 23時55分
最近、学校で自分の事を[レズ]だという噂が立った。
自分は元々スキンシップ好き(抱き付き魔)で女子校だから、まぁそう思う人も居るだろう。

明確に言えばバイ(どちらもOK)なのだが…。

気にしてないように振舞えば噂なんてもん、その内消えるだろう
そう思っていたのだが、反応する人は居るわけで。

そう、[レズ]の娘だ。

メールでそれとなくそんな感じを見せてきた同じ学校同じ学年の娘。
自分もそれとなく返信。
結局お互い同じようなもんだった。

その娘は付き合っていた人がタメの人。
受験で忙しい、そんな在り来りな理由で振られたと言っていた。
自分は2つ上の人としか付き合ったことが無いからタメの人と付き合うという感覚すらよく解らなかった。
否、本当に好きな人と別れた事が未だ無いからかもしれない。
だから、その娘には笑う事で忘れる事を勧めるしか出来なかった。



自分がこの娘のように為ったら



そんな事を考えられる事なんて出来なかった。
怖すぎた。
きっと自分は今付き合っている人の前では、
強くも為れるし
弱くも為れるし
元気に為れるし
泣くこともできるんだろう

この暴露が無ければあまり関わる事も無かった娘。
この娘のお陰で自分は自分の中の自分を見つけられたんだと思う。

自分が強く為れる方法も
自分の弱いところも。

願わくはあの娘も幸せに為れます様に。

開始。 

2006年03月19日(日) 23時02分
今晩和。
初めまして。
白葉優利です。

まぁ生きてると案外色んな事が有る訳で。
特に(?)自分は人と違う所が沢山有るらしく。
最近本当に色々と起こるのでブログでも立ててみようかしらと。

では、唐突に自分の事を。
バイ(彼女持ち)です。コスプレイヤーです。リストカッターです。
悪いことは何もしてませんので悪しからず(ニコ)

最近自分の生活の略全てを占めているのが前者なんですネ−。

さぁて、それでは書きますか。




−*−*−*−*−*−*−*−*−*−


2月の初めに、初めて彼女が出来たんですよ。
凄く可愛い人で、自分は幸せだと思っていたんです。
しかし、なんと1週間で破局。
何故そんな事に為ってしまったのか。
そんな事、相手側も自分も解っていたんです。

苦しかった。
お互いがお互いを縛っていた。

それだけでした。
幸せだ、と思わなければ幸せだ、と感じられなかったんです。
相手の方から「やっぱり普通の友達に戻らない?」とメール。
自分、普通に「○○サンがそうしたいなら、良いよ」と返信。
きっと既に理解して居たんだ。お互いに。
僕らは付き合うべき相手ではない、と。

しかし自分は、あの方が自分にとって不必要ではなかった。
あの方とそんな苦しい思いをした事は無意味ではなかった。
そう思います。そう思えます。

今、自分は2月下旬から付き合っている人が居ます。
自分にとって、必要な人。必要としてくれる人。
一緒に居るべき人があの方によってちゃんと解る様に為ったのです。
だからこそ、今幸せに居られる。幸せで居られる。
幸せだと感じることが出来る。

それが本当に得た幸せだと思います。

きっと、何ヶ月一緒に居たとか
そんな事は関係なくて
「今」「これから」の自分が幸せで居られる1番の方法を見つける事が
「今」の自分にしか出来ない自分にとっての幸せなんだと思います。




次は、最近お互いにカミングアウトし合った友達について書きます。
P R
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» 友達という名の起爆スイッチ (2006年05月21日)
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